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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
番外編 その後の彼らたち
117/134

2.元カノの次は、刃物を持った不審者が登場

 




 空が青かった。これでメイベルちゃんから解放されると思えば、やたらと空の青さが目に染みた。幸せそうに笑う二人へ、参列者が淡いピンクの花びらを浴びせる。空中へ舞った花びらはきらきらと輝いていて、一部は地面に落ちず、真っ白なハトになって飛んでいった。そのハトもたちまち、煌く光になって溶けてゆく。ついつい、渡された木籠の中を覗き込み、下世話なことを考えてしまった。


(オプションで魔術仕掛けの花にしたのか……。いくらかかったんだろう? いやいや、ドケチなアレンのことだし、自分で魔術をかけたかもしれないな! 市販品は高いし、魔術師を手配するっていう手もあるけど、自分が使えるんだからしないよなぁ)


 俺がうつむきながら反省していると、すぐ隣に立ったノアがまじまじと木籠を見下ろしながら、余計なことを言う。


「これ、高そうだよね……。まぁ、結婚祝い沢山貰ったって言ってたし、それでなのかもしれないけどさ」

「ノアー!? やめようぜ、せっかくの結婚式でそんなことを言うのは!」

「ヘンリーはそういうこと気にしなさそうだけどね。俺は気になる」

「俺も気になるなぁ~。メイベルちゃんのドレスもいくらだろ? アレンに聞いても教えてくれなさそう」

「フレデリックさんまで、そんなことを言って……」


 俺も考えていたけれど! 溜め息を吐けば、フデリックさんが笑顔で「まあまあ」と言いながら、肩を叩いてきた。程よい春の陽射しに、柔らかく頬に当たってくる風。芝生敷きの丘は心地良くて、遠くには海が見えた。歴史的な建築物が立ち並ぶ街の向こうに、うっすらと青い海が浮かんでいる。


「ああ、これでやっと解放されるな……」

「さっきからそればっかだね? 安心してるところ悪いけどあれ、放っておいていいの?」

「えっ? あれって……?」

「ほらほら、あそこ! カイルとハリーと……ええっと、ウィリー君だっけ? メイベルちゃんの弟の。なんか悪巧みしてるっぽいぞ?」

「あれ絶対、余計な話しかしてないやつじゃないですか!! 嫌だなぁ、あの組み合わせ! 気になるなぁ!」

「頑張れ、ヘンリー」

「がんば、がんばっ!」


 鬱陶しい笑顔で応援してくるフレデリックさんと、素知らぬふりでメイベルちゃん達を見るノアを睨みつけてから、慌てて三人の下へ向かう。それぞれ木籠を手に提げながら、顔を寄せ合い、ひそひそと話し込んでいる。


(ああっ! 絶対! 絶対に、この結婚式を成功させたいというのに、あいつらときたら……!!)


 留守番していて欲しかった、バニラちゃんと一緒に……。まだまだ気が休まらない。俺が油断すれば、この結婚式は終わるような気がする。ありとあらゆる意味で! 正直、投げ出したい気持ちでいっぱいだが、マリエルさんとライさんはメイベルちゃんを見るので忙しそうだし、アレンとメイベルちゃんのご家族には期待出来そうにないし……いやいや、そもそもの話、俺の友達が問題を起こすつもりでいるんだから、俺が速やかに止めるべきだ。小走りで駆け寄ると、物騒な会話が聞こえてきた。ハリーが大げさな身振り手振りで、演説をしている。


「だから二人とも、今ここで動くべきなんだよ! このまま、あの幸せそうな二人を放っておいていいと思っているのか!? 俺達を呼んだのはアレンなんだし、俺と君達で結婚式をぶち壊しにしてやろうぜ! 騒ごうぜ!」

「放っておいてやれ、ハリー!! 招待客の発言じゃないだろ、それ!」

「うわっ!? ヘンリーが来た! 逃げろっ」

「待て待て、やめろ! 頼むから大人しく花をまいていてくれ!! なんならもう花を眺めるだけでもいいから、大人しくしていてくれ! ハリー、お利口モードで過ごすんじゃなかったのか!?」


 ああ、今日は朝からやたらと聞き分けがいいと思ったら、またこんなことをして! でも、絶対にどこかで騒ぐと思った。おかしいと思ったんだ、ハリーがこんなに大人しくしているだなんて! 俺が焦って肩を揺さぶれば、冷徹でありながらも、虚ろな表情を浮かべる。


「いや、ヘンリーやみんなを油断させるために、朝からお利口モードで過ごしていただけだから……。ヘンリーが油断した頃合いを見計らって、お利口モードを切って騒ごうと思っていた。一生に一度の記憶に残る結婚式、俺の手で演出したい。二人が悲しむ顔を見たい」

「なっ!? お前っ、ハリー……!! ちょっとはまともだと思っていたのに!」

「だって、俺も結婚したかったんだもん!! なのにアレンに先を越されちゃったし! アレンには婚約者がいて、俺には彼女すらいないのなんで!? どーせ、二人は幸せいっぱいだから俺がどんなに騒いでぶち壊しにしても、それすらイチャイチャの材料にするよっ! どーせ!! アレンがごめんな? メイベルって言って、メイベルちゃんがううん、いいの。途中までは楽しかったから、それにアレンと結婚出来るだけで幸せだからって言って、そのまま新婚旅行先のホテルでイチャイチャし出すんだよ! 俺、知ってる! 俺知ってるもん!! うわあああああんっ!!」

「まぁ、それはそうなんだろうけどさ……」

「アレンさんとメイベルさんなら、それで終わりでしょうね」


 カイルが真顔で花を掴み、ぽいっと足元の芝生へ投げている。新郎新婦に向かって投げる気、ゼロか! ウィルフレッドが戸惑いながらもそれを見て、「やばいなー……」と呟いているが、君も君でやばいからな? よく自覚するように。そう言いたい気持ちは山々だったが、言う気力が無かった。文句を言うのにも、体力と気力が必要だ。


「はー……。とにかくもだ、やめてくれ。もう穏やかな気持ちで見届けたいんだ。分かるな? ハリー。俺の気持ちが」

「分かるけど分かりたくない! 理解したくない!!」

「くそっ、潔く否定しやがって……!! とりあえずこの花をまきに行くぞ、 全員! これは何も地面にまくためのものじゃないんだ、新郎新婦に向かってまくためのものなんだ!」

「じゃあ、ヘンリーさん一人でまきに行ったらどうですか?」

「申し訳ないけど、俺も遠慮します」

「遠慮するな、まけ! そのために配られたものだって言ってるだろう!? って、ああああっ!?」


 そう言うなり真顔のカイルが、いきなり木籠を引っくり返して、だばっと地面へ花びらをぶちまけた。こ、こいつ、何のためらいもなくぶちまけやがった……!! 俺が呆然としていると、ウィルフレッドも呆然とした顔となり、「え? 嘘だろ?」と呟く。度を超えたシスコンじゃなくて良かった! 流石はメイベルちゃんの血が入ってるだけある。土台はまともだ。


「えっ!? それ面白そう!  本当はアレンの女友達に向かって、アレンに捨てられて可哀相にぃー! って叫びながら花をぶつけるつもりでいたけど、俺もするぅーっ!」

「やめろーっ!! その悪質ないたずらよりかはマシだが、やめてくれ!」

「嫌だっ、嫌だ! 何が楽しくてバカップルを祝わなくちゃいけないんだよ!? どうせ俺が色々したって、イチャついて心の傷を癒して終わりなんだ! 何も意味が無いんだぁーっ! 俺は爪あとすら残せないんだぁ!!」

「分かってるのならやめろ、落ち着け! お前がいくら邪魔したって、あの二人はイチャイチャするんだよ! 永遠に二人の世界に浸り続けるんだよ!」


 俺が暴れるハリーを羽交い絞めにしていると、ふいに「あっ、あいつ……」とウィルフレッドが呟いた。


「これ以上まだ何か問題が!? いでで、やめろ! やめろって! 俺の手を噛むな、ハリー! 痛いって!」

「あいつ、確か姉さんのストーカーだったやつだ……。気付かなかった」

「はい!? 嘘だろ、元ストーカーも呼んでいるのか!?」

「挙式だけは参加自由にしてありますし、結婚式場のスタッフさんに遅れたんですって言えば、入れて貰えるでしょうね」

「頼むからさ? 冷静に分析しないで欲しいんだけど……」


 青ざめるウィルフレッドの視線を辿り、見てみると、確かにさっきまではいなかった黒いスーツ姿の男がいた。背が曲がっているし、黒髪はぼさぼさだし、あきらかにやばそうな雰囲気を漂わせている。見ると、メイベルちゃんとアレンが少しずつ歩いて、そいつに近寄っていた。


「今はまだ端の方にいるが、まずい! 刃物を持っていたりでもしたら……」 

「結婚式に水を差そうだなんて、なんて悪いやつだ! よし、俺が止めに行くっ! 二人の幸せを守る!」

「たまに思うんだが、ハリー? ひょっとして二重人格なのか……?」

「ただ単に、人の幸せを邪魔したいだけでしょう。見てください、あの男。にやついていますよ。ハリーさんは二重人格ではなく、誰のことも邪魔したい性格なんです」

「知ってた……!! 知ってたけど、冷静に言語化されると心にくるものがあるからやめてくれ……」

「あ、すみません。またあとでパーッと飲みに行きましょうね。俺と二人で」


 俺が額に手を当てていると、カイルが申し訳無さそうな顔をして、肩にぽんと手を置く。そうこうしている内に、ハリーが綺麗なフォームで駆け出していったので、俺達も慌ててついていく。少し離れたところにいてくれて助かった。追い出さないとな。流石のハリーもいきなり、男に話しかけることはしないだろうと思っていたが、こちらが近付くのをためらった瞬間、ばっと勢い良く抱きついた。


「はっ!? えっ!?」

「流石はハリーさんですね。刃物を持っているかもしれない相手を、無言でただ抱き締める……。俺にはあんな真似、到底出来ません」

「姉さん、あんな変なやつと一緒に暮らしてたんだ……」


 俺達が呆然としている中、まるで親しい友人にあったかのような態度で「やあ、元気だった? 俺は元気だったよ!」と話しかけている。相手と共に硬直している場合じゃない、早く追い出さなくては! 出来ればハリーごと、式場から追い出してしまいたい……。


「ちょ、ちょっとすみません。俺、そいつの知り合いなんですけど」

「えっ!? ヘンリー、俺のこと友達だって言ってくれないの!?」

「少しおかしなやつで、刃物を持っている人間を見かけると、みんな自分の友達だと思ってしまうみたいで……。申し訳ありませんが、念のため、調べさせて貰えませんか?」

「ヘンリーさん、ストレスでとち狂っていませんか?」


 スーツ姿なのに、なんとなく不潔な印象の男が舌打ちをして、駆け出そうとした。でも、咄嗟にハリーが抱きついて阻止する。他の招待客に気付かれないよう、全員で「久しぶりだなぁ!」とか、「えっ? 体調が悪いんですか? 大変だな~。向こうで休みましょうか!」と言いつつ、暴れる男を取り囲んで引き摺っていると、異変を察した結婚式場のスタッフが来てくれた。


「やめろっ! 放せって、ぐっ!?」

「いえーいっ!」

「まさか、ハリーがこんなところで役に立つとはな……」


 何も考えていないハリーが男の顔面へ、ごんっと頭突きをしたため、鼻血を噴き出して崩れ落ちる。素早くポケットを確認すれば、かなり大きめのナイフが出てきた。陽に煌く鈍い刃を見て、背筋がぞっとする。


「良かった、二人が刺されたりしなくて……!!」

「俺えらい!? えらい!?」

「えらいえらい……。このまま大人しく式場の外に出てくれたら、一番えらいんだが」

「えっ!? 俺を邪魔者扱いする気!?」

「そうだ! すみません、このハリーが不審者を引き摺って、式場から出すので警察に通報して頂けませんか? この式の雰囲気を壊したくないんです。すぐ近くに公園があるので、そこで待機してくれるみたいで……」

「ええっ!? ヘンリーの中では決定事項なんだ!?」

「もう、他のスタッフが警察に通報したので大丈夫ですよ……」


 あまりの事態に顔色を悪くしていた女性が、弱々しく微笑みながら教えてくれた。笑顔でお礼を言ってから、「くそっ、くそが……!!」とうめいている男を立ち上がらせ、これ以上暴れないよう、しっかりと腕を掴む。


「どうしよう? ロープとかありませんか? また暴れそうで」

「ロープですか? ええっと」

「俺、ロープじゃないけど手錠を持ってるよ!? ほらっ!」

「「ええっ!?」」


 その場にいる全員が驚いたのを見て、手錠を取り出したハリーがふふんと胸を張り、えらそうな顔をする。そうかそうか。今日は結婚式だけど、青虫のぬいぐるみと手錠を持ってきたんだな……? これを言えば、拗ねて渡さなくなるかもしれないので、言葉を呑み込み、つとめて優しい微笑みを浮かべてみた。


「助かったよ、ありがとう。ハリー。この男に手錠をかけてくれるか? あと、今日は朝から色々あって、疲れてしまって……。本当は俺が式場の外に叩き出してやりたいんだが、出来そうにないんだ」

「じゃあ、俺がやってあげようか!? 俺は元気だから!」

「それはそうだろうね、見ていれば分かるよ? ハリー。警察が式場の外に到着したら、俺の代わりに引き渡してくれるか?」

「あの、良かったら私がしますけど……?」

「いえ! いいんです!! 本人がやりたいと言っているので。な? ハリー」

「うん! 俺がやるのでどうぞご安心を! 他の業務もあるでしょう? ぜひ任せてください!」


 任せたくないと顔に書きながらも、一応は笑顔で頷いてくれた。当たり前か。仕事もあるし、犯罪者の面倒を見たいスタッフなんていないだろう。目論見が阻止されたのが、よほどつらかったのか、男が急に地面へと膝をつき、めそめそと泣き出す。情緒不安定だな……。引いていると、ハリーが慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、そっと寄り添った。


「可哀相に、俺に邪魔されてつらかったよね? 分かるよ、その気持ち! 憎き二人の結婚式をぶち壊そうと思ってたら、俺に抱きつかれて邪魔されたんだよね? 今、どんな気持ち? ねえねえ、どんな気持ち?」

「な、何なんだよ、こいつ……」


 男が青ざめ、引いている。犯罪者にそれを言われたら終わりだな、ハリー。俺が何も言えないで突っ立っていると、カイルがぼそっと呟いた。


「ほら、言ったでしょう? ハリーさんは人の不幸は蜜の味を地でいくような人で、アレンとメイベルさんの幸せを邪魔したい訳じゃないんですよ。誰だっていいんですよ……」

「花をまきに行くか。ウィルフレッド君? もう大丈夫そうかな?」

「あっ、はい。色々あって、姉さんが結婚する悲しみがちょっとだけ和らぎました。ちょっとだけ」

「そうかそうか。君はまともに祝おうな……?」

「はい……」


 散々カイルとハリーの奇行を見たからか、すっかり大人しくなっていた。二人で肩を叩き、慰め合いながらメイベルちゃんとアレンの下へ行く。淡いピンク色のブーケを持ったメイベルちゃんが、笑顔でこちらを振り向いた。春の陽射しの下で見る彼女は本当に綺麗で、栗色の髪も瞳も、きらきらと光り輝いている。


「あっ、ヘンリー! カイルさんにウィルも! 待ってたの、来てくれて嬉しい~!」

「ご結婚、おめでとうございます。メイベルさん……」

「おい、カイル。いつの間に花をまいたんだ?」


 木籠の中を覗き込み、不思議そうに首を傾げたアレンを見て、カイルが舌打ちしていた。剣呑な雰囲気を隠すため、少し大げさに笑って花をまく。


「おめでとうーっ! メイベルちゃんにアレン!! 末永くお幸せにーっ!」

「ありがとう、ヘンリー。嬉しい! わぁ、綺麗~」

「悪かったな、色々苦労かけて。ありがとう」


 軽い調子で言ってるから、腹が立つな……。俺からすっと笑顔が消えた瞬間、おずおずとウィルレッドが前に出て、メイベルちゃん達へ軽く花をかける。水晶のような煌きと共に、ピンク色の花が溶けて消えていった。


「……おめでとう、姉さん。幸せに」

「うん、ありがとう! ウィル」

「メイベルのことは任せておけ。俺がちゃんと幸せにするからな?」

「当たり前だよ! 浮気なんかしたら絶対絶対、父さんと俺で逆さ吊りにしてやるからな!?」

「っはは、想像が出来た。今の。そう心配しなくても大丈夫だって。メイベルも心配する時があるけど、するわけないだろ?」

「も~、アレンったら!」


 調子に乗っているのか、アレンがメイベルちゃんの肩を抱き寄せ、頬にキスする。ああ、すごいな。お前。俺の苦労とか何も知らずに、そうやって笑っているんだな……。式が終わったら文句を言おう、ありったけ。俺が小声で「疲れた、疲れた」とぶつぶつ呟いていると、カイルがおののき、「まあまあ、あとで飲みに行きましょうね」と言って慰めてくれる。


「そうだな。でも、これから披露宴か~……」

「楽しみですね」

「もう、もうこれ以上は何も起きませんようにっ……!!」


 空が青くて綺麗だった。やたらと目に染みた。二人の結婚式を思い出す時、すさまじい安堵感と苦労、そして解放された喜びが胸を占めるのは、この日、色々とあったからだろう。俺の願いは潰えることとなり、披露宴でも苦労した。散々だった。









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