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転生幼女くんは文章が上手くなりたい  作者: 果実夢想
六筆【妖狐姉妹は平和を破壊する】
49/50

☆絵と文章

 筆先が、屋上の床を滑りまわる。

 墨汁の漆黒が描くは、暗雲から落ちるひとつの雷。


 つい先ほど、メルクは言った。

 描いた絵を具現化する能力だ、と。

 ということは、この雷の絵もきっと――。


「……ッ」


 奥歯を噛み締め、虚空に筆を走らせる。

 急げ。急げ。メルクが絵を描き終え、それを具現化してしまうより早く。

 絵と文章の違いは、当然たくさんある。

 だけど、その中でも特に文章が優れているのは――書き終えるまでの速度だ。



     『メルクのとなりにひらいしん』



 僕が書いた文章通り、メルクのすぐ隣に金属でできた避雷針が現れた。

 それから間髪入れず、空が煌き――。

 一筋の落雷が、大きな音を立てて避雷針へと注がれた。


 その際、メルクは僕が避雷針を出したことに咄嗟に反応を示し、絵を描き終えるや否やすぐさま距離をとっていた。

 さすがの反応速度だ。

『となりに』と書いたせいか、避雷針が現れたのはメルクのかなりの至近距離だった。あのままだと、雷の被害は少なからず受けていたことだろう。


 でも、そうはならなかった。

 やはり、一筋縄ではいかないか。


「また失敗してくれるの期待しとったんやけどなぁ……」


「……自分の能力が敗因になるなんて、さすがにごめんだよ」


 お互いに、軽口を叩き合う。

 背後で戦っているククルとクティ、そしてラトンをちらっと一瞥し――。


 再び、ほぼ同時に筆を執った。


挿絵(By みてみん)



     『空からやりが降り注ぐ』



 途端――空からひとつの槍が落ちてきた。

 メルクの頭上でも、僕の頭上でもなく。

 僕とメルクがいるところの中間という、全く見当違いの場所へ。


「どないしたんや? ちゃんと、どこに落ちるか書かなあかんのとちゃうかった?」


 僕を嘲笑うかのように告げ、メルクは床から筆を離す。

 直後、弓矢のようなものが僕へ迫り――。


「……痛っ」


 頬と肩、二ヶ所に鋭い痛みを覚え、顔を顰める。

 見てみると、肩は服が裂け、血が滲んでしまっている。


 でも。僕は手を止めない。

 ひたすら、ただ無我夢中に文字を紡いでいく。



     『床に刺さった槍がメルクへ迫って動き出す』



 刹那。先ほど見当違いのところへ振り、屋上の床に突き刺さっていた槍が空中に浮かび上がり――独りでにメルクへ肉薄する。

 しかし、あっさりと受けてくれるメルクではない。

 咄嗟に右へ跳び、軽々と回避した。

 そう――屋上の、隅のほうへ。


「今のは惜しかったなぁ……でも、そんな分かりやすい攻撃やと、避けられてまうよ?」


 口は閉じない。ただ僕を煽るかのように言い、再び床に絵を描き始める。

 大丈夫だ。メルクからは、僕が筆で何かを書いていることくらいは分かっても、その文章の内容までは詳細に把握できていないはず。

 たとえ、僕が二つの文章を同時に綴っていたとしても。


 この世界に来てから――シールと出会ってから。

 僕は、一体どれだけ文章を書いてきたことだろう。

 この能力を使うときは、もちろん日常生活でもあったが、基本的には戦闘中が多かったように思う。


 ただでさえ文章力が拙い僕なのだ。命のやり取りをしている最中に、咄嗟に上手い文章を思いつくのが、どれくらい難しいことか。

 ただパソコンや原稿用紙に向かっていたときとは、大きく異なる。

 でも。そんな経験を繰り返してきたからこそ、僕は――。


 少しだけ。ほんの少しだけ、文章が上手くなった実感を覚えていた。


 メルクに襲われたのが、もっと早かったら。

 最初からリリアやチュマーたちを利用しようなどと考えず、自らが動いていたら。

 きっと僕は経験が足りず、文章力を向上させることもできず、呆気なく敗北を喫していたかもしれない。


 メルク自身は、都合のいい駒か何かだと思っていたのだろう。

 でも、その駒が――自分自身の首を絞める原因となるのだ。


 先ほどの槍は、メルクに攻撃する手段として出したわけではない。

 ただメルクを屋上の隅へ誘い込むのと、もうひとつの文章に気づかれないためのカモフラージュである。


 メルクは絵を描く。

 火炎放射の紅蓮が、僕へと真っ直ぐに迫る。


 しかし。僕へ直撃する寸前で、綺麗に弾けて飛んだ。

 驚愕に目を見開くメルク。

 それも当然だろう。『床に刺さった槍がメルクへ迫って動き出す』と書いたときに、もうひとつ書いていた――『僕のすぐ前に透明なバリア』という文章に気づいていなかったのだから。


 メルクの弓矢の攻撃で、僕に攻撃が当たることをしっかりと確認させた上で。

 その直後に、攻撃手段となる文章の他、バリアを出現させる旨の文章も同時に書いていたのだ。


 半信半疑だった。

 ふたつの文章を同時に書くことができるのかどうか。

 その結果は――可能、だった。


 一文と認識されるのが、ちょうど文章の一区切りがついたとき。つまり、本来であれば句点がつくべき箇所まで書いたときだ。

 逆に言えば、その場所まで書かなければ一文と見なされない。

 それを利用し、ふたつの文章を一文字ずつ交互に書いていった。

 結果は――成功。


「な、何やの……ぇ?」


 そして、もうひとつ。

 先ほどの文章の、更に前。

『空からやりが降り注ぐ』と書いたときも、実はもうひとつ別の文章を書いていた。


 ――あと数分後に、屋上の隅の床が崩れ落ちる、と。


「な……そ、そん、きゃああっ!」


 ボロボロと、屋上の四隅の床がが崩れていく。

 一ヶ所でよかったのだが、隅と書いたせいで四ヶ所とも崩れてしまう結果になってしまったらしい。


 僕が隅に追い込んだせいで、メルクの足元が崩れることになり――。

 甲高い悲鳴をあげ、メルクは落下していく。

 その拍子に、手に持っていた大きな筆を落として。


 僕は駆け出す。

 全速力で、今までにない猛ダッシュで。


 そして――。


 落ちていくメルクの手首を、間一髪で掴んだ。

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