快楽のため
どうして、突然あんなにも大量の魔物が現れたのか不思議でならなかったが。
目の前で起きた現実に、嫌でも思い知らされた。
絵で描いたからだ。
次から次へと魔物の絵を描き、それで具現化させたのだろう。
文章と絵という違いはあるものの、僕の能力ととてもよく似ていた。
「しょうがないのう……何匹魔物を出そうが、わしが相手になるとしよう」
クティは杖を構える。
描いた絵を具現化できるという能力は厄介だけど、こちらのほうが数は多い。
負ける気なんて、さらさらなかった。
「……メルク、何でこんなことしたの?」
「何で? そうやなぁ……うち、ドSでもあり、ドMでもあるんよ。みんなが苦しんどる姿見るのも楽しいしぃ、その結果、みんなから怒られたり恨まれたりするのも楽しくてしゃーない。やから、理由を簡単に言うとすれば――自分の快楽のため、やね」
少し恍惚とした表情を浮かべながら、メルクはそう答えた。
実にシンプル、だからこそ狂っていた。
それならば、ちゃんと人間を憎む理由があって、それで復讐しようと企んでいたハーティーたちのほうが、まだ納得できた。
説明されても。否、説明されたら余計に訳が分からない。
やっぱり、突然こんな惨事を起こしたメルクの思想を理解しようとするほうが無理な話だったのか。
なら、仕方ない。
僕たちが、何が何でも全力で止めて――。
「……あーあ。はよせんから、みんな集まってきてもうたで」
そんなメルクの呆れた声と同時に、背後から無数の唸り声が聞こえた。
訝しみ、振り向くと。
魔物たちが現れた代わりに姿を消していたはずの、たくさんの人々が屋上に集ってきていた。
まるで、ゾンビのように。
まるで、何者かに操られているかのように。
「な……何、これ」
思わず、震え声が漏れる。
明らかに、みんな正気ではない。
僕たちを見るその瞳に光は宿っておらず、善意も悪意も、感情そのものが一切失われていた。
「……わたす、動物も人間も好いとーよ。みんな操って、わたすのものにしちゃいたいくらい」
そう言ったのは、さっきまで僕たちの隣にいた――ラトン。
ゆっくり、ゆっくりと後退していく。
ゾンビと化した人々を盾にするかのように、彼らの後ろへ。
「――ごめんね」
申し訳なさを微塵も感じさせない笑顔を、こちらに向けて。
何だ、どういうことだ。
そう自問してみるも、もう答えは出てしまったじゃないか。
ラトンは、メルクの妹だ。
きっと最初から姉の企てを知っていて、僕たちを騙していたのだろう。
さっき元凶がメルクだと判明したとき、全く驚いた素振りを見せなかったのは、最初から知っていたからなのか。
「くっ……ハメられたようじゃな。操られているとはいえ、あやつらは無関係の人間じゃ。あまり傷つけるわけにもいかんじゃろう」
忌々しげに、クティが呟く。
彼らの意思で動いているのならまだしも、きっとそうじゃないだろう。
だからといって放置していれば僕たちが攻撃され、そしてラトンを攻撃することもできなくなってしまう。
更に、敵はメルクもいる。
数で勝っていると思っていた戦況が、あっという間にひっくり返ってしまった。
「……私が、やります」
ふと。意外なところから、声が発せられた。
僕は、声の主――ククルを見る。
いつものおどおどとした態度ではなく、確かな決意を込めた目をしていた。
「また炎を吐けなくなった私じゃ、きっとまともに戦うことはできないと思いますし。それなら、せめてリオンさんやクティさんが戦えるように、あの人たちを止めておきます」
「で、でも、どうやって――」
「大丈夫です。ハーティーさんに襲われてフーリーさんやリオンさんが傷つけられたときの気持ちを、お姉ちゃんの強さを……胸に刻み込みます」
そうして、ククルは駆け出した。
真っ直ぐ、操られている人々のもとへと。
僕たちへ歩み寄ろうとする人にしがみつき、先に進ませまいと踏ん張る。
しかし、ラトンに操られた人々は、邪魔者と化したククルに殴ったり蹴ったり引き剥がそうとしたりと、様々な暴力を加えていく。
それでも。ボロボロになりながらも、ククルは一歩も退かなかった。
作戦などとは呼べない、ただのゴリ押し。
だけど、その覚悟と決意は、かなりのものだったろう。
「全く、何をやっておるんじゃ……。リオン、メルクのことはおぬし一人に任せてもよいな?」
「え……?」
「もう見ておれん。ラトンは、ククルとわしでやっつけるとしようかの」
杖を構え直し、人々のもとへ近づいていく。
そして杖の先端が光ったかと思うと、ククルの周囲が弾け飛ぶ。
ククルに暴力を与えていた人たちは、みんな四方に吹っ飛んでいった。
「く、クティさん……あんまり手荒なことは……」
「これくらいせんと、逆におぬしがやられるだけじゃろうが。案ずるでない。別に死んどらんからの」
ククル一人なら心配だったが、クティも一緒なら大丈夫か。
だったら、もうラトンの相手は任せてしまっても問題なさそうだ。
再び、メルクに向き直る。
再び、筆を握り直す。
ラトンの相手が、あの二人なら。
僕は、一人でメルクと戦わなくてはいけない。
もちろん、不安はある。
でも絵を具現化する能力に対抗するには、やはり文章を再現する能力を持った僕しかいない。
「嬉しいわぁ……うち、リオンと戦ってみたかったんよ。書いた文章を事実に変えられるんやろ? うちとそっくりやもんなぁ」
「僕の能力、知ってたんだね」
「リオンだけとちゃうよ。あのとき、ハーティーたちと戦ったみんなのことは、よう聞いとるし。その中で、一番厄介そうやなぁ思うたんもリオンやし、いつか遊んでみたいなぁって思っとったとこやもん」
言いながら、具現化された絵のライオンに、大きな筆を押し当てる。
瞬間――ライオンが弾け飛び、辺りに墨汁が飛び散った。
「こんな絵じゃ生温いやろ。ほないこか、リオン。絵と文字、どっちが優れてるんか……楽しみやなぁ」
笑う。嗤う。
心底、楽しそうに。
心底、気持ちよさそうに。
どっちが優れているか、なんてどうでもいい。
絵にも文章にも、それぞれの長所と短所がある。
その上で、僕はあえて文章の道を選んだ。幼い頃から、作家の夢を抱き続けた。
筆を握り締める。
筆管に貼られたシールを見ながら――虚空に筆先を走らせた。
さあ、最終決戦の開始だ。




