〇第十二話 特務一課
「…容態はどうだ?」
「かなりの、深手でしたが、幸い、すぐに治療できたことも、ありましたので。命に別状は、ありません。以前のように、動くことも、できるかと。」
「そうか、それはよかった。」
グロウズは安心したように胸をなでおろし、ついで心配そうに病室を見やる。
「…もう二日経つか。」
「はい。…なかなか、目を覚まされないことだけが、気がかりですね。」
「ああ…。」
「…あの、赤いレプラコーンの方は、ルシエさんの、お知り合いなのでしょうか。尋常じゃない、ご関係のようでしたが…。」
「長官殿に報告した際に尋ねてみたが、詳しくは教えて頂けなかった。他人の過去をあまり話すのは憚られたのだろう。ただ、尋常ではない仲であることは確かなようだ。」
「そう、ですか…。ナッシュさんも、随分とその方をご存じのようでしたが、教えては頂けなかったですし…。」
二人は再び、病室を見やる。
「あの二人に…ルシエさんに、一体何があったんでしょうか…。」
二人が心配そうに見やる病室の中。そこでは、医療用魔機に繋がれたルシエがベッドに横たわっていた。
傍らにはシャルロットの姿がある。
「…ねえルシエー。早く目覚ましなよー。」
軽いような口調は実のところ軽くなく、心配の声色で満ちている。
「ケイン君、取り返せなくなっちゃうよー…?」
返事もなく、ただ眠りについているルシエ。深い深い、意識の底。
―彼女は、昔の夢を見ていた。
-1-
「父さん、母さん。私、軍人になりたい。」
今から二十数年ほど前。スノンベール首都フェリムル。
所せましと魔機の素材が転がる小さな工房兼住宅の一角で、快活そうな群青の髪色のレプラコーンの少女は、両親に自分の夢を打ち明けた。
「何で…軍人なの?」
身長170㎝ほどの女性のエルフが尋ねる。すらりとした体つきに、少女と同じ群青のロングヘアが美しい。
深い緑をたたえる瞳が、我が子に心配そうな眼差しを向けている。
「父さんと母さんを守りたいから。二人が好きな、私も大好きなこの国を守りたいから。」
「ルシエ…。」
共に席についていた、壮年のレプラコーンの男性が娘を見つめる。
もじゃもじゃの黒髪、それに負けず劣らずの豊かすぎる髭は、その黒々とした艶がなければ仙人か何かに見間違われるほどだろう。
「剣を習いたいって言いだしたのも、そのためなの?」
「うん。父さんや母さんから、魔機や魔法もたくさん教えてもらったけど、それだけじゃ足りないと思ったから。」
「ルシエ、軍に入るということは戦場に立たねばならんのじゃぞ?道場の稽古相手じゃない、相手は本気で自分を殺しに来る。それに、一対一じゃない、複数に襲われることだってある。」
「うん。」
「―命を、落とすかもしれないのじゃぞ?」
「うん、わかってる。―それでも私は、この国を、みんなを守る為に、戦いたいの。」
壮年のレプラコーン―ルシエの父親は、娘の真っ直ぐな瞳を見て、ため息をつき瞳を閉じた。
「…儂も、キャロルも、お前を戦場に等送り出したくはない。お前はまだ十四じゃ。学校もまだ出ていない、遊びたい盛りの我が子を、戦場に送り出したい親などいるものか。」
「…うん、わかってる。ごめんなさい。」
「…それでも、ルシエ。お前は、国のために命を張りたいと言うのか?」
父親の、厳しく、そして暖かい視線。
それを受けてルシエは、同じくらい真っ直ぐな視線で、返す。
「…うん。私、自分が死ぬかもしれなくても、皆とこの国を守る為に、戦いたい。」
「…そうか。」
父親は再び椅子に深く座り、深くため息をついた。
「…キャロル。」
夫の言葉に、妻は―ルシエの母親は、ただゆっくりと頷いた。
それを受けて、父親も静かに頷く。
「―全く、相変わらず変なところで強情な娘じゃ。一体誰に似たのかのう。」
「きっと、父さんだよ。」
「…クッハッハ!言うようになったのう。…違いないわい。」
父親の瞳から、厳しさが消える。残ったのは暖かさと、わずかな寂しさ、諦め、そして覚悟。
「認めよう。ルシエ、お前はお前の道を進みなさい。」
「父さん…!母さんも、ありがとう!」
ルシエは目じりに涙を浮かべ、心からの笑顔で両親の言葉に応えた。
「ただし、学校はきちんと出るのじゃぞ。軍への入隊は、一番若くても十五からじゃからの。戦うにしても、教養は身に着けておかねばいかん。」
「はい。」
「それから、ルシエ。」
「何?母さん。」
「明日から毎日、母さんと特訓よ。あなたに教えてない魔法なんて、まだまだ山ほどあるんだからね。」
「母さん…!」
「…どうせなるなら、最強になりなさい。誰にも負けない、誰にもやられない、魔機と魔法を使いこなす、最強の戦士になりなさい。…そうすれば、きっと死なずに帰ってこれる。」
「…うん、なるよ!私、最強の戦士になる。だって、最高の魔機職人と、最強の青魔術師の娘だもん!」
愛娘の力強い宣言を、両親は暖かく受け止めた。
一年の後、ルシエは学校を卒業し、スノンベール国軍へ入隊した。
スノンベール国軍は主に南方のマンテリアとの国境、西のバニーゲンとの国境を警備する国境警備軍と、東側で起きているアインガリアとの国境紛争の戦いに身を投じる前線軍に分かれる。
平和でやることが少ない西側、南方に対して、東側は常に戦火に晒されている危険な部隊であり、毎年幾人も死者や行方不明者が現れ、脱退する者もあとを絶たない。
ルシエが望んだのは、後者の部隊であった。
ルシエが従軍した当時、こと軍用魔機に限ってはアインガリアの方がレベルが高かったこともあり、スノンベール軍は劣勢を強いられていた。
事実、ルシエが従軍するまでの五年の間で、東側の領土のいくつかを失ってしまっている。
その只中にあって、ルシエの活躍は目覚ましいものがあった。
齢十五歳、従軍わずか八か月にして少尉にまで上り、戦績が芳しくなかった東側にあって、アインガリアに"雪の青影"とまで呼ばれるようになった。
だが、それは長くは続かなかった。
従軍して一年目を過ぎた頃、スノンベールが絶氷期と呼ばれる最も雪と寒さが厳しい時期、彼女が率いていた隊が遭難し、こともあろうにアインガリア軍に見つかってしまったのだ。
ルシエ隊の奮闘空しく、彼女らはアインガリア軍の捕虜となってしまい、アインガリア首都キンベルに連行されることとなる。
―彼女がその後再び故郷の地を踏むまでには、実に四年もの歳月を経る事となる。
(ここが、アインガリア。…乾いて、荒れ果てた、不毛な地…。)
ルシエが初めてアインガリアを訪れた時に抱いた印象は、このようなものだった。
―"鉄の国"アインガリア。この国の歴史は、闘争と略奪によって語られる。
かつてこの不毛の地には、大小合わせて30を超える国が乱立していた。
国土の30%は砂漠。一部地域を除き作物も満足に育たない土壌、気候。水資源もフォレリアの10分の1という有様。
ただ広く、危険が少ないというだけでやってきた人々は、そう時間が経たない内に貧しさと飢えに苦しめられることとなる。
―貧すれば奪うべし。欲するならば奪うべし。この環境にあって、人々は生活の手段を略奪に求めた。
国同士で、時には国の中の民同士で。人々は不毛な地で不毛な争いを、幾年も幾年も繰り広げた。
この地に伝わる神が略奪と謀略を是とする魔神、アドラメレクであることも関係していたのかもしれない。
そんな中でも、この土地で発達していった技術、恵まれた資源があった。鉱脈や石炭、石油などの地下資源や化石燃料、およびそれを利用するための工業である。
特に魔機の原材料として非常によく使用される魔鉄はバニーゲン、マンテリア、スノンベールと並ぶ世界有数の産出量を誇るため、魔機工業も大いに発展した。―主に、軍事使用の方向で。
資源を見つけ、貪り、他国へ攻め入り、技術と食糧を奪っていく。そうして身に着けた力で、更に他国へと攻め入り、略奪を繰り返していく。
いつ終わるともしれぬ闘争が不毛な土地で繰り広げられた結果、軍事使用に特化された工業力、魔機技術力を誇る、煤と煙、血と争いで塗り固められた"鉄の国"は出来上がった。
首都キンゼルも例外なく、煤と煙、血と争いに彩られた街だった。
煙突からは絶えず煙が立ち上り、石造りの建物はどれものっぺりしていて色彩がない。
人は多いが活き活きとした表情をしている者はだれ一人としておらず、生気を失った死人のような顔をしているか、飢えた獣のようなギラついた顔をしているものかの二択。
通りには無遠慮にゴミが投げ捨てられ、商店では泥棒、強盗は当たり前、裏通りでは常に殴り合いの喧嘩が繰り広げられている。当然、それを咎める者は誰もいない。
そんな退廃的な街の一角、軍が使用する独居房にルシエ達はまとめて放り込まれた。
食事は満足に与えられず、日夜拷問が繰り広げられた。
心が摩耗し、希望を失った隊員達が、わずかな食物を奪い合い、互いが互いを敵軍に売り渡すまで、そう時間はかからなかった。
(これが、人間の闇なんだ。私達も、この国の人達も、みんな同じ。)
(追い詰められたら、奪い合うことしかできない。)
ルシエも、自身の精神がすり減っていくことを自覚しながら、ぼんやりとそう感じた。
この過酷な環境は、たった十六歳の、ある意味では社会の綺麗なところを見て育ってきた彼女を堕とすには十分すぎるものだった。
(逃げなきゃ。ここにずっといたら、殺されてしまう。)
生きて帰る。両親と交わした約束だけが、彼女を地獄の底から掬い上げていた。
しかし、それでも時間は無為に過ぎていく。次第に、両親と交わした約束も薄れ、信じられなくなってきていたその時、転機が訪れた。
闇が深まり、アインガリアの空を薄汚れた宵が覆う頃。彼女らが放り込まれた独居房のある基地にサイレンが鳴り響く。
「どうした!何があった!」
「クーデターです!周辺住民が武装蜂起し、この基地を包囲しています!」
「クーデターなどいつものことではないか!さっさと鎮圧しろ!」
「それが、今回のクーデターは規模も、統制も今までの比ではありません!」
こんな国なので、暴動やクーデターは日常茶飯事であった。一週間に三回暴動がおこり、一か月に一回クーデターが起きると言われている国である。
しかし軍が圧倒的な権力を握っているこの国では住民達と軍部の装備の差は歴然であり、これらが成功を収めた例は一度もない。
暴動はその日のうちに鎮圧され、クーデターも三日と掛からずに制圧されるのが普通だった。
しかし今回のクーデターは規模の差が今までの比ではなく、珍しくアインガリア軍は苦戦を強いられていた。
独居房の見張りまでも駆り出される緊急事態。ルシエにとってはチャンスでしかなかった。
(これなら、逃げられるかも。…捕まったら、今度こそ死んじゃうかな。でも、ここにずっといるより、ずっとまし。)
…自分以外の隊員は皆いなくなり、一人生き延びていたルシエ。
アインガリアに捕縛されてから二か月後、彼女はクーデターの混乱に乗じ、ぼろぼろになったスノンベールの軍服を身に着けたまま、アインガリアの基地から逃げ出した。
…そうして逃げ出してから数日後。ルシエは路頭に迷っていた。
土地勘もない他国であれば、無理もない。領土だけは広大なこの国は、その広大さによって彼女を祖国へと帰すことを拒んだのである。
最早民家から食糧などの盗みを働くことを、ルシエは気にも留めなくなっていた。
勿論、必要最小限のものしか盗らないよう気を付けてはいるつもりであったが、やっていることはアインガリアのそれと大差はなかった。
盗みの最中に自分を見つけた家人をこの手で殺めた時、彼女の中で何かが壊れる音がした。
(…殺した。私、ただ自分が生きるために、人を、軍人でもない人を、殺しちゃった。)
寒さか、恐怖か、それ以外の何かか。すっかりボロボロになった己の手を見つめ、ルシエは震え、涙を流した。
(父さん、母さん…私、汚れちゃった…。汚れちゃったよ…。)
こんな薄汚れた自分が、祖国へ帰ってもいいものか。
ルシエは望郷の想いと自責の念の狭間に揺れながら、その日は眠りについたのだった。
…翌朝。彼女が目を覚ますと、そこは雨風を凌ぐために借りた廃屋の中ではなく、知らぬ車中だった。
気づけば手足は縛られ、体の自由は奪われていた。
「兄貴、ガキが目を覚ましたぜ。」
「オゥ、お目覚めかィ。気分はどうだ?」
前方の座席には大柄な男が二人、それぞれ運転席と助手席に座っていた。
二人とも黒いスーツを着ている。隠しきれない怪しいオーラが、彼らが真っ当な人間ではないことを物語っている。
「ここはどこ?あんた達は誰?私をどうする気なの?」
「その質問には一つだけ答えてやる。オメエはこれから売られるんだよ、俺達以外の誰かにな。」
「アインガリアの国境付近を物色してたらこんな上玉が転がってたんだからなあ、ツイてたぜ。」
(…人攫い…。)
希少な亜人種が存在するこの世界では、非合法ながらも人身売買がビジネスとして成立している世界である。
基本的に、希少であればあるほどその値打ちは高い。
レプラコーンはフェレメル等と並び複数の亜人種の特徴を持ち、特に珍しい小人族の特徴を持つ種族である。
このためレプラコーンは非常に攫われやすい種族であり、幼い頃より人攫いには気を付けるようにと教育を受けるのが常であった。
ルシエは窓から外を見やる。まるで高い壁のようにそびえる山々が視界を覆う。
どこかの山道であるようだが、彼女の記憶にこのような山道はない。少なくとも、スノンベールに向かっているようではなかった。
「…私をどこへ連れて行くの?」
「さぁなあ、それは着いてからのお楽しみだ。まあ、オメエのいた国でないことは確かだよ。」
助手席の男はへらへらと笑う。スノンベールに帰れるのではないか、という淡い期待は脆くも崩れ去った。
抵抗しようにも手足は縛られ自由は効かない。自身を攫った男たちも、自分よりも強そうに見えた。
(逃げられない…。私もう、故郷に帰れないのかな…。)
ルシエは絶望感と無力感に打ちのめされ、また静かに泣き出した。
「…泣いてやがるか。」
「まあ、泣くくらい好きにさせてやれ。…そら、見えてきたぞ。ウィンデリアだ。」
「っか~。眩しいねえ。草木が光って見えらぁ。」
(…ウィンデリア。確か、南の山の国の更に南にある、草原に囲まれた、風の国の名前…。)
泣きながら、男達が話す風の国について、学校で習ったことをぼんやりと思い出す。
学校であった楽しかったこと、家族との思い出が連想して思い出され、寂しさに胸が詰まり、涙があふれてくる。
(帰りたい…帰りたいよ、父さん、母さん。アインガリアや、ウィンデリアじゃない。私は、スノンベールに帰りたい…。)
望郷の想いに包まれ、寂しさに座席を涙で濡らす事数分。ルシエが乗せられた車の後部座席に、突如眩しい光が差し込む。
長い事見ていない、明るい日の光。ルシエは思わず、窓から外を見て、息をのんだ。
(…綺麗…。)
そこに映っていたのは、朝の日の光を浴びて青々と輝く草の絨毯だった。絨毯は、穏やかな風に優しく靡いている。
遠目に映る家、樹木、湖、時折見える野鳥や動物の姿。全てが日の光に照らされ、輝いて見えた。
吹雪に閉ざされた祖国では、見られない光景。煤と煙に包まれた地獄には、なかった光景が眼前に広がっていた。
-2-
「久しぶりに良い買い物だった。またよろしく頼む。」
「へっへっへ、毎度あり。」
男はそういうと、夜闇に紛れ車を飛ばし、首都ウィンデリアを去っていった。
ルシエがウィンデリアに入ってから二日後の夜。彼女は、とある地下組織に売られていた。
「さて…お前達、こいつの縛を解け。逃げ出さないよう、入口は固めておけよ。」
「うぃっす。…ほら、大人しくしてろ。」
首都ウィンデリア南西部。いくらかのビルとマンション、アパートなどが立ち並ぶ閑静な住宅街。
その一角のビルの地下に、その地下組織のアジトはあった。
ルシエはアジト内の一室に連れ込まれ、二人の男に縛を解かれる。目の前には、眼鏡をかけた暗いオーラを放つ男性のエルフがいた。
「まずは歓迎しよう、ようこそ闇を辷る黒へ。俺はリーダーのライネックだ。名前を教えてもらえるか、レプラコーンの娘。」
「…ルシエ・テリオバール。あんた達の目的は何?私に何をさせる気なの?」
ルシエは反抗の意思がこもった瞳でライネックを見返す。
ライネックはその目に怒るわけでもなく、まるでいい獲物を見つけたかのような笑みで返す。
「随分生意気な目をする、嫌いじゃない。そうだな、わかりやすく言えば犯罪の片棒を担いでもらうことになる。」
ライネックはこの地下組織がどんなものなのかを説明し始めた。
"闇を辷る黒"は、暗殺、誘拐、密輸といった非合法行為を行う犯罪者グループである。
特徴的なのは一般的な犯罪者グループではよく扱われる麻薬の売買を一切行っておらず、代わりに魔機と情報の密輸、密売を行っていることか。
活動の幅は広く、ウィンデリア国内にとどまらずマンテリア、フォレリア、デザークレイといった周辺国にも及ぶ。
これらの国々と国内を回り殺しを働いたり、誰かを誘拐したり、魔機や情報などを盗んでは、他国、或いは自国に売りさばく。
いわば、闇の諜報機関とも言うべき側面をもっている地下組織であった。
それゆえ極めて高い秘密の保持と隠密性が求められ、メンバーの結束は固い。
政府も下手に手出しはできない組織にすることで、ウィンデリアに数ある地下組織の中で最強ともいうべき地位を築き上げたのである。
「…さて、ルシエ。お前に会わせたい奴がいる。これから一緒に仕事をしてもらう奴だ。…入れ。」
ライネックが促すと、入口の扉が開き一人の少女が入ってくる。
身長は、ルシエよりも若干低い。くすんだ赤色の髪を持つ、女性のレプラコーンだった。
「こいつの名前はエリス。一か月前にマンテリアで買った人材だ。しばらくはコンビを組んで、こいつから色々教えてもらえ。」
「…エリスだよ、よろしくね。」
エリスがそういって、握手を求めてきた。ルシエは数瞬戸惑うが、逃げ出せなさそうな気配を感じると
「…ルシエよ。…よろしく。」
彼女の握手に応じた。これが、ルシエとエリスの最初の出会いだった。
―それからの彼女の生活は、あらゆる意味で今までの生活とは激変した。
仕事のため、何の罪もない無辜の民を殺さねばならない時もあった。
法的に許されないモノの密輸のため、あらゆる国の官憲から逃げおおせなければならない時もあった。
情報を得るために、自らの体を売らねばならない時もあった。
他組織との抗争で、先陣を切って弾避けにならなければならない時もあった。
食事と金は保証されていた。仕事に手を抜きでもしない限り、拷問を受けるわけでもない。
だがそこは、姿が違うだけの地獄に他ならなかった。
それでも、ルシエとエリスは様々な仕事をこなしてみせた。
同じく刃物を得物としており、同じ青魔術師の素質を持つ二人は、息の合ったバディとして組織内でも確かな地位を築き始めていた。
―違ったのは、エリスはこの地下組織に…否、ライネックに心酔しているらしいということだった。
ルシエが密かに眉根を潜めるような仕事でも、彼女は喜んでやった。自らの手、体を汚す事に何の抵抗も感じていなかったようだった。
(…このままじゃ、この闇から逃れられなくなる。祖国に帰れなくなる…。なんとか、この組織から逃げる手段を考えないと…。)
闇を辷る黒に売られてから二年程が経過した頃、ルシエはこの思いを強めていった。
しかし秘密を握る組織である関係上脱退者に対してはことさらに容赦がなく、地の果てまでも追われ、惨殺された。
ルシエ自身が脱退者を殺したこともあるし、エリスが殺したことも、ライネックが直接手を下したこともあった。
特にエリスとは実力が伯仲している仲であり、ライネックに対しては一度も勝てたことがないほどの力量差があった。
今のまま逃げたのでは、彼らと同様に自身も殺されるだろう。
このまま、闇に身を埋めるしかないのか―そう考えていた矢先に、彼女にとっては転機が訪れた。
仕事にてウィンデリアの機密情報を探るため、エリスと十数分別行動をしている際、その様子をセルゲイに見つかったのである。
当時の外務省次長にして、ウィンデリア警察副総監。更には国軍少将の肩書までもつ、ウィンデリアが誇る最強の"目"。
彼の目に捕まればどんな犯罪者も、どこに逃げても必ず捕まる。地下組織では最も警戒しなければならない男として、その名が知れていた。
人通りも少ない、ウィンデリア省庁のとある一角。ルシエとセルゲイは、互いに刀と拳を構え、対峙する。
「…あなたが、セルゲイ・アズウェルト?」
「…いかにもそうだが、何か用かね?逃がしてほしい、等といったお願いは聞けないが。」
「今のところは逃がしてほしい。…勿論、タダでとは言わない。」
「ほう…?」
ルシエは慎重にあたりを見回す。エリスは、まだ来る気配がない。
「私は今いる組織から逃げたい。逃げて祖国に帰りたいの。…でも、今のままじゃ逃げても殺される。だから、あなたの力を借りたい。」
「何か手があるというのかね?」
「…一年、いや、二年。私に時間を頂戴。そうすれば…あなたにウチを、"闇を辷る黒"を捕まえ、潰すだけの情報を揃えて、渡せると思う。」
「…驚いた。自らの組織を売るというのかね、君は。」
ルシエは静かに頷いた。セルゲイは構えを解かず、黙って彼女を見つめた。
信用してよいものか。相手は地下組織の一員、それも特級指定犯罪グループ"闇を辷る黒"の幹部とも目される人物に違いない。誤情報であれば、国家が受ける損失は計り知れないことになるだろう。
だが。
「―わかった、君を信じるとしよう。二年後、君からの報告を待っている。」
セルゲイは彼女の瞳の光を見て、信じることにした。
「ありがとう。―来たわね。」
「ルシエ!」
別行動をしていたエリスが、セルゲイと対峙しているルシエを見て加勢に駆け付けた。
「…流石に幹部二人は私とて荷が重い、ここは退くとしよう。その首、預けるぞ。」
セルゲイはエリスが着くより早く、その場から退散した。
エリスは彼を追うよりも、ルシエの身を案じて駆けよる。
「大丈夫かい?ピットからアンタが捕まってるって聞いて、慌ててきたんだけどさ。」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、エリス。」
心配そうに自分を見つめるエリスに、微笑みを返す。
―群青のレプラコーンと、傷赤のレプラコーン。
"闇を辷る黒"の双璧とも呼ばれた彼女達の道が、決定的に違った瞬間だった。
-3-
それからも、ルシエは今までと変わらずエリスと共に仕事をこなし続けた。
時には情報を盗むためと言ってウィンデリアの学校に潜入し、魔法や魔機製造や術式の講義を密かに盗聴したり、仲間が使う魔機のメンテナンスを請け負い、魔機や術式に対しての理解を深めていった。
エリスは剣術は互角、魔法の才は上回れていたが、魔機の才だけはルシエが抜きんでていた。
万一彼女と正面切って戦う事になった場合、この知識で差をつけることが重要と考えたためだ。
一方、折を見て"闇を辷る黒"の悪事の証拠を、着々と集めまとめていった。
ライネック、エリス共に用心深く、怪しまれないよう証拠を収集するには時間を要したが、既に№3の座に着いていた事が有利に働いた。
そして、ルシエが密かにセルゲイと取引を行ってから、およそ二年後。
"闇を辷る黒"のアジトに、20人ほどの警察、軍人を連れた二人の男がやってきた。
「リーダー!大変だ!セルゲイとキンゼリフが、仲間連れて押しかけてきやがった!―ぐあっ!」
「少々手荒だが勘弁してくれよ。―やあ、君がライネックかね?」
「…あんた…!」
「落ち着けエリス。―いきなり押しかけて随分な真似してくれるじゃねえか、セルゲイ。」
「な、なんで国軍の中将までこんなところに!」
「俺らが一体何をしたってんだよ!」
「ん、それを追求するのは僕の仕事じゃなくて、アイツの仕事さ。さ、諸君、手短に制圧してしまおう。何事も早く済んだ方が、面倒が少なくていい。―突撃。」
ライネックとセルゲイが向き合う部屋の外で、阿鼻叫喚の怒号が響き渡る。
特級指定犯罪グループとしてウィンデリアで名をはせていた地下組織は、国軍の力によって瞬く間に制圧されていった。
「いきなり軍までよこして来るとは大層なことだな。」
「ははは、何。決定的な証拠をいくつも頂いたものでね。制圧は迅速に行った方がよいと判断しただけのことさ。」
セルゲイは言って持参してきた証拠のいくつかをライネックに見せる。
「例えばこの西側の警備体制をデザークレイに売ってくれたことなんかがそうだ。お陰で西側の警備部隊は潰走、援軍も半分は重傷を負い、いくつかの将兵はまだ現役に復帰できていない。」
「こちらへの侵攻の意思を持たせないために行ってきた外交努力も、いくつかは水泡に帰してしまったというわけだ。―この責任、どう落とし前をつけてくれるというのだね?」
「…テメエ、それを一体どうやって手に入れた!?」
「そのヤマはライネックと、あたしらしか知らないはず…!―ルシエ、あんたまさか…!」
ルシエは静かにセルゲイに歩み寄り、ライネック、エリスと距離を取った後、振り向かずにこう言った。
「―そうよ。私が売ったの、あなた達を。二人相手に、私じゃ勝ち目がないもの。それに―いい加減、後ろ指さされるような事からは、足を洗いたかったし。」
「ルシエ…貴様…!」
「あんた…あたし達を、仲間を裏切ったね!!」
「仲間…?」
ルシエは振り向いて、冷徹な眼差しのまま告げた。
「私は、あんた達が仲間だなんて思ったことは一度もない。」
「―お前ェッ!!」
「よせ、エリス!」
ルシエに食ってかかろうとするエリスをライネックが制する。
そのままエリスを連れ、部屋の奥の壁を押す。すると壁が動き、外へ向かう階段が現れた。
「隠し扉とは古典的な。―逃がすな、追え!」
「セルゲイ…ルシエ…この代償は、必ず払わせてやる。覚えていろ…行くぞ、エリス!」
「ルシエ…アンタだけは、必ずこのあたしが…!」
捨て台詞を吐き捨て、ライネックとエリスは逃走した。
結局、彼らはその後も捕まることはなく、逃げおおせた。だが、"闇を辷る黒"はここに壊滅した。
―アインガリアに捕まってから早四年。ルシエの、たった一人の戦いは、ここにようやく幕閉じを見たのであった。
―それから数日後。ルシエは大統領府に呼び出しを受けた。
到着するとそこにはセルゲイ、左目が隠れるほど銀色の前髪を伸ばした覇気を感じない壮年の男性、そして中央に座した、頭を丸めた老年の男性が待っていた。
中央に座した男性がゆっくりと口を開く。
「よく来てくれた。私はマルグス。一応、この国の大統領を請け負っておる。こちらはキンゼリフ中将、こちらは…君には紹介はいらないかな。」
覇気を感じない壮年の男性が、紹介されゆっくりと礼をする。ルシエも失礼のないよう、跪き礼をする。
その様子を、マルグスは優しく制した。
「そうかしこまらずともよい。今日は君の処遇について伝えようと思ってな。」
「処遇、ですか。…やはり投獄、でしょうか。」
ルシエはここ数日軟禁状態にあった。独房ではなく普通の民家であったが、出歩く自由はほとんどなかった。
いくら事情があるとはいえ、彼女自身もまた、この四年でいくつもの罪を重ねてきた罪人である。本来は拘留、即刻投獄されても何ら不思議はない立場である。
「そうだな、君が今まで我が国にしてきたことを思えば、あの日すぐにでも拘束して、投獄するのが普通だろう。だが…君は二年前、セルゲイに接触して取引を持ち掛けたそうじゃないか。」
「はい、事実です。」
ルシエはありのままに事実を認めた。その様子をマルグスは優しく頷き、次いでセルゲイが続けた。
「私はあの時、君の瞳の中に光を見た。とても、根っから悪逆を為す人物だとは思えなかった。」
「…だから、あの時の取引に?」
「そうだとも。そして、その瞳の光は今も消えてはいないようだ。―教えてくれないか。君のような人物が何故我が国でここまで悪を為さねばならなかったのかを。」
「―それは…。」
ルシエは、ぽつりぽつりと身の上を話し出した。
志願し、スノンベールの軍人となり、アインガリアに捕まり捕虜となったこと。
突然起きたクーデターの混乱に乗じてアインガリアから脱出するも、路頭に迷っていたこと。
度重なる拷問と地獄のような環境で心がすり減り、他者から奪うことに何の抵抗もなくなっていたこと。
―初めて人を殺した翌朝、人攫いによって連れ去られ、ライネックに売られたこと。
ライネックとエリスの脅威の前に、逃げたくても逃げる事が出来なかったこと―
時折涙をぬぐいつつ話すルシエを、三人は途中で口を挟むことなく、最後まで聞き届けた。
全て聞き終えた後、マルグスがゆっくりと口を開く。
「―まだ若い身空で、それだけの過酷な出来事を、よく耐えてきたものだ。―よく、頑張ってきたな。」
「…はい…。」
まるで孫娘をなだめるかのようなマルグスの声に、ルシエは思わず涙ぐむ。
次いでマルグスはセルゲイを見て頷き、セルゲイも同じく頷き返す。同様にキンゼリフも見て頷き、キンゼリフも同様の頷きを返した。
セルゲイが口を開く。
「ルシエ君、君は恩赦にて、特別に投獄は行わないものとする。今後も、君がウィンデリアでしてきたことについて、罪に問うことはない。」
「本当ですか…!?」
「ああ。…ただ、まったくの無罪放免というわけにもいかん。君は数々の罪状に加え、我が国の国家機密をいくつも握ってしまっている。」
「勿論、君がそれを悪用するような人間じゃないってことは、今の話を聞いて僕にもよくわかった。ただ、国家機密を握られたまま、さあどうぞと祖国に返すわけにはいかないんだ。わかるよね?」
「…はい…。」
意気消沈してしまうルシエに、諭すようにマルグスが続ける。
「無論、以後一切スノンベールに帰るな、と言うつもりはない。きちんと申請し、こちらの約束を守ってくれるのならば、里帰りは認めよう。だが―ここまで知られた以上、君の身柄そのものは、我が国で預からねばならん。」
「具体的には、何をすれば?」
「うむ、それなのだが―セルゲイ。」「は。」
「今回の一件で君が私に渡してくれた情報の中には、我が国と周辺諸国との関係を脅かしかねない重大な情報もいくつかあった。これは裏を返せば、かの地下組織にはそれだけの諜報力があったことを意味する。」
「更には、外国の地下組織との抗争に関する資料もあった。君達は図らずも外国の脅威を探し、僕達の国を守ってくれていたわけだけど、これだけの戦闘力は警察にはない。軍隊にはあるけど、軍隊は捜査権がないから、ここまで柔軟に動くことが難しいんだ。」
「つまり君が潰した地下組織は、他国に対してそれだけの影響力、抑止力を持っていたということになる。―ああ勿論、潰して損をしたという話をしているのではない。だが我々は君がもたらした情報によって痛感したのだ。我が国にはこのような、諜報能力と捜査能力、そして強力な武力を併せ持った組織が必要だとな。」
「ええと…つまり?」
大の大人三人が口をそろえて大きな話をしだすので、ルシエは面食らっていた。
「―協議の結果、外務省と軍務省の外戚機関として、これらの能力を持った特別機関を設けることにした。勿論、今すぐにはできない。五年~十年のうちに設立を目指す予定で、既に動き始めている。」
「所属上は、外務省に所属の外交官。でも、警察の権限をもち、国軍に所属する軍人でもある。―"特例特殊任務係"。君には、その第一号になってもらいたいんだ。」
「特例特殊…任務係…。」
セルゲイとキンゼリフの言葉に、マルグスも続く。
「簡単な仕事ではない。君もこれから覚えてもらうことは沢山ある。だが、勿論設立までの生活の面倒は我が国が見るし、警察養成校の他にも通いたい学校があれば、出来る限りの援助はしよう。」
マルグスは立ち上がり、しっかりとルシエを見据えて言った。
「君にとって我が国は、売られた先の知らぬ国かもしれん。しかし、君のような人材こそ、我が国に必要な人材なのだ。…どうだろうか。知らぬ国の未来のため、君の力を貸してはくれまいか?」
「大統領…。」
ルシエは目を閉じ黙考した。
…やることは、もしかしたらこれからも変わらないのかもしれない。時に命を取り、時に人の生活を脅かさなければいけないのかもしれない。
それでも、この仕事には自由があるように見えた。今までの暗い場所に身を堕とすのではなく、光ある場所であるように思えた。
何より、本来ならば裁かれてしかるべき自分が、それに携わることができる。
…脳裏に、初めてウィンデリアを訪れた時のことを思い出す。
朝の光を浴び、青々と輝く草原。―天国のようだと感じた、光り輝く国。
(…この国の光になるのも、悪くない。)
ルシエは目を開き、静かに、はっきりと宣言する。
「―拝領致しました。私、ルシエ・テリオバールは、本日よりウィンデリアの国の礎を担わせていただきます。…お世話に、なります。」
宣言し、頭をたれる。その様子をセルゲイ、キンゼリフ、マルグスは、あたたかな拍手をもって迎えた。
―特務一課が出来たのは、それから六年後のことであった。
当初はルシエ、ユリアン、ナッシュしかいなかった小さな部署が、モニカが加入し、メイシーが加入し、シャルロットが加入し、グロウズが加入し、今の姿になっている。
彼らは時に一人で、時に協力し合い、ウィンデリアを陰から日向から支えてきた。
そして、今―その第一号たる彼女に、光が差し始める。
-4-
「…う…ん…。」
「ルシエっ!?」
「ルシエちゃん!?」
病室で横になっていたルシエが、静かに目を覚ます。
傍らで彼女を見守っていたメイシーとシャルロットが、驚きと歓喜の声で迎える。
「ここは…私…。…!そうだ、ケインは…!?」
「ぅわっ!急に起き上がっちゃ危ないよー!モニカが、体は大丈夫でしょうって言ってたけどさー!」
「ケインは、ケインはどうしたの!?私…あの子を追いかけなきゃ…!」
急いで起き上がろうとするルシエを、シャルロットが支える。
そこに、シャルロットの携帯電話が鳴る。電話の主はユリアンだった。
「あ、ユリアーン、丁度いいところに。今ルシエが目を覚ましてねー。」
『やはりそうでしたか。長官が、おそらくこの時間には目覚めるだろうと話をされていたので。』
「うっそ、長官が?」
『ええ。…おそらく長官も同じ時間に連絡されているはずです。すいません、電話しばらくつないだままにして頂けますか?』
「いいけど…。」
シャルロットとユリアンのやり取りの最中、病室に入ってくる二人の男と一人の女性がいる。
ナッシュとグロウズ、そしてモニカだった。
「よォ、目ェ覚めたかァ?へっへっへ、長官の勘はばっちりだったなァ、恐ろしいぜ。」
「全くだ。…ほぼ三日ぶりだな。大事はないか?体は動くか?」
「皆さん、心配して、いらしたんですよ。ルシエさんが、三日も目を覚まさないなんて、初めてでしたから。」
「メイシー、シャルロット、ナッシュ、グロウズ、モニカ…。ねえ、ケインは?ケインはどうなったの?」
「気になるかァ?でもまァ、まずはテメェの上官の話を聞かねえとなァ。」
ナッシュはへらへら笑いながら、ルシエに携帯電話を渡す。
『…もしもし、私だ。起きたかね?ルシエ君。』
「長官…!ごめんなさい!私、私…!」
『善い。話は皆から聞いた。―さて、そこに皆は揃っているかね?』
「ぐすっ…はい…。」
『うむ。それではまず現状だが、ケイン君を攫ったエリスは、今日ブラックロード入りする可能性が高い。』
「間違いはねェぜ。ケビスルの町でアインガリア軍らしい集団を見たって話があったからなァ。地下組織の情報網も、たまには役に立つもんだろ?」
『…三日ほどかかっているということは、相手の足はあまり早くありませんね。手勢を連れている可能性が高いですが、追いつけない距離ではないかと。』
『うむ。前もってこの展開を予見してくれていたユリアン君、ナッシュ君には感謝しなければならんな。だが、首都からブラックロードまでは、普通の車では早くても二日はかかる。』
「ナッシュ…ユリアン…。」
ナッシュが得意げに話す。電話から聞こえるユリアンの声も、落ち着き、希望を感じさせる。
「でも普通の車じゃなくて、あたしが改造した車なら追いつけると思うよ。これでも三日間、ほかの仕事放り出して改造に専念したんだから!」
「しかも俺が乗りやすいように大型のスコピオ型を改造してくれている。アリエス型では小さくて、俺が乗るには難儀するからな。」
「シャルロット…グロウズ…。」
グロウズとシャルロットが、自信にあふれた表情で話す。
「…ルシエちゃん、あたしも行くよ。ケイン君には世話になったもん、恩は返さないとね。」
「…ルシエさん。行きましょう、みんなで。ケイン君を、助けに。」
「…メイシー…モニカ…。」
メイシーとモニカが、優しくルシエの手を握る。
『状況は決して良くはない。だが、君は一人ではない。この状況を共に戦ってくれる仲間がいることを忘れるな。』
「…長官…!」
セルゲイの、優しく、そして厳しい声が病室に響く。
『―特例特殊任務係一課、全員に任務を発する。ブラックロードを逃走するとみられるエリス、およびアインガリア軍を捕まえ、蹴散らし…ケイン・ウィルィーズを…ルシエ君の家族を、救ってくれたまえ。』
「…はい、必ず!」
『ええ、確かに承りました。』
「はい、お任せ、ください。」
「まっかせて~!」
「やってやろうじゃねェか!」
「了解、逃がさないんだから!」
「その任務、確かに承った!」
朝の病室に、力強い合唱がこだまする。
外では草木が朝露を滴らせ、日の光を浴び青々と輝いていた。
次話は5月18日投稿予定。
第一章最終エピソード、前後編の予定になります。




