〇第十話 風に舞う、邪龍の翼・破
序破急、三篇の二部目になります。
「マリー!サンディー!敵さんの位置どこだっけ!?」
「ドリトンから南に1㎞、3秒前ですう!」
全長3mはあろうかという真紅の魔機戦闘車両が、70㎞²以上の高速でウィンデリアの大地を駆け抜けていく。
中には車長のシャルロットを含め三人の女性下士官が、インカムを付けてシャルロットの真後ろにあるコンソールに、半分以上しがみついた状態でオペレーターをしている。
勿論シャルロットもインカムを付け、ハンドルを握っている。アクセルペダルやブレーキペダル、速度計などはこちらの世界の普通の車と変わらない。違う点があるとすれば、ギアがないことか。
この真紅の魔機戦闘車両―アリエス型TF-04・レッドパンサーは三人乗りの偵察・かく乱用の魔機戦闘車両である。
最高速度200㎞²をマークするトンデモ魔機で、車内には外部通信用と外部の情報収集用のコンソールが二台持ち込まれている。
「回線はー!?」
「繋ぎっぱなしですうー!」
「なんか拾ってたりするー!?」
「来てないですうー!ていうか早すぎて拾いきれてないですうー!」
車内は悲鳴のような叫びであふれている。実際下士官の報告はほぼ悲鳴である。
「シャロ少佐あーー!!前方にアインガリア軍ですううーー!!」
「よっしゃあー!つっこむよー!」
「シャロ少佐ああーーーー!!」
「なにー!」
「帰りたいですううーーー!!」
「泣き言いわなーーい!!【高速】!」
先ほどまで70~80㎞²で走っていたレッドパンサーは急加速。速度計は、一秒と経たない内に150㎞²を超える。
「「あびゃあああああああ!!!」」
下士官は変な叫び声を上げながらコンソールにしがみつく。
衝撃と揺れが容赦なく下士官を襲う。放り出される心配はないが、不安は察して余りある。
レッドパンサーは唸りをあげてアインガリア軍の右前方に躍り出る。
突如自分達の前方に高速で向かってくる赤色の車両を見て、彼らは
「そ…総員、退避ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
哀れ、逃げ惑うしかできなかった。
-1-
「ほら、二人とも!【中低速】に落とすから、あいつらに攻撃して!」
「「は、はいぃ~わかりましたあ~!」」
下士官二人は手持ち大砲を抱えレッドパンサーの後部座席のドアを開き、振り落とされないよう体を固定しながら上半身を外に出し、そのまま後方に向かって大砲を発射する。
発射された砲弾は100mほど先のアインガリア軍の鼻先で着弾し、大きな爆発音とともに大地を吹き飛ばす。
「ぐっ…クソ!あの赤い魔機戦闘車両め、ちょこまかと!」
シャルロット達はドリトンのアインガリア軍を速さで翻弄し、進軍を妨害していた。
追ってくるようであれば全力で逃げ、それでいてこちらが想定しない進路を取ろうとすれば攻撃を加える。
追うだけ無駄な敵兵から妨害を受けることで、アインガリア軍の進軍方向を誘導しているのである。
事実、アインガリア軍はパルフルの軍との合流に最適なルートを選べず、進路変更を余儀なくされていた。
アインガリア側にも未だ目立った被害がないのは、幸いだろうか、不幸だろうか。
「よーしよしよし、向こうに逸れたね。あのままいけば…グロウズ!こちらから送った信号は見えてる?」
『ああ、問題ない。よくやってくれた。そのままパルフルの動きも見てくれ。そちらには一七遊撃部隊が向かっているはずだ。』
「魔機使いが荒いなあ…。ってわけで二人とも行くよ、扉閉めて!吹っ飛ばされるよ!【中速】!」
「「わわわ、ま、待ってくださいぃ~~~!!」」
下士官が慌てて扉を閉めると同時に、再びレッドパンサーは80㎞²近い速度で一気に走りだした。
「―グロウズ、来たわ。」
処変わって。グロウズ率いる一五番遊撃部隊は奇襲のため、街道近くの林に身を潜めていた。
北側から来た場合南西側へ進む道と東へ進む道へ分かれている三叉路で、西側と南東側に林がある。
ルシエ隊は西側の林の北側、ムニエル隊は西側の林の南側、グロウズ隊は東の林に潜んでいる。
「わかった。ここからはルシエの攻撃を皮切りに動く。ムニエル、そちらの動き方は任せる、無理はするんじゃないぞ。」
「ははっ。」
無線が切れ、街道にしばしの静寂が訪れる。
ルシエ隊はルシエ含め七名の隊員で構成されており、そのうちルシエ含む四名が黒色の魔機戦闘車両…アリエス型TF03・ダークウルフの車上に出ている。
ルシエ以外の下士官は、手持ち大砲を構えている。
「ホープ、このまま待って敵の後ろを取るわ。合図したらいつでも距離が取れるよう位置取りしつつ街道に出して頂戴。」
「はい、わかりました。教導官、メビウス、ウィンストン、セイラ。車体の右側に着けてください。無理なく出るならその位置が一番効率がよさそうです。」
「「「了解。」」」
車内でハンドルを握り返事しつつ外の下士官に指示するのは、先ほどルシエに教えを乞うていた下士官だ。
(来たわね…。)
アインガリア軍がルシエ達が潜む街道にやってきた。巨大な魔機戦闘車両を挟み込み進むその足並みは遅く、周囲をしきりに警戒している。
アインガリア軍の魔機戦闘車両は履帯ではなく四対のタイヤで駆動する形状だが、車体上部に二門の大砲を備えた姿は、まさに戦車と呼ぶにふさわしい。
前方に座っているのは部隊長だろうか、手にした銃剣をぺしぺしと片手に叩きつけている。
「林の傍を通る、警戒しろ。いつ奇襲があるとも限らん。」
「ははっ。」
(…駆動音的に、魔機ではなさそうね。まあ、今はこれが何だっていうのはいいわ。…今ね。)
ルシエが拳で車体を叩く。その動きに合わせて外に出ていた下士官が車体の右側に陣取り、併せてダークウルフが動き出す。
なるべく音を立てないよう転回し一旦林の外に出た後、急加速でアインガリア兵の背後を突く。
「ん…?何だ?」
戦車の背後にいた兵が異変に気付く。が、時すでに遅し。
「―ってぇ!」
ルシエの号令と共に大砲が放たれる。ほぼ静止射撃、しかも相手はこちらに気づききっていない。
放たれた砲弾は見事敵軍の後方に突き刺さった。奇襲は成功だ。
「て、敵襲!!敵襲ーーーーーーーー!!!」
「ちぃっ!姑息な狐めが!応戦しろ!」
部隊長と思しき人物が指示を飛ばす。アインガリア兵は手にした長銃で応戦しようとするが
「ホープ、出して。捕まらず、かつ本隊とはぐれない位置取りを心がけなさい。―【飛行】!」
「わかりました…ってちょっ!?教導官!?」
ルシエは車内の下士官に指示を飛ばすと、そのまま文字通り敵軍の後方に突撃した。
慌てふためくアインガリア兵を、一人、二人と斬り倒していく。
「くそ!速くて狙いがつけられない!」
動きを止めず更に一人、二人と斬っていく。
アインガリア兵は手持ちの武器が長銃であることに加え、味方が依然多い状況のため満足に応戦できていない。
「…ホープ、出せ!中佐は大丈夫だ、俺らが捕まらない方が先だ!」
「わ、わかった!飛ばす、捕まっててくれ!」
下士官の声に応え、ダークウルフは再びウィンデリアの大地を駆け始めた。
「中佐殿がやったようだ。自分達も続くぞ!」
「流石はルシエだ、この機を逃す手はない。お前達は林の中から援護を頼む。行くぞ!」
アインガリア軍の動きが止まり、後方で混乱が起きていることを確認した二隊も動き出す。
ムニエル隊は林の中から手持ち大砲で敵の横腹を叩き、グロウズ隊はグロウズが飛び出して敵の真正面に突撃する。
「【斧槍】!―うぉぉおおおおおお!!」
「な、何だコイツ!ぐわああああああああ!!」
「ヘッ、一人で来るなんていい的だ…ぐわっ!?」
グロウズは穂身が2mはあろうかという長大な斧槍を現し敵陣を薙ぎ払う。
グロウズを自動小銃で撃とうとするアインガリア兵は、林に潜むグロウズ隊の長銃で一人ずつ撃ち抜かれていく。
「ヤンソン、エスカベ、車を回しておいてくれ。もうあと1~2発撃ち込んだら、一旦離れたい。」
「「わかった。」」
ムニエル隊の二人は頷き、その場を離れる。
「残りは自分と一緒に攻撃だ。…今だ、撃てっ!」
前方で暴れているグロウズに敵軍の目が完全に向いていることを確認し、ムニエル隊が手持ち大砲を撃ち込む。
林の中からのため視界は悪く的中とはならなかったが、それでも敵の横腹をつつき被害を生み出す事には成功している。
現状、アインガリア兵は既に20名あまりの被害を被っている。この時点でも、一五隊の戦術的勝利はゆるぎないものになった。
「ぐ…!後退だ!後方部隊は林に逃げている敵兵を追い立てろ!砲手!林の敵兵に砲撃準備!」
「よいのですか少佐。搭載されている砲弾は主に攻城用のHEAT弾ですが。」
「構わん!あいつらにも足があるはずだ、それを見つけ次第撃ち込め!」
「射角が足りるかわかりませんが…了解しました。あとそこ降りてください、回転の邪魔です。」
砲手に指摘され慌てて降りる隊長。しかる後に、戦車は後退を始める。
同時に、車体上部がゆっくりと回転をはじめ、照準を南西側の林に合わせていく。
「やつらめ、ムニエル達を狙う気か。くっ、しかし取りついて妨害はできそうにないな…。長銃も…届きそうにないか。」
グロウズは前線で一騎当千の働きをしているが、いかんせん敵軍の数が多く、また少し距離もあるため加勢にはいけないでいた。
「待てーっ!」
「逃げる気か、卑怯者!」
アインガリア兵が長銃を乱射しながら迫ってくる。
幸いまだ命中弾はないが、距離を離すことはできず、何とか追いつかれていない…その時だった。
「まずいよムニエル、あいつらこっちに来た!」
「わかっている。車に乗り込んだら全速力で逃げるぞ。」
「クッソ、あいつら足はええな……ぐぁっ!?」
「マスグフ!?」
ムニエルと共に逃げていた男性下士官のふくらはぎにアインガリア兵の弾が命中してしまい、たまらず体勢を崩し倒れ込んでしまう。
ムニエル達も長銃で応戦しつつ救助に当たるが多勢に無勢、アインガリア兵の進行を止めるには至らずぐんぐんと距離を詰められてしまう。
「敵兵に負傷者が出たぞ!今のうちに追い込め!殺しても構わん!」
「止まっているならいい的だ―…!?」
『―【大気砲】!』
迫るアインガリア兵を、突如猛烈な横薙ぎの強風が襲う。強風は木々ごとアインガリア兵をなぎ倒す。
「あんた達、無事!?」
「中佐!」
「中佐ぁ!助かりましたぁ!」
魔法でアインガリア兵をなぎ倒したのはルシエだった。すぐさま負傷した下士官のもとへ駆け寄る。
「…命に別状はないと思うけど、戦闘の続行は不可能ね。グロウズ、聞こえてる!?マスグフが負傷したわ。ムニエル隊は離脱させる!」
『わかった、こちらも離脱する。気を付けろ、例の魔機戦闘車両がそちらを狙い始めている。―聞いた通りだ!グロウズ隊、撤退するぞ!』
『『はい!』』
無線越しにグロウズ隊の応答を確認する。
幸い林の出口が近く、ムニエル隊の魔機戦闘車両はすぐ近くまで迫っている。
が、ルシエが一部を吹き飛ばして距離が空いたとはいえ、いまだ林に追い立ててくるアインガリア兵はある。何より―
「なるべく早めに離脱しましょう。あの戦車がこちらを狙ってるみたい、合流したところに撃ち込まれたらひとたまりもないわ。」
「ははっ!…抱えて走った方が速そうだ、ガラット、そっちをもってくれ!…痛いと思うが、しばらく辛抱してくれよ。」
「ぐ…、悪ィな…。」
その後はルシエの援護もあり、ムニエル隊は無事に戦場を離脱することができた。
ルシエ隊は既に離れて合流しており、グロウズ隊もやや遅れて合流するに至った。
アインガリア兵はというと、発射した大砲は地面と木々を抉ったのみにとどまり、更に後退、進路変更を余儀なくされた。
全滅させることは流石に叶わなかったが、それでも合計して30名ほどの兵力を削ぐことに成功し、局面的に見れば一五隊の圧勝と言ってもよい状況であった。が―
『もしもしグロウズ!聞こえる!?』
「シャルロットか、聞こえている。どうした?」
『一七隊が大変だよ!…あああ、詳しく説明してる暇ない!ひとまず救護隊を一隊こっちに回すよう連絡しといて!ベースキャンプだけで診れる負傷者の数じゃない!』
「…わかった。報告はあとで詳しく聞く。無理するなよ。」
『わかってるって!…マリー!サンディー!このまま敵軍に突っ込むよ!轢き潰したら顔出して撃って!』
『『わ、わかりましたぁぁぁーーーー!!』』
グロウズに聞こえてきたのは、とても旗色が善いとは言えない報告だった。
-2-
一方その頃。ケインの保護の目的で配属された八八救護部隊。
彼ら救護部隊は、北東戦線に駆り出されていた。
その中で、当のケインはというと―
「…これでよし、と。白魔術師の方が来るまで、しばらくこのまま動かさず待っていてください。」
「ああ…ぐっ!はぁ…悪いな、兄ちゃん…。」
負傷兵の応急処置をしていた。彼自身に白魔法が効かないという事もあってか、その腕前や知識は素人にしてはなかなかのものだった。
白魔法は怪我の治療、疾病の回復が主たる役割となるが、その回復度合いは魔術師の力量の他、受ける者の体力にも依存する。
また、同じ切傷を例にとっても、ぱっくり斬り裂かれたままの傷と、縫合された状態の傷では後者の方が白魔法の効果はより強く現れ、治りやすくなる。
疾病の治療には白魔法と薬剤投与の相乗効果が認められる等、この世界は魔法がある世界でありながら、医療も確かな地位を築いているのである。
「ケインくーん、ごめーん!この食事どうかなー?」
「あ、はーい。今いきまーす。…では、僕はこれで。今はゆっくり休んでください。」
共に働く医療士官に呼ばれ、ケインはぱたぱたと走り去っていく。
向かった先では、複数の医療士官が負傷兵に供する医療食を作っていた。
複数の寸胴からは湯気が立ち上り、食材が切られる音、焼ける音、煮込まれる音が行き交う様は青空のキッチンと呼んでも差し支えない。
ただそこで作られている料理の品々が、ここがレストランではなく野戦病院なのだという事を如実に現していた。
「どうかな?もっと細かい方がいいと思う?」
「…いえ、これで十分食べやすいと思います。あまりさらさらにしすぎても、食感が楽しくありませんし…。」
味見を頼まれ、出されたスープに口をつけながら言う。
彼はまた、こと食事・調理に関しては戦地医療食の経験をもつ医療士官をも唸らせるほどの才能があった。
体力の回復、精神の安定、治療の補助等、医療においては食事も極めて重要な役割をもつ。
戦地では特に身体的、精神的な傷害で通常の食事が満足に行えないといった事も多く、そういった人達のための食事は健常者に出すものとは大きく異なる。
当然、ケインは従軍経験があるわけでもなく、ただ料理などの家事に稀有な才能を示す一般人である。
だがその溢れんばかりの才能は戦地においても如何なく発揮され、着任して数時間と経たないうちに並みの医療士官を凌駕するほどの腕前に成長していた。
「ケイン君、教えてもらったあのシーフードとトマトのシチュー、来る人に大好評だよ!ココナッツミルクを使うシチューなんて初めて聞いたけど、なんて料理なの?」
「よかった。あれはフォレリアの郷土料理で、ムケカっていいます。作りやすさと食べやすくするために、だいぶ手を加えてますが…。」
「フォレリアの料理なんだ!でもなんでフォレリアの料理を?」
「こちらの戦場ではフォレリア出身の兵士の方が結構おられるみたいなので、故郷の料理なら食べて頂けるんじゃないかと思いまして。」
はえー…という顔でケインを見る医療士官。
顔善し声善し性格善し、ここに来て料理の腕前まで達人レベルとあって、今やケインは八八救護部隊のアイドル的存在となっていた。
「…改めて見ても凄いですね、彼は。本当にただの一般人ですか?」
「はい、そうですよ。祖国では、漁師をやっていたと、聞いています。」
「漁師、ですか。…あれで料理人ですらないとは…。」
あまりの才能の発揮ぶりに唖然としながら訪ねる医療士官に、モニカが答える。
彼女自身も、ただの庇護対象であったハーピィの少年が自分が率いる救護部隊の支えとなる傑物であるとは、夢にも思わなかった。
「才能は、どこに埋まっているか、わからないものですね。」
「全くです。もっとも、一部には彼自身に熱を上げてる士官もいるようですが…。ところで大佐、北西戦線の一五遊撃部隊から救護要請が来ていますが、いかがしますか?」
「勿論向かいます。こちらの戦線はメイシーさんが加入されたそうですし、もう問題はないでしょう。今いる負傷兵の治療が済み送り出し次第、北西戦線へ移動します。皆さんにはそのように連絡してください。」
「ははっ、かしこまりました。」
連絡のため駆けていく医療士官。モニカは空を見上げた。
戦争が起こり、命のやり取りが行われているとは思えない、澄み切った空だった。
―それから二時間と少し。午後三時過ぎ、ウィンデリア北西戦線。
一五遊撃部隊は、同じく北西戦線で戦っていた一七遊撃部隊、そして救護にかけつけた八八救護部隊と合流していた。
「ルシエさん!」
「ケイン、無事だった?」
「はい!ルシエさんもご無事そうで何よりです!」
屈託のない笑顔でルシエを迎え入れるケイン。その背中に羨望の眼差しが突き刺さっている事に、彼は気づいていない。
「やあ、君がケインか。ルシエから話は聞いている。俺はグロウズ、今のところはここの部隊長をやっている者だ、よろしく頼む。」
「モニカから聞いたよ!救護隊のアイドルらしいじゃん!あ、あたしはシャルロット!よろしくね!」
グロウズがいい声で挨拶し、シャルロットは挨拶もそこそこにケインをホールドにかかる。
グラマラスでやわらかい胸にみるみる顔を埋められ、ケインはじたばたしている。
「…だからっ!いきなり人をホールドするのはやめなさい!ケインが困るじゃないの!」
「えー?なにールシエ、妬いてんのー?こんな年下の子を手籠めにするなんて、隅に置けませんな~!」
「…っぶはっ!?ル、ルシエさんと僕は、そんな関係じゃないですー!」
「教育に悪いって言ってんの!…離れんかーい!」
ケインを引きはがしにかかるルシエと、構わずホールドしようとするシャルロットがぎゃいぎゃい言い合いを繰り広げている。
渦中のケインに引き留める術はなく、グロウズはにこやかに眺めるのみであったが
「お二人とも?青空の下とはいえ、ここは病院です。―お静かに、願えますか?」
テントから出てきたモニカに制される。その顔は穏やかな笑顔だが、強烈な威圧感を感じる。
「「……ごめんなさい……。」」
その威圧感に、二人は黙って頭をたれるしかできなかった。
(おお、怖い。普段温厚な者ほど、怒ると怖いのは世界共通だな。)
「して、モニカ。…ジェイコフの容態はどうだ?」
「一命は、取り留めました。ですが…。」
グロウズの問いにモニカは目を伏せ、ついでテントを心配そうに見やる。
「…しばらくは、戦えません。吹き飛んだ右足を再生できるかも、今は…。」
「…難しいか。」
モニカは沈痛な表情で頷く。
「体力の消費が激しすぎます。今あの方には、【四肢再生】に耐えうるだけの体力が、ありません。無理に使えば、命を落とします。そして、【四肢再生】は、時間が経てば経つほど、成功率が、下がりますから…。」
「そうか…。」
「ごめんねグロウズ、あたしがもっと速く辿り着けてたら…。」
「君のせいではない。気にするな、シャルロット。」
グロウズは首を振って否定する。だが、その表情はやりきれなさと悔しさがにじみ出ていた。
一七遊撃部隊は、若き勇将と謳われるジェイコフ少将の指揮のもと結成された三十名の遊撃隊である。
一五遊撃部隊とともに北西戦線を戦い、主にパルフルの軍勢と交戦していた部隊だ。
戦況は当初、ウィンデリア側の優勢と思われていた。
グロウズがたてた基本戦術同様、彼らもまた徹底した一撃離脱を心がけ、敵に大打撃を与えることよりも自らが捕まらないことを第一義に掲げ戦っていた。
三十名を二隊に分け、片方が注意を引き、もう片方が背後から強襲するという戦術は、着実にパルフルのアインガリア軍を削っていた。
だが、パルフル側のアインガリア軍の隊長は切れ者であった。
二度目の交戦でウィンデリア側の思惑、動きに感づくと、敢えてその動きに翻弄されるように立ち回りつつ巧みに一七隊を誘導し、ドリトン側のアインガリア軍と挟撃の形に持ち込んだのである。
ジェイコフが気付いた時には既に遅く、戦車の砲弾が無慈悲に一七隊を襲った。
砲弾に晒された一七隊の隊員は全員戦死、残る十五名のうちジェイコフを含む十名は重傷もしくは軽傷、五体満足でいられたのはたった五名という有様であった。
あわや全滅―というところでレッドパンサーが駆け付け、アインガリア軍を十名ほど轢き潰して後退を迫り、無事負傷兵だけでも救い出す事には成功したものの、潰走といって差し支えない戦績であった。
今も八八救護部隊と一五遊撃部隊の合同ベースキャンプには、ジェイコフ少将を含む十名の一七隊の負傷兵が苦しみのうめき声を上げながら治療を受けている。
「ウィート、ライ、スワロー、オーツ、ピジョン、君達一七隊は我が一五隊が預かる。配置は追って指示する。…上官がやられて辛いと思うが、生き残った豪運を俺達にも貸してほしい。」
「勿論です、よろしくお願いします准将。…それから、少佐。」
「なあにー?」
ウィートと呼ばれた下士官が帽を脱ぎ、シャルロットに頭を下げた。
「此度は全滅しかけたところを助けて頂き、またジェイコフ少将を助けて頂き、誠に有難うございました。」
「いいっていいって!戦場では困ったらお互い様だよ!ここはそんな堅苦しくならなくていいからさ、気楽にいこうよ。」
「…ははっ!」
その様子をグロウズは複雑な感情がこもった笑みを浮かべて眺めていた。
その笑みに気づいたケインが尋ねる。
「どうしたんですか?准将。」
「ん?ああ…彼女も辛かろうに、それでもああして場を明るく盛り上げてくれることに、どれだけ救われたかわからんなと思ってな。」
「シャロさんは、すごく個性的な、人ですけど、決して冷血な狂人では、ないですからね。」
グロウズは頷く。
「そうでもなければ、一七隊を助けるためだけに、魔機戦闘車両で敵軍に突っ込む等という真似はしないだろうよ。」
-3-
「―さて。」
十数分後、合同ベースキャンプの大テント内。
一課メンバー揃い踏み、プラス下士官が数名という体制で軍議が執り行われていた。
「まずはこちらの戦力の確認だ。一五隊は欠員なし。一七隊は残り五名。35名が今の我々の総兵力だ。救護隊もこの陣にいるが、同一の戦力としては数えないものとする。補給隊も同様だ。」
「続けて北西戦線の敵軍の総兵力だ。まずドリトン側は一個中隊があり、戦車と呼ばれる巨大な戦闘車両がある。このうち20名は我が方で戦闘不能に追い込んだと思われるが、80名ほどと戦車は健在だ。続けてパルフル側だが…こちらは合計は二個小隊以上~一個中隊未満とあるが、間違いはないか?」
「はっ、間違いありません。大目に見積もっても三個小隊はないものと思われます。せいぜい80名であるかと。」
「あたし達も轢き潰した時に確認したから間違いないよ。たぶん7~80名くらいだと思う。」
グロウズは頷く。
「つまり総勢180名ほど、二個中隊未満が総兵力だった。そのうち、一七隊があげた戦果も加味して4~50名は戦闘不能であるとみてよい。負傷兵の治療にあたる兵力も加味すれば…およそ100名ほどが、目下の我々の敵となる。ここまではよいか?」
一同は頷く。
「続けて北東戦線の方だが…あちらも報告では総勢150名規模と聞いているが、本当に問題ないのか?モニカ。」
「はい、問題ないと、思います。―メイシーさんが、加われましたから。」
ほう…と唸るグロウズ。下士官の一人が尋ねる。
「メイシーさんって、魔法研究所のメイシーさんですよね?その方、そんなに強いんですか?」
「強いわよ。"ミルスレアの奇跡"って、聞いたことない?」
「…確か、四年くらい前にアインガリアがマンテリアに侵攻した時に起きた、超大規模な吹雪ですよね。アインガリアの兵200が氷漬けになったっていう…。」
「そうだ。それを引き起こしたのが、メイシーだ。」
「は…!?」
四年前、マンテリア領ミルスレア山麓で発生したアインガリア軍の侵攻作戦は、マンテリア側被害ゼロ、アインガリア側が八割の兵力を一瞬にして喪失し、潰走に追い込み決着している。
この時の立役者がメイシーだ。彼女は、マンテリアの天候も味方につけ超大規模な猛吹雪を巻き起こし、アインガリア兵を一瞬にして氷漬けにしてしまったのである。
「勿論、あの時は天候が味方についてたから、あの時の再来とはいかないと思うけど。それでも、少数対多数の戦いにあって、アイツほど頼りがいのある戦力はないわ。」
「あたしもルシエもグロウズもモニカも、戦術的には突破口になれるけど、メイシーはもう戦略兵器だからねー。」
うむうむと頷き合う一課一同。下士官はただただ愕然とするばかりであった。
「とすれば…北東戦線から首都へたどり着けそうなのは多く見積もっても6~70ほどで済みそうだな…。続けてルシエ、我が方で当たったあの戦車だが、あれは魔機戦闘車両ではないというのは本当か?」
ルシエは頷く。
「ええ。もっとも、厳密に言うと"マナで駆動する車ではない"わ。だから、砲はマナで動いてる可能性はある。駆動はたぶん燃料駆動だと思うわ。」
「燃料駆動?石炭で動く、戦車があるんですか?」
「石炭燃料かは…。でも排煙口みたいなものがあったし、少し煙も出ていたようだから燃料駆動なのは間違いないと思う。」
この世界でもいわゆる化石燃料と呼ばれるモノ自体は存在している。
だがマナが動力となる魔機が一般的であるため、化石燃料を動力源とするものはほとんど開発されていない。
知られている化石燃料も石炭くらいで、石油や天然ガスといった燃料は、まだ未知のエネルギーである。
「しかし魔機でないとなれば、あれはドリトンに来てからくみ上げられたことになるが、わずか三日ほどであんなに巨大なものが造れるのか?」
「…可能性があるとすれば、複合魔機ね。」
「複合魔機?」
「魔機の素体一つの形状変化だけでモノを作ろうっていうんじゃなくて、複数の魔機をパーツに見立てて、それを組み合わせて作る魔機のことよ。そういう設計思想が一年くらい前から出てきたって、この間父さんが言ってた気がする…。」
「…聞いて、いました。確か、ルシエさんのお父様も、それの開発研究で、いくつかパーツを作っておられると。」
ルシエはモニカとうんうん頷き合う。その様子を見てシャルロットは興奮気味に食いつく。
「えっえっ何!?複数の魔機を組み合わせてでっかい魔機を造るって!?それってそれって、異なる魔機パーツごとに術式を書いちゃえば、一つのモノで複数の命令系統も搭載できるってコト!?」
「確かそう言ってたわね。この方法ならパーツは素体で持ってくれば嵩は減らせるし、ああいう複合的な動きができるモノも作れるわ。…シャルロット、胸押し付けないで。」
豊満な胸をぐいぐい押し付け食い気味にルシエに詰め寄るシャルロット。ルシエはそれをはねのける。
「でもそれなら、何故動力もマナを使用しないのだ?」
「たぶん…消費マナの関係じゃないかしら。複合魔機でもあのサイズだと、動かすのに相当なマナを喰うだろうし、燃料駆動の方が動かしやすいんだと思うわ。」
「なるほどな…。ルシエの見立てでは、あれはどれくらいのスピードが出せると思う?」
「見立てはシャルロットと同じね。100㎞²出せたら大したもんだわ。たぶん70㎞²とかが限度じゃないかしら。」
ふむ…とグロウズは思案に入った。
敵軍の戦車の攻撃力は絶大だ。だが、その足はあまり早くない。
機動力はこちらが上。虚を突ければ翻弄できる隙はまだあると思われた。
しかし、ドリトンとパルフルの兵が集まっているということは、敵軍の隊長も一七隊を陥れた切れ者であるということである。
ジェイコフは決して愚将ではない。それだけに、いつまでこちらの手にかかってくれるかわからない。
少なくとも北西戦線は、敵軍を敗走、或いは潰走させる必要がある。しかし、30ばかりの兵力では敵を翻弄することはできても敗走させることは難しく、潰走はまず無理である。
ふむ…とグロウズは思案の末思い至り、口を開く。
「これからの動きだが、まずここには我が部隊から五名残す。首都との連絡係だ。襲撃があるようなら、遠慮なく逃げて構わん。救護隊も忘れずにな。」
「ははっ!」
「はい、わかりました。」
「続けて、首都の防衛軍から100名、応援を出すよう要請してくれ。集合場所はここだ、前もって大き目に陣を敷いてあるから、一時的に100名がとどまっても問題はないはずだ。」
「打って出すの?でも、正面からじゃあその数プラス私達でも、かなりギリギリだと思うのだけど。」
「正面からではな。」
「…何か、手が、あるみたいですね。」
モニカの言に、グロウズは頷く。
「皆、よく聞いてくれ。―今から話す作戦がうまくいけば、アインガリアを叩き潰せるかもしれん。」
>>続く
次話投稿は5月11日の予定です。




