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幕間1

 九月も半ばを過ぎると中間テストの時期が近づいて来る。

 日々の勉強は今まで通り大変だが気持ちにゆとりが出来たせいか、多少の失敗にも動じないようになってきていた。その失敗も自分の目的を達成するためのプロセスと考え、大事にするようになった。

 この心境の変化が吉と出るか凶と出るかはまだ分からないが、今は出来ることを一つずつこなして行こう。弁護士への道のりはまだまだ長い。

 ただ、その道を前だけ見て行くのは止めようと思う。周りにも目を向けなければまた事故を起こすかもしれない。

 今日は夏休み明けから妙に元気のない天音千絵を誘って自宅でテスト勉強をすることになった。明日は休日のため千絵はお泊りの予定だ。学校が終わり、泊まりの準備をした千絵が茉里奈の家にやって来ると、早速、勉強会が始まった。

 二人とも基本的には無言のまま勉強を続けたが、時折、千絵が分からない所を茉里奈に聞いて来た。

もっとも、それは確認程度のもので、千絵は教えればすぐに理解してくれた。正直、彼女がなぜあそこまで成績を落としたのか理解できない。今のままでも十分に学年トップクラスの成績を出せると茉里奈は思った。

 二時間ほど経過した頃、どちらからともなく休憩に入ることになった。

「それにしても珍しいわね。茉里奈が一緒に勉強しようなんて言い出すなんて。前は集中したいからっていつも一人で勉強してたのに」シャープペンシルを指で弄びながら千絵が言った。

「まあ、ちょっとね。心境の変化ってやつ?」

「何それ、あやしい……。あっ、もしかして、彼氏でも出来た⁉」

「違うって。てか、今の私にそんな余裕があると思う?」

「だったら、なんで私を誘ったの?」

「だからさっき言ったでしょ。心境の変化? みたいなやつよ。私も、もう少し視野を広く持たないといけないと思いまして」

「言ってることがよく分かんないんだけど?」

「あんた最近、元気なかったでしょ?」

「え?」

「だから、何かあったのかなって思ってね」

「気付いてたんだ」千絵が驚いた様子で言う。

「そりゃ、あんた、分かり易いし」

「……それで誘ってくれたの?」

「まあね。あ、でもあくまで勉強のついでよ、ついで」茉里奈は、ぷいっとそっぽを向いて答える。

「ありがとう」千絵は苦笑して言った。「でも、心配しないで。大したことじゃないから」

「大したことじゃないなら話せるんじゃない?」

「おお。今日は随分ぐいぐい来るじゃない? これもその心境の変化ってやつ?」

 千絵はわざとらしくおどけて見せた。何か都合が悪くなると千絵は決まってこのような態度を取る。

「どうかしら?」茉里奈はそう答えると、じっと千絵の瞳を見つめた。

 すると、千絵は観念した様に両手を挙げた。

「分かったわ。降参。ちゃんと白状するから」

「それで、何があったの?」

「本当に大したことじゃないのよ。ただ、ちょっと……」

「ちょっと?」

「その、百合と、喧嘩しちゃって」

「百合ちゃんと?」

「まあ、喧嘩っていうほど大げさなものでもないんだけどね」

普段から天音姉妹のやり取りを見ているだけに、茉里奈はそれを聞いてもあまり意外に思わなかった。むしろ、それくらいで凹んでいたのかと、微笑ましくさえ感じた。

「それで、原因は?」

「それはその、何ていうか……」千絵は少し決まりが悪そうにしてから答える。「夏休みの最終日に久しぶりに家族で一緒に食事をすることになったんだけど、そのとき私、嫌な態度取っちゃって」

「嫌な態度って、どうしてまた?」茉里奈は気軽な気持ちでそう尋ねた。

 すると、千絵はしばらく悩んでから口を開いた。

「私、前からちょっと、父親と上手くいってなくて」

「お父さんと?」

「うん」叱られた子供のようになって千絵が答える。「それで、つい食事のときに憎まれ口叩いちゃって。で、そのあと、百合が私の部屋に来たんだけど、私、百合にまで悪態をついちゃって」

「それで百合ちゃんが怒ったと?」

「うん、まあ、怒ったっていうか……。あれって、怒ってたのかな、やっぱり」千絵の声はどんどん尻すぼみになって行く。

「まあ、百合ちゃん、ふわふわした見た目の割に気が強い所 あるしね」

「そうなのよ。おかげで最近、あの子とギクシャクしちゃって……」

「なら、早いとこ謝った方が良いんじゃない?」

「だよねえ」千絵はそう言って項垂れる。「でも、何て言ったら許してくれるかな?」

「普通に謝れば、あの子なら許してくれると思うけど」

「それが出来れば苦労してないのよ」

「なら何かお詫びの品でも持って行ったら?」悶々としている千絵を見て、茉里奈が言う。「たしか百合ちゃんって、甘いものが好きだったでしょ。今度、どこかおいしいお店にでも連れて行ってあげたら? 受験勉強の気晴らしにもなるだろうし。一石二鳥でしょ」

「それだ!」千絵が感心したように手を打って言った。「そうか、その手があったかー。さすが、茉里奈。策士!」

 急に明るくなった千絵に茉里奈は、「いやいや」と首を振る。

「こんなの誰でも思いつくから」

 兄の圭など茉里奈と喧嘩をした後は、よくご機嫌取りのためにケーキを買って来てくれた。そのおかげで仲直りには甘いものというのは、茉里奈の中では定説になっている。

「いや、そんなことないよ。うちってあんまり姉妹喧嘩ってしたことがなかったから、こういう時どうすればいいかよくわからなくて」恥ずかしそうに千絵が言う。

「しょっちゅう喧嘩しているように見えるけど?」

「いつものは冗談でしょ。でも、今回はみたいのは初めてで」

「まあ、あんた百合ちゃんには基本甘々だからね。私が知る限り、百合ちゃんも本気であんたに怒ったのは見たことないし。……だから、大丈夫じゃない」

「え?」

「百合ちゃん、きっと許してくれると思うよ」

「う、うん……」

「っていうか、私としてはもう一つの方が驚いたけど」

「もう一つ?」

「あんたとあんたのお父さんのこと」

「ああ……」

「けど、それに関しては聞かないことにしておくわ。家庭の問題もあるんだろうし」

「そうしてもらえると助かるわ」

「でも、もし、本当に困ったことがあったら話してね。私で出来ることなら力になるから」

「あ、うん。その、ありがとう……」

千絵が照れ臭そうに笑顔を浮かべると、ちょうど扉をノックする音が聞こえた。

「もうすぐ夕飯だから、二人とも降りてらっしゃい」

「わかった。今行くー」茉里奈は母親の呼びかけに答えると、千絵の方に目を向ける。「じゃあ、行こうか」

「だね」

 二人は部屋を出ると、階段を下り、一階のリビングへ向かった。

すると、その途中で仕事から帰宅していた昌平と顔を合わせた。

「あ、お父さん。おかえり」

「ただいま」

「いつの間に帰って来てたの?」

「いまさっきだ」昌平はそう答えてから、茉里奈の後ろに目を向ける。「そちらは?」

「ああ、そうだ。この子は私の友達で天音千絵ちゃん」

「初めまして。茉里奈の父です」昌平が千絵に挨拶をする。

 しかし、千絵からの返事はなかった。

 茉里奈は気になって千絵の方に振り向いた。

「……千絵、どうしたの?」

「あ、え?」千絵はひどく動揺した様子を見せると、首を横に振る。「な、何でもない」

「何でもないって、あんた顔真っ青よ!?」

「ほ、ほんと、何でもないから。けど……、ごめん、やっぱり調子が悪いみたい。今日はこれで帰るね」

 言っていることが支離滅裂だった。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。荷物も持たずに玄関に向かう千絵の後を茉里奈は慌てて追った。

「ちょっと、千絵。本当に大丈夫なの?」玄関で靴を履く千絵に茉里奈が言った。

 この様子はただごとではない。一人で帰してしまってよいものか躊躇っていると、昌平が玄関までやって来た。

「体調が優れない様でしたら、車を出しますよ」

「そうだよ。千絵、そうしよ。何か本当に具合悪そうよ」

「ごめん。本当に大丈夫だから」千絵はそう答えると、昌平の方に向き直る。「……本当にごめんなさい」

 深々と頭を下げると、千絵は柏木家の玄関から出て行った。

 それはあっという間の出来事で、茉里奈も昌平もただ黙って見送ることしか出来なかった。

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