☆絵を描くのが好き
――メルク・リザー。
ここのお化け屋敷で初めて出会い、それから祭りなども一緒に見るようになった妖狐。
ラトンの姉で、少し変態っぽいけど、いい人だと思っていた。
なのに。
そんなメルクが、全ての元凶なのだと。
クティは、そう告げたのだ。
「わしも、最初は信じられんかった。でも確かに見たのじゃ……あやつが、ハーティーを串刺しにしたのを。あやつが、ハーティーに用済みだと言ったのを」
用済み。
ハーティーたちに人間へ復讐する方法を教えたのが本当にメルクなのだとしたら、もう人間へ復讐する必要がなくなったということだろうか。
いや、それは違うか。
現状を見て、僕は自分の考えを否定した。
むしろ、逆だ。
ハーティーたちに頼らず、自分で襲い始めたのだろう。
まだ確信はできないものの、クティの話だと、この惨事を起こしたのはメルクと見て間違いなさそうだ。
「何で、こんなことをするんでしょうか……」
「さあの。詳しくは分からぬが、あやつも人間を憎んでいる何かがあるのじゃろう」
確かに、クティの言う通りその可能性が一番高いような気はした。
でも。やっぱり、本人に話を聞かないことには分からない。
何を思って、こんなことをしているのか。
聞いたあとに、力づくでも止めてやらないと気が済まない。
「……メルクおねーちゃんは、どこいるとー?」
ふと。妙に落ち着いた様子で、ラトンが淡々とそう問いかける。
実の姉妹ではないとはいえ、姉である存在が全ての元凶だった割には、あまり驚いていないような気がするが……。
まあ、いいか。
メルクの居場所は、僕も知りたい。知らなくてはいけない。
「ホテルじゃよ。わしらが泊まっていた、あのホテルじゃ」
ホテル……?
まさか、そんなところに行っているなんて。
ということは、入り口の方向へ走って行かないといけなくなる。
あの大量の魔物が蔓延っている中、僕たちはホテルまで行けるのだろうか。
とはいえ、諦めるなどという選択肢が存在しない以上、どうあってでも行くしかないのだが。
「んー、しょうがない。あの子たちも頑張ってたし、今度はあたしが頑張る番でしょ」
この場に似つかわしくないほど明るい口調で言い、フーリーは立ち上がる。
そして――物陰から出た。
途端、魔物たちが一斉にこちらを振り向く。
「ふ、フーリー……? 何してるの?」
「だから、あたしが足止めしておくよ。あんなに魔物がいたら、みんな通りにくいでしょ?」
「で、でも、そんなの――」
「いいのいいの。一度、可愛い女の子たちを守ってみたかったんだよねー。心配しなくても大丈夫だよ。あたし、こう見えても強いから」
明るい口調から一転、フーリーは闘志を露にする。
オッドアイの片目が光り、今までとは想像もつかないような真剣な表情で。
指に嵌めた指輪が見えるように、自身の顔の前で手の甲を相手に向ける。
瞬間――。
指輪から、黄金の稲妻が走った。
「一通りやっつけたら追いつくから、早く行っちゃって。あ、あとでいっぱい褒めてね! 具体的にはぎゅーを所望するよ!」
最後の最後までフーリーはフーリーだな……そんな変わらない態度に、思わず苦笑が漏れる。
ここまで言ってくれているのだから、僕たちに託そうとしてくれているのだから。
その期待に応えなければ、フーリーの頑張りを踏みにじることになってしまう。
「……分かった。じゃあ、あとでね!」
言って、僕たちは駆け出す。
フーリーは笑顔で大きく手を振り――。
一匹のハイエナの魔物が、逃げる僕たちへ迫ってくるのが見えた。
しかし、フーリーの反応も決して遅くなかった。
「だめだよ、わんちゃん! もっとあたしのこと見てくれないとー! 今、あたしの大舞台なんだからさっ!」
冗談めかして叫びながら、手のひらを前に突き出す。
指輪から電撃の光線が放たれ、ハイエナに直撃。
黒焦げになり、その場に倒れてしまった。
まったくもって意外な話だが、フーリーは凄まじく強かった。
ああ、大丈夫だ。
これなら、安心して任せられる。
僕は心の中で呟き、ホテルのもとへ急いだ。
§
「はぁ、はぁ、はぁ……」
息を整える。
チュマー、リリア、フーリーのおかげで。
僕たち五人は、何とかホテルへと辿り着いた。
「ご主人ー、能力を使うことになるかもしれないから、筆になっておくなー」
「えっ? ああ、うん、分かった」
まず間違いなく、僕の能力は必須となるだろう。
筆の姿へと変わったシールを握り締め、一歩を踏み出す。
具体的に、何階のどの部屋にいるのかは分からない。
だから、隅々まで順番に確認していくしかないだろう。
あれだけ魔物が蔓延っていた遊園地内とは違い、ホテルの内部はとても静かだった。
不気味なほどに。不自然なほどに。
もしかして、僕たちを誘っている……?
何となくではあるが、そんな考えに至ってしまう。
一階、店の中なども調べたけど、いない。
二階、誰もいない。
三階、あまりにも静寂と化している。
四階、五階、六階……どの階層も、誰の姿もなかった。
階を増すごとに、徐々に疲労が積み重なっていく。
そうして、僕たちは――屋上の扉を開け放った。
……いた。
夜空を背に、柵にもたれかかってこちらを見ている妖狐の女性――メルクが。
「よう来てくれたなぁ……思っとったより早いやん。人数が少ないのは……みんなやられてしもたんかなぁ……?」
「やられてないよ。みんな僕たちに託して、魔物たちを足止めしてくれてるんだよ」
「へぇ……かっこええやん。さすがやねぇ」
僕の返答に、メルクはいつもと同じ態度で返す。
いつもと同じだからこそ、何だか調子が狂う。
本当に元凶だと言うなら、いっそのこともっと悪く態度を変えていてくれたほうがまだよかった。
と。メルクの横に立てかけてあるものに視線を移す。
大きな筆だ。僕の今の身長よりも大きい。
もしかして、僕と同じでメルクも筆を使って戦うというのだろうか。
「リオンたちには話したことあるやろ? うち、絵を描くのが好きなんやって。好きすぎて、好きすぎてなぁ……自分の戦い方まで、絵に頼るようになってしもてなぁ」
言いながら、大きな筆を持つ。
頭上でくるりと回転させ、筆先を屋上の床につけ――。
絵を描いた。
「好きすぎて、好きすぎて……自分の絵を、具現化できるようになったんや」
その言葉を言い終えるが早いか、突如として床の絵が動き出した。
そして。
ライオンのような絵が、僕たちへ殺意を向け始めたのだった。




