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機動妖精ルシエさん  作者: あまぐにれい@びたみん
◆第一章 機動妖精と、天使の少年
14/18

〇第十四話 ルシエとケイン・後編

最終エピソード、後編です。

「丸焦げになりたくなけりゃ退いてな!―【大・紅蓮火弾クリムゾン・ボム】!』

『集いて爆ぜよ。―【集束火弾ファイアボール・コンバ・六連・シクル】!―ダメだ!押し返しきれない、みんな退いて!」


エリスが放つ極大の火炎弾と、メイシーの放つ集束された火炎弾の六連射がぶつかり合う。

火炎弾同士がぶつかり合い、弾け、爆発するが、それでもエリスの火炎弾は止まらない。


「―はぁっ!」

「…っ【長鎖チェーン】!…くぅぅ…!」

「しゃっ―!」「もらった!」

「しまっ、まに、あわ…!」


直撃を避けた黒ずくめがモニカを襲う。鎖を呼び出し刃を止めるも、その機を逃さず更に黒ずくめがモニカを襲う。


「【両・鋼弾ダブル・ソリッド】―ショット!」

「ぐっ!」

「ぐあっ!」


「…ナッシュ、奥!」

「わァってらァ!―【放心スタン】!』

「ショット!上出来ぃ!」


モニカを襲う黒ずくめ二人を、シャルロットが両手の短銃ハンドガンで狙い撃つ。一人には防がれるが、もう一人は手傷を負わせることができた。

と同時に、まだ動ける狂暴状態のアインガリア兵がモニカを撃とうとしている事に気づく。

シャルロットの指示とほぼ同時に、ナッシュが一瞬アインガリア兵の体の自由を奪う。その隙に、シャルロットは射撃体勢に入っていたアインガリア兵も狙い撃つ。


「…って、ダメ!手数が足りない、モニカ逃げてえー!」

「…チッ!今からじゃ間に合わねェぞ!あの回復役を止めねえとキリがねェ!」

「逃がすか!」


確かにアインガリア兵を止めたが、更に動けるアインガリア兵がモニカに狙いを定める。

黒ずくめの中には回復支援役がおり、寝こけたアインガリア兵を起こしているのだ。狂暴化したアインガリア兵が、徐々に数を増していく。

モニカが距離を離そうとするも、黒ずくめが食いつき離そうとしない。


「…だめ、です…防御が、間に合わない…!」

「――はぁぁぁああっ!!」

「!…グロウズさん!」


アインガリア兵の一斉射撃を割って止めたのはグロウズだった。

銃弾を斧槍ハルバードで弾き返す。防ぎきれずいくつかは被弾してしまうが、彼ならば問題はない。

だが。


「―よぉやく足をとめたねえ、でくの坊!」

「くっ!速い!」


エリスがグロウズへと飛び掛かる。

グロウズはかろうじて反応するが、防御が間に合いそうにない。


「終いだ!ドラグーンだってこの地獄の炎はかき消せやしないよ!」

『―【旋嵐氷鬼槍ブリザードランス】!』


今まさに斬りかからんとしていたエリスに、突如凍てついた冷気を纏った槍が飛来する。


「なぁっ!?…くっ、氷の、槍だと!?」


間一髪、氷の槍を躱すエリス。飛んできた方向を見て、驚く。

そこには全身に凍てついた冷気と、氷の塵を纏ったルシエの姿があった。


「たぁぁぁああああああっ!」

「ルシエ!?…くっ!」


ルシエは掛け声と共に空中よりエリスに向かってブレードを振りかぶる。

しかしわずかに距離があり、エリスの回避は間に合う…かのように見えた。


「―【薙刀ブレードランス】!せぇい!」

「なっ!武器を…ぐっ!」


ルシエは振り下ろしの直前、ブレードを幅広の刃を持つ薙刀の形状に変えた。

いきなりリーチが倍ほどに伸びたルシエの得物に対応しきれず、エリスは手傷を負う。


その勢いのまま、ルシエは地面に降り立つ。


「ごめん、待たせた!」

「ルシエちゃん!」

「ルシエー!」

「ルシエさん…!」

「…ったァく、時間かけすぎだぜ、ルシエさんよォ!」

「ルシエ!助かった!」


ルシエは薙刀を構え、距離を取って対峙するエリスに向かって言う。


「―さあ、決着をつけましょう。」


-1-


「…っても、状況はあんまりよくなさそうね。」


戦場を見渡しルシエが言う。エリスは言わずもがな、黒ずくめも健在、寝たアインガリア兵もほとんどが復活している。


「なんかだいぶ雰囲気変わったねえルシエ。それが本当の奥の手?なんか静かで大人しいって感じするー。」

「…あっ、ダメです、シャロさん。今のルシエさんに、触っては。」

「へっ?」


冷気を纏うルシエにシャルロットが手を伸ばす。モニカの制止と同時に、近づいたシャルロットの指先が瞬く間に凍り始める。


「…って、ちょわっ!?な、なにこれ!?」

「…バカ。今の私はフェンリル様の氷獄の神気をまとってる状態よ。触れでもしたら10秒と経たずに氷像になるわよ。」

「何それヤバすぎない?ていうか、ルシエはそれ大丈夫なの?」

「まあ、今のところは。」


歯切れの悪い回答を返すルシエに、モニカはシャルロットの指先を解凍しながら尋ねる。


「ルシエさん。今回は、何分、もつんですか?」

「半年前に試したときは、5分。…でも相手がエリスなら、もっと長く動けるかもしれないわ。」

「…確か、すっごい力を得る代わりに、だんだんルシエちゃん自身が凍っていく魔法だっけ。」


ルシエは頷く。


「フェンリル様は、本来俗人に力をお貸しくださる方ではないの。だから、再現とはいえあの方の力をお借りするという事は、同時に罰も受けなければいけない。」

「死にかけた、というのはそういうことか…。でも、それならファヴニール様の力を借り受けているヤツにも同じことが言えるのではないか?」


ルシエは、今度は首を横に振る。


「…エリスは、あの魔法を完璧に制御してる。地獄の炎を纏っているというのに、体のどこも焼け爛れる気配がない。…並び立つ魔法を編み出せたと思ったけど、やっぱりアイツは天才だった。」


それでも、と。今度は前を見据える。


「それでも、今のアイツを食い止められるのはたぶん、私しかいない。だから、みんなはまず周りの敵をどうにかして。やつらの手を止められれば、それだけ有利になれると思うから。」

「どうにかって言われてもなー。まあ出来るだけ頑張るけどさー。」

「何とかして隙を作れりゃなァ…っとォ、来るぜェ!」


話し合いをしている最中にエリスが突撃してくる。ルシエも同時に突出し、彼女のソード薙刀ブレードランスで受け止める。

赤熱したソードと、氷点下まで冷え切った薙刀ブレードランスがぶつかり合う。


「コソコソ話し合いをするたあ、余裕があるじゃないかい!ええっ!?」

「…っ、アンタ相手に、考えなしで突っ込むほどバカじゃないってだけよ…!たぁっ!」


ルシエはそのままエリスのソードをはじき返す。


『―【吹雪砲バスターブリザード】!』

『―ッ【熱気襲ヒートウェイヴ】!』


間隔が空いたところにすかさずルシエが氷雪を多大に含んだ暴風をぶつける。

エリスも返すように熱気の渦を放出、吹雪と熱気が衝突し、瞬間的に発生した霧が周囲を覆う。


「チィ、視界が…!―ほっ!」

「わかっちゃいたけど相性は最悪ね…やっ!」


視界確保のため、エリスは地獄の炎で出来た龍の翼をはためかせ空へと逃げる。

ルシエも彼女を追うように、まるで地面がそこにあるかのように空中を蹴りだし駆けあがる。


「撃て!姐さんを援護しろ!」

「そうはさせん!」


霧が立ち込める中、ルシエを狙い撃とうとする黒ずくめにグロウズが割って入る。

とはいえ、彼らの居る場所では視界が遮られるほどの濃さではない。


「…霧か…。」

「メイシーさん?」


そんな戦場の様子を見て、メイシーは何事かを考え始めた。


「…モニカ。霧か砂嵐か何かで視界を遮っても、相手の白魔術師ヒーラーを殺れる?」

「…近づけさえ、すれば。」


モニカが静かに頷き、メイシーも頷きを返す。


「シャロ。霧か砂嵐が出ても、相手を正確に狙える?」

「【鋼弾ソリッド】―ショット!…んー、砂嵐は無理かな。霧だったら何とかなるよ。」

『【放心スタン】!―おィ、何するつもりだァ?」


シャルロットは、グロウズを狙おうとするアインガリア兵を牽制しつつ答えた。

同じくグロウズを援護しつつ問うナッシュに、メイシーは頷きと共に返す。


「霧を出して相手の視界を奪って、その隙にモニカに決めてもらおうと思ってさ。あたし達じゃできなくても、モニカならできると思うから。どうかな?」

「正面切ってどうにかなる相手じゃねェし、いいんじゃねェか?ならオレは、旦那のサポートでもしてるかねェ。」

「オッケー。霧を出すタイミングは任せるよ。―【光線透過レーザースコープモード】オン、と。」


起動語と共に、シャルロットの眼鏡の色が変わる。


「ひゅー、かっこいー。それ魔機ギアだったんだ。」

「でしょー。でもこれ、度が変わっちゃって10分くらい使うと頭痛くなっちゃうから、できれば早めに決めてねー。」

「…よっし。グロウズ、少し無理させるかもだけど、頑張って抑えて!」

「ああ、わかった!」


メイシーはグロウズの答えを聞くと、両腕を広げ魔法の詠唱体勢に入った。


-2-


一方。


「【両・短銃ツイン・ハンドガン】―【両・光線弾ダブルレーザー】!」

「ふんっ!飛び道具なんざ!」


薙刀ブレードランスを納めたルシエは、空中を駆けあがりながらホルスターを抜き、光線弾でエリスを狙う。

それをエリスは難なく躱し、ルシエに向かって突進してくる。


『―【雪洞障壁バリアント・スノウ】!』

「チッ、雪の障壁かい!でもねぇ!―【火 焔 斬バーンブレード】!』

「くっ…!【氷白結霧フロストミスティ】!』

「無駄ぁ!!」


突進してきたエリスの斬撃を、召喚した雪洞で防ごうとする。

しかし雪洞は火焔を纏った斬撃でいともたやすく斬り裂かれ、霧散した水分を氷結させ動きを止めようとするも、それすらも斬り払われる。


(やっぱり…強い…!魔法だけじゃ敵わない…!)


「そらぁっ!焼き切ってやるよ!」

「【ブレード】!…ぐっ、く!まだよ!」


そのまま火焔を纏い斬撃を繰り出すエリスの刃を、ブレードで受け止める。

一方的に押されることはないが、それでも純粋な力の差はまだあちらに分があるようだった。


(剣の腕だけは、互角だけど…!純粋に、力の差が大きい…フェンリル様の力をお借りしても、まだ足りないなんて…!)


「…くっくっく!」

「何よ、何がおかしいってのよ。」


ルシエと鍔迫り合いを繰り広げるエリスは、不敵に笑いだす。


「いやあ、アンタも成長したなあと思ってねえ。あたしの魔法を真似るしかできなかったアンタが、あたしの奥の手ともやり合えるだけの魔法を引っ提げてくるなんてさあ。いやあ、教えたモンとして嬉しいよ、まったく!」

「…白々しい!」


怒声と共に体勢を変え、エリスの剣を弾く。すかさず斬り返すが、エリスも難なく受け止める。


「何言ってるんだい、嬉しいのは本当さ!強く育ってくれてありがとうねえ、昔組んだパートナーとして鼻が高いよ!おかげで―」


エリスはなおも、笑いながらルシエの剣を弾き、斬り返してくる。

その瞳には、狂気が宿っている。


「―全力で、殺せるってもんだ!」

「―アンタにだけは、殺られない!」


火焔を纏ったソードと、氷点下まで冷え切ったブレードが、再びぶつかり合う。


「クッハハハハ!いいねえ!いい!アンタに地下組織ギルドを潰されてから十数年、並び立つ奴がなかなかいなくて退屈してたのさ!」


互いの刃が交わり、弾き弾かれ、ぶつかり合う。


「…くっ!何よ、戦闘狂みたいなこと言っちゃって。誰彼構わず殺すことが大好きな…はぁっ!殺人鬼の癖に!」

「ふんっ…!くく、だって楽しいじゃないか、人を殺すのはさあ!その相手が強けりゃ強いほど楽しいってもんさ!そうだろう!?」


エリスは狂笑しながらソードを振るう。


「強いほど、あたしに負けて、あたしの手にかかる時の顔を想像したら、ゾクゾクしてくるじゃないか!」

「ぐっ…!狂人が…!―【烈風障壁バリアント・エア】!』


刃を交えたまま、烈風の結界を展開する。

エリスは一旦下がって逃れると、そのまま続けて再度突進してくる。


「チィッ…!―何言ってんだい、狂ってるのは、殺人鬼なのはアンタも同じだろう!?子供も、女も、誰を殺す時も眉根ひとつ動かさなかった、"氷の殺人人形キリングドール"って呼ばれてた、アンタもさあ!」

「くっ…!」

「今だってそうだろう!?セルゲイの下で、国の名の下で殺してるんだろう!何が違うって言うんだい!あの時あたしと一緒に悪さして、殺して回ったあの日とさあ!」

「…例え、そうだとしても…!」


エリスのソードを弾き返し、ルシエは叫ぶ。


「例え、あの時と変わらないとしても、それでも!私は、みんなを護ってみせる!―【極 冷 斬セルシウスブレード】!』

「フン!ならやってみなよ!この力の、炎獄ファヴニールの力を超えてさ!―【火 焔 斬バーンブレード】!』


極度の冷気に包まれた極寒のブレードと、火焔を纏ったソードがぶつかり合う。

激しすぎる温度差に、凝固した水分が一瞬にして蒸発し、小さな爆発と共にまたも霧を生み出す。

二人はその爆発にいくらか後押しされる形で、それぞれ距離を取り霧から離れた。


「くっ…!」

「ぐ…っ!」


ルシエは離れたついでに、自らの体を見る。既にエリスと斬り合ってから1分ほどが経過するが、体の凍結はほとんど進行していないようだった。


(やっぱり…炎獄ファヴニールの影響で、凍結が思ったより進んでない。この調子なら…7分くらいはやれるかしら…ん?)


ルシエは眼下の状況とに気づく。霧が晴れ、エリスも同様に気づく。


「…これは…!」



―1分ほど前。


「グロウズ、シャロ!出来るだけ相手を引き付けて!」

「りょーかいっ!…けどグロウズもさっきから無茶しっぱなしだから、なるべく早めにお願い!」

「わかってる!」


メイシーは両腕を広げ、前を見据えて精神を集中する。

黒ずくめ、アインガリア兵の統率は優れているがそれでも戦場が広範であり、まだこれから使用する魔法が効果的ではない状況だ。


「【炸裂弾マグナム】!【鋼弾ソリッド】!―とぅわっ!?っぶないなあ!―【両・炸裂弾ダブルマグナム】!」

「ぐっ…!まだまだぁ!―せぇあっ!…ナッシュ、左脇だ!」

『―【催眠スリープ】!…チッ、旦那ァ、正面はオレが止めてやっから、右を防げ!―【放心スタン】!』

「おうさ!…ふんっ!だぁああっ!」


「しぶとい…!あのドラグーンに射撃を集中しろ!落とせない敵ではない!」

「あの金髪の白魔術師ヒーラー、どこいった…?…ちっ!栗眼鏡の女が邪魔だぜ!」

「今はあのドラグーンがアイツらの要だ!このまま押し切れ!」


戦況は特務一課の防戦一方である。シャルロットが撃ちまくっており敵方に損耗も与えてはいるが、ナッシュの魔法は直接的なダメージを与えられるものはなく、グロウズはたった一人で前線維持のために防御に徹している。

与えたダメージは後方に控える敵方の白魔術師ヒーラーによって回復されており、率直に言えばじり貧の状態にあった。


しかし、グロウズ達の奮戦の甲斐あり、敵は集束し始めていた。

あれだけ執拗にモニカを狙っていたアインガリア兵も、グロウズの奮戦とシャルロット、ナッシュの妨害に目を向けられ、この瞬間ではあるがフリーな状態になっていた。


(―今しかない!)


メイシーは意を決し意識を集中する。体が黒色に輝きだす。


『地に降り注ぎ、大気となりて見守る、恵みの雨よ。今その姿を現し、我らを包み隠し、仇なすものの行く先を覆え。』


『―【幻想白霧ミラージュミスト】!…モニカ!」

「はい…!」

「なっ、霧だと!?」

「くっ、これでは視界が!」


詠唱完了と同時に、アインガリア兵達を濃霧が襲う。

勿論、この魔法自体にダメージはない。

が、視界を奪われた隙を突き、機会をうかがっていたモニカが音もなく敵陣へ駆けていく。


そして敵陣の後方にあっという間にたどり着くと、後方に陣取っていた黒ずくめの一人―敵方の白魔術師ヒーラー―へ目掛け、やはり音もなく駆け寄っていく。

その足取りは霧の中とは思えないほど正確で素早かった。まるで、この程度の視界不良には馴れているかのように。


「チッ、これだけ視界が悪いと俺の支援も届かねえ。おい、一旦下が―!?」


黒ずくめの白魔術師ヒーラーは、背後に迫る存在に気づくが、既に遅かった。


「―お命、頂戴、致します。」


モニカの手から、鍼が伸びる。その鍼は正確に首の急所を貫き―白魔術師ヒーラーは、どさりという音と共に、絶命した。


「―メイシーさん!」

「…!グロウズ、シャロ、霧から離れて!」

「えっ!?もういいの!?わかった!」

「よくわからんが、了解した!―とああっ!」


グロウズは最後に斧槍ハルバードでアインガリア兵を吹き飛ばし、シャルロット共々霧から離脱する。

後方にはナッシュと、続けて黒魔法リビオルの詠唱に入っているメイシーの姿があった。


『地に降り注ぎ、大気となりて見守る、恵みの雨よ。今こそ集い、刃となりて、重しとなりて、その力をここに顕せ。』


『―【氷白結霧フロストミスティ】!』

「グァァアアアアアア!!」


立ち込めた霧が瞬時に凍り付き、一帯に巨大な氷の塊ができあがる。

逃げ遅れた黒ずくめが1名、およびアインガリア兵の大多数が、氷の塊に閉じ込められた。


「クソ!こんなあっさりやられやがって、使えねえクズ兵が!」

「…おい!ヒルムクがやられているぞ!」

「なんだって!?そいつは俺達唯一の白魔術師ヒーラーだぞ!そいつがやられたら、どうやって戦線をもたせればいいんだ!」

「―いた!あの金髪の白魔術師ヒーラーだ!あいつがやったんだ!追え!撃て、撃て!」


出来上がった氷の塊の上を、モニカが駆けていく。

その様子を見咎めた黒ずくめが追うが、マンテリア側の方を見た時に、その表情が凍り付いた。


「おい…あれ…!」

「…嘘だろ、なんでここに…!」


―同じ状況を、ルシエとエリスも見ていた。

それは合計20名ほどの、雷を纏った大鷲の意匠が入った旗を掲げた、20名ほどの武装集団。


そして、その後方に控える黒髪艶やかな壮年の男性と、犬耳が生えた空色の髪を靡かせる青年の姿。


「ふむ、何とか間に合ったようだね。」

「ええ、ジャストタイミングでした。僕まで間に合ったのは、僥倖という他ありませんが。」


「長官…!ユリアン…!それに、あの鷲の紋章は…!」

「…セルゲイ…!テメエ、ここに何しにきやがった…!」


黒ずくめが叫ぶ。


「増援!敵の増援だ!―マンテリア軍が、攻めてきやがった!」


-3-


―時は五日ほど前にさかのぼる。夜更け、ウィンデリア外務省長官室。

そこにはセルゲイとユリアンの姿があった。


「…そうですか。アインガリアが、この国に軍を忍ばせていると。」

「ああ。信じがたい話ではあるが、確かにここ最近北からの観光客などの流入は増えていた。もし今回のための潜伏兵なのであれば、随分と遠大な計画だな。」

「そうですね。…僕がここに居合わせたのはただの偶然ですが、この偶然には感謝しなければいけませんね。明日聞いていたら、間に合わないところでした。」

「む?間に合わないとは?」


ユリアンは静かに微笑みをたたえていた。


「長官、僕はこれからすぐに、スノンベールへ発とうと思います。それで、長官にも不躾ながらお願いがあるのですが…。」

「…君ほどの人物が、考えもなしにいきなりスノンベールに行くとは考えづらいが、理由を教えてもらえるかね?」

「そうですね…杞憂で終わればよいのですが、ご説明いたします。」


笑みのまま、目のみを瞑る。


「…まず、敵方はおそらく明日には決起するでしょう。一個大隊ほどの規模がいきなり国内に現れます。位置のほどは不明ですが、そこは重要ではありません。この国には、残念ながらそのような奇襲に対しての備えは薄い。間違いなく最終防衛線は突破され、首都防衛を視野に入れざるを得ない展開になるでしょう。」


「それらの規模が、ルシエさんの言う通り全て囮であるとするならば、敵方はおそらく何が何でも件のNNアンチの少年…ケイン君、でしたか。彼を攫いに現れます。」

「ふむ…しかしルシエ君の言葉が真実だとして、現れるであろう一個大隊を無視することはできん。何もせずにおれば、少年一人のために国民が犠牲になる。国としては、それは避けねばならん。」

「おっしゃる通りです。…残念ながら、国として命を天秤にかけた時、軽んじられるべきはケイン少年の命です。でも、ルシエさんはそうはしないでしょう。例え自分の命を投げ捨ててでも、ケイン少年を助けようとするはずです。」


「彼女は、優しい方ですから。昔、闇に身を染めていたとは思えないほど。…でも、今のままでは彼女が一人立ち向かったところで、おそらく彼を取り戻すことは叶わない。ですからそうならないように、ルシエさんが本懐を果たせるように、もう一、二手打っておく必要があります。」

「君がスノンベールへ行き、私に頼みたい事というのが、それに関係しているのかね?具体的には、どんな手なのだ?」


ユリアンは頷き、目を開く。


「―スノンベール軍とマンテリア軍を、アインガリアにけしかけます。スノンベールには僕が行きますので、長官にはマンテリアをお任せしたく思います。」

「…他国の軍を、我が国の、それもただ一人の少年のために扇動するというのかね?」

「ええ、勿論勝算はあり、少なくともスノンベールには利益があります。」


「先日の慟哭海峡の件でマンテリア、スノンベールを訪れた際、それぞれ極秘でマンテリア北東戦線、およびスノンベール東部戦線の戦闘詳報を見せて頂きました。―かの国、アインガリアはここ五年程、両国合わせて500程度の軍勢を、二国に振り分けて紛争を行っています。」

「よく見せてもらえたな…。」

「マンテリアのホルキス外務次官補と、スノンベールのヘルマン外務次官は、それぞれ軍との繋がりもあり、僕とは旧い仲ですので。そしてここからが重要ですが、この半年ほど、スノンベール側では小競り合いが続いていましたが―マンテリア側ではほぼ戦闘が発生していません。」

「…なるほどな。」


ユリアンの説明を受け、セルゲイは得心したように頷く。


「今、アインガリアの西側戦線に向ける兵力は少ない。…我が国に兵力を向けているためだ。つまり今なら。」


セルゲイの言葉に、ユリアンも頷く。


「ええ。―今かの国に、二正面作戦を同時に対処する兵力は残されていない。スノンベールの有効戦力はおよそ400ほどと聞いています。今までは戦力的な面でもスノンベールはやや劣勢であったため積極的な侵攻は行っていなかったようですが、背後にその戦力がなく、かつここ十数年の間でアインガリアに領土を奪われつつあるスノンベールならば。」

「失地回復を名分として、スノンベールを動かせるというわけか、恐れ入った。しかし、それでもスノンベールは動くかどうか。」


「まあ、もう一手用意してありますが、それは有効に働くか、間に合うかどうか。…むしろ、長官に大変な役目を押し付けてしまい、申し訳ありません。マンテリア側には、北東紛争を避けられる以上の利益が、ありませんので。」

「いや、いい。君の言葉はおそらく正しいだろう。―マンテリア陸軍総長は、私の義兄だ。なんとか説得して見せるとも。」

「…そうでしたか、それは頼もしい限りです。では、僕はこれで。」

「ああ。無理はするんじゃないぞ。」



―そんなことがあり、現在。ユリアン、セルゲイは無事役目を果たし、つい先ほど合流したばかりである。

マンテリア側はユリアンが得た事前情報通り、30にも満たない兵士しかおらず、制圧するのに10分とかからなかった。

セルゲイはその後マンテリアから兵を借り受け、ブラックロードを突破しぶつかるであろう一課一行と合流すべく、アインガリアに兵を進ませていたのである。


「でも、よくカルセノフ陸軍総長が軍を貸してくれましたね。」

「貸してくれたのは一個小隊未満ではあるがな。中隊を貸してくれと頼んだら『あの犬っころの読み通りなら中隊なんぞいらん、20で十分だ。外国の将にいきなり軍を貸すのだ、20でも十分だと思え。』と言われたよ。」


はっはっはと笑うセルゲイ。そんなやりとりが行われていることはつゆ知らず、黒ずくめは戦慄していた。


「まずいぞ…!今の魔法で戦力の半分は吹っ飛んだ。こいつらだけでも厳しいってのに、援軍は聞いてないぞ…!」

「どうする…?逃げるか…?」

「馬鹿野郎!姐さんが言ってた目的を忘れたのか!?あのハーピィのガキを連れて帰らなきゃ、逃げたところで待ってるのは地獄だぞ!」


「みんな!ユリアンと長官だ!援軍を連れて来てくれたみたいだよ!」

「ハッ、クソ長官オヤジが、来るなら来るって言えってンだよ。」

「でも、助かり、ました。これなら、ルシエさんの、援護も、できそうです。」

「あれはマンテリアの軍勢か、心強い。…反撃の時だな。」

「ルシエちゃんの魔法も、長期戦には向かないからねー。これなら何とかなりそうかな。」


戦慄しているアインガリア側と対照的に、希望と活力にあふれる一課一行。

その様子は、ルシエとエリスにも見えていた。


「―勝負あったわね。」


ルシエはエリスに向き直り、ブレードを構える。


「いくらアンタでも、私達全員には敵わない。―私一人にかかずらってるアンタには、絶対に。」

「…ザけんな…。」


エリスは顔を伏せ、わなわなと震えている。その体からは、先ほどにも増して黒々とした炎が立ち上り、黒の割合が増している。


「フッッッッザけんな!!あたしがアンタに、アンタ達に敵わないだって!?調子に乗るのも大概にしな!あの時だって、騙し討ちをしなけりゃあたしらをやれなかった、卑怯者が!!」


怒号と共に、エリスの纏う炎が弾ける。炎は完全に黒く染まりその禍々しさを増し、勢いは更に強く、エリス自身を焼き殺すかのように苛烈に渦巻いている。


(コイツ…!まだ力を…!いや…制御を止めたんだわ…!)


エリスは怒りのままに突進し、ルシエにソードを振り下ろす。

黒い爆炎をまとった刃がルシエを襲う。


「調子に乗るな、卑怯者が!国の傘を借りなきゃ何もできない、軟弱者が!殺す、あたしが!アンタ達全部ぶっ殺してやる!!!」

(ダメ…力が、強すぎる!…せめて、直撃は避けないと!)


ルシエもブレードで受け止めるが力の差が激しすぎ、あっという間に押し切られ、そのまま地面に向かって弾き飛ばされてしまう。

何とか斬り裂かれる前に後ろへ飛び退き、刃の直撃を避けることはできたが躱しきることはできず、また地面に叩きつけられ強烈なダメージを負うこととなった。


「ぐ…が、ったぁ…っ!」

「ルシエさん!!」

「ルシエっ!」

「ルシエちゃん!?」

「チッ…おィ、大丈夫か!?」

「くっ…無事か、ルシエ!」

「ルシエ、さん…!治療します!」


丁度一課一行のすぐ近くに落ちたこともあり、皆が駆け寄る。

強力な衝撃を受けてはいるが傷は最小限で済んでおり、モニカの治療を待たずとも起き上がることはできた。


その姿を心配そうにのぞき込む姿もあった。ケインである。


「…バ、カ…!あんた、なんでここに…。危ないから、下がってなさい…!」

「そうだよケイン君!まだ戦いは終わってないのに、出てきちゃ危ないよ!?」

「…嫌です!確かに僕じゃ何の力にもなれないけど、でも、ルシエさんがやられてるのを、遠くから黙ってみてるなんて、出来ません!」


「長官!ルシエさんが!」

「うむ…だが、今は救援に行けそうにない。あれを見たまえ。」

「…な…!?なんて、大きさですか…!?」


セルゲイが示した先で、ユリアンが見たもの、それは。


「―テメエら全員、黒焦げにしてやるよ!」


黒々とした、直径5mはあろうかという、炎の球。

それを二つも構えた、エリスの姿だった。


『―【黒死・ナイトメア邪龍炎弾・クリムゾン】!』


-4-


「全軍退避!あの丘向こうまで逃げるのだ!急げ!」


セルゲイはマンテリア軍に指示を出し、急いで黒い火球から逃れる。

だがその黒い火球は、ルシエ達にも同時に迫っていた。


「何アレ、ヤバすぎない!?【両・ダブル冷凍光線弾フローズンレーザー】―ショット!!…ってぇ、全然効いてなーーい!!」

『雪よ踊れ、風よ騒げ。立ち上り、舞い上がり、大地を滑る氷の嵐となりて、仇なすものを吹き飛ばせ。』


『―【吹雪旋風アイストルネード】!―ダメだ!ちっとも勢いが収まらない!みんな逃げて!」

「いかん!―ぐっ!!ぐおおおおおおおお!!!」

「グロウズさん!?」


シャルロットの冷凍光線も、メイシーの吹雪の嵐もものともせず突き進んでくる黒い火球を、グロウズは真正面からぶつかり、抑え込もうとする。

しかし、その勢いはドラグーンの体躯をもってしても殺しきることができず、グロウズの体が、熱に対しては全種族一の耐性を誇るドラグーンの体が、黒い炎によって燃えていく。


「下がれオメェら!」

「でも、グロウズが!」

「バカか!旦那の覚悟を無駄にする気かよォ!?」

「!…ルシエさん!」

「くっ…!」


ナッシュの怒声と共に、一行は距離を取る。その直後、黒い火球が着弾し、黒い爆発が巻き起こる。


「ぐああああああああ……っ!!!」

「きゃあああああああああああ!!」

「くっ、あううぅぅぅ…!!」


ルシエ、ケイン、ナッシュ、モニカは何とか爆発から逃れることができた。

だがシャルロット、メイシーはグロウズと近い距離にいたため、グロウズと共に爆発に巻き込まれてしまう。

吹き飛ばされ、地面に転がる三人。


「ぐ…!この、熱量は、キル・ウィリアの、何倍も…ぐはっ!」

「うぁぁっっつうううう!!あつい、いたいーー!!」

「くぅぅうう…!!なんて、禍々しい、マナなの…!?こんな恨みに染まったマナ、感じたことない…!」

「みんな…!」


なんとか爆発から逃れたルシエは、三人の様子を見て己の非力さを呪った。


(ちくしょう…!私に、力がないばっかりに、みんなを…!私に、もっと力があれば…!アイツを、エリスを両断できるだけの、力があれば…!)


己の非力さを呪いつつ、ルシエはエリスの居る方を睨む。

エリスは、再び先ほどの黒い火球を放つ準備をしているようだった。


「ホンット、ゴキブリみたいにしぶといやつらだね、アンタ達!そんなに食らいたきゃあ、もう一発くれてやるよ!!」


(ダメ…ダメ!このままじゃ、みんなやられてしまう!力を…私に、アイツを、邪龍の化身になったエリスを、斬る力を…!)


無力感に苛まれながら、縋るような気持ちで願うルシエ。そんな彼女の脳裏に、とあるビジョンが浮かぶ。


 ―氷のように白い、巨大な狼。


 ―黒い炎を吐く、赤い巨龍。


 ―輝く、剣。


瞬間。ルシエの脳裏に、今まで聞いたこともない呪文が浮かんだ。


(…これは…!?…ううん、やるしか、ない!!)

「ルシエさん!?」

「おィ、何するつもりだ!?」


次の瞬間。ルシエはがばっと立ち上がり、ブレードを最上段に構えながら意識を集中しだした。


(やるしかない、みんなを助けるには、これしかない!―お願い、間に合って!)


『―雪深き、大霊峰の奥の奥。白き天蓋覆う地獄に、我はあり。焔猛る、大火山の底の底。暗き黒炎揺蕩う地獄に、汝あり。神話の刻よ、我が声に応え、今ここに甦れ。』


「どうせなら…テメェらまとめて、ふっとばしてやるよ!―【黒死・ナイトメア邪龍炎弾・クリムゾン】!!』

「クソが!さっきよりもでけェぞ!」

「…いけない!これでは、みんなが…!」


(ダメなの!?間に合って、間に合って、お願い!!)


ナッシュ、モニカの叫び、ルシエの渾身の願い空しく、一課一行に迫る、直径7mを超えようかという、黒き太陽のような巨大な火球。

成す術、ないのか。誰もが諦めたその瞬間、巨大な火球に向かっていく姿があった。


その姿に、誰もが目を疑った。黒き、太陽のような巨大な火球。

立ち向かったのは、純白の羽根をもつ、天使のような少年ケインだった。


「―うわあああああああああああ!!!」


ケインは黒き太陽にそのまましがみつくように取りつく。

瞬間、ケインの全身がまばゆく光り輝き、黒き太陽を形作るマナが霧散していく。

だがその熱量、その膨大なマナは一瞬で散らしきることができず、周囲の莫大な熱、莫大な炎で、本来マナの影響を受けないはずのケインの体が炎に包まれていく。


「!!…なんだい…なんだいガキ!そこまでする価値が、アイツにあるってのかい!?アイツはあたしと同じだ!殺す事しか、奪うことしか、出来ないってのに!!」

「違います!!」


黒き炎に全身を苛まれ、それでもケインは確固たる意思で叫ぶ。


「ルシエさんは、絶望に苦しみ、明日も怯えていた僕達を、助けてくれた!明日も知れない僕を、拾ってくれた!沼と、森の生活しか知らなかった僕に、新しい世界を、未来を見せてくれた!何の役にも立てない僕でも、出来る事があることを教えてくれた!―絶望で、何もできないことを呪う僕を、救ってくれた!」


(…ケイン…。)


―ルシエとケイン。ただの任務で偶然出会い、たまたま拾うことになっただけの二人。

出会ってから、一か月ほど。想い出の数は、まだあまり多くないが…それでも少年の心には、輝かしい思い出として、確かに息づいていた。


黒き炎に苛まれながらも、ケインは懸命にこらえ続けた。

7mを超えようという巨大な黒き太陽は、まばゆい光と共に少しずつその大きさを減じ、遂に。


「―奪うだけしか、殺すだけしかできない貴女とは…何もかも、全部、違います!!」


その気迫と共に、跡形もなく消え去った。


「―あぁ、あぁ、そうかい!!どいつもこいつも!そんなに死にたきゃ―まずはお前から殺してやるよ、ガキ!!」


怒りに震えるエリスは、そのままケインに向かって突進する。が、ルシエはもう狼狽えない。


(…大丈夫、絶対間に合う。)


『其は、魔を撃ち滅ぼす魔剣。其は、魔に喘ぐ民を救い上げし聖剣。神話の刻をここに。神の御業をここに。人の奇跡をここに。』


「捉えた―!死ねぇぇ―!?」


黒々とした炎に彩られた刃をケインに振り下ろそうとしたエリスの体が、止まる。


『―【金縛りの夜ホーンテッド・ナイト】。―死ぬのはテメェだ、エリス。」

「ええ、ケイン君も、ルシエさんも、やらせは、しません…!」

「テメエ、ら…!」


(だって、私には、仲間みんながいる。―こんな私を助けてくれる、仲間みんながいる―!)


エリスの両脇には、ナッシュとモニカの姿があった。

二人がかりでの、金縛りの魔法。一瞬の隙でも、彼女にとっては十分だった。


「…行け、ルシエ…!」

「やっちゃえ、ルシエちゃん…!」

「頼んだよ…!ルシエ…!」


「ルシエさん…!」

「…ルシエ君。」


「…やっちまえ、ルシエ!!」

「お願い、します、ルシエさん!!」


「…ルシエさん!!」


皆の視線が、ルシエに集まる。その最上段に掲げられた刀は、幾重にも、幾重にも編み込まれた氷獄のマナで、虹色に光り輝く大剣となっていた。


―其は、伝承に残る、邪龍を滅する、神の剣。


『邪龍討滅の神話を、今ここに。―【龍 滅 斬バルムンク】!』

「…クッソがぁぁぁあああああああああ!!!」


虹色の大剣が振り下ろされ、エリスが―邪龍の化身が斬り裂かれる。

―戦いは、終わった。


-4-


「グッ…ガハッ!!ク、クソが…!あたしが、あたしが、こんなやつらに…!!」


斬り裂かれ、地面に落ちたエリスは、血を吐き、体中を黒い炎をくすぶらせたまま、恨めし気にルシエを睨んでいた。

お互い、自らを強化していた地獄の加護は消えている。


「ルシエさん、ご無事でしたか?間に合って何よりでした。」

「うむ、流石に少し危なかったな。―む?」


ユリアンとセルゲイもその場にかけつける。と、そこに6名ほどの集団が現れた。


「―そこまでだ。剣を引いてもらおうか、ルシエ。」

「!…アンタは…!」


後方から現れたのは、5名ほどの手勢を連れた、エルフの男。


「ライネック…!」

「ハッ…ようやくお出ましかよ。久しぶりだなァ、ライネック!」

「…ナッシュか。もう顔を合わせる事はねえと思ってたがな…。」


元"闇をすべる黒"のリーダー。ライネックその人だった。

エリスは彼を視界に認めると、途端にすがるような目で彼に懇願する。


「ライ、ネック…!助けてくれ、敵をとっておくれよ…。コイツら、あたしを、寄ってたかって…!」

「…仕返しはしてやりてえところだが、そうもいかねえ。」


ライネックは一課一行を順繰りに見やり、特にユリアンを強く睨んだ。

睨まれたユリアンは、穏やかな笑みで返す。その様子をみて、ライネックは唾を吐き捨てた。


「俺を見てンな顔で笑うのはおめえだけだぜ、犬っころ。…まあ、おめえがいるなら話は早え。俺はエリスとこいつらを回収して引き上げるから、お前等も自分の国へ帰れ。」

「はい、わかりました。お話が分かる方で助かります。」

「ケッ…ありゃ八割がた脅しじゃねえか。このペテン師が。」


罵声を浴びせられても、にこにこしているユリアン。


「え、どゆこと?帰れって、何?」

「言葉の通りですよ、シャルロットさん。」


ユリアンは笑みを崩さぬまま、皆に対して宣言した。


「本日十三時を持ちまして、アインガリアとスノンベール、マンテリア、ウィンデリアとの停戦合意が可決されました。以後五年の間、関係各国は合意を締結した国々との戦争行為は禁止されます。こちらが合意書です。」


ユリアンはそう言って、懐から停戦合意書を取り出した。

そこには、確かに四国の署名と捺印が刻まれている。


「て、てて、停戦!?あのアインガリアが!?」

「おいおいおいおいおい、何とンでもねえことしてくれやがったんだァ、ユリアンさんよォ!」

「…ねえ、これドッキリじゃないよね?停戦?あの戦争大好き国家が??」

「なんか、また、歴史が、動いて、しまったような~…。」

「…これかね。君が言っていた、もうひとつの手とは。」


セルゲイの言葉に、ユリアンはにこやかに頷く。


「はい。ただ追い払うだけではすぐ取り返されますからね。失地回復は、停戦合意とセットですので。いやあ、ライネックさんが素直に要求を呑んでいただけて助かりましたよ。」

「…西部戦線の兵を半日でぶっ潰して、その上でもし同意しなかったら三国プラスバニーゲン、フォレリア、クリスフルルと連合してアインガリアを潰すとか言われりゃ、それがハッタリだとわかってても首を縦に振るしかねえだろうが。」


苦々しく言うライネックを見て、一課一同はユリアンを何か怖いものをみるような目で見つめた。


「…凄い話だな…。」

「えげつねェな…。」

「えげつないわね…。」

「えげつないね…。」


「…そういうわけだ、エリス。オメーは最近頑張りすぎだよ。少し休め。…復讐の機会は、また作ってやる。」

「ライネック…。」

「さぁ、とっとと兵を引きやがれ、ウィンデリアの犬ども。―その首、しばらく預けておいてやる。行くぞ!」


捨て台詞を吐き捨て、ライネックはエリス、黒ずくめ達を連れ、足早にその場を後にした。



「その…皆さん。」


ライネックが去り、後始末をしている最中、ケインが皆に声をかけた。


「ありがとう、ございます。僕なんかのために、こんな危険を冒して、助けて頂いて。」


「何、気にすることはない。仲間が奪われたから、取り返しに来ただけの事だ。」

「そーそー。君みたいなかわいい子を助けるくらい、何でもない何でもない。」

「僕は何も。助かったのは、君自身のおかげですよ。」

「そーゆうこった。まァ、次からは気を付けンだなァ。」

「あたしもケイン君には世話になったしさ。これくらい、お安い御用だよ。」

「ええ、私も。戦争の時には、本当に、お世話になりましたから。」

「皆さん…。」


何でもない、と朗らかに返す面々。


「…私は、謝らなきゃならないわ。アンタの保護者なのに、危険な目にあわせてしまって、ごめんなさい。」

「…謝らないでください、ルシエさん。僕は、本当に感謝してるんですから。ありがとうございます、僕のために、飛んできてくれて。二度も、僕を助けてくれて。」

「ケイン…。ええ、どういたしまして。」


ルシエとケインは、互いの顔を見、互いに微笑みを返しあう。

その後、ケインはセルゲイに向き直る。


「セルゲイさん、その、今すぐでなくても構いません。僕を…特務一課に、入れて頂けませんか?」

「何…?」


ケインは真剣な眼差しで、真っ直ぐな瞳でセルゲイを見つめる。


「僕、今回の件で自分の無力さを思い知りました。大恩あるウィンデリアの役に立てないばかりか、ご迷惑をおかけしてしまった。…皆さんが気にされなくても、僕は自分の無力さを許せません。」


「僕は強くなりたい。…皆さんに、これからご迷惑をおかけするかもしれませんけど、それでも、もう守られっぱなしの僕ではいたくない。…皆さんの下で、僕は強くなりたいんです。」

「ふむ…。本来ならば断わるのだが…君は我が課についても結構詳しく知ってしまっているしな…。」


セルゲイは少し考え、モニカを見る。


「モニカ君。君はわずかな間だが、彼を指揮下に置いたはずだ。君から見て、彼の適性はどう思うかね?」

「…戦闘能力は、さておき…外交能力、特に、人の輪に溶け込み、あっという間に馴染む能力は、光るものがあると、思います。それに、まだお若いのに、色々な事を知っておられ、それでいて、新しいことを、すぐに取り込み、自分のものにできる、高い学習能力を、もっていると、思います。」

「ふむ…。グロウズ君。」

「は。」


モニカの評を聞き、セルゲイは次にグロウズに話を振る。


「わずかな時間ではあるが、君は彼の有事での行動を見ていたはずだ。将として、彼の適性はどう映った?」

「陣で見た時は、明るく朗らかでよく気がつき、何よりも人を心配する優しい好青年という印象でした。荒事には向かない性格と思いますが…長官もご覧になられたでしょう、あの黒き太陽に果敢に立ち向かった姿を。その献身さ、その気概、その覚悟は、戦闘能力や性格を補って余りあるものと思います。」

「うむ…。よし。」


グロウズの評も聞き、セルゲイはケインに向き直った。


「君の申し出を受け入れよう、ケイン君。正式な沙汰は追って出すが、君を外務省長官、外務省特例特殊任務係一課長の名において、外務省特例特殊任務係一課所属の外交官として任ずる。」

「…ありがとうございます、長官!皆さん!これから、お世話になります!」


ケインの宣言と共に、拍手が巻き起こる。


「何を言い出すのかと思ったけど、決まったならお祝いしなくちゃね!おめでとー!ケイン君!」

「まさかウチに入りたいなんて言い出すなんてねー。またホットスポットの調査の時には呼ぶから、よろしくね!」

「話を聞く限り、君は僕に似た存在のようです。僕はユリアンと言います。…外交官の仕事、甘くはありませんよ?」

「へっへっへェ!こんなガキがと思ったけどよォ、ホネのある奴は嫌いじゃねェぜ。これからコキ使ってやっからなァ!」


「…まったく。こんなことがあったのにウチに入りたいだなんて、よっぽど変わり者なのね、アンタ。」

「えへへ…すいません、勝手に。でも、少しでもルシエさんの役に立ちたくて。」

「まあ、決まった話ならもういいわ。…少しかがみなさい。いや、膝をついて頂戴。じゃないと届かなさそうだから。」

「へ?はあ…。」


言われるまま、膝をつくケイン。

―ルシエはそのまま、ケインの額に口づけした。


「!?ルシエ、さっ!?」

「…着任祝いよ、おめでとう。…エリスの魔法から皆をかばってくれた時のアンタ、カッコよかったわよ。」


突然のことに頬を赤らめ目を白黒されるケインを見て、ルシエはふわりと笑った。



―ルシエとケイン。彼女は彼を助けた任務から端を発した一連の出来事は終わりを迎えた。

彼らの未来を照らすかのように、赤い土が向きだすアインガリアの荒野に、光が差し込んでいた。

第一章、完結いたしました。ここまでお付き合い下さったことに、心から感謝いたします。

感想など頂けましたら幸いです。


第二章は、六月四週目頃を目途に投稿を予定しています。

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