3.ゆっくり料理を楽しめないヘンリー
披露宴会場は春の花畑をイメージした内装だった。一瞬で、二人がここを選んだ理由が分かった。
(二人が好きそうなところだな……。いや、メイベルちゃんが好きそうなところと言った方がいいか)
一歩足を踏み入れれば、芝生からしゅるしゅると、瑞々しい茎が伸びて草花が咲く。淡いピンク色の薔薇にマーガレット、黄色いポピーにスプレーマム、ダンデライオンにライラック、ゼラニウムが本物とは違って、まるで野に咲く花のように咲き誇っている。天井は青空を模しており、白い雲が浮かんでいた。そこには太陽の代わりに、すずらんの形をしたシャンデリアが吊り下がっている。白い塗り壁にはツタが這い、青い薔薇とミルクジャムのような色合いの薔薇が咲き誇っていた。それを見た瞬間、胸焼けしそうになる。
「あ~、はいはい。ノア? あれは絶対に絶対に、メイベルちゃんの色とアレンの色なんだよ……。二人が決めたんだろうなぁ。これは俺の瞳の色~、これはメイベルの色だなって! がっちり絡み合ってるし!」
「まあ、結婚式だしねえ。色ぐらいで大げさじゃない?」
「そうか、しまったな。忘れていた……。俺は解放されると思って浮かれていた訳だが、ここには二人の集大成が詰まっているんだ。これまでのよりもっともっと、凝縮された惚気が詰まっているんだ! 俺はそれをこれから、嫌と言うほど見せつけられるんだ。胃が痛くて吐き気がする……」
「可哀相に。ストレスが溜まってるんだよ」
普段はつんけんしているノアが、気の毒そうな微笑みを浮かべ、俺の背中に手を添えた。そうなんだ、ストレスが溜まっているんだと言いたくなったが、少し離れたところでフレデリックさんが、「うわ~、金かかってそう! 挙式と披露宴合わせていくらなのかなぁ?」と言い出したので、言い出せなくなった。ああ、疲れた……。でも、一応おめでたい席ではあるので、気持ちを切り替え、白いテーブルクロスがかけられたテーブルに座る。他のテーブルにはミントグリーン、まろやかなピンク、春の青空のような色をしたクロスがかけられていた。ナプキンも、各々のテーブルクロスの色に合わせ、パステルカラーで揃えられている。
でも、俺達のテーブルクロスは白だからか、白で統一されていた。かろうじて中央に飾ってある薔薇が、ほんのりとピンクがかっている。あと、カトラリーの持ち手が木製だから、茶色も入っている。文句がある訳じゃないが、他が色とりどりなのに、新郎新婦の席から近いこのテーブルだけが白だと、周りから浮いて見えるような気がする……。色々と考えるのはやめ、椅子を引いて座れば、ノアが向かいの椅子に腰かけた。ノアの隣はフレデリックさんとシェラさんで、俺の隣はハリーとダニエルさんらしい。
「ここだけなんで白なの? 浮いてるんだけど……。それともあれ? ここは問題児のテーブルですよっていう注意喚起?」
「ノア!? 気持ちは分かるけど、そういうこと言うのはやめような!? なっ?」
「俺、もうちょいカラフルなテーブルが良かった……」
「まあまあ! どうせカラフルなテーブルに座ったって、ハリーがめちゃくちゃにして、腹ばいになるだけだって! どーんとテーブルの上にな!」
「いや、フレデリックさん? 流石のハリーもそんなことはしませんって。二人の結婚式、めちゃめちゃにしたいとは言ってましたけど……」
「言ってるじゃん。ヘンリーってお気楽なところがあるよね」
うっと言葉に詰まっていると、フレデリックさんが呑気に笑い、軽く手を振った。この人が一番腹立つな……。
「大丈夫大丈夫! 俺がハリーのことを焚きつけておいたから。いやぁ~、結婚式はこうじゃなきゃなぁ!」
「はい!? 一体どうして止めてくれなかったんですか!? 本当に焚きつけたんですか!?」
「俺が言っても止まらないから? ならいっそのこともう、ハリーという暴走機関車を極限まで暴れさせてやろうと思ってさ!」
「この……っ!!」
「うわっ、相変わらず気持ち悪っ」
「へへ~ん。大丈夫! 嘘だよ~ん。驚いたかなぁ? ヘンリー君!」
「はい!?」
「遊ばれてるから一度殴った方がいいよ、この変態パン屋さん」
ノアの言う通りかもしれないと思い、拳を握り締めて立ち上がった瞬間、ふいに肩を叩かれた。
「うわああああっ!? 何!? 誰!?」
「ご、ごめん、ヘンリー……。俺だよ、そこまで驚くとは思ってなかった」
「あっ」
存在感が薄いから気が付かなかった! 苦笑したダニエルさんが、椅子を引いて座る。今日は黒髪をきっちり整え、メガネも外し、ダークブラウンのスリーピースを着ていた。エレンさんと一緒に住み始めてからというものの、肌艶が良くなって、落ち着きが出てきている。あれだけくっきりと濃く、浮き出ていた目の下のクマももう無い。さっき会った瞬間、感動してしまった。
「す、すみません、驚いてしまって……。でも、良かったです。ダニエルさんが幸せそうで。さっき言いそびれたんですけど、随分と健康的になりましたね?」
「ありがとう、ヘンリー。こうやってゆっくり喋るのも久しぶりだね」
「ああ、言われてみれば久しぶりですね。元気にしていました? それにしても、まさか同じテーブルとは……。てっきりメイベルちゃんが、エレンさんと一緒のテーブルにすると思っていたんですけど」
ダニエルさんが青い瞳を軽く瞠って、ふんわりと微笑んだ。昔よく見ていた兄のような微笑みで、これが見れるようになって嬉しい。今、穏やかで幸せな証拠だ。
「俺がメイベルに頼んで一緒にして貰ったんだ。ヘンリーだけだと、みんなの世話が大変だろう? だから」
「ダニエルさん……!! 俺の味方はあなただけです! 助かりました!」
「よしよし、お疲れさま。ヘンリー」
感極まってしがみつけば、笑いながら背中を叩いてくれた。俺達のやり取りを見て、ふいにノアが呟く。
「そうしてるとさぁ……二人とも、そっくりだよね? 兄弟みたいだ」
「そ、そうかな……?」
「ああ! 昔はよく二人でカヌーに乗りに行ったり、海に泳ぎに行ってたりしてたんだけど、行く先々で兄弟に間違われたよ。年の離れたお兄ちゃんだって、そう勘違いされてた」
「やっぱり。親戚なだけあって似てるよね」
ダニエルさんが照れ臭そうに笑った瞬間、フレデリックさんがグラスを持ち上げ、ワインを注ぎ始めた。すぐさま、シェラさんが水か何かのように、それを一気飲みする。も、もう!? 乾杯もまだなのにと思ったが、落ち着け。俺! あれはシェラさんを大人しくさせるための薬であって、酒じゃないんだ。酒じゃないんだ……。
「ほぅら、幻のワインだぞ~。たんとお飲み~」
「美味しい、これ! もっとちょうだい」
「シェラ、一杯でやめとけば? 料理前に飲むのもあれでしょ。酔わない?」
「いやいやいや……そもそもの話、乾杯前ですから!!」
「や、やめようか。シェラもフレデリックも」
「えええ~? だって約束したし。それにほら! これ、赤ワインじゃなくて白ワインだから~。飲んででも誰も気付かないって! 水だと思うって!」
「思う訳無いじゃないですか、グラスに注いでいる時点で!」
「はいはい、シェラ? やめよっか。あとで俺の分のお酒あげるから」
「分かった、やめる」
けぷっと、げっぷをしたあと、飲むのをやめて頷いた。ああ、疲れる……。精神安定剤のダニエルさんがいてくれて助かった。二人が暇だ暇だと騒ぎ出したので、メニュー表を見るようにと伝え、俺も見る。じきに全員が揃い、新郎新婦の入場が告げられた。それまで明るかった会場が一転して暗くなり、期待感が高まる。扉が開いた瞬間、二人に眩しいスポットライトが当たった。ほのかに淡い薔薇色のドレスが輝き、ドレスの裾が揺れる度、ぽぽんと、白い薔薇や百合が咲いては消えてゆく。あちこちで拍手や歓声が上がった。俺もそれに合わせ、脱力しながらも拍手を送る。
「ああ、二人とも。疲れた目に眩しいなぁ……」
「へ、ヘンリー……!!」
「可哀相に、疲れてるんだなぁ。ヘンリーも飲むか? 幻のワイン!」
「それ、全部あたしのだから」
「えっ? でも、俺もちょっと貰おうかなと思ってるんだけど?」
「そういう約束で笑顔を振りまいてた訳じゃない。だから、だめ!」
「あっ、はい……。分かりました」
「ワイン由来の笑顔だったんだね? シェラ」
「じゃないと笑えない」
呆れたように笑うノアに向かって、重々しい頷きを返す。あまりそっちは見ないようにした。俺にはスピーチが控えているんだ。司会者が挨拶をして、もろもろの話を終えたあと、俺の番が回ってきた。本当は今までの恨みつらみをぶちまけてやりたいところだったが、非の打ちどころが無い微笑みを浮かべ、随分と脚色された俺とアレンの出会い、そして二人の出会いをロマンチックに語り(まるで、シェアハウスが城であるかのように語った)、最後は涙ぐみながらも、心の底から告げた。
「本当に、本当に二人がようやく結婚してくれて嬉しいです! どうぞ、末永く幸せに。メイベルちゃん、アレンのことをよろしく頼みます」
メイベルちゃんが「任せて~」と幸せそうに呟き、盛大な拍手が湧き起こった。あ~、自分が貴族という欲深キショ種族の名に恥じないよう、マナーと品の良い所作を叩き込まれていて良かった。こういう時、助かる。アレンからも切羽詰まった表情で「頼む! スピーチを任せられるのはお前しかいないんだ!」って言ってきたしな……。椅子を引いて座ったとたん、ノアとフレデリックさんが気の毒そうな顔をする。
「お疲れ、ヘンリー。今までの恨みがこもっていたね?」
「というか何だよ? あのスピーチは……。ついつい、二人が運命的な出会いを果たして、その後、お伽話も真っ青なロマンチックな日々を送っていたように思えたよ。全部全部、誤解なのになぁ~。本当は酒瓶を持った女が転がっていたり、社畜が踏んでください! って騒いでいただけなのになぁ」
「本当のことなんて、話したって盛り上がらないじゃないですか……。ぶち壊しになるじゃないですか、雰囲気が」
「よ、良かったよ、ヘンリー……。お疲れ」
「ありがとうございます、ダニエルさん」
真面目な顔をしながら、次はメイベルちゃんの女友達のスピーチを聞く。ノアがそれを聞いて、複雑そうな顔をしていた。
「好かれてるなぁ、メイベルちゃんって。泣いてるし……。なんであんなシェアハウスに住んでいたんだろうね?」
「あんなって! 俺はパン屋から近いし、騒いでいても文句言われないし、家賃も安いし、最高の環境だと思ってるぞ!?」
「性格悪い人間には、ああ、違った。変人には最適な生息地域だよね?」
「悪口!!」
「ははは……まあ、俺は変人じゃないし。フレデリックさんはそうだけど」
「あたしも変人じゃないから!」
「お、俺もかな……。他のみんなはそうだけど」
「いやいや! ヘンリーやダニエルさんだって、変人だって! でも、俺は普通だけどなぁ」
「どの口が言うんだか! ふん」
「ノア~……。ノアも変人さんだよ!?」
「絶対に違うね! そうじゃない! 普通だから、俺は」
いやぁ、こう言っちゃなんだけど、俺以外、全員変人だよなぁ~……。俺が溜め息を吐けば、ダニエルさん達も同時に溜め息を吐いた。ああ、嫌だなぁ。ここにいる人達全員、自分だけはまともで変人じゃないって、そう思い込んでいるんだろうなぁ。気の毒に。感動的なスピーチの最中、しばし見つめ合う。微妙な空気が漂っていた。
「あっ、間に合った!? 料理、まだ食べてないよね!?」
「は、ハリー!? 一体どうしてここに……!? 警察は!?」
「犯人を警察に引き渡してきたから! いやぁ~、まいっちゃったよ。賞状とか貰えるかと思ったのに、貰えないみたいだし、事情聴取にちゃんと協力しようと思ったら追い返されちゃった! 昨今の警察って怠け者だよなぁ~」
あああああ、明らかに厄介払いされて帰ってきた……!! 奇行ごときでは流石に逮捕されなかったか! 俺の気も知らないで、ハリーが機嫌良く椅子を引いて、隣に腰かける。はい、地獄の結婚式の始まり始まり。俺、止められるのかなぁ? ちゃんとハリーのことを。
(でも、ダニエルさんもいるし大丈夫か。きっと、料理が運ばれてきたら大人しくしてくれるだろうし、せいぜい、ぽろぽろと料理をこぼすだけか……?)
全員で乾杯したあと、前菜が運ばれてきた。春らしく、こってりと脂が乗ったスモークサーモンを薔薇の花に見立て、クリームチーズを入れて巻いた、スモークサーモンのハーブサラダだった。早速、ハリーが俺のサーモンを強奪してきたが、気にしないようにした。今日は二人の結婚式なんだし、いちいちこれぐらいのことで腹を立てちゃだめだ……。でも、心配したダニエルさんが俺にサーモンをくれた。明らかに子供扱いされている。
「だ、大丈夫ですよ? 別に無くても」
「いや、いいんだ。気にしないで。俺がしたくてしてるだけだから」
「仲良いよなぁ~、二人とも。俺だったらやれないや。サーモン、うまい……って、ああっ!?」
ノアが素晴らしいナイフとフォーク捌きで、フレデリックさんのサーモンを奪い取っていった。平然と食べているノアを見て、「お前、お前はっ……!!」と怒りに震えながら呟いている最中、今度はシェラさんがサーモンを奪い取っていった。
「おああああっ!? ちょ、シェラまで! 俺の日頃の行いが悪いからっ!?」
「ああ、うちのテーブルだけだろうなぁ。こんな低次元な争いが起きているのは」
「うわ~。シェラさんもノアも容赦無いなぁ。恥ずかしいと思わないのかなぁ?」
「ハリー!? 元はと言えば、お前が始めたことだろう!?」
「いやいや、俺はヘンリーにちゃんとちょうだいって言ったし! 俺の真似するなら、完壁に真似して欲しいよ……」
「言ってないからな!? 一体いつ言ったんだよ!?」
「心の中で! ほら、俺とヘンリーは毎晩寝る前に、心の中でお話してるじゃん!? だから!」
「ハリー? 残念だが、それは俺じゃないんだ……。誰かと間違えているんじゃないかな?」
平然とまた、俺のサーモンを奪い取りながら────しかし、ダニエルさんがすぐにまたサーモンをくれた────不思議そうな顔をして、ハリーが首を傾げる。
「あれ~? おかしいなぁ。でも、俺が入居した時から気にかけて話しかけてくれたよね? 最初はなんでヘンリー、宙に浮いているんだろうって思ってたんだけど、だんだんと慣れて喋れるようになってきて、」
「やめてくれ、やめてくれーっ!! も、もう、あの怪奇現象はおかしなハリーが来てから無くなったと思っていたのに!! うわあああああっ!」
「へ、ヘンリー!? し、静かに! みんな驚いちゃってるから……」
「そうだよ? せっかくの結婚式なんだし、俺みたいにちゃんとお利口さんでいなきゃだめだよ!? ヘンリー!」
ハリーがもごもごと、口の中にサーモンを突っ込みながら喋り始めた。ああ、もう嫌だ。帰りたくない……。今晩からバニラちゃんと一緒に眠ろう。きっと動物がいれば大丈夫、動物がいれば大丈夫……。俺が頭を抱え、ぶつぶつと呟いていると、ノアやシェラさんが、フレデリックさんから奪ったサーモンをくれた。お礼を言って食べている俺を見て、フレデリックさんだけ悲しそうな顔をしていた。
(次は余興か……。ああ、大丈夫かなぁ? 早く帰りたい。いや、帰りたくない! でも、バニラちゃんが淋しく一人でお留守番してるし、早く帰ってあげなくては!!)




