31.アレンとお義父さんがちょっと仲良くなった理由
まさか、自分がこうしてアレンと一緒に、ウェディングドレスを選ぶだなんて夢にも思ってなかった。季節は秋から冬へ移り変わろうとしていて、外に出ると凍えてしまうほど寒い。なので私は、白いニットワンピースにピンクのツイードコートを合わせ、アレンは黒いケーブルニットを着て、オリーブグレーのチェスターコートを羽織って、以前マリエルさんと一緒に行ったドレスショップへ行く。今回案内して貰ったのは、真っ赤なふわふわ絨毯と、ピンク色のクリスタルシャンデリア、赤い布張りの椅子とソファーが可愛い部屋でテンションが上がった。
「わ~、可愛いのがいっぱいある! どれから着よう? アレンはどれがいいと思う?」
「カラードレスから着て欲しいな。似合いそうなのが死ぬほどいっぱいあるぞ……!!」
「せ、制限時間があるから絞ってね? 私に着て欲しいやつ」
「大丈夫だ、延長するから。あと、友達紹介割引ってのがあってな。マリエルからチケット貰ってきた」
「あれ、そんなのあったんだ? 知らなかった」
「あのババア、俺がメイベルに告白したあと渡してきたんだよ……。失敗したら渡さないつもりだったけどっていう、余計な一言と笑顔付きでな!」
「ふふふ。マリエルさん、私の気持ちを知ってたのにそんなこと言ってたんだ? 私がアレンを振る訳無いのにね」
椅子に座っているアレンにもたれると、ちょっとだけ照れ臭そうに笑った。開いたページには、可愛いピンク色のドレスが載っている。
「まあ、良かった。成功して……。とりあえず、俺はこの九番と十一番を着てみて欲しい。メイベルはどうだ? どれを着てみたい?」
「九番! でも、どっちも私好みで迷う~」
「ウェディングドレスも選ばなきゃだめなんだよなぁ。時間、いくらあっても足りない」
「だね! とりあえず、九番のドレス着てくるね~」
「おう。あ、コートと荷物。ほら」
「あっ、うん。お願い」
アレンが立ち上がって、私からチェーンバッグを受け取り、それを椅子の上に置く。それから、丁寧な動きでツイードコートを脱がせてくれた。振り返って目が合った瞬間、甘く笑う。
「色々すすめるけど、メイベルの着たいやつにしてくれ。せっかくの一生に一度の結婚式なんだから」
「あっ、うん……。でも、なんか優しいアレンにいまだに慣れないかも。私」
「前も優しくしてたつもりなんだけどなぁ。足りなかったか? ごめん」
アレンの指先が頬に触れ、茶髪を耳の後ろへとかける。一気に心拍数が上がってしまった。気遣わしげな青い瞳に見つめられると、今すぐ逃げ出したくなる。
「そっ、そそそそそうだっ! あっ、あとでお父さんが会えないかって言ってたけど!?」
「えっ? 急だなぁ」
「ゆ、夕方から試着に行くよって言ったら、そのあと会えないかって。ここのドレスショップと勤務先が近いみたいで! 私は住所とか詳しく知らないんだけど!」
「あ~……。じゃあ、会うか。でも、一体何の用で?」
「わ、私達の結婚式の話とか、あと、シェアハウスにいつまで住み続ける気なのかって。なんかね? アレンと私が、他の人と一緒に住んでるのが気に食わないみたいで」
「あ~、他の男とメイベルが一緒に住んでるのが不安になったんだろ。……でも、まいったな。これはあとで言うつもりだったのに」
「えっ、何?」
照れ隠しでお父さんの話を始めたんだけど、急にアレンがそっぽを向いて気まずそうな顔をする。やだ、怖くなってきちゃった。お父さん、最初からきっちり黙らせておいた方が良かったかな……? 胸元で手を握り締めていると、アレンが私に向き直った。
「あの家で一緒に暮らそうかと思って、結婚後は」
「え……? あの家って?」
「夏、行っただろ? 母さんの別荘。メイベルさえ良ければ、あの家で俺と一緒に暮らさないか?」
アレンが私の手をぎゅっと握り締め、真剣な顔をする。ほっとして、体から力が抜けていった。あの深い庭の木々に囲まれた、こぢんまりとしていて可愛いお家。あそこでアレンと暮らせたら、どんなに楽しいだろう。前に思ったことが叶ってすごく嬉しい。冷たくて硬い手を握り返せば、ふっと愛おしそうに笑う。
「うん! ……でも、淋しくなるなぁ。私、一年もあの家に住んでないや。まだもう少し、みんなと一緒にいられるかと思ってたのに」
「俺だけじゃ物足りないか?」
アレンが鋭い眼差しをこっちに向けながら、私の指先にキスをする。婚約して知ったのは、意外に嫉妬深いところ。でも、そうやって嫉妬して貰えるのは嬉しい。微笑みながらも、首を左右に振る。
「ううん。みんなよりもアレンの方が好き! でも、バニラちゃんと一緒に住めなくなるのは淋しいね」
「あ~、ヘンリーやハリーがべったりだもんなぁ。でも俺、釘刺されたからな? ヘンリーに。バニラたんは俺の猫だから! って」
「ふふふ、今の声真似ちょっと似てた。アレン、上手だね」
「まぁな。そういや、あいつとの付き合いも長くなってきたなぁ」
「どれぐらいになるの? やっぱり、シェアハウスに来て一番最初に仲良くなったの?」
「四年ぐらいか? 忘れた。ああ、うん。まともに話が出来るのはヘンリーだけっていう状態だったから、仲良くなったというより、ヘンリーとしか話してなかった」
「そうだったんだ……」
そう言えば、私が来るまではもうちょっと殺伐してたって、ノアから聞いたことがある。私の存在が、少しでもみんなの役に立っていればいいんだけど。
「ねえ、アレン? 最後にみんなでどこかに出かけたいんだけど、どこがいいと思う?」
「え? スーパーとか?」
「遊ぶ気ゼロだね、それ……」
「まぁ、一緒に住んでなくても会えるんだからいいだろ。結婚準備で忙しいんだし」
アレンが両腕を伸ばして、私のことを抱き締めてきた。笑って抱き締め返したあと、ドレスを着るために試着室へと入る。受付で渡された貝殻型のコンパクトを持ち、番号を入力してから決定ボタンを押せば、泡だった光に包まれる。
「どう? これ……。私、似合ってるかな? 浮いてない?」
「いや、全然まったく!? 可愛いぞ、よく似合ってる! 写真撮ろうな」
「カメラを出すのが早い……!!」
選んだ九番のドレスは品の良いプリンセスラインで、肩には小さな薔薇やマーガレットが咲き誇り、腰には濃いピンク色のリボンが巻かれている。重ねられたオーガンジー生地は透けるような薔薇色で、春の挙式にぴったりの一枚だった。
「よし、上手く撮れた。お義父さんと連絡先交換してるし、あとで送っておくか」
「えっ!? いつお父さんと連絡先交換したの!?」
「メイベルが帰る前、トイレ行ってた時に交換した。でも、大丈夫だ。上手くやってるから。昨日は沢山、メイベルが四歳の時の写真を送ってきてくれてな……」
「そ、そうだったんだ」
意外と上手くやってるのかも? そう言えば、ウィルとも気が付いたら連絡先交換して、毎晩喋ってたみたいだし……。私はアレンとじっくり毎晩話せなかったのに。もやもやしていると、撮った写真を見下ろしていたアレンが顔を上げ、こっちを向く。
「どうする? 次のドレス。十一番のドレスにするか? それともカタログ持って来ようか?」
「あ、ううん。十一番のドレス着てみるね」
「おう。……でも、俺的には一番それが好きだなぁ」
「まだこれしか着てないのに!?」
「妖精のお姫様みたいで可愛い。メイベルのどんな旅人も惑う、可憐さと美しさを上手く引き出せていて素晴らしいと思う。まあ、そんなドレスを着てなくてもメイベルはいつだって可愛いし、性格の良さが常に滲み出ているんだが」
「そ、そっか……」
アレンの褒め方、独特でいまだに慣れないなぁ……。真顔のアレンを置いて、ひとまず試着室へ引っ込む。ただ、間違えて十番のドレスにしてしまった。試着室のカーテンを開け、隙間からひょっこり顔を出す。
「あの~、アレン?」
「どうだった? メイベル」
「間違えて十番のドレスにしちゃったんだけど、良ければ見て欲しいかなぁって」
間違えて着た十番のドレスは、ぱっくりと背中が開いたセクシーなドレスで、腰のくびれが強調されている。しかも、艶のある真っ赤なシルク生地が太ももに張り付き、深いスリットの間からは足が見えていた。アレンに見せてみると、あんぐり口を開けている。
「だ、だめだぞ、お前……。そんなのを着たらお義父さんが泣くぞ!? やめようなっ!?」
「も~、一番最初に出てくる感想がそれなの!? もっと他にない? 私には無い色気がちょっとは出せたかと思ったのに!」
「メイベルは可愛いままでいいんだよ、可愛いままで! 色気なんて出さなくていいから! 頼む、そのドレスだけはやめてくれ!!」
「えっ? ちょっと落ち着いてよ、アレン……」
焦ったアレンが私の両肩を掴み、揺さぶってきた。そんなに似合ってなかったかなぁ、このドレス。困惑して見上げれば、ぐっと堪えるような顔をして、肩に両手を添えてきた。
「メイベル、よく似合ってる……。でも、そのドレスだけはやめて欲しい。あいつらに見せたくない」
「えっ!? へっ!?」
あ、アレンがそんな王道のことを言うだなんて……!! ああっ、あとでヘンリーに言ってしまいたい! こういう話をしたいんだけど、いいかな? って聞いてみようかなぁ。私が硬直していると、熱っぽい眼差しで「メイベル」と呟いてから、ゆっくり近付いてきた。
「まっ、まままま待って!? アレン! 他にもっ、他にも着るから! このあとお父さんとも会うし、あんまり延長は出来ないから……!!」
「もうお義父さんに会うの、やめないか……?」
「会うのをやめたとしても、その、ここでイチャイチャはしたくないから! 我慢して? ねっ?」
「分かった。お前の幼少期の写真コレクションでも見てるよ……」
「う、うん。そうして?」
何だろう、気になる。お父さんから一体、どれだけ写真が送られてきたんだろう……。鼓動が速くなった胸を押さえつつ、それから何着も着た。結局、またお母さんとも選びに行くし、一番気に入ったカラードレスだけ押さえて、店を後にする。アレンと二人で駅前の広場へ向かうと、白くぼんやりとした街灯に照らされた中で、黒いコート姿のお父さんが手を上げていた。
「よう、久しぶりだな」
「あ、お久しぶりです……」
「お父さん、久しぶり~。話って何? 出来たら三分以内に済ませて?」
「「えっ!?」」
何故か、アレンまで驚いて振り返る。寒いし、アレンとこれから晩ご飯食べに行きたいし、さっさと済ませて欲しいんだけど……。黒いバッグを手に持ったお父さんが目を見開き、まじまじと私を見下ろしてきた。吐き出す息が白く染まるほど寒くて、指先が凍えてしまいそう。
「メイベル……。数分で終わる話じゃないし、出来たらその、これから一緒に晩飯でも食おうかと思って、」
「えっ? 帰ってお母さんと食べれば良くない? どうしてわざわざ、お父さんは私と一緒にご飯食べようとするの? 私、アレンと二人きりで食べたいな~」
「……」
「め、メイベル。俺はお義父さんと一緒に食べたいんだけど」
「えっ? お父さんと私、どっちが大事?」
「多分それ、俺が言う予定の台詞だな! とにかくもほら、ここは寒いしどっか店に入ろうぜ……。ええっと、お義父さん、目当ての店とかありますか?」
「メイベルの好きそうな店があって……。グラタンとパイが美味しそうな店で」
「あれ、ひょっとして最近この近くに出来たやつ? 私、この間アレンと行ったばかりだよ?」
「メイベル!? ほら、次は期間限定のミートパイが食べたいって言ってたよな!? よしっ、行こうか! 俺も食べたい気分だし!」
「ん~……。じゃあ、まぁ、アレンがそう言うのなら」
お父さんを先頭にして向かったのはやっぱり、来たことがあるお店だった。オレンジと茶色ストライプのソファー席へ通され、コートを脱ぐ。店内は温かみのある内装で、木目調のフローリングがおしゃれだった。天井には、ステンドグラスのランプが多数吊り下がっている。向かいに腰かけ、真っ先におしぼりを取り出して、手を拭き出したお父さんがおもむろに切り出す。
「今日はドレスを選びに行ったんだって? どうだった? 良いのは見つかったか?」
「まずは先に料理を注文したいかな! アレンはどうする~? 私、ミートパイとサラダ、コーンクリームスープのセットにしようかと思ってるんだけど?」
「あ、ああ、うん。あの、お義父さん? ドレスを着たメイベルの写真を撮ってきたんですよ。お見せしますね……」
「ありがとう、アレン君……」
アレンが慌てて写真を出して、テーブルへ並べると、深い溜め息を吐きながらもじっと見下ろしている。嫌だな~、ドレス選びに口を出されたら。私が肩にもたれていたら、アレンが焦って振り返ってきた。
「メイベル? ミートパイでいいんだよな?」
「うん! アレンはどれにする?」
「俺は帆立と蟹のグラタンにしようかな……。お父さんは何にしますか?」
「ん。キッシュかパスタか、悩むな」
「アレンも私も決まったんだし、早く決めてね?」
「お義父さん! 俺、この間ミートボールパスタにしたんですけど、美味しかったんですよ! おすすめです!!」
「じゃあ、それにするか……」
どうしてか、アレンがお父さんのことをしきりに気遣ってる。不満に思ってお父さんを睨みつければ、ショックを受けた顔をしていた。
「あ、そうだ。結婚後の新居については安心してください。俺の母が別荘として使っていた家があるんですが、メイベルがそこをいたく気に入っていて、そこに住む予定なんです」
「……ここから、どれぐらい離れてる?」
「いえ、そう離れていません。シェアハウスから車で二十分ほどのところなんですよ。メイベルもしょっちゅう、実家に顔を出せる距離です」
「出さないけどね」
「メイベル……」
「……」
落ち込むお父さんを励まし、焦った顔のアレンが「もうちょい、お父さんに優しくしてやってくれ!」と言ってくる。
「でも、結婚を反対されたんだもん。嫌だ」
「ま、まあまあ、お義父さんもメイベルを想うがあまり、俺への当たりが強くなっちゃったんだって……。悪気があった訳じゃないんだからさ、別に。俺だって気にしてないし」
「アレンって優しいね。私、何の謝罪も無く、平然とご飯を食べようとしてるお父さんが許せないんだけど? てっきり、謝ってくれるかと思ったら……」
私が頬に手を当て、深い溜め息を吐くと、ようやくそこでお父さんが「すまなかった」と言ってきた。あえて優しく、顔色の悪いお父さんに微笑みかける。
「謝る相手、間違ってるでしょう? お父さん」
「ライラにそっくりになってきて……」
「やっぱり、お義母さんもこういう怒り方するんですか? 優しそうな人ですけど」
「でも、メイベルより怖いな。あの、すぅって表情が消える瞬間が怖いんだ。すぅって」
「分かります、すごく……!!」
そのまま、私そっちのけで盛り上がり始めた。つまんない。でも、すぐにご飯が運ばれてきたので、不満な気持ちが吹っ飛ぶ。大きく切り出されたミートパイは美味しそうな焼き目がついていて、横にサラダと皮付きポテト、ぽってりと丸いハーブバターが添えられている。アレンが頼んだ帆立と蟹のグラタンも大きくて、バゲットがどんと、木目調のプレートに添えられていた。
「わ~、美味しそう! アレン、一口いる?」
「いや、いいよ。メイベルは俺の一口いるか?」
「じゃあ、あーんってして貰おうかな! あーんって」
「お義父さんの前でそれはちょっと……」
「お父さん、どうして私とアレンの前にいるの? 残業すれば良かったのに」
「メイベル! ほら、あーんだよ!!」
焦ったアレンが必死でふうふうと、掬い上げたグラタンに息を吹きかけ、冷ましてから、口へ優しく突っ込んでくれる。美味しく食べていると、ミートボールパスタを巻き取っていたお父さんがぽつりと呟いた。
「まぁ、なんだ。メイベルは良い男を連れて来たな……」
「えっ? 今頃気付いたの? 遅くない? 認知症なの?」
「メイベル。嬉しいんだけど、お義父さんにはもう少し優しくしてあげてくれ……」
「ん~、アレンがそう言うならそうしよっかなぁ。美味しい? お父さん。アレンがすすめてくれたパスタ!」
「美味しいぞ、メイベル。一口いるか……?」
「いらない」




