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機動妖精ルシエさん  作者: あまぐにれい@びたみん
◆第一章 機動妖精と、天使の少年
13/18

〇第十三話 ルシエとケイン・前編

最終エピソード。前後編の前編です。

日付変更6分前の投稿は締め切りに間に合ったと言っていいんでしょうか…?

「…あ。」

「ん?どした?」


ウィンデリアの草原を高速で駆け抜ける、ショッキングピンクの魔機戦闘車両ウォーランドギア

その車中、助手席でコンソールを操作していたルシエは、ふと外に見えた風景に目を奪われた。


「…あいつが、捕まってた工場跡が見えた。」

「あー…。この辺だっけ。」

「ええ…。」


見えたのは、かつてケイン達が閉じ込められ、ルシエが助け出した工場跡だった。

あの事件から、もう一か月ほど経とうとしている。


「私があの時、油断してなければ…あいつもこんなことには…。」


ルシエはあの時、数分でも誘拐グループから目を離していたことを悔やみ、顔を伏せてしまう。


「…ったァく、ウジウジつまンねェこと悩むンじゃねェよ。」

「そうだよ。失敗は誰にでもあるよ、ルシエちゃん。」

「でも…。」


「そうだ。起きたことを悔やむより、それを取り返すために何ができるかを考えろ。君にはそれが叶えられるだけの力があるだろう?」

「そうです。足りない分は、周りの人で、埋めればいいんです。そのために、私達が、いるんですから。」

「みんな…。」


運転席のシャルロットは、150㎞²オーバーの高速で動く車を器用に操りながら言う。


「ルシエはさ、ウチの第一号で、割と何でもできるすごいやつだけどさ。」


「こーいう時くらい、あたしらを頼ってくれてもいいんじゃない?」


そう言って、にっ!と笑う。人好きのする笑顔が、太陽のように輝いて見えた。

釣られるように、ルシエもふっと笑う。


「―前。」

「へ?」

「家屋。10秒後にはぶつかるわよ。」

「―とぅわっ!?ほんとだ!あぶなー。」


シャルロットは慌ててハンドルを切り家屋をよける。

それを見て、ルシエはくすくすと笑った。


「全く、危なっかしいんだから。気を付けなさいよね。」

「ちぇ~…。決まったと思ったんだけどな~。」


口を突き出しぶーぶー言うシャルロットを、ルシエは微笑みをもって見つめていた。


(…ありがとう、皆。)


(私は…独りじゃない。)


-1-


それから数十分後。一行は山道付近にあるミルボスという集落に来ていた。

集落の脇には上り坂の山道があり、遠くにはその山道を左右から囲うように壁とも形容できそうな断崖絶壁がそびえていた。

ここが、ケルティル・ティウム峡谷山道…通称「ブラックロード」である。


ケルティル・ティウム峡谷山道は、マンテリアの南東地域を北東に縦断する山道である。

険しい山道ではあるが、車で通行できないこともない。通り抜けた先はアインガリアとの国境地帯である。


この山道は地理上マンテリアの領域内にありながら、その特異な地形上マンテリアの影響力が及ばない、事実上の無法地帯となっている。

そのため、アインガリアから来る犯罪者、およびアインガリアに逃げる犯罪者がこぞってこの山道を使うため、犯罪者のための道ブラックロードと呼ばれている。


勿論ウィンデリア側はこの山道の使用を禁じているが、山道出口の集落は全てアインガリアによって買収されているため、禁止令は事実上機能停止状態にある。

ウィンデリア側もそれは認知しており、対策を立てようにもアインガリアが悉く介入してくるため、現状はアインガリアの息がかかっていない地域で警戒をする、くらいしかできていない。


「ざっくり一時間前で間違いねェな?」

「へい、間違いないっす。」


ナッシュは付き合いのある地下組織ギルドの舎弟に、エリス達が通った情報を聞いていた。

舎弟はくりくりの目玉がかわいらしい、ケットシーの青年だ。年の頃は18ほどだろうか。


「数はだいたい20人くらいっす。くすんだ赤色のガキと天使みてえなガキがいたんで、アニキが追ってる奴らで間違いないはずっす。」

「上出来だぜェ。危ねェことはなかったか?」

「問題ないっす。ボスも、ナッシュのアニキの頼みならって、二つ返事でOKしてくれたっす。…まあ、鉄の国の連中から睨まれるかもっすが、その辺は心配するなって、ボスもいってたっす。」

「そうかい、そりゃよかったぜ。もしなンかあったら言えよなァ。オレが飛ンできてやっからよォ。」

「流石アニキ!心強いっす!」


舎弟の頭を撫でまわし、労うナッシュ。その光景を、グロウズとメイシー、モニカが微笑ましそうに眺めている。


「なんだかんだ言って、面倒見はいいよね、ナッシュって。」

「そう、ですね。このあたりの地下組織ギルドは、元々ナッシュさんの地下組織ギルドから、分かたれたもの、らしいので。きっと、顔が効くのでしょう。」

「なるほどな。だが、顔が効くだけではあるまい。きっとヤツは、その後もずっと彼らを支えてきたんだろう。そうでなくては、今までこのように慕われているはずはない。」


「不思議なもんだよねー。ウィンデリアの一大地下組織ギルドのボスがこうして公職についてて、その時の人脈が、こうやって仕事に活きるんだからさ。」

「そうだな。人生、何が起こるか、何が役に立つかわからないものだ。」

「ええ。」


楽し気に舎弟と話すナッシュを、三人は微笑ましく眺めていた。



一方。ルシエとシャルロットは、ここまで乗ってきた乗車―スコピオ型C-08C・ピンクタイガーのメンテナンスと改修をしていた。

持ち込んでいた小型のパソコンを二台、ピンクタイガーに繋いでいる。


「加速係数はこれくらいでいい?」

「うん、オッケー。回転係数は…も少しあった方がいいかな?」

「そうね。ブラックロードは悪路だから、オフロード仕様は突き詰めるだけ突き詰めて損はしないと思うわ。」

「了解。」

「それにしても―。」


ルシエは改修中のピンクタイガーを見る。車の全長、全幅は改修前と変わっていない。

ただ車高だけはタイヤが大きくなっているせいで高くなっている。


「車輪"だけ"大きくなるなんてねえ。」

「この間鹵獲した複合魔機アセンブルギアの技術のおかげだよ。あれがなかったら、ブラックロードに対応できる魔機戦闘車両ウォーランドギアなんて用意できなかったんじゃないかなー。」

「そういう意味では感謝…は出来ないわね…。」「あはは、言えてるー。」


言葉を交わしつつ、慣れた手つきでピンクタイガーを改修していく二人。


「ねえ、シャロ。ここだけど―あ。」


ふと、ルシエはシャルロットを愛称で呼んだ。

あまりに自然に出てきたので、ルシエも言った後に「しまった」という顔をしている。

呼ばれた当人は一瞬きょとんとした後、にんまりとした顔でルシエににじり寄る。


「んっふっふ~。」

「な、何よ。気色悪い。」

「や~、よーーやくルシエがあたしのことをシャロって呼んでくれたなーって思って~~。」


ルシエは頬を赤らめ、ふいっと顔をそむける。


「つ、ついよ、つい。ほら、さっさと作業進めるわよ。時間ないんだから!」

「いや~~~長かったな~~~。もう五年の付き合いなのに全く呼んでくれなくてさ~。呼んでくれないのかな~、ルシエはあたしに心を開いてくれないのかな~~って、すっごく寂しかったんだけど~。」


シャルロットはいやんいやんとくねくね動きながら改修作業をしている。ポニーテールがふさふさと楽し気に揺れている。


「敬語が解けるまでに二年でしょ~~~。よそよそしさがなくなってきたのが三年目でしょ~~~。や~~~、長かったな~~。よーやくルシエもあたしに心を開いてくれたか~~。」

「―もう!頭と腰じゃなくて手を動かしなさい手を!」

「何々、何の話ー?」

「楽しそうですね、シャロさん。何かいいことでも、あったんですか?」


楽し気なシャルロットを見て、メイシーとモニカが近寄ってきた。


「あ、ねえねえ聞いてよメイシー、モニカー。ルシエがね~、遂にあたしのことをシャロって呼んでくれたんだあ~~。」

「へ~~、あのルシエちゃんがね~~。今まで頑として呼ぼうとしなかったのにね~~。」

「ふふ、良かったですね。きっと、ルシエさんの心の氷が、融けたんですよ。」

「言うなー!恥ずかしいでしょうがー!」


一課ガールズが揃ってわいきゃいしているところを、男衆は遠目に見ていた。


「…ったく、呑気な奴らだなァ。」

「はっはっは、まあいいじゃないか。荒事の前には、程々に力が抜けていた方がよいものだ。」

「あれがほどほどかねェ…。ま、面白ェモンは見れたけどなァ。」


そんなやり取りがあった、数十分後。


「お待たせー!改修終わったよ、何時でも出せるよー。」

「少し時間を使ってしまったわ。早くいきましょう。」


シャルロットとルシエが改修を終えたことを告げる。その報せを聞いて、続々と一課一行が集まる。


「へっへっへ、すげェなこりゃ。まるっきり別モンじゃねェか。」

「ふふん、ピンクタイガー改めピンクレオパルドってところかなー。最高速は80㎞²までしか出せないけど、その分悪路の走破能力はピカイチだよ。」

「流石に現地でのここまでの大胆かつ超短期な改修は、複合魔機アセンブルギアだからこそ出来たことね。術式コードの改造だけじゃ、ここまでできないもの。」

「我が国を脅かしてくれた礼だ。奴らの技術を使って、たっぷりと仕返しをしてやることにしよう。」


グロウズの声に、一同は頷く。


「間に合うかな?もう、やつらがブラックロードに入ってから一時間半は経つよね?」

「ブラックロードは、悪路らしいですから、まともな装備がなければ、踏破に時間がかかる可能性は、ありますけど…。」

「…エリスはこの道を行き来してきてる可能性が高い。なら、最低でもエリスは通りなれてると見た方がいいわ。でも、その他のアインガリア兵の行軍次第じゃ、いけるかもしれない。」

「なァに。どうせアイツらがアインガリアに入ったところで、止まる気はねェだろ?」

「勿論だよ!絶対に追いついてやるんだから!―さあ、みんな乗って!」


言うが早いか、シャルロットは運転席に乗り込む。

次いでルシエが助手席に、その他のメンバーは車体の後方の扉を開け、後部スペースに乗り込んだ。

元が魔機戦闘車両ウォーランドギアであるだけに後部スペースは広い。複数人の乗車、物資や武器を積み込むためである。


「それじゃ―出発!」

「「「「「おおー!」」」」」


シャルロットの掛け声とともに、ピンクタイガー改めピンクレオパルドは発進した。


-2-


「…そういやさー。」

「んー?何ー?」


ブラックロードを走行中、メイシーがぽつりと言った。


「エリス、だっけ?ルシエちゃんとその人って、どんな関係なの?」

「…それは…。」


メイシーが抱いた当然の疑問。特に彼女は、直接エリスを見ているわけではない。

だが、それはルシエの隠しておきたい過去に触れなければいけない話だった。


「私も、気になっていました。あの赤い髪のレプラコーンの方と、一体どういう、ご関係だったのですか?」

「因縁ある間柄ではあるようだが、彼女は一体何者なのだ?何故、彼女は君と同じ暴風スレイプニルを使い、更にはファヴニール様の力まで…。」

「…あの魔法は。【風の獣よ、嵐を呑めロード・スレイプニル】は…アイツから教えてもらった魔法だからよ。」

「…!」


ルシエは長い溜息をついた。その長さ、深さが、彼女が生きてきた時間の重さを物語っていた。


「…私はね、十六の時にアインガリアに捕まって、同じ年にウィンデリアに売られたの。"闇をすべる黒"という地下組織ギルドに。」

「…あの、闇の諜報機関とも呼ばれた、"闇をすべる黒"、ですか?」


ルシエは頷く。


「ええ、そうよ。そこでアイツに―エリスに会ったの。同じレプラコーンで、同じく剣が得物で、同じく青魔法エンチャントを使う、アイツに。」


「アイツは強かった。特に魔法は完全に私の上を行ってたわ。青魔法エンチャントだけじゃない、黒魔法リビオルも高いレベルで使いこなしてた。…私も母が青魔術師エンチャンターだから、若い頃から青魔法エンチャントには自信があったんだけど、一回も勝てたことはないわ。」

「ルシエさんが…。」

「一回も…。」


「【風の獣よ、嵐を呑めロード・スレイプニル】も、そんなアイツが作った魔法を、私が教えてもらったの。ただ身体を強化するだけでなく、暴風を召喚してその風の力をも借りる…ただの青魔法エンチャントにおさまらない、黒魔法リビオルの要素が編み込まれた、複合魔法。」

「複合魔法…!?聞いたことないよ、そんなの。」

「でしょうね。私もアイツと私以外、使ってる人は見たことない。青魔法エンチャントについては、正真正銘の天才だった。」


ルシエは静かに話を続ける。


「…アイツと袂を分かって以降、私も必死に努力した。でも、アイツの真似をした魔法は編み出せても、アイツを超える魔法は遂に編み出すことはできなかった。」

「でもさルシエ、魔法教えてもらうほど仲良かったのに、どうしてあいつはアインガリアに行っちゃって、ルシエはウィンデリアに留まったの?」


シャルロットの問いに答えたのは、ナッシュだった。


「―こいつァ自分の居た組織を、"闇をすべる黒"を、長官オヤジに売りやがったのさ。」

地下組織ギルドを…!?」


シャルロットの驚きに、ルシエは静かに頷く。


「私とエリスは似たような境遇ではあったけど、決定的に違う側面があった。それは、"闇をすべる黒"のリーダー、ライネックに心酔していたこと。―悪を為すことを、愛していたこと。」


「私はスノンベールに帰りたかった。でも"闇をすべる黒"は超秘密主義で結束の固さが半端じゃなくて、ライネックやエリスは私を超える実力を持ってた。―正攻法では、あの地下組織ギルドから逃げる事はできなかった。」

「…だから売ったのか。己が属する組織を、そこから逃げるために。」

「ええ。でもライネックとエリスは逃げた。だから私とエリスは別々の場所にいて、きっとエリスは私を恨んでると思う。…これが、私とエリスの関係。」


ルシエは目を伏せる。


「皆にお願いがあるの。」


一同は固唾を飲んで見守る。


「エリスに追いついて、追い詰めたら、あいつはきっと、また炎獄ファヴニールの力を使うと思う。あの力には暴風スレイプニルでも勝てない。」

「でも、あたしらが力を合わせれば勝てるんじゃない?」


ルシエはゆっくり首を振る。


「…おそらく勝てない。勝負にはなるだろうけど、炎獄ファヴニールの力を纏ったエリスの力は想像をはるかに超えてた。でなきゃ、ブレードを飛ばされたくらいで私がアイツの剣にむざむざ斬られるはずがない。」

「それじゃ、どうやって勝てば…。」

「最低でも、一人でアイツと渡り合えるだけの力を持った奴がいる。だから―」


「もし炎獄ファヴニールの力を使って来たら、15秒だけでいい。時間を稼いで欲しいの。」

「…ルシエさん、もしかして、"アレ"を使う気、ですか…!?」


ルシエは頷く。それとほぼ同時に、モニカがルシエに詰め寄る。


「ダメです…!ルシエさん、貴女は、六年前…その魔法を使って、()()()()()んですよ!?」

「…大丈夫だって。アレから何度も練習して、あの時よりは制御が効くようになったし。無茶をするつもりもないから。」

「でも…!」

「死にかけるほどの魔法とは、一体…む…!?」


グロウズがルシエの魔法について聞き出そうとしたところで…遥か前方で何かに気づく。


「…いたぞ。」

「へ?何が?」

「追いついたぞ…!前方に二両の魔機戦闘車両ウォーランドギアがかすかに見えた。」


グロウズの報せに一同は色めきだつ。


「もうほとんどブラックロードも終わりのはず…これなら、出たところで捕まえられるかも!」

「へっへっへ、いよいよってところだなァ。」

「…シャロ、スピード上げて。車体バランスは、私が完璧に見てあげるから。」

「オッケー、信じてるよルシエ!…揺れるよ、捕まって!」


シャルロットはピンクレオパルドのスピードを上げる。

狭く曲がりくねった、魔機戦闘車両ウォーランドギアならば低速でどうにかこうにか通れるといった具合の、山沿いの山道。

ガードレールなどもなく、ともすれば崖下に転がり落ちそうな道を、時速60㎞²ほどで、奇跡的なバランスで走り抜けていく。


「視界が開けてきた!アインガリアに出るよ!」

「奴らは…流石にもう出たか。だが、このスピードならば…!」

「うん、見失わずに追いつけるよ!皆、準備して!もう接敵するまで三分もないよ!」

「とっとと追いつきやがれ!こっちァウズウズしてんだからよォ!」

「…ルシエさん、さっきの話。ひとつ、約束してください。」


モニカはルシエの左手を握る。


「私達を、ケイン君を置いては、決して死なないと。」

「…ったりまえでしょうが。…ありがと、モニカ。約束する。」



一方。前方のアインガリア軍。


「やれやれ、長かったねえ。全く、予定の倍は時間がかかっちまったよ。」

「最新の魔機戦闘車両ウォーランドギアのための予算と材料は、全て試作型の魔戦車ウォータンクに回されて、こっちには型落ちの魔機戦闘車両ウォーランドギアしか回されてませんでしたからね…。」

「自分達が足に使っていた魔機ギアバイクも旧式ですし、何より…。」


黒ずくめの男―エリスの懐刀達は、車体後部に収まったアインガリアの敗残兵を見やる。


「北東戦線にまだ動けるだけの戦力がいたのも、計算外でした。」

「ウィンデリアの奴ら、ルシエ達を北西部にほとんど回してたみたいだからね。当初の予定では、どっちもそれなりに崩されて、負傷分まで考えりゃ本国に持っていく戦力はほとんどいなかった予定だったんだが。」

「おかげで魔機ギアバイクは使えず、乗る人数が増えた分、魔機戦闘車両ウォーランドギアも遅く…。全く、使えん兵達ですな。」


(…酷い…。)


同じ車両に乗せられていたケインは、エリス達の会話を苦々しく聞いていた。


(味方の、生き残りなのに…まるで、生きてるのが罪みたいな言い方…。それも、このところ、ずっと同じことを何度も言ってる…。)


ケインはバレないよう、ちらりとアインガリアの敗残兵を見る。

その表情は怯えている。


(この人達は、このエリスさんとかいう人達に、毎晩のようにいじめられていた。何度も何度も、役立たず、役立たずと言われ続けて…。合流した時はまだ元気そうだったのに、もう味方に怯えきってる…。)


やはりバレないよう、ケインはぐっと手を握る。


(…悔しい。この人達を助けられないことが。僕に力がないことが。)


瞼の裏にルシエが斬り裂かれた光景がフラッシュバックし、思わず目を閉じる。


(ルシエさんを守れなかったことが、何よりも悔しい…!)


ケインが慚愧の念に一人苛まれていた、その時。


「―て、敵襲!」

「はぁ?何を言っている。ここまでくる奴がいるはずが―」

「敵襲です!やたら派手な色の魔機戦闘車両ウォーランドギアが、高速でこちらに向かってきます!」

「どきな!―嘘だろ…もう追いついたってのかい。もう起き上がったってのかい…!」


ケインも後ろを見た。そこにはこちらに向かって高速で突っ込んでくる、ショッキングピンクの魔機戦闘車両ウォーランドギアがあった。


「…ルシエさん…!」

「…まだ立ち上がるってのかい、ルシエ!」


-3-


「どうします姐さん、撒きますかい?」

「バカ言え、スピードは圧倒的にあっちの方があるじゃないか。全員に伝えな、迎え撃つよ!」


「で、どーするルシエ?あたしとしてはこのまま突っ込んじゃうのもありかなーって思ったりするんだけど。」

「ケインを轢いたらどうすんのよ。降りて戦うわよ。」


赤茶けた土がむき出しの荒れ地。アインガリアの地で、両者は互いに車から降り、対峙する。

ウィンデリア側。特務一課、合計6名。アインガリア側、エリス、エリスの懐刀6名、アインガリアの敗残兵13名、合計19名。


敗残兵はエリス達の前方に展開されている。―皆、瞳に怯えがあり、覇気がない。


「参ったよ、まさか三日の差を埋めてくるなんてねえ。でも、こちらもあと少しなんだ。―逃がしちゃ、くれないかねえ?」


エリスが黒ずくめを一人連れ、アインガリア兵の間を縫って現れる。

黒ずくめはケインの首筋にナイフを突きつけたまま、彼を拘束しながらやってきた。


「ケイン…!」

「ルシエ…さ…。」


ルシエはちらりと後ろを見た後、心配そうな声でケインを呼ぶ。


「卑怯者ー!そんな可愛い子に刃物をつきつけるなんてー!」

「くっくっく、あたしらとしてもコイツを傷つけるつもりはないさ。大事な商品だからねえ。」


エリスはくつくつと笑う。その目は油断なく、こちらの一挙手一投足を測っているかのようだった。


「お前達の狙いはなんだ!?何故その子を狙う!その子は戦争とは関係ない、ただの一般人だぞ!」

「見え透いた芝居はやめるんだねえ。お前達が、このガキの有用性を知らんわけでもないだろ?」


エリスはつい、とケインの顎先をソードの腹で撫でる。


「適性NNアンチ、数万人に一人しか生まれないと言われてる突然変異。ずうっと昔からいることが知られてるのに、その実態はようとして知れない。魔法使いの絶対的な恐怖にして、絶対の盾。」


「昔っから色んなヤツらがこいつのような存在を探してきた。脅威の排除のためか、好奇心のためか、己の私利私欲のためか…まあ、そんなことはどうでもいいことだがね。」


エリスはあざ笑うような視線で一課一行を見やる。


「要するにだ。コイツみたいな存在は高く売れるのさ。あたしらも貧乏でねえ、食っていくためには金を稼がなきゃならない。お前達だってそうだろう?」

「あんた達と一緒にしないで頂戴。少なくとも私達は、関係ない子供を私欲のために巻き込んだりなんてしないわ。」

「―くっくっく!言うじゃないか、国の傘の下でヒトんところの粗を漁り、時にはヒトを殺しもする、ウィンデリアの犬がさ!」

「…!」


「…くくく、盗った資料にあったよ。特務一課、だっけ?セルゲイの名の下で、他所の国の情報を盗んだり、時には国の邪魔になるヤツを殺したりするんだろう?」


「おおかた、今回もセルゲイの命令でコイツを取り戻しに来たんだろう?ウィンデリアもコイツを失うのは惜しいってワケだ。金になるし、研究材料にもなる。何せNNアンチは知られてないことだらけだからねえ。」

「違います。私達は、純粋に…!」

「くっくっく!どうだかねえ。まあ、お前達の思惑なんざどうだっていいんだ。もう一度言う、逃がしちゃくれないかい?」

「冗談を言うな!その子は何としても俺達が連れて帰る!」

「そうかいそうかい、なら―コイツに痛い目を見てもらわなきゃいけないねえ。やりな!」


エリスが黒ずくめに指示を飛ばす。ナイフがケインの首筋に刺さろうかという、その瞬間。


『―【意思なき手足マリオネット】!』

「なっ―く、えっ!?」


グロウズ達の影に隠れて、ナッシュはひそかに魔法の詠唱を完了した。

それと同時に、ケインを拘束していた黒ずくめのナイフを持つ右手が、彼の意思に反して動き、手にしたナイフをエリスに投げつけた。


「―っ!?何すんだい!」

「す、すまない姐さん!手が勝手に!」

「―今よ!」


その隙を逃がさず、ルシエが駆けだす。


「チッ、小賢しい真似を!だけどねえ!」


ルシエがケインの元に辿り着く前に、エリスはケインにソードを振るおうとする。しかし


「―させん!」

「…チィッ!」


グロウズがそれよりも更に速く斧槍ハルバードを振るい、エリスを襲う。

エリスは間一髪斧槍ハルバードを躱すが、ケインとは距離が離れてしまう。


「舐めやがって!こうなったら―づあっ!?」

「遅いよっ!」


ケインを拘束していた黒ずくめは隠し持っていたもう一本のナイフでケインの首を斬ろうとするが、取り出したところをシャルロットの銃弾に撃たれ、ナイフを落としてしまう。

ここまで時間を稼げば、もう十分だった。


「―ケインから、手を離しなさい!」

「ぐああっ!」


ルシエが、黒ずくめを斬り上げる。ケインは完全に解放された。


「ルシエさん!」

「ごめん、遅くなった!さあ、こっち―あぶなっ!?」


ケインの手を取り、下がろうとしたところを銃弾が襲う。

間一髪銃弾を避けたルシエが見たのは―アインガリアの敗残兵だった。


皆、一斉にこちら側に銃口を向けている。

先ほどまでの怯えた表情は消え、その目は真っ赤に血走っている。


「ウゥゥゥウウウウゥゥ…!」

「ァァ…ァァアアアァァァアア…!」


「何これ、アインガリア兵の様子が、全然違うよ!?」

「…チッ、下がれルシエ、グロウズ!【人喰らいの夜ルナティック】だ!ソイツら全員狂暴化してンぞ!」


「くっ…!ケイン、こっち!」

「は、はいっ!」


「ぐ…流石に貴様相手に加えて、暴徒化した兵士相手は分が悪いな…!―かっ!」

「チッ、なんて馬鹿力だい…!でも、その隙は使わせてもらうよ!」


暴徒と化したアインガリア兵から逃れるように、ルシエ、ケイン、そしてグロウズは引き下がる。

エリスは敢えてグロウズは追わず、暴徒化した集団の後ろへ下がっていく。


「…あの動き、エリスは間違いなくアレをやる気だわ。」

「しかし、この数に加えてファヴニール様の力を纏った奴を抑える事はできんぞ…!」


「…ナッシュ!あの集団を止める事ってできる!?」

「10秒ありゃ、アイツらを寝かすことくらいはワケねェが、時間がねェぞ!?」


その言葉を聞いて、メイシーは浮き上がり両手を広げて詠唱の体勢に入った。


「10秒だね…ルシエちゃん、グロウズ、モニカ、シャロ!―5秒稼いで!その5秒と、私が追加で5秒足を止めてあげる!ナッシュはその隙に!」


「…ケッ!オイルシエ、グロウズ、モニカ!8秒経ったら引きやがれ!―細けェ調整をしてる暇なンざねェからなァ、巻き込まれても知らねェぞ!」


「…わかった!任せる!」

「ああ、任せた!」

「無茶いうなあー!」

「…はい、わかりました!」


ルシエとグロウズ、モニカは敵集団に突撃していく。

暴徒化したアインガリア兵13名、プラス傷を負っていないエリスの黒ずくめ4名。

シャルロットの射撃の援護があっても、数の差は歴然だった。


それでもメイシー、ナッシュは彼らに前を任せ、魔法の詠唱に入る。

メイシーの体が黒く、ナッシュの体は紫色に光り出す。


『天より来たり、地に降りたる雷よ。汝が降ろし、汝が残した足跡を、今ここに呼び戻せ。汝は地を巡る蔦。地を這うものを絡め縛る、戒めのいばら。』


『天上の国。極楽の園。汝を誘う、あの福音の音が聞こえるか。聞こえぬならば耳を貸せ。戸惑うならば身を委ねよ。』


「くっ、流石に数が…!―たぁっ!」

「せぇあっ!…この魔法は痛みも感じさせないのか!キリがないぞ!」

「ええ、収まる気配が、ありません…!―【鎖つき棘鉄球モーニングスター】!」

「あたしの射撃も、間に合わないよーっ!…!ルシエ、グロウズ、モニカ!足元!」


『―【絡め縛れ、戒めの雷網ソーン・ライトニング】!』


「!?―っと!」

「くっ…危なかったな。」

「っと…、これは、メイシーさんの…!」


シャルロットの声に応え、三人は咄嗟に距離を取る。

次の瞬間、アインガリア兵達を地を這う雷の蔦が絡め縛る。


「ウゥゥゥウウウウゥゥ!!」

「ガァァアアアアァァア!!」


「ぐっ…この魔法は…!」

「くっ…なんとか、躱しきれたか…!」


黒ずくめは間一髪、雷の蔦を躱した。が、それで終わりではなかった。


『あの鐘は安らぎの鐘。あの響きは安寧の響き。惑うことなかれ、逆らうことなかれ。その響きは、汝を夢の国へと誘う、福音の報せ。』


気づけば、アインガリア兵は薄い霧のようなものに包まれている。

その霧は逃げおおせた黒ずくめ達にも、ルシエ達にも届いている。


「ちょっ…範囲広っ!」

「これは凄いな…!」

「退きましょう、これは、かかったら大変なことに、なりそうです…!」


「な、何だこの霧は。」

「わからんが、よくないことだけは確かだ!」


『―【鳴り響け、楽園の鐘ドリームガーデン】!』


ぼふぅん!という音と共に、霧が勢いよく舞い上がる。

…視界が元に戻った時、そこにいたのは倒れて寝息を上げる、アインガリア兵達の姿だった。


「やりぃ!流石ナッシュ!」

「…いィや、まだだ。あの黒ずくめはオレの魔法も躱しやがった。それに、かかってねェ雑魚もちらほらいやがる。」


「それに…ルシエちゃん、来るよ!」

「!…みんな、お願い!」


ルシエは前方から迫るものを確認した後、皆に後を託し更に後方へ下がっていく。

迫るもの、それは―


「待たせたねえ。―今度は立ち上がれないよう、殺してやるよ!」


炎獄ファヴニールの力をその身に纏った、黒い炎に包まれ、突進してくるエリスの姿だった。

エリスは真っ直ぐにルシエに向かってくるが、間一髪のところでグロウズに阻まれる。


「―チッ!どきなでくの坊が!あたしの相手はアンタじゃないんだよ!おいお前等、何やってんだい!援護しな!」

「ぐ…!そうも、いかんのでな…!…皆すまん、援護を頼む!」


エリスの声に黒ずくめが、グロウズの声にルシエ以外の皆が応える。

しかし、数でも力量でも、エリス側の方が優勢であった。―あまり長くはもちそうにない。



炎獄ファヴニールの力を纏うエリスを、一課一行が必死に食い止めているその最中。

ルシエは彼らから距離を取り、離れていたケインのもとに来ていた。


「ルシエさん…。」

「…ごめん、あんまり長く話してる時間がないの。早くしなきゃ、みんなの命が無駄になる。」

「…ごめんなさい、僕のせいで…。」


ケインが俯く。ルシエはそれをこつんと小突く。―かつて、そうしたように。


「…バカ。アンタは悪くないでしょ。…助けてあげるから、安心してみてなさい。」

「…はい…!」


ルシエはブレードを構え、意識を集中する。ほどなくして体が青く光り始め、次いで―氷の風が、あたりに渦巻き始める。


『雪深き、大霊峰の奥の奥。氷雪に護られ、静かに審判の時を待つ、我らが氷雪の王よ。今ここに立ち顕れ、矮小なるこの身に、その裁きの力を貸し与え給え。』


(…不遜な願いを、お許しください。)


『ここにあって、汝の脚に勝るものはなく。ここにあって、汝の爪に祓えぬものはなく。ここにあって、汝の牙に砕けぬものもなく。』


(貴方様の力を借りる傲慢を、お許しください。私は…護りたい。)


ルシエを渦巻く氷雪の暴風は勢いを増し、留まるところを知らない。

その嵐はその者を祝福するでなく、まるで苛むように、裁くかのように、容赦なくルシエに降り注ぐ。


「す…すごい風…!ルシエさん、大丈夫なんですか…!?」


ケインが心配するのも無理もない。だが、当のルシエは、この氷獄の裁きも当然のように受け入れ、それでも願う。


(私は、スノンベールを、ウィンデリアを。みんなを。…この子を…護りたいのです!)


『凍てついた、全てを白く染める白界にて、汝に楯突く愚かなる者どもに、等しく裁きを与えんために。―顕現せよ。』


どこか、遠く。雪深き山の中。―狼の鳴き声が、聞こえた気がした。


『―【吠え叫べ、ロード・我が氷雪の王フェンリル】!』


―そこには、凍てつく冷気と氷の塵を身に纏う、蒼き剣士の姿があった。


「ルシエさん…。」

「―じゃ、行ってくる!」


ルシエはそう言って、エリスの元へ駆けていった。

次話が第一章最終話になります。5月22日投稿予定です。

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