エルはダンジョンに潜る
今いる場所はウィスタンシアから東に進んだ山の中。
鬱蒼と生い茂る木々が突如として途切れ、地面に数十メートルはある亀裂が走っている。
その亀裂を覗き込むようにして、俺達『彷徨える旅人』の三人が話し合っている。
「それで、この頼りない梯子を伝って下に降りるのね?」
「ああ、アリシアさんもそういっていたし間違いないだろう。他にも何個かかかっているし、頑丈に固定されているって言っていたから帰ろうとして梯子がないってことにはならないと思うが。」
「帰りの前にちゃんと降りられるのかが心配よね。」
「ターニャは軽いので問題ないです!」
「私は大人の女性だからお子様と一緒にしてもらっては困るわねぇ。それとも喧嘩売られたのかしら?」
「先遣隊には大柄な男もいただろうし、降りる方法がこれしかないのだから、腹をくくるしかないだろう。」
「あ、私よりターニャの方が大事と。くっ、このあどけなさには勝てない・・・!!!」
こんなぐだぐだを披露している訳は竪穴が予想以上に深く、これを見た俺達は安全に降りられるかが心配になってしまったからだ。
エルサさんはまだいいとして、俺は装備類を含めた重量が一番ある。確かに梯子は頼りないし、この高さから落ちれば怪我をすることは間違いない。
だがぐずぐずしていれば他の冒険者に先を越されてしまう。めぼしいものが取られてしまっては、折角のダンジョンがつまらないものになってしまう。腹をくくるしかないな。俺が先行し、安全を確かめてから他の2人には降りてきてもらおう。
梯子に足をかけるとふらふらと揺れる。恐怖を抱きつつ、慎重に降りていく。上を見上げれば心配そうに覗き込む二人が。安心させるように片手を離して手を振ると、クラっと揺れて態勢を崩しかける。
「馬鹿!いいから両手両足しっかり使ってさっさと降りなさい!」
怒られてしまった。しかたないか。慎重に行かせていただきます。
その後は特に危ない場面もなく、20メートルくらいだろうか、それくらいの高さを降り切り、地面に足が触れた。
「いいぞー、下に魔物の気配はない!梯子も多少揺れるが特に問題はなさそうだ!一人ずつ降りてこい!」
2人が降りてくるまで、俺は周辺警戒をすることにした。他に人影は、遠くにかかっている梯子のほうにおっかなびっくりしながら降りている冒険者がいるだけ。意外にもすぐにダンジョンに向かった人たちは少ないようだな。
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程なくして2人が降りてきた。
「やっぱり暗いわね。ちょっと待ってて。」
『光よ、命ずる、我が道を照らせ』
『ライト』
エルサさんが呟くように詠唱し、当たりを照らす光の玉を生み出す。
「このライトの呪文は私の魔力が続く限り消えないわ。今は装備の効果もあって魔力も回復しやすいから、しばらくは大丈夫よ。」
「ありがとう、それじゃ行くとするか。」
そもそもなぜギルドはこの竪穴というか亀裂をダンジョンと判断したのだろうか。
通常の自然現象で発生した亀裂や洞窟にはモンスターはおらず、鉱石やお宝などもないことの方が多い。
だが、先遣隊の調べにより、ここから地下に降りていく道があり、その先には魔物が徘徊し、壁には鉱石が剥きだしで、行き止まりの部屋らしきところにはなぜか魔法道具が鎮座していたという情報がもたらされた。
このような場所はダンジョンと判断される。そりゃそうだ、自然に魔法道具が生成されて堪るか。
ダンジョンは通常、ギルドが管理することになっている。
ダンジョンは莫大な利益を生み出す。だが魔物がいるため冒険者のような腕っぷしに自信があるような者が探索することが多い。利益があるため放置するわけにもいかず、冒険者が多いため、自然とギルドが管理するようになったのだとか。
そのため、ダンジョンが生まれた際にはかならず、ギルドは緊急依頼として情報を収集するらしい。
そしてその情報に対する対価は比較的高い。だからこそ、多くの冒険者はこの依頼を受ける。
が、今回は地下型、それも容易に脱出が困難なこともあり、多くの者は先に用意周到に準備をしてから挑む決断をしているみたいだ。
俺達はその点、エルサさんの光源とターニャのアイテムポーチにより、諸々の準備が終わっている状態だ。なので真っ先にこのダンジョンに挑むことができる。
実のところ、ダンジョンができる要因は一切特定できないようだ。神の戯れとか世界の歪みが~とか、様々な憶測が流れているがどれもしっくりとくる理由にはなっていないらしい。
「とりあえず、鉱石を採取しながら、地図作成と宝探しだな。」
「宝!」
「鉱石なのです!」
ほんと、この子たち(1名大人)は欲求に正直すぎる気がしてならない。
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一方、エルたちが探索を開始し、下層に向かう中、依頼を見てから一番にダンジョンに入り上層をろくに探索もせずに更に下に降りていたパーティーがいた。
「走れ!」
「何だってんだくそ!」
「やめろ、お願い、食べないでぇ!!!」
パーティー全員が悲鳴を上げ、その悲鳴すらも押しつぶすほどの大音量が鳴り響き、あとには血だまりと、何か大きなものを引きずった跡が残るだけだった。
そこはエルたちがいる層を第1層とすると、第5層にあたる場所。
鳴り響く悲鳴は虚しく響き、エルたちに届くことはなかった。
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「むぅ。」
「そう怒るなよターニャ。まさか切ったらあんなに体液が飛び出るなんて思わなかったんだ。」
「みたらわかるです!気持ち悪い見た目で、あんなにパンパンに膨れていたら、ターニャでもこうなることはわかるです!」
「わざとじゃないんだってー、ごめんな?」
「エルさんうきうきしてたです。私が後ろにいることも忘れて剣を突き刺して、体液が飛び出して来たらびっくりして一人で避けたです。そのせいで私がこんなに汚れたです。わざとじゃなくても怒るですぅー。」
「ほらほら、ターニャこっちおいで。水で洗ってあげるから。」
「ふんす!」
「口でふんすっていうやつ初めて見たな。」
「「エルは黙って(です)」」
エルサさんが生活魔法で水を出し、恨みがましい目でこちらを見ながらターニャが粘液を洗い流している。
しかたないじゃないか。あまりにもパンパンな芋虫だったから、つい突き刺したら破裂するんじゃないかと思ってしまったんだ。好奇心は誰にも止められないことを俺は今日しっかりと学ぶことができた。実りあるダンジョン探索に感謝をささげる。
「ほら、何突っ立てんの馬鹿エル君。先頭を進みなさい。」
「あ、はい。」
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今は亀裂から、(層と呼べるくらいきちんと階層が分かれていた)二層分下った。
一層目は小さい芋虫のような、それでも股下くらいあったが、とにかくその芋虫しかいなかった。簡単に仕留めることができたし、大して粘液を飛び散らせるわけでもなかったからそのまま探索を続け二層におりた。
そして俺達を出迎えたのは先ほどの個体をさらにスケールアップさせた芋虫だった。小さくても十分気持ち悪かった芋虫は、巨大化し狂暴化したこともあって、粘液をふりまきながらうにょうにょとこちらに迫ってきて大変きもかった。
なんと、この芋虫に真っ先に反応し、俺の後ろに隠れたのがターニャだった。
曰く、
「虫はきらいなんですぅ。」
とのことだ。
そういうわけで俺が相手をしていたんだが、顔やその周りを切っても粘液が噴き出ることはなく、安心しきっていた俺は攻撃をかわした際に露になった無防備な腹に一太刀入れてしまった。
犠牲となったターニャには本当にすまないと思っている。ほんとすまん。
ようやっと粘液を落とし終えたターニャに再度謝罪をして許しを得たところで探索を再開する。今日はこの二層までにして、そのかわりにくまなく探索する運びとなった。明日は寝泊まりの準備をして野営し、二日間ぶっ続けで挑むつもりだ。キャラバンは明々後日の早朝に出発する。これはお金を蓄えるチャンスだ、お金大事、絶対。
壁に鉱石が多く露出しているがターニャはそれを取らない。そのかわりに鉱石の周りに耳を当て、たまに頷くと用意していたピッケルで無心で壁をたたき始める。そこから出てきたのは露出している鉱石より小ぶりだが、どれもこれもグレードの高い鉱石ばかりだった。
「ダンジョンの鉱石は露出しているものをとってもそこそこの利益にはなるです。だけど、ドワーフは鉱物に対しての感覚器官が備わっているです。この耳の下の穴が鉱物独特の魔力波長を感知するです、そしてダンジョンは意地の悪いことに露出している鉱石が魔力を集めて後ろにある本体的役割の鉱石に供給するようになってるです。」
「つまり、それを探って質のいい鉱石を取った方が効率がいいってことか。」
「そうなのです。後ろになにもない割合の方が若干多いですが、良い鉱石を得られるのでこちらのほうがいいのです。」
そういうことなので、俺達はターニャを守る形で鉱石採集に集中した。
なかなか量が溜まってきたところで一旦休憩を取る。
三人で一旦情報を整理してみた。まずこのダンジョンの基本的な構造はこうだ。
地図を作成したところ、基本的に人が手を伸ばした状態で4人は並べる広さの幅がある通路が、曲がりくねりながらずっと続いていることが分かった。ところどころで繋がったりしていて、下に潜るように緩やかなカーブを描きながら下がっていく場所があるのでそれを降りると、また同じように通路が横方向に曲がりくねっている。
そしてとってつけた様に真四角な部屋があり、これまたとってつけた様に台座があり、その上に魔道具がある形だ。もちろん、ほとんどが台座があるだけで、低層は先遣隊が魔道具を殆ど回収していたようだ。
たまたま手付かずの部屋があり、そこで手に入れた魔道具は、正直言って微妙なものだった。
どんなものかというと、筒状で金属で構成されていて魔力を通すと煙が立ち上るだけの、いつ使えばいいかわからない、そんな感じのパッとしないものだった。
ターニャはどうやって煙を発生させているかまったくもってわからないと興味津々だったが、俺とエルサさんはあまりのしょぼさに先遣隊の人たちが使えないと判断して置いていったのではないかと疑ていた。
とにもかくにもそんな調子だったので、通路が代わり映えしないこともあり、だんだんと退屈になってきた。戦闘も数回あったが、芋虫が弱すぎて話にならない。
この魔物は一体どこからやってくるのだろうか。
二層にいる芋虫が大きさだけはいっちょ前だったので、下に親にあたる魔物がいて、そこで生まれた幼虫たちが上に上がってきているのかと最初は思っていたが、そういう理屈なら一層の幼虫より二層の方がでかいなんてことはないだろうという結論に至った。壁から生まれ出てくるのかとも思っていたが、一度も壁から出てくるところに出くわさなかったし、小さい穴が開いているということももちろんなかった。
謎すぎて考えるだけ無駄だということがわかっただけで、魔物に関しては成果はなかった。
そうそう、その魔物だが、この巨大芋虫はエルサさんもターニャも知らなかった。
更に謎が一つ増え、だんだんとどうでもよくなってきて鉱石採集に集中してしまったあたり、俺たちはダンジョン探索に向いていないかもしれない。
ただ、鉱石採集に集中しただけあって一層と二層はかなり地図が埋まった思う。なんせ、円を描いて、ある程度の大きさになると止まっていることがわかるくらいには地図が埋まったくらいだなのだ。
不思議だらけで、頭が痛い。薄暗いことも気分をさげる要因の一つになっているかもしれないな。
「そろそろ引き上げよう。あらかた地図は埋まったし、結構な時間を費やした。幸い芋虫はいい練習相手になってくれてはいたから連携もそれなり確認できた。明日はどんどん下にもぐっていい魔法道具を探すことにして今日のところは一旦地上に出て野営しよう。一旦街に帰ってまた来るのはめんどくさいし、朝早くから潜ればそれだけ時間を有効に使えるだろうし、どうだ?」
「そうね、私の魔力回復は日光がないと半減するからそろそろ限界だったところなの、それでいいわよ。」
「私も大量に鉱石が取れたので満足です。」
「よし、なら帰ろうか。」
そうして俺達の締まらないダンジョン探索一日目は幕を下した。
何かを引きずる音が、洞窟中に響くのを話に夢中になっていたエルたちは気づかない。
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「アイテムポーチは便利ね。外でこうしておいしいご飯が食べられるなんて。」
「ああ、食材は入れられないが、調理器具があるだけでだいぶ違うよな。」
「ターニャは偉いということです!」
「「ああ、そうだね。」」
「なんで二人はそんな適当に返すです?」
「「・・・」」
「なにかいってほしいのです!!!」
そうしてじゃれあったあとはテントで仲良く三人で寝た。ほんとは二つ用意したかったが、お金が、なかった。
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夜も更けたころ、外の物音で目が覚める。
何かを引きずる音。それなりの質量がある。
即座に剣をつかんで物音を立てないようにテントから顔をだして外をうかがう。
何も見えなかったため、二人を起こさないようにテントから出た後、音が大きい方へ向かう。
大地の亀裂から少し離れたところで野営をしていたが、どうやら亀裂から音がしているようなので近づいてそっと下を覗いてみた。
そこには極彩色の鱗がびっちりと生えた巨大な、二層の芋虫の4倍は大きく、さらに10倍以上は長い、芋虫がいた。
「おいおい嘘だろ?」
そいつはもともと広かった亀裂を、その巨体でさらに広げながらじわじわと進んでいた。しかも亀裂の壁の表面と芋虫の間を見ていると1枚1枚の鱗が小さな口を開けて、一心不乱に土を食べていた。
「うへー、あの鱗全部が口なのかよ。気持ち悪すぎだろ。」
鱗全体が動き咀嚼しているその姿をみて俺は鳥肌が立ってしまった。
ほどなくして一つの横穴を見つけると、そこに無理やり体を押し当て、穴を広げながらまた徐々に潜っていって、次第に見えなくなっていった。完全にその姿が消えるのを確認した後、テントに戻り、再びあの芋虫がでてこないか心配なので朝まで見張りをしようと決意した。
剣を磨いたり、持って来た本を読んでいるうちに夜が明け、エルサさん、ターニャの順にテントからでてきた。
夜中あった出来事を二人に話すと、そんな魔物はいままで見たことないという。
さすがに、ダンジョンに潜るのをやめるかどうかを話し合わなければいけなくなった。
結論から言うとやはり調査依頼ということなので、その巨大芋虫がどうなったかを調べることに落ち着いた。
あんなのと戦っても勝敗は目に見えている。なるべく戦わないで済むことをいのりながら、一行はダンジョンに再度挑戦するのであった。




