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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第四章 夏の終わりにあなたと
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34.屋根裏部屋にて、苦しさが消える瞬間

 



 久々に見る物語に出てきそうな、テラコッタ色の屋根のお家。クリーム色の外壁には蔦が絡まり、庭の木々は地面に枯れ葉を落としている。────ここに自分が住むと思えば、まったく違って見えた。あの夏、急な坂道を登りきったあとに見た高揚感と嬉しさ。汗を掻きながら見上げ、一瞬で恋に落ちたことを思い出す。ああ、私、ここでアレンと一緒に暮らせるんだ。


 可愛い松ぼっくりのリースがかけられた木製扉を開ければ、まずはあちこちで買い集めてきたという、凝った装飾の額縁に入った絵の数々が出迎えてくれる。それから洗面所はペールグリーンを基調にした、花柄の壁紙とブラウンの床。バスルームには猫足付きのバスタブが置いてあって、白と青のタイルが可愛かった。廊下の壁にはアンティークの花形ランプまでついてるし、スイッチは真鍮製の細い棒がついたやつ。胸を弾ませながら階段を登ればすぐ、柔らかな光に包まれたリビングに辿り着く。


「いらっしゃい、メイベルちゃん! 久しぶり~!」

「お義母さん! お久しぶりです。あの、これ、お土産のクッキーとチーズケーキです。この店のお菓子、どれもこれも美味しくて! ぜひお義母さんにも食べて欲しくて持ってきました~」

「まあ! 良かったのに、そんな~」


 アレンと同じ青い瞳を細め、ふふっと嬉しそうに笑う。今日は艶のある黒髪をまとめて、深い青色のベロアワンピースを着ていた。胸元で光っている枝葉の金色ブローチがとっても素敵。会えば元気になるような人で、私と趣味が合うし、優しいし、もう一度会えるのをすごく楽しみにしてた。私がうっとりとアレンのお母さんを見つめていれば、後ろで早速コートを脱ぎ、ハンガーにかけたアレンが話しかけてくる。今日は白いシャツの上から、白黒アーガイル柄のニットを重ね着していた。


「メイベル? コート脱ぐだろ? ほら」

「あっ、うん! ありがとう」

「ま~、息子は可愛くないわねえ。無視? 挨拶もしないで」

「いいから、母さんは早く冷蔵庫にケーキ入れてこいよ。俺が笑顔で挨拶しても不気味だろうが」

「それもそうね~。いいわよ、もう。メイベルちゃんがいるんだし~」


 ちょっとだけ不満そうに言いながらも、お義母さんが弾むような足取りでリビングの奥へ消えていった。キッチンはリビングの奥の方にあって、ペールグリーンのタイルと木製扉の組み合わせが本当に可愛い。ついつい、眺めてうっとりしてしまう。何とか目を離してから、アレンの手を借りて、白いファーコートを脱ぎつつ見上げる。


「ここ、本当にいるだけで幸せになれるね! 嬉しい~、アレンとここで一緒に暮らせるの」

「だな。この家、メイベルが気に入ると思ってたんだよ」


 アレンが嬉しそうに笑って、コートを受け取りながら額にキスしてきた。びっくりして固まる。何食わぬ顔をしてハンガーを取り、壁のフックに私のコートをかけていた。


「あら~、メイベルちゃん! 可愛いのね、今日の服も!」

「あっ、これ、アレンが買ってくれたんです! このお家が本当に素敵だから、それに合わせてクラシカルなワンピースを着てきました!」

「ま~、ありがとう! いいわねえ、やっぱり女の子は! 可愛い~」


 繊細な白いレース襟とチャコール色の小花柄に一目惚れしてしまった。二秒ほど見惚れていたら、隣のアレンが「よし、買うか」と言って、買ってくれたワンピース。お義母さんがにこにこと笑って褒めてくれたので、ますますこのワンピースのことが好きになった。


「でも、お義母さんのワンピースも素敵ですよね! 私、最近はお義母さんが憧れなんです。ブローチが上手く使いこなせないから羨ましい……青いワンピースに、金色が映えていてとっても綺麗」

「聞いた!? アレン! ちょっとも~、メイベルちゃん本当に可愛いわね~。快挙よ! 快挙! あなたがしたことの中で一番素晴らしいわ~、ふふふ」

「いや、意味分かんねぇし。メイベル、上行くか。屋根裏部屋があるんだ」

「屋根裏部屋が!?」

「案内したいところだけど行っておいで~。私、お茶を淹れて待ってるから」

「すみません、手伝いもせず! でも、お義母さんのセンスがすごく良いので、屋根裏部屋も見るのが楽しみです。本当にありがとうございます」

「可愛い~! ふふ、気にせず行っておいで~」

「母さん? メイベルが可愛いのは別に、今に始まった話じゃねぇから……」

「アレン!? 恥ずかしいからやめて!?」

「いや、だってさ」


 お義母さんに対抗意識を燃やして、もにょもにょと言い出したアレンの背中を押し、一緒に階段を登って屋根裏部屋へ行く。そこには大きなダブルベッドが一台置いてあった。木の床は埃一つなく掃き清められ、ふんわりとミントのような香りが漂う。奥の窓からは眩しい光が射し込み、ベッドの足元に置いてある白いふわふわマットを照らしていた。奥には木の揺り椅子とサイドテーブル、アンティーク調のフロアランプが並べられ、壁にはみっちりと本棚が並べられている。まさに理想の屋根裏部屋だった。


「わ~……っ!! すごい、すごい! 素敵! ねえ、ここに寝転んでもいいかなっ!?」

「ああ、いいぞ。俺とメイベルが来るからっつって、リネン類も全部洗ったみたいだし。あとで荷物、ここに持って来るか」


 今日はここに泊まる。一晩泊まって過ごしてみて、必要なものを買い足してからここへ引っ越すことになった。まだちょっとだけ先の話だけど、ここに住むのが本当に楽しみで仕方がない。私が両目を閉じ、繊細なラベンダー色の花柄ベッドカバーにすりすり頬擦りしていると、アレンが笑って隣に寝転んできた。顔を見合わせて笑う。


「嬉しいか? メイベル」

「うん! ありがとう~、アレン! お義母さんもすごく素敵な人だし、なんだか夢みたい。こうして憧れのお家で、大好きなアレンと一緒に暮らせるなんて」

「良かった、良かった。……母さんがさ? 俺もアランもこの家に興味が無くて、大事にしそうになかったから落ち込んでたんだよ。昔から」

「そうだったの? お義母さんを差し置いて、ここに住むなんてって思ってたんだけど……」


 私が目を丸くすれば、アレンが愛おしそうに笑い、頬にちゅっとキスしてきた。そして髪を耳の後ろへかけ、ゆっくりと私の頭を撫でてゆく。まだ照れ臭い。まだちょっとだけ慣れない。アレンがあまりにも、私のことを熱っぽい眼差しで見つめてくるから。つい目を逸らしたくなってしまう。


「そんな風に思わなくてもいい、大丈夫だ。まぁ、メイベルらしいと言えばメイベルらしいけどな」

「そ、そっか! 良かった……も、もうそろそろ、お茶の用意をしに戻って」

「いいだろ、別に。母さんだって分かってるって」


 ベッドから起き上がろうとすれば、手首を掴んで止めてきた。そのまま抱き寄せられ、二人でベッドに沈み込む。緊張したけど、甘えたい気持ちが大きくなってきて、無言で抱きついた。アレンが笑って背中に手を回し、優しく抱き締めてくる。


「ここ、独身の頃からコツコツと手を入れてたみたいでさ」

「あ、うん……」

「俺もこの家が好きだったんだ。趣味じゃなかったんだけど」

「そうなの? なのに売り払おうとしてたの?」

「うん。だって、手入れが面倒臭いじゃん? それに、俺が一人で猫足バスタブに浸かってるところ、想像してみろよ? 笑えるだろ」

「っふ、ふふふ……!!」


 想像して笑ってしまった。アレンがむっつりした顔で猫足バスタブに浸かってるところ! くすくす笑っていれば、アレンがさらに私のことを抱き寄せ、顎の下で抱え込む。温かくて幸せだった。陽射しは透明で、部屋の中はしんとしている。屋根裏部屋ならではの、安らかで穏やかな時間が流れていた。アレンのお母さんはここで、縫いものをしたり本を読んでいたみたい。ふと脳裏に「辛いことがあればね、ここに逃げ込んでいたのよ。でも、結婚後はすっかりそんなこともなくなって」と言っていた、お義母さんの幸せそうな微笑みが浮かぶ。今でも夫婦仲が良いんだろうなって、そう思わせる綺麗な微笑みだった。


「だから、メイベルと暮らせることになって良かった。売ったって、次の住人が大事にしてくれるとは限らないからなぁ」

「うん、本当に……良かった! 生まれてくる子も大事にしてくれるといいなぁ、この家」

「こ、子供!?」

「うん。将来的な話ね?」

「あ、ああ、びっくりした……。入籍前に子供が出来たら俺、お義父さんに殺されるぞ。ガチで」

「ふふっ、大丈夫大丈夫~」


 笑ってアレンに抱きつけば、同じように笑って抱き締め返してくれる。幸せだった。今までまともな恋愛なんて一生出来ないんじゃないかって、何度も何度も自分の醜さに打ちひしがれて、絶望してたけど、こうやって好きになれる人と出会えて嬉しい。良かった。


「メイベル?」

「ん? どうしたの?」

「戻る前にさ、ほら」


 顔を上げてみると、おもむろにキスされた。恥ずかしくなって逃げようとすれば、肩を掴まれ、何度かついばむようにキスされる。頬が熱くなってきた。アレンは意外とロマンチストだし、スキンシップもよくするタイプで戸惑ってしまう。つい、耐えきれなくなって肩を押してしまった。


「も、もっとあっさりしたタイプだと思ってたから、な、慣れないし、つい逃げちゃう時もあるんだけど大丈夫だよ? へ、ヘンリーから聞いたんだけど、アレンが悩んでるって」

「あ~……」

「ごめんね? 早く慣れるから。なんとなく、アレンは変わらないと思ってたから。その、恋人同士になっても」

「いや、そんな訳無いだろ。変わるって、流石に」

「でも、情緒も無さそうだし、記念日とかも祝いそうにないタイプだよね?」

「おい、こら! 真っ直ぐな目で言いやがって、このこの」

「ふふふ、ごめんなさい~」


 アレンがむにっと、片手で私の頬をつまむ。ちっとも痛くなかった。笑っているとまた近付いてきたから、慌てて起き上がる。


「ほらっ! これからアラン君とライ叔父さんも遊びに来るんだし! 早く下に行こう? お義母さんとも喋りたいな、私」

「え~……まだいいだろ、別に。アランからさっき、遅れるって連絡がきてたし」

「えっ? いつ? それって」

「ついさっき。ここに来る直前」

「早く言ってよ、アレンってばも~。それならパスタ茹でるの、もう少しあとにした方がいいかな?」

「かもな。でも、伸びたパスタでも何でも喜んで食いそうだけど。ライさんもアランも」

「良い人達だからね」


 ライ叔父さんに会うのはまだちょっとだけ緊張する。アレンはまるで何も気にしていないように見えるけど、実はすごく気にしてる。辛い時や悲しい時、ショックを受けた時ほど、いつも通りを装う人だから。ベッドに座り直し、後ろで寝転がってるアレンに話しかける。


「ねえ、アレン? 私、もうすっかりアレンのことが好きだからね? 心配しなくてもいいんだからね?」

「ん~……でも、ライさんはどう思ってるんだろうな。お前のこと」

「それこそ心配いらないんじゃない? マリエルさんとラブラブなんだし」

「そうじゃなくて、気付いてたっぽいんだろ? メイベルの気持ち」

「ああ、でも、線引きはしっかり引くタイプの人だから大丈夫。何も言ってこないよ、この先一生」

「メイベル」


 アレンの気遣わしげな声が胸に突き刺さる。だって、そうなんだもん。本当に。ライ叔父さんは優しいけど、何でも許してくれる訳じゃない。ライ叔父さんなりに許せる部分と許せない部分を決めていて、一歩、その赤い線の向こうに行ってしまえば離れてゆく。


「だからね? 大丈夫。気が付いていても一生、私の優しい叔父さんでいてくれるよ」

「メイベル……」

「私にはアレンがいるし、もういいの! それに、ライ叔父さんのことはマリエルさんが幸せにしてくれるから大丈夫~」

「おっ、戻ってきたか」

「戻ってきたよ、ふふふ」


 もう一度アレンの隣へ寝そべれば、痛ましげな笑みを浮かべた。ごめんね、アレン。あんなこと言っちゃって。私のことを好きになってくれるって分かってたら、言わなかったんだけど。でもあの時、アレンのことが好きって気が付いてなかったし、アレンも自分の気持ちに気が付いてなかった。両目を閉じれば、また額にキスをしてくれる。それから、まぶたにもそっと優しくキスしてくれた。


「……メイベルは悪くないよ。それに誰だって間違える。俺だってな」

「うん、ありがとう」

「ごめん、忘れろ。聞いてごめん」

「ううん、アレンが悩んでるかと思うと申し訳無いなって」

「そんなこと思わなくてもいい。一番苦しかったのはメイベルだろ? 一番自分を責めていたのもメイベルだろ?」

「アレン」


 泣きそうになりながら見上げてみると、真剣な表情で私の頬に触れ、柔らかく微笑む。もう自分を責めなくていいんだよって、そう言われているような気がして、涙がじんわりと滲み出てきた。


(そうだ、私。アレンのこういうところを好きになったんだっけ……)


 思わず私も手を伸ばして、アレンの頬に触れると、どこかくすぐったそうに笑う。陽射しに照らされ、透き通る青い瞳が綺麗だった。みんなアレンの目つきが悪いって言うけど、そういう風にはぜんぜん見えない。でも、ヘンリーに言ってみたら、げんなりした顔で「それはメイベルちゃんが、アレンのことを好きだからそういう風に見えるだけだよ……」って言われちゃった。


「大丈夫。俺のことも気にしなくて……メイベルは綺麗だからな? 俺にとっちゃ醜い部分なんてどこにも無くて、誰よりも綺麗だ」

「ありがとう。ふふふ、なんだかお誕生日プレゼントを貰った気分」

「あと可愛い。超絶可愛い」

「っふふ、ありがとう……やだな、メイクが崩れちゃう。泣いてたってことがばれそう」

「あれだったら、俺が魔術で綺麗にするけど?」

「ううん。あとで直すから大丈夫。でも、もう一度だけ言ってくれる? 今の」


 それを聞けば、過去と決別して自由になれる気がする。心の傷が浅くなるような気がする。微笑みながら見つめてみると、アレンが優しく微笑み返してくれた。びっくりするぐらい、優しく微笑みかけてくれるから、この瞬間を写真に撮って、みんなにも見て欲しいんだけどな~……。


「綺麗だよ、メイベルは。どこの誰よりも」

「ありがとう、ほっとした……」


 丁寧に呟かれた言葉を聞いて、じわっと涙が滲み出る。不思議。アレンって私の心を見透かしているみたい。胸元にしがみついて泣けば、胸の底で漂っていた澱みが綺麗さっぱり、無くなっていくような気がした。もう気にしなくてもいいよ、大丈夫。アレンがそんな感じのことを言って、ひたすら背中を擦って慰めてくれたから、高校生の頃、一人で泣いていた苦しみが消えていった。


「ありがとう、アレン。じゃあ、下に行こっか!」

「え~……? いいじゃん、まだ別に」

「も~、アレンってば。ふふふ、まだここで私とイチャイチャしてたいの?」

「してたい。ほら、おいで?」






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