〇第十一話 風に舞う、邪龍の翼・急
序破急の三篇になります。時間が遅れ、申し訳ありませんでした。
「はぁぁぁあああ~~~…。」
「どうしたんです少佐、そんなでっかいため息ついて。」
「だって~…。」
シャルロットはピンクパンサーの車体側面に掴まりつつ、大きなため息をついた。
風でポニーテールと豊満な胸が揺れる。
「あたしのパンサーちゃんが…遅い~~~~。」
シャルロットはそう愚痴りもうひとつ大きなため息をついた。
ピンクパンサーは今回の作戦のため、ルシエによって術式を改造され、ダークウルフと同程度の速度性能に抑えられている。
「仕方ないじゃないですか、今回の作戦は少佐も戦わなきゃいけないんですから。代わりに私達が運転できないと大変なことになっちゃいます。」
「大丈夫です少佐。俺達も全力で戦いますから!」
「ありがとう君達~なんか嬉しそうだね~~…。」
残念感満載で、シャルロットのポニーテールと胸が揺れる。
両腰には変わらずホルスターが下げられているが、下がっている銃は通常の短銃よりも一回りほど大きく、銃身が二つある「連装銃」という形状になっている。
そんな残念な溜息をついているシャルロットのパンサーの無線が鳴る。
『こちらグロウズ。各隊聞こえるか?』
『こちらルシエ隊、聞こえています。』
「はい、こちらシャルロット隊。聞こえています。」
『よし。もうすぐ作戦開始地点だ。アインガリア軍の姿は見えているか?』
『ルシエ隊、1.7㎞先にアインガリア軍を確認しました。まもなく戦闘に入ります。』
「シャルロット隊、同じく2㎞先にアインガリア軍を確認しました。まもなく戦闘に入ります。」
『よし、各隊無理はするなよ。―健闘を祈る!―ありがとう。」
グロウズは車体の上に座っていた。ドラグーンが乗る車両とあって、グロウズ隊の魔機戦闘車両は通常のものより一回りほど大きい。
しかしそれでも乗降には難儀してしまうので、すぐ動くときはこのように車体上部に座しているのだ。
「こちらはあとどれくらいで着ける?」
「ルシエ隊から20秒ほど遅れて到着する見込みです。」
「その時間であれば、手筈どおり終わっているな。―我が隊は本来の予定地に向かう。転回してくれ。」
「ははっ。」
グロウズは斧槍を構え、前方をみやった。
「―ってことですシャロ少佐、そろそろ当たります。」
「はいはーい。他の撃ち手の人も準備しといてね。ルシエが突っ込んだら、撃ち込むよー。」
「「了解。」」
シャルロットはホルスターから連装銃を抜き、戦闘に備える。
シャルロットがいる側からは、扉や窓から二門の手持ち大砲も覗いていた。
そして。
「教導官、もう間もなくつきます。…その、本当に行かれるんですか?」
「作戦だし仕方ないでしょ。心配されなくても死ぬつもりはないから安心してなさい。」
「いや、それはいいんですが…。味方の弾を全部避けながら敵と斬り合うって、無茶苦茶過ぎませんか…?」
ルシエは自身に青魔法を使いつつ答える。
『―【脚力強化】。仕方ないじゃない、魔法を使ったらシャルロットや貴方達の弾が敵に当たらなくなるんだもの。頑張るわよ。」
「わかりました。…ご武運を。接敵します!」
ルシエが乗るダークウルフが、敵を捉える。
午後四時半過ぎ。まだ日が高く上っている時間。
「―ってぇ!」
先制攻撃は、ルシエの号令から始まった。
-1-
「敵襲!敵襲!!」
「あわてるな。手持ち大砲を食らわんよう、少し下がって応戦しろ。敵もすぐに突っ込んでは来ない。」
「いえ、それが…一人跳んできてます!」
「何…?」
『地を、天を翔る風よ。我が手に集い、暴虐を打ち払う強風となりて、眼前の一切を押し流せ。』
「跳んでくるなんて馬鹿なヤツだぜ!撃ち落とせ!」
「―いや、ダメだ。下がれ!あいつはもう詠唱を完了している!」
部隊長が危険を察知し下がるよう指示するが、跳んでくる得物に一瞬でも目を奪われていたアインガリア兵は、指示通りに逃げるのに数刻要した。その隙で十分だった。
『―【大気砲】!』
「どぅわあああああああああ!?」
先の戦いでも使用した猛烈な強風を呼び起こす魔法で敵陣を吹き飛ばす。
陣形を乱すだけでなく、吹き飛んだアインガリア兵の一部は戦車に衝突し、したたかなダメージを負ったり、頭部を打って気絶する者もいる。
ルシエは吹き飛ばした敵陣の中に降り立つ。
数でいえばそこそこの数を吹き飛ばしたが傷は浅く、既に立ち上がっている者もいる。
しかし、そんな状況は知らぬとばかりに刀を構え、敵陣に突進していく。
「―よっ!とっ!ほっ!―よっと、せぇいっ!」
「ぅぐわっ!?」「んあっ!」「っだぁっ!はええっ!」
そのままステップを踏むように位置を変えつつ、アインガリア兵を斬っていく。
与える傷は軽くはないが致命傷ではなく、せいぜい少し動きを止める程度のものだ。だが、この状況においてはそれでよかった。
「教導官を信じろ!撃て!撃てーーっ!」
「んがあっ!」「ぐああっ!」
ルシエ隊の下士官達が、魔機戦闘車両で走りながらルシエが乱し足を止めた敵陣に向けて手持ち大砲を撃ち放つ。
大して狙いがつけられているものでもなく、足を止めていなければよけられたかもしれない砲弾は、しかし効果的な打撃となってアインガリア兵を襲った。
「チッ…!やられた者には構うな、動ける者で奴を囲め!一人では大したことはできん。」
すかさず兵達に指示を飛ばし、ルシエを右翼左翼から囲い込むアインガリア軍。しかし、その移動も今となっては隙でしかなかった。
「遠慮する必要はないよ!撃て、撃て~~~!!」
わずかに遅れてやってきたレッドパンサーからも砲弾が放たれる。
相も変わらず移動しながらの射撃であり、的中弾とはならなかったが、敵陣を乱すには、ルシエが斬り込む隙を作るには十分だった。
「崩れた、そこっ!っと!ったぁっ!」
「があああっ!」
「味方にあたっても構わん!構え―撃てっ!」
多少の味方の被害も覚悟の上で指揮官は指示を飛ばすが
「っと、そうはさせないなあ!【炸裂弾】―ショット!」
「うぐわっ!?」
シャルロットは起動語をつぶやき、その次の瞬間には射撃体勢が整っていたアインガリア兵に向けて発砲していた。
連装銃から放たれた弾丸が、今まさにルシエを撃ち抜かんとしていた兵を正確に撃ち抜き、爆発する。
「【炸裂弾】!―もう一丁!」
「ぐあっ!またか!」
先の炸裂弾では届かなかった範囲に更に炸裂弾を撃ち込む。
アインガリア軍の隊長は驚きを隠せない。
「何だあの女は…!あのスピードで、あの体勢で、何故ああも正確な連射を…!」
レッドパンサーは時速60㎞²ほどのスピードで走りながらアインガリア軍の横を掠めている状況である。
それに加え、シャルロットは左手でレッドパンサーの車体側面に掴まっている体勢である。
更に言えば、連装銃は射撃が非常にブレやすく、狙撃には向かないと評される銃である。
そんな"一発でも当たれば奇跡"に近い状況で、間をおかず二発速射、計四発の炸裂弾を正確に当てているのである。もはや神業を超えた何かに近い。
「ルシエー!こっち来てー、拾うー!マリー、寄せてー!」
「くっ、合流させるな!狙え!」
「はっ―ぐあっ!」
「なっ…!」
命令を受けたアインガリアの狙撃兵が銃を構えるとほぼ同時に、狙撃兵の肩を銃弾が撃ち抜く。
視線の先には、いつの間にか得物を長銃に変え、変わらずの体勢で狙撃兵を狙っていたシャルロットの姿があった。
「よっ―と。」
「ふぃー、手がしびれちゃった。お帰りールシエ。」
「中佐ぁ!おかえりなさい!すごかったです!敵のど真ん中なのに、まるで踊ってるみたいに綺麗で!」
「凄いのは少佐もだろ!あの狙撃、人間業じゃねえ!」
下士官達が興奮気味に話す様子を見て、ルシエとシャルロットは互いを見て笑う。
「流石はシャルロット、ウィンデリア一の狙撃手の名は伊達ではないわね。」
「ルシエこそ、"機動妖精"って呼ばれるだけあるねえ。」
そう談笑しながら、レッドパンサーは戦線を離れていく。その背中をアインガリア軍は見守るしかなかった。
「…逃がしたか。」
「いかがしますか、大佐。」
「―進路を変更する、奴らが逃げた方向へ進め。ただし、敵影が見えたら即座に後退しろ。―砲手、いつでも撃てるよう準備しておけ。砲弾はそのままで構わん。」
「ははっ。でもよいのですか?向こうは敵が逃げた方ですが。」
「だから行くのだ。こちら側は少し遠回りになるが、近い道は途中で崖下を通らねばならぬはず。大方、崖上に兵力を忍ばせ、奇襲をかけるつもりだろう。」
「なるほど…。」
「逆にこちらはウィンデリア首都につくまで、せいぜい石橋一本がある程度だ。近くに兵を隠しておく場所も地形もない。以前数はこちらが有利なのだ、正々堂々といけばよい。」
「しかし、首都の軍が動いてくる可能性も…。」
部隊長は部下の言葉を鼻で笑った。
「動かせるだけの兵力があるなら、そもそもゲリラ戦など仕掛けてはこない。北東戦線とこちら側を同時に相手するだけの兵力が、向こうにはないということだ。街の外で防衛を行っている可能性はあるが、打って出てくることはあるまい。」
―アインガリア軍の部隊長の読みは、一部は正しかった。
ウィンデリア側の実行戦力はせいぜいが320程度。
事前情報で相手が同数以上となれば、万一打って出て負ければそのまま首都陥落コースである。
普通の指揮官であれば打って出すことはまずなく、事実ウィンデリア軍は基本首都での防衛線を想定していた。
ゲリラ部隊はあくまで時間稼ぎ、または敵の数を少し減らしてくれれば儲けもの程度のもの。
そのゲリラ部隊も北西側は半分が壊滅しており、北東側も今日開始時点ではウィンデリア側が劣勢であった。
ただ、誤算があるとすれば。数度の衝突で北西戦線のアインガリア兵も漸減されていること。
―そして、特務一課がここにいたことである。
-2-
―時は過ぎ、午後五時半頃。空に、徐々に紅が混じりだした頃。
アインガリア軍は先の話に出ていた石橋にやってきていた。
幅10mほどの橋は頑丈に作られており、戦車が通っても、兵士が数百人通っても問題はないように見受けられる。
橋の先には左側に二階建ての、右側に一階建ての、それぞれ石造りの建物が建っている。
ひび割れた様子から、人がその建物を利用しなくなって久しいことは容易に想像できた。
ここまでの行軍は、ウィンデリア側の妨害のおかげで順調とは程遠かった。
兵の損失もそうであるし、ここまでかかった時間もである。
が、彼らは途中休むことはあっても、侵攻の足を止める事はなかった。
この橋を超えれば、もう首都ウィンデリアは目と鼻の先である。
遠くには、かの首都の家々が見える。街を囲む壁もない、アインガリアから見れば無防備な街だ。
「大佐、このままいけば六時には首都ウィンデリアに着くと思われます。首都攻略戦になる頃には夜と思われますが、如何いたしますか?」
「決まっている。」
部隊長は遠くに見える首都ウィンデリアを指さしていった。
「押し入り、嬲り、然る後に頂くのみだ。皆、極上の宿と極上の飯、極上の女はあの街にある。今一度奮起せよ。―欲するならば、奪うべし。」
「「「「うおおおおおおおおおーーーーーーーーーッ!!!」」」」
部隊長の檄に、アインガリア軍は発奮した。
―貧すれば奪うべし、欲するならば奪うべし。
アインガリアという国の民は何よりも―略奪の対象が見えた時に最大限の力を発揮する民であった。
「―そうはいかんな。」
「何…?」
アインガリア軍が橋の半分ほどまで渡った頃、二階建ての建物から一人のドラグーンが降りてきた。グロウズだ。
斧槍を手に持ち、鎧を纏う姿は正しく武者というべき出で立ちである。
「あの街には戦いを知らぬもの達が沢山いる。その平和を、貴様らごときに汚させるわけにはいかん。」
「フン、だからと言って、貴様一人で―いや、それだけの数で何ができる。」
部隊長は、建物の影などに兵が潜んでいることを見抜いていた。
だが、多くはない。せいぜい2~30がよいところだろう。
大してアインガリアは、未だ100に届かんばかりの兵力と、戦車が健在であった。
「随分と自信があるようだが、貴様は戦争を知らぬと見える。英雄気取りだか何だかわからんが、一つ教えてやろう。」
部隊長は静かに手を上げる。前列の兵が、長銃を構え歩を進めた。
兵一人一人の瞳が、ギラついている。
「衆寡敵せず。―いかなる英雄も、数には勝てないものだ。」
部隊長の手が振り下ろされる。同時に、整えられた戦列から一斉にグロウズに向かって銃弾が放たれる。
橋を覆いつくさんほどの戦列からくる一斉射撃。逃げ場のない銃弾の嵐が、グロウズを襲った。だが。
「…それで終わりか?」
「なっ…!?」
グロウズは斧槍を下げたまま、悠然とその場に立っていた。
命中がなかったわけではない。鎧には無数の銃弾の痕があるし、鎧で守られていない部分に命中した箇所からは血も流れている。
だが、それでもまるで何事もなかったかのように、悠然とそこに立っていた。
「…ッ!砲手、あのドラグーンを目標に、撃て!」
号令を受けて一刻と少し、二つの砲門から砲弾が放たれる。が、グロウズは何を思ったか、砲弾に向かって飛び込むと
「シャルロット!一発は任せる!―はぁぁあああああああっ!!!」
思い切り斧槍を振りぬき、なんと砲弾をはじき返してしまった。もう一発の砲弾も
「も~、無茶するなあ。―【氷結弾】、ショット!」
二階の影に隠れていたシャルロットが砲弾を撃ち抜く。撃ち抜かれた砲弾はたちまち凍り付き、そのまま氷のオブジェとなって街道に落下した。爆発する様子はない。
「チィッ…!前列、前二列前へ!後列も続け!橋の上は不利だ、押し通れ!砲手、次弾装填急げ!建物を狙うのだ!」
「ほう、英断だ。だが、そう簡単には進ませんぞ!」
グロウズは果敢にも敵陣に突撃した。まだ敵軍は橋を渡り切っていない。このまま橋の上で押しとどめる肚であった。
建物に隠れていた一五隊の隊員達も、グロウズの援護射撃に徹した。
効果的な射撃とはなりづらいが、それでも敵の戦列を押しとどめることに貢献している。
シャルロットの正確無比な狙撃も、敵兵を一人、また一人と無力化していく。
「はっはっはっはっは!どうした!俺を討ち取りたいなら、もっと撃ってこないと倒せんぞ!」
「な、何だよコイツ…!」
「当たってるのに…当たってるのに、ビクともしねえ…!」
グロウズは笑みさえ浮かべ、敵陣を薙ぎ払っていく。
ドラグーンの巨体故、彼は放たれる弾丸を躱しきれてはいない。が、どれだけ命中しても倒れる気配がない。
「く…!前二列、影に潜んでる兵を撃て!前列の進行を援護しろ!後列はドラグーンを集中砲火せよ!ヤツとて不死身ではない、撃ち続ければ倒せる!」
「―みんな!敵の前二列がこっちに目を向け始めた!隠れてやり過ごして、終わってから前列を撃って!無理しなくていいからね!ああもう、キリがないなあ!」
アインガリア軍の部隊長と、シャルロットがそれぞれ友軍に指示を出す。
前二列による行軍妨害の妨害は効果的だったが、それでも最前列はグロウズ一人のためになかなか行軍できずにいた。
「ええい…砲手!撃て!次弾の装填はまだかかるのか!?」
しびれを切らしつつある部隊長は、戦車の中の砲手に発砲を指示する。
だが、帰ってきたのは意外な答えだった。
「無駄よ。」
「な…!?」
聞こえてきたのは砲手の声ではなく、一人の少女の声。
「あんた達の戦車は掌握した。―もう戦車は使えない。」
「何…だと…!?」
―ルシエの声だった。更に。
「…た、大佐!あれ…!あれを見てください…!」
「この期に及んでまだ何かあると…ま、まさか…!」
部隊長は、自軍の後方に見える丘を見て、絶句した。
鎧を身に纏い、長銃を携えた、一個中隊ほどの軍勢。風にたなびく、風を纏う狐の紋章。
「―ウィンデリアの、本隊です!」
「…首都の本隊100に、アインガリアの後方を突かせる!?」
「ああ。」
時刻は数時間ほどさかのぼり、合同キャンプ。
グロウズが立てた作戦は、軍勢を集めての正面衝突ではなく、本隊をもって奇襲を仕掛ける奇策だった。
「この戦争は、北西か北東どちらかのアインガリア軍を、最低でも敗走させねば終わらん。だが、我々だけでは敗走させることも難しい。ゲリラ戦をこのまま仕掛け続けても、いくらか数は減じられるだろうが、決定打にはならない。」
「そりゃ、そうだけど…。だいたい、具体的にどうやって本隊に背後を突かせるのよ。下手なルートで動かせばバレるわよ?」
ルシエの言葉にグロウズは頷く。
「うむ。まず、交戦位置はここだ。橋の上で、敵を足止めする。」
グロウズは地図の上の橋がある場所を指す。続けて
「本隊の行軍ルートはこうだ。北側の橋を渡らせて、大きく迂回して背後を突いてもらう。このルートならば南西からくるアインガリア軍にはバレまい。それに、橋の西側には小高い丘がある。遠目からであれば、彼らからは見えにくいはずだ。」
「確かにそうかもしんないけどさ、敵さんがそっちの道選んでくれるとは限らないじゃん?この道だって…もっと南側から回られたら、そもそもこの位置を使えないよ?ていうか、本隊動いてくれるの?」
シャルロットの指摘にもグロウズは頷き、続ける。
「本隊については心配はいらない。こんなこともあろうかと、キンゼリフ大将に一回だけ一個中隊を借りる約束をとりつけてある。モニカ、本隊がこちらに寄ったら作戦指示を伝えてくれ。俺の名前を出せば話は通るはずだ。たぶん、ハルゼイ少将が来る。」
「わかりました。ハルゼイ少将さん、ですね。」
グロウズは頷き、さらに続ける。
「シャルロットの指摘はその通りだ。だから、ルシエとモニカの隊は、ここ―この交差路で一度的を強襲してほしい。俺も向かうが、おそらく間に合わん。数十秒でいい、交戦したら即座に引き上げてくれ。そして、逃げる方向は―こちら側だ。」
「…敵に通ってほしい道の方?意味あんの?それ。」
グロウズはにやりと笑いながら頷く。
「あるとも。今回の敵の将は切れ者だ。それに、アインガリアは何度も奇襲を受けている。―そして、我が国は一度防衛機密を盗まれている。あの情報には、ウィンデリア首都周辺の土地情報も含まれていたはずだ。」
「それと、どういう、関係が?」
「シャルロットが指摘した道は、途中でこの崖の崖下を通る必要がある。崖の上は林だ。―相手の勘が鋭くて、何度も奇襲を受けているなら、こう思うはずだ。"遠回りをさせて、崖の上からの奇襲を狙っているはずだ"とな。」
「「「…!」」」
グロウズの話に、一同は少なからず驚いた。
「そうすれば、敢えてルシエ達が逃げる方向に進むことを選ぶだろう。こちら側へ進めば、首都に進行する一番の近道はこの橋を渡ることだ。橋の下を流れるシェリル河は流れのある川だから、特に戦車を連れているならまず渡河は選択しない。必ずここを通るはずだ。」
「確かに…。でも、来たとしてどうやって足止めするの?」
「俺が前に出る。ここは橋の東側に今は使われなくなった商店の廃屋がある。シャルロットは士官達を統率して、建物の影から橋の上で敵を足止めするよう援護してくれ。」
「前に出るって…ああ、グロウズなら平気かー。」
「…珍しい、再生能力もちの、ドラグーンさんですからね。…お父様が、オーガの方でしたか。」
グロウズは頷く。
亜人族は、それぞれが(ごく一部の種族を除き)異種族間での交配が可能である。
通常は父母どちらかの種族が生まれるのだが、稀に双方の種族の特徴の一部を受け継いだ子が生まれる事がある。
例えばレプラカーンやケットシーと交配した人間の子が、人間なのに暗視をもっていたり、オークと交配したエルフの子が耐毒性(耐毒性はオークの特徴である)をもっていたりするなどである。
なお、ドラグーンやハーピィが交配しても、羽根が生えてきた例は今までにない。
グロウズは父親がオーガで、母親がドラグーンである。そのため、父親の能力である再生能力を受け継いでおり、驚異的なタフネスを誇るのだ。
「まあ、無限ではないがな。体の頑強さには自信がある。それに、君達を危険な目に晒すんだ、俺も命を張らねばおかしいだろう。」
「でも、戦車はどうするのさ?橋で足止めできて、数を減らせたとしても、あれがあるとこっち側はだいぶ不利だと思うんだけど。」
「うむ、それについては…ルシエ。」
「何よ。…まさか。」
グロウズはやや申し訳なさそうに答える。
「透明化で奴らの戦車に忍び込み、戦車を内部から無力化してくれ。もし複合魔機なら、君の能力で無効化できるはずだ。万一そうでなくても、中の操縦員を全滅させてくれれば、動きは止められる。」
「…だいぶ無茶苦茶言ってる自覚ある?」
「勿論だ。」
ルシエは深くため息をつく。
「…わかった、やってやるわよ。その代わり、足止めに失敗したらタダじゃおかないからね。」
「すまないが、これを頼めるのは君しかいない。よろしく頼む。―作戦は以上だ、質問がなければ、準備に取り掛かってくれ。」
―そんなことがあり。ルシエはグロウズとのやり取りの間にこっそり透明化で戦車に近づき、戦闘のごたごたの間に戦車に忍び込み、車内の兵士を殺し、戦車を無力化したのであった。
「本当に複合魔機なのは驚いたけど。―まあ、ある程度術式で動くなら、ハッキングしちゃえばこっちのもんね。…なるほど、これが大砲の術式ね。それに動力は…ガソリン…?何それ…。」
知らない燃料に頭をひねるルシエ。が、考えてもわからないので、数秒で考えるのはやめた。
一方外にいる部隊長は、戦列を整え進行してくるウィンデリア本隊に完全に戦慄していた。
「ええい、クソッ…クソッ!この私が、策に嵌められるなど…!」
部隊長の戦慄は既に他の兵士にも伝播していた。前方は既に隊列が意味を為しておらず、隠れていた一五隊の士官達も顔を出し、追撃に入っている有様である。
後方の兵士達も逃げ出そうとするが、悉くを本隊に撃ち抜かれていた。
「…モニカから話を聞いた時は正気かと思ったが、本当にやってのけたか。恐ろしい男だ、グロウズ准将。―敵の隊列は乱れている!儂の指示を待たずともよい、一人残らず撃ち倒せ!」
―阿鼻叫喚の叫び声が響く、午後六時手前。
北西戦線は、完全にウィンデリアの勝ちで終着した。逃げおおせたアインガリア兵は、わずかであった。
十数分後。合同キャンプ。
「准将!おかえりなさい!」
「やりましたね、准将!」
一五隊の隊員は、残らずキャンプに帰還した。
帰還した勇士達を、駐留していた下士官達が出迎える。
「いえーい、勝利ー!これでぐっすり眠れるよー!」
「皆が奮闘してくれたからこそだ。よくやってくれた。」
「全く、一時はどうなることか…と…?…―!?」
ルシエはねぎらいに来る下士官達の奥で、とある違和感に気づく。
それは、ただの直感かもしれない。この空間にあるのが不釣り合いな―黒い黒い、悪意。
「ちょっとルシエ、どうしたの?」
ルシエは血相を変え、シャルロットの声には目もくれず救護隊のテントへ駆け出していた。
―その中にいたのは。
血を流し、倒れている救護隊の隊員が複数。
くすんだ赤色の髪をした、レプラコーンの少女の姿。
そして。
「ル、シエ、さ…!」
その赤髪のレプラコーンに組み伏せられているケインの姿があった。
「―やあ、バレたか。流石にまだ鼻は効くようだ。」
「―なんでアンタがここに…いや、それよりも。」
次の瞬間、ルシエは刀を抜き、赤髪のレプラコーンに斬りかかる。
赤髪のレプラコーンは翻って立ち上がり、腰に佩いた剣を抜いて彼女の刃を受け止める。
「久しぶりの再会だってのに、随分なご挨拶じゃないか。―ルシエ!」
「その子から離れなさい―エリス!」
群青のレプラコーンと、傷赤のレプラコーン。
二人の刃の交差音が、合同キャンプに鳴り響いた。
-3-
「探したよ。こいつはあんたの家に匿われてるって書かれてあったんだがねえ、市内探しても居やしなかったからさ。」
「どうしてそれを―まさか防衛機密を盗んだのは!」
「クックック、警備がザルでやりやすかったねえ。」
一合、二合、三合。互いに刃を交わし合い、斬り合い、躱し合う。
「しかしまさか戦場に出されてるとは思わなかったよ。おかげでわざわざ外に出なきゃいけなくなった。一体誰の差し金だい、この配置は。」
「アンタに教えるわけ、ないでしょう!」
互いの刃が激しくぶつかり合い、火花が散る。エリスと呼ばれたレプラコーンはルシエよりいくらか背が小さいが、その実力はまさに伯仲であった。
「どうしたのさ、ルシエ!―ケイン君!?」
「―チッ、流石にこれだけ騒げば気づくか。お前等、出番だよ!」
「待て、逃がすか!」
シャルロットが駆け付ける。エリスは大声で叫ぶと、そのままテントを斬り裂いて脱出を図る。
逃すまいと、ルシエがすかさず後を追う。
「待ちなさい、逃げる気―くっ!?」
「エリス様の。」「邪魔はさせん。」
エリスを追うルシエを、二人の青年が阻む。二人とも人間のようだ。
全身が黒ずくめで、表情は冷徹そのものである。
同時に、キャンプに動揺と混乱が走る。突然黒ずくめの集団がキャンプを襲ってきたのだ。
「准将、敵襲です!突如、10名ほどの黒ずくめの集団が!」
「奇襲か…!しかも…せぇあっ!なかなかに手練れを揃えたようだな…!」
グロウズも応戦するが、雑兵ならば束になっても敵わないグロウズが二人を相手にするのでいっぱいになるほど、黒ずくめは手練れだった。
下士官達も応戦するが、力量差が甚だしくどんどんとやられてしまう。
「皆、三人で一人に当たれ!一人で相手にしようと思うな!モニカ、シャルロット、援護を頼む!」
「やってますが、なかなか、隙が…!」
「うーっ、はやい!なかなか当たんないよ!―っとわっ!?あぶないなあ!」
モニカ、シャルロットも一人を相手にするのがいっぱいであった。
とはいえ数はあまり多くなく、複数で当たることで状況は徐々に拮抗しつつあった。
「どっきなさいよ…!エリスが逃げちゃうでしょうが…!―ッ!?」
二人相手に押し合っていたルシエが突如、大幅に後ろに飛び退く。
次の瞬間、風を纏った刃がルシエの居たところを正確に斬り裂いた。
「まだ目的を果たしてないからねえ、逃げやしないよ。―さて、お前達援護しな。こいつは油断していい相手じゃないからね。」
「くっ…!」
舞い戻ってきたエリスの体には―暴風がまとわりついていた。
ルシエが使うものと同じ、暴風の加護の風だ。
「素の状態でついてきたのは誉めてやるけど…三対一じゃ、どうかねえ!」
「ちっ…!」
荒ぶる風を身に纏い、エリスがルシエに突進する。
ルシエも襲い掛かる刃と風をいなしていくが、反撃しようとするたび黒ずくめに阻まれ、思うように動けない。
(こいつら、一人でも結構強いのに!素の状態じゃ、暴風状態のアイツには…!)
「…って、く、このっ!離しなさい!」
ルシエを暴風の刃が襲う。躱そうとするが、黒ずくめの青年に阻まれ身動きがとれなくなってしまった。
このままでは直撃―と、その時。
「ルシエ!」
「うぐあっ!?」
「―チィッ!やるじゃないかアンタ!まさか二人ブチ抜いてくるとはね!」
グロウズが足止めしている黒ずくめを吹き飛ばし、そのままエリスの刃を受け止めた。
「ルシエ、何だコイツは!?この魔法は、お前の魔法じゃなかったのか!?」
「詳しく話してると長くなる。…それよりグロウズ、お願い、そのまま10秒稼いで。」
「―ああ、わかった!手短に頼むぞ!流石に俺でも、もつかは保証できんからな…!」
ルシエは即座に距離を取り、詠唱を始める。
『草のそよぎ、木々のさざめき、大空を翔ける全ての風に宿りしものよ。今こそ顕れ、我が身に宿り給え。』
『貴方を縛るものは何もなく。貴方を遮るものは何もなく。駆け抜けよう。あるがまま、我が身と共に、雷鳴渦巻く嵐の中でさえ。』
「チッ…させるか!」
「くっ、待て!…邪魔だ!せぇあっ!」
「させん…!ぐぁああっ!」
ルシエの魔法を阻むため飛び込もうとするエリスを、グロウズが阻もうとする。
それに割って入るように黒ずくめが立ちはだかり、斧槍に両断される。
『顕現せよ。―【風の獣よ、嵐を呑め】―【二速】!』
「クソッ…!」
紙一重でルシエの詠唱は間に合い、急加速でエリスの刃を躱す。
そしてそのまま背後を取り、エリスを斬り払おうとするが
『【二速】!―ナメんじゃないよっ!」
「チッ…!流石に合わせてくるわね…!」
二人の刃が―暴風をまとった刃が再び交叉した。
「はぁっ―!」
「つぇいっ!」
暴風を纏った刃が一合、二合、三合、四合と交叉する。
交叉するたび周囲と二人を衝撃と風圧が襲う。
「たぁあっ!―んっ、せぇいっ!」
「ふんっ!―はぁっ!…チッ!」
斬り合い、躱し合い。打ち合い、弾き合い。五合、六合、七合…。
二人の実力は五分と五分。互いに小さな傷は負うものの、決定打は与えられずにいる。
だが、状況は徐々にルシエが押しつつあった。エリスはたまらず空に逃げる。
「逃がすかっ―!?ぐっ!」
「そこっ!―防ぐかい!腕を上げたね、ルシエ!」
追うべく飛び上がるルシエを、エリスは急停止&急降下で叩き伏せにかかる。
咄嗟に防ぐことには成功したが、飛び上がりの勢いは完全に殺された。
そのままエリスは加速し、ルシエを地面に叩きつけようとするが、ルシエは刃を逸らす方向に飛び遊びそれを躱す。
「逃がしゃしないよ!」
『―【大気爆発!】』
「チィッ!」
追ってくるエリスに合わせるように、ルシエは魔法で迎撃する。
それをエリスは寸前で上に飛び上がり躱していく。ルシエも合わせるように飛び上がる。
そして、そのスピードに乗せたまま、互いが互いに向かって激突していく。
「ルシエェェェェェエエエ!!」
「エリィィィイイイイスッ!!」
そのまま、互いが互いを斬り抜けていく。傍目から見ればただ交叉しただけに見えたが、勢いが止まった時、互いは同様に痛みに耐える苦悶の表情を浮かべていた。
「ぐ…!あの一瞬で、合わせてくるなんて…!【二速】でも躱しきれないなんて、なんてスピード…!」
「かっ…は…!やるねえ…あそこで咄嗟に手を変えてくるなんて、どこまで腕を上げたんだい…!」
見れば、ルシエは脇腹が、エリスは右肩が赤く染まっている。
どちらも決定打には足りないが、それでも互いが互いに与えた一撃であることには変わりなかった。
ふと眼下を見れば、黒ずくめは確実に一課のメンバーと、一五隊によって蹴散らされていっている。
しかし相手は手練れも手練れ。被害は決して少なくなく、下士官はある者は深手を負いながらも必死に食らいつき、一課メンバーも傷を負いながらも賢明に戦っていた。
そして、空では。
「はぁ…はぁ…エリス、アンタ…アンタ達は一体、何の目的で、ケインを…!」
「く…はぁ…クク、なぁに、パトロンからの依頼でねえ…。あのハーピィのガキみたいな、特別な才能を持った奴らを、探してたのさ。」
互いに刃を構え、二人が対峙する。息は上がり、傷を負っているが、その闘志はまだ燃え尽きていない。
「パトロン…?はぁ…アインガリアに尻尾を振るなんて、落ちたもんね…はぁ…アンタも。」
「く…、誰かさんに地下組織を、はぁ…潰されちまったんでねえ、それしか打てる手がなかったのさ。」
「あ、そう…。はぁ…でも、その頑張りも、ここまでね…。アンタの望みは、叶わない…!」
「クククッ、そいつは、…くっ、どうかな…?」
「何ですって…?―はっ!?」
ルシエは振り向き眼下を見下ろす。そこには。
「くっ…!離して、ください!」
わずかに残った黒ずくめに捕まり、連れ去られようとしているケインの姿があった。
「ケイン!」
ルシエはすぐさま急降下し、ケインを助けるべく黒ずくめに突進する。
その様子を、エリスは不敵な笑みを浮かべたまま、敢えて追わずに静観した。
「…あんた相手に、同じ魔法で打ち合っても終わらないからねえ。ククク、その優しさ、付け込ませてもらうよ。」
エリスは黙ってルシエを見送ると、剣を構えて意識を集中し始める。
ほどなくして体が青く光り、ついで周囲に赤黒い炎が舞い上がり始める。
『焔猛る、大火山の底の底。地獄に揺蕩い、静かに目覚めの時を待つ、我らが煉獄の主よ。今ここに立ち顕れ、卑賤なるこの身に、その暴虐の力を貸し与え給え。』
「―たぁっ!ケイン、無事!?」
「は、はい、ありがとうございます、ルシエさ…ん…。」
「何、どうしたってのよ。」
ルシエが黒ずくめを斬り払い、解放されるケイン。
解放された喜びの表情は、ルシエの後方遠くにあるものを見た時、戦慄の表情へと変わった。
ケインはルシエの言葉に、ただゆっくりとルシエの後方遠くを指さすのみだった。
「…な…!?」
「なんです、あれは…!?」
「…あれ、ヤバくない…?」
その指が示す先を見たルシエは、そして戦っていたモニカとシャルロット、グロウズは、同じものを見て、戦慄した。
『ここにあって、汝の翼に勝てぬものはなく。ここにあって、汝の牙に砕けぬものはなく。ここにあって、汝の爪に壊せぬものはなく。燃え盛る、すべてを焼き尽くす獄炎の最中にて、汝に楯突く愚かなる者どもを、等しく全て食い荒らさんために。』
その先にあったのは。黒々と燃え盛る地獄の炎に包まれ、その炎で形作られた龍の翼を背負った、エリスの姿。
その姿は、まさに。
『顕現せよ。―【食い荒らせ、我が煉獄の主】!』
「バカな…!ファヴニール様の力を…!?」
炎の国に伝わる、伝説の邪龍。その姿だった。
「さぁて…遊びは終わりだ。―死ねぇっ!」
「させない…!」
「ルシエ、一人では!…ぐっ、まだ向かってくるものがあるか!」
エリスがルシエめがけ突撃する。ルシエも再び飛び上がり、地獄の炎を纏ったエリスに突撃する。
グロウズも援護に回ろうとするが、まだ残っていた黒ずくめに妨害されてしまう。
「【三速】!―はぁぁあああっ!!」
「まだ向かってくるかい。だが―こうなったらもう力の差は歴然さ。」
更に速度と纏う風の勢いを上げ、諸手をもってエリスに突撃する。
だが、その渾身の攻撃は、エリスの剣で簡単に止められてしまう。
「ぐっ…!く…なんて、力…!」
先ほどまで鍔迫り合いでは互角だったルシエが、明らかに押し負けている。
しかもルシエは諸手なのに対し、エリスは片手でルシエの刀をとどめ、押し勝っている。
「炎獄の加護は、力も劇的に増加させる。―いくら速度を上げても、暴風では炎獄には勝てない。」
その言葉と共に、エリスはルシエの刀を弾き飛ばす。
大きく体勢を崩したルシエに、エリスはすぐさま刃を返す。
「終わりだ。―あんたじゃ結局、あたしには勝てないんだよ。」
地獄の炎を纏った、無慈悲な刃の一撃。ルシエの体は、地獄の刃に断ち切られた。
「…あぁぁぁぁあああああああああああああっ!!!」
「ルシエさん!」
「ルシエーーーっ!」
「ルシエさん…!」
「ルシエッ!」
地獄の刃に断ち切られ、ルシエは絶叫する。
覆っていた暴風は立ち消え、ルシエは地面に墜落する。幸い、高さはそこまででもなかった。
「ぐっ…!がはっ!は…は…エリ…!」
「ルシエさん、ダメです!動いては!」
「…やれやれ、まだ息があるのかい。本当、昔からゴキブリみたいにしぶといやつだね。」
地獄の炎を纏ったエリスが、舞い降りる。
「…そのハーピィのガキを差し出しな。断ったら今度こそそいつを殺す。」
「…!」
傷を負ったルシエをかばうように立ちはだかるグロウズ。そして。
「!ケイン君、だ―」
「…いいんです、シャルロットさん。」
二人の間から歩み出るように前に出るケイン。制止しようとしたシャルロットを、優しく首を振って拒む。
「…貴女と行きます。だから、この人は…ルシエさんは、助けてください。」
「クックック、物分かりのいいガキだね。嫌いじゃない。―ついてきな。」
ケインに抵抗の意思がないことを確認すると、エリスはケインを先導するように飛び去って行く。
その後をついていくように飛んでいくケイン。
「…ルシエさん、今まで、ありがとう、ございました。」
ケインの目じりに、涙が浮かぶ。その涙は、誰にも見えなかった。
ただ、夕暮れが深まる空の中、赤黒く燃え盛る邪龍の翼と、天使の羽が、宵の色に融けていった。
(くそっ…くそっ…!意識が、もう…!待って、ケイ…ン…!)
血を吐き、激痛に顔を歪めながらも、二人の姿に手を伸ばすルシエ。
そして。
その手が地面に落ちると共に、ルシエの意識も消えていった。
次話は5月15日更新予定です。




