第十四話
「それは本当ですか? ありがとうございます」
九月上旬。
昌平は会社で電話を受けながら、誰もいない方向に向かって頭を下げていた。
死神との契約が無事に締結したおかげで、昌平の会社は何とか急場を乗り切ることが出来た。
また、これまで今まで必死に営業を続けていた成果が出て来たのか、昌平の会社の継続が決まるといくつかの企業が取引を受けてもよいと言って来た。少額だが融資をしてくれる銀行も現れ始めた。
しかし、それで安心してはならないことは中泉から受けた説教でよく分かっている。むしろ、ここからが正念場だと昌平は思った。
「では、今後とも何卒宜しくお願い致します」
今日、また新たに一つの受注先が決まった。相手は昌平の会社の継続を取引の条件にしていた企業だった。昌平が電話を置いて椅子に座ると、目の前にお茶が出された。
「よかったですね」誠子が嬉しそうに言った。
会社の継続が決まったと伝えた翌日、誠子は体調を崩し寝込んでしまった。今まで蓄積していた疲れが出てしまったのだろう。彼女にもかなりの心労を与えてしまった。
「そうだな。よかった」昌平はそう答えると誠子の淹れてくれたお茶を啜った。
圭にも電話でもう心配はいらなくなったと伝えた。理由を問われ、新たな融資先が決まったからだと答えた。その答えに圭は納得いかない様子だったがそれ以上言及されることはなかった。
また、茉里奈にも一度きちんと事情を説明しておこうと考えた。そう考えたのは誠子から、「あの子はきっと気付いてますよ」と助言を受けたからだ。
その言葉通り茉里奈はすでに事情を知っていた。昌平は茉里奈を自室に呼ぶと、とりあえず当面の心配はいらなくなったから勉強に専念するように言った。
すると下を向いたまま茉里奈がぽつりぽつりと話し出した
「あのね、お父さん。私、今回のことで考えたことがあるの」
「考えたこと?」
「うん。私は今まで勉強するのに必死で周りが全然見えていなかった。というか、見ようとしてなかった。他のことに気を取られて周りに置いて行かれるのが怖かったから……」
「お前は弁護士になるために勉強しているんだ。それくらい当たり前じゃないか?」
「それじゃいけないって思ったの。今、私がこうして勉強に専念出来ていることが当たり前のことじゃないって分かったから。私はもっと自分の周りにも目を向けるべきなんじゃないかって……」
親の会社が一度潰れかけたことを知ったのだ。そういった心境の変化が現れても不思議ではない。しかし、だからといって茉里奈がそれを気に病む必要はない。茉里奈はまだ子供なのだ。
「いや、茉里奈。今回のことはお前も驚いたとは思う。しかし、そのことでお前が負い目を感じる必要はないんだ。今回のことだって黙っていたのは、私も母さんもお前に余計な心配をかけないようにするためで――」
「分かってるよ。今までだってお父さんたち、会社やお金の話は絶対家に持ち込まなかったから。でもね、知らなかったからそれでよしなんて私には出来ない。だって、私、大学を卒業するまでにどれくらいのお金が掛かるかってことさえ知らなかったのよ。こんなの少し調べれば分かることなのに。そんなことにも目を向けようとしてなかった。考えようとさえしていなかった。こんな人間が弁護士になって何を護れるっていうの……」
自分を責めるような口調で茉里奈は言った。その口調からは強い後悔の念を感じる。なぜ自分はそんな当たり前のことさえしてこなかったのかと。
それは大手の取引先があることに胡坐をかき、当たり前の営業努力をしてこなかった自分にも言えることだった。まったく、親子揃って似たような間違いを犯していたとは。
しかし、茉里奈はその間違いに自分で気付き正そうとしている。俯き、鼻を啜る彼女の姿は弱々しいが、そこには確かな成長が認められた。もしかしたら、茉里奈は自分よりもずっと大人なのかもしれない。
この子はきっと大丈夫だと思った。
昌平はそれをそのまま口にする。
「お前なら大丈夫だ」
「え?」父親の言葉に茉里奈が顔を上げる。
「お前ならきっと立派な弁護士になれる」
「何それ……」
何の根拠もない父親の言葉に茉里奈は涙を拭いて破顔した。




