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神も人も〜人に砕かれた神の核を巡る、現代妖異譚〜  作者: 佐藤 潮


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第22話 杣木邸 その1

人の出入りがわずかな田舎では、事件も噂も、村の内側で淀むことが多い。


誰かが死んだ。

どこそこで妙なことが起きた。

あの家は良くない。


そんな話は確かに広まる。だが、それはあくまで村や近隣の界隈の中だけだ。

外へ大きく漏れていくことは、ほとんどない。


――少なくとも、普通なら。


けれど世の中には、そうした曰くや異変の匂いを、どこからともなく嗅ぎつける者がいる。


興味本位か。

商売のためか。

あるいは、もっと別の理由か。


いずれにせよ、杣木邸の名は、そうした手合いの耳にも届いた。


そしてその家には、新たな“付加価値”が与えられることになる。


事故物件。


人が死んだ家。

不可解な惨劇が起きた家。

にもかかわらず、相場より安く手に入る家。


その価値を魅力と捉える者は、確かにいる。


そうして杣木邸には、また新たな住人が越してきた。


村人たちの胸中は複雑だった。


あれほどの惨劇が起きた家だ。

そこへ新たに越してくる者を、手放しで歓迎できるはずもない。


それでも、この村は慢性的な人手不足に悩まされていた。


畑を維持する手も、家を守る手も、年々足りなくなっている。

外から来る人間を、選り好みして拒めるような余裕は、もうどこにもなかった。


だから村人たちは、懐疑を抱えたまま、それでも新たな住人を受け入れた。


――そして。


杣木邸が“呪民家”と呼ばれるようになるまで、そう時間はかからなかった。


一人、また一人と、不可解な死を遂げる者が出た。


ある者は突然姿を消し、

ある者は正気を失い、

ある者は理由の分からぬまま命を落とした。


何が起きているのか、誰にも分からない。

だが、杣木邸に関わった者から順に壊れていく――その事実だけは、嫌でも積み重なっていった。


そして何かが起こるたびに、“呪民家”の名はより濃く広がっていく。


皮肉なことに、その知名度が上がるほど、また新たな人間が引き寄せられた。


興味本位の者。

行き場のない者。

安く住める家を求めた者。

あるいは、曰くそのものに惹かれた者。


そうして被害者の数は増え続け、

いつしか誰も、その先に何人死んだのかさえ正確には数えられなくなっていた。


この異常事態に、杣木邸を取り壊すべきだという話も当然持ち上がった。


このまま残しておけば、また誰かが死ぬ。

そう考えるのは自然なことだった。


だが、現実はそう簡単ではなかった。


まず、この家の解体を請け負おうとする業者が現れなかった。

噂を知って尻込みした者もいれば、下見の時点で二度と関わろうとしなかった者もいる。


では村人だけでどうにかできるかといえば、それも不可能だった。


ただでさえ人手の足りない村だ。

あれだけ広く、古く、そして何が潜んでいるかも分からない家を、自分たちの手だけで壊せるはずもない。


そうして取り壊しの話は、結局頓挫した。


残された手段はひとつ。


――原因そのものをどうにかすること。


村人たちは問題解決のため、霊能者を頼った。


だが、それは結果として、火に油を注ぐことになった。


祓えるはずだったものが祓えない。

踏み込んだ者から順に消えていく。

あるいは、生きて戻っても正気を保っていられない。


杣木邸は、ただ“気味の悪い事故物件”では済まない場所だと、そこでようやくはっきりしたのだ。


そして今では――


この物件は久世蘭丸が管理者となり、半ば放置されている。


祓えない。

壊せない。

封じきれない。


だから誰も根本的には触れられず、ただ厄介な呪民家として、今もこの村の奥で残り続けているのが現状だった。


白依は、ふと視線を家の脇へ移した。


そこに立っていたのは、一本の桜の木だった。


葉は一枚もついていない。

季節のせいだとしても、どこか妙だった。枯れているわけではない。幹も枝も、死んではいないはずなのに――生きている木特有の気配が、ひどく薄い。


まるで、見た目だけを辛うじて保っているようだった。


「白依様、とりあえず中へ入りますか?」


哀が低く声をかける。


その手には懐中電灯。

右手は腰の刳斬舞に触れたまま、いつでも抜けるようにしている。


「入る」


白依がそう告げた直後、哀が一歩前に出る。


「では、私が――」


だが、その言葉を最後まで言わせる前に、白依が遮った。


「お前はここに居ろ。白依と焔羅で入る」


あまりにも即断だった。


哀は一瞬、息を呑む。

次の瞬間には、反射のように声が出ていた。


「そんな……!私は……私は戦えます!」


懐中電灯を握る手に力が入る。


「必ず、白依様のお役に立ちます!」


それはただの意地ではなかった。

置いていかれたくないという感情だけでもない。


自分は足手まといではないと、今度こそ証明したかった。

守られるだけではなく、隣に立てるのだと示したかった。


焔羅が、困ったように耳を垂らす。


「主、さすがに可哀想ですよ」


軽い口調ではあったが、その言葉には擁護の色が滲んでいた。


白依にだって、分かっていた。


哀が変わったことくらい。


身体にはわずかな強張りが見えた。

だが、それは以前の相坂トンネルで見せたような、ただ恐怖に呑まれているだけの震えではない。


怯えながらも、踏み込む覚悟を決めているのが伝わる。

この短い間に、哀は確かに変わっていた。


だからこそ、今回は足手まといだから残れと言っているわけではなかった。


力不足だからでもない。


白依は、哀のことを少しずつ認め始めていた。


戦う力そのものではない。

だが、状況を見る目も、判断の速さも、言葉を選んで場を繋ぐ役目も。


それは白依自身も、理解していた。


――ただ。


白依は昔から、どうにも言葉が足りない。


その自覚はある。

じじいにも、嫌というほど言われてきた。


思っていることを、そのまま相手に伝わる形へ整えるのが苦手だ。

必要なことだけを言ったつもりで、肝心な部分が抜け落ちる。


だから今回も、少しだけ間が空いた。


白依は視線を家ではなく、その向こう――村全体を包む夜の暗がりへ向ける。


「ここは……中だけじゃない」


短く告げる。


そして、さらに言葉を探すように一拍置いてから、続けた。


「外にも、なにかある」


それが白依なりに選んだ言葉だった。


家の中だけを警戒すればいい場所ではない。

この村そのものに、得体の知れない気配がある。

だから哀を外に残すのは、“置いていく”ためではなく、別の役目を任せるためだと――そう伝えたかった。


焔羅は、白依の隣で小さく耳を動かした。


言葉にはなっていない感情の揺れを、焔羅はきちんと感じ取っていた。


(主は哀を切り捨てているわけじゃないのか)


むしろ逆だ。

認めているからこそ、ここで別の役目を与えようとしている。

危険の種類が違うと分かっているからこそ、適当に連れていくことをしない。


その不器用な葛藤が、白依と繋がる焔羅には伝わっていた。

焔羅が、白依と哀を見比べるようにして口を開いた。


「哀殿。主は、我らが中へ入ったあとのことを警戒しているのだと思う」


その声音は、いつもの軽さを少しだけ引っ込めていた。


「だからこそ、哀殿にはここで、哀殿の役目を果たしてほしい――そういうことですよね!主!」


「え……」


哀が、思わず困ったような声を漏らす。


自分に向けられた言葉の意味を、すぐには飲み込みきれなかった。

置いていかれるのではなく、残されるのでもなく、ここで役目を任される。


その解釈が本当に正しいのか確かめるように、哀は白依を見つめた。


白依は、すぐには視線を返さなかった。


ほんのわずかに間を置いてから、そっけなく言う。


「……まあ、それでいい」


ぶっきらぼうな返答だった。


けれど、否定はしない。

それがすべてだった。


哀の瞳が、わずかに揺れる。


白依はなおも視線を向けないまま、内心で妙なむず痒さを覚えていた。


自分がうまく言葉にできなかったことを、焔羅にあっさり言語化されてしまったからだ。


違うわけではない。

むしろ、その通りだった。


「お前は、色々見えている。ここで、お前にできることをしろ」


白依の言葉は短かった。


けれど、それは突き放す響きではなかった。

戦えないからではない。

役に立たないからでもない。


お前にしか見えないものがある。

お前にしかできないことがある。


そう認めた上で、ここを任せる――そんな響きが、確かにあった。


哀は一瞬だけ目を見開き、次の瞬間には背筋を伸ばしていた。


「お任せください!」


返事は、先ほどまでよりもずっと真っ直ぐだった。


その顔にはまだ緊張が残っていたが、もう迷いはない。


「必ず、お役に立ってみせます!」


その声を聞き、焔羅がふっと耳を揺らす。


白依は短く頷くと、ようやく杣木邸の暗い口を見据えた。


焔羅が、くるりと哀の方を振り向く。


「哀殿、よかったな!これは念のために――」


言いながら、ふう、と小さく息を吹きかけた。


その瞬間、哀の身体が一瞬だけ青白い炎に包まれたように見えた。


けれど熱はない。

燃える気配もない。


揺らめいた火は、次の瞬間には幻みたいにすっと消えていた。


哀は目を瞬かせる。


「……何を?」


焔羅はにかっと歯を見せて笑う。


「おまじないだ!頑張れよ!」


あまりにも焔羅らしい言い方に、哀はきょとんとしたあと、ふっと表情を和らげた。


さっきまで張り詰めていた肩の力が、ほんの少しだけ抜ける。


「ありがとう。焔羅もね」


そう返す哀の顔には、ちゃんと笑みが浮かんでいた。


短いやり取りだった。


けれど、それだけで十分だった。


夜気に沈みかけていた心が、ほんの僅かにだけ温度を取り戻す。


白依はそのやり取りを横目に見て、何も言わない。


ただ、焔羅の火が哀に悪いものではないことだけを確かめるように一瞥してから、再び杣木邸の闇へ視線を戻した。


白依は戸に手をかけ、ゆっくりと引いた。


がらがら、と古びた音を立てて戸が開く。

その奥へ、外の風がすうっと吸い込まれていくのが分かった。


中は暗い。


だが、何も見えないほどではない。

闇に目が慣れれば、輪郭も、奥へ続く廊下の影も、うっすらと判別できる程度の暗さだった。


白依は躊躇なく足を踏み入れる。


焔羅もそのすぐ隣を進み、二人は杣木邸の内へ入った。


背後から哀の声が飛ぶ。


「白依様、お気をつけ――」


だが、その言葉の終わりを待たずして、


バン!


と、激しい音が響いた。


まるで何者かが叩きつけるように、戸が勢いよく閉まる。


「なっ!」


焔羅が反射的に振り返り、そのまま戸へ飛びかかった。


そのまま突き破るつもりだった。

ただの古い戸であれば、焔羅の力なら容易く破れたはずだ。


だが――それは叶わなかった。


そこにあったはずの戸は、もう存在していなかった。


代わりに白依たちの背後を塞いでいたのは、白い壁だった。

「な、なんだこれ!?哀殿!聞こえるか!?」


焔羅が取り乱し、白い壁の前で声を張り上げる。


外へ向けて、何度も呼びかける。

だが返事はない。


気配も、足音も、戸の向こうにいたはずの哀の存在も、綺麗に断ち切られていた。


焔羅の尻尾の火が、ぱち、と強く跳ねる。


白依は騒がず、ゆっくりとその白い壁へ近づいた。


足を止め、無機質な面を見つめる。


そして、静かに手を伸ばす。


触れた指先に返ってきた感触は、意外にも硬い壁のそれではなかった。


――布。


白依はわずかに目を細める。


見た目は継ぎ目のない白い壁。

だが実際に触れてみれば、それは滑らかな布を何重にも張り合わせたような感触だった。


焔羅の炎で焼き払うことも、一瞬頭をよぎる。


だが、この家は古い木造だ。

ここを今後の拠点として使う可能性がある以上、安易に燃やすわけにはいかない。


白依は手を下ろし、短く息を吐いた。


その傍らで、焔羅は苛立ちを隠さず白い壁を爪で引っ掻いている。


ぎ、ぎ、と布を裂くような鈍い音が響く。

だが手応えは悪い。


表面だけならまだいい。

しかしこの壁は、どうやら一枚ではない。


幾重にも、幾重にも。

布のようなものが重なり合い、無理やり壁の形を取っているらしかった。


力任せに破れなくはないだろう。


だが――それには時間がかかる。


そして、この場で時間をかけること自体が、すでに相手の術中にいるようで気に食わなかった。


「焔羅、もういい」


白依が低く制す。


焔羅はなおも壁を睨みつけたまま、悔しげに耳を伏せた。


「主、でも……」


「それより、お前の炎で周囲を照らせ」


白依は白い壁から視線を外し、家の奥へと目を向ける。


「家は燃やすなよ」


短い言葉だったが、それで十分だった。


焔羅は一瞬だけ不満そうに尻尾を揺らしたものの、すぐに「わかってる!」とでも言いたげに鼻を鳴らす。


青白い火が、ふっとその身のまわりに灯った。


焔羅の青白い炎が、ふっと周囲を照らし出す。


その光景を見た瞬間、白依はわずかに眉をひそめた。


焔羅は目を見開き、ぽかんと口を開け、声を零す。


「主……これは……」

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