☆全ての元凶
ハーティー・スローンが亡くなり。
誰一人かける言葉もないまま、僕たちは壁の外に出た。
仲間が一人失われてしまったのだ。
リリアとチュマーの悲しみは、想像に難くない。
だけど。あまり関係が深くすらない僕じゃ、あまり無責任な励ましを送ることもできずにいた。
そろそろ祭りが終わった頃だろうか。
結局ハーティーが誰にやられたのかは分からずじまいだったし、とりあえず戻ろうか――と、一歩踏み出したとき。
獣の呻き声のようなものが聞こえた。
その呻き声は徐々に近づき――。
突然目の前に、虎や豹、そして狼のような大きな猛獣が三体も現れた。
どれも目が赤く血走っており、こちらへ明確な殺意だけを向けている。
後ろは穴が開いた壁があるだけで行き止まり、前は大きな猛獣に囲まれている現状。
まさに、絶体絶命というやつだった。
何だ。何なんだ、これ。
さっきまで平和な遊園地だったのに、どうして急にこんなことになっているのか。
街が襲われたときとは違い、リリアやチュマーとはずっと一緒に行動していた。
ハーティーは何者かによって死亡したため、今回はこの三人の仕業ではないだろう。
それなら、この猛獣は一体何だというのか。
まさか勝手にこんな場所に現れるとも思えないし、もしかして――ハーティーがやられたのと同一人物の仕業なのだろうか。
「……あなたたち、大変よ。次から次へと魔物が集まってきているわ」
飛び立って空から遊園地内を見回したリリアが、淡々と言った瞬間。
鳥のような甲高い鳴き声が聞こえたかと思うと。
空を、無数の鳥が覆い尽くした。
鴉、鷹、鷲、隼、梟……ありとあらゆる翼を持つ魔物たちが無数に。
何なんだ、これは。
先ほどと同じ問いを繰り返すも、答えなんてものは一向に返ってこない。
まるで――世界の終焉。
その言葉がしっくりくるかのような、異様な光景だった。
「さっきまでいた人たちは、どうなってるの?」
「……いないわ。誰一人としてね」
僕がかろうじて呟いた問いに、リリアは淡々と答えた。
祭り中はあんなにもたくさんの人々がいたのに、突然みんなが消え失せたとでもいうのか。
避難が完了しているのならそれでいいが、それにしては悲鳴らしきものが一切聞こえず、避難するにしても早すぎる気がする。
いや、考えるのはあとだ。
今はとにかく、この場を切り抜ける方法を考えなくては。
そうして、思案を巡らせた――刹那。
紫色の霧のようなものが、虎の魔物を切り裂いた。
けたたましい悲鳴をあげ、その場に倒れる虎。
切り裂かれた体から、赤黒い鮮血が迸る。
虎が倒れたことで、虎の後ろにあったものが見えるようになった。
一人の少女が空中に浮き、その小さな手には大きく禍々しい杖を握っていた。
白く長い髪。
赤く光る大きな瞳。
背は低く顔立ちも幼いが、その表情には確かな戦意に満ちていた。
僕が知っているものとは、かなり違う。
だけど、間違いない。
あの少女は――クティノス・ディールだった。
「クティ……」
呆然と、その名を呟く。
祭りの途中で突然どこかへ立ち去り、どうしているのかと思っていたが……。
こんなところで、助けに来てくれるだなんて。
「話はあとじゃ。とにかく逃げ――」
言葉を最後まで発する前に、空から鷹に襲われ、間一髪で回避。
確かに、こんな状況ではまともに話すらできない。
「はぁ……しょうがないわね。空は任せなさい。いくら鳥が何匹いても、こちらにも無数のコウモリがいるわ」
そう言って、どこからともなく大量のコウモリを呼び寄せるリリア。
街を襲われたときは厄介で仕方がなかったが、今こうして共闘する立場であれば、これ以上ないほどに心強かった。
「だったら、うちも残るか。まあ別にあんたらを助けるつもりなんてないけど、こんなに強そうな魔物と戦える機会もあんまりないだろうし。あんたらは早く行きなよ」
腰を落とし、爪を長く尖らせるチュマー。
もしかして、二人とも……。
いや、違う。違うと思いたい。
いくら仲間のハーティーがなくなったからって、まさかそんな――。
「ほら、足止めしてる間に早く行けって言ってんの。あとのことは、あんたらに託してやるから」
そう言ったチュマーは、小さく、ほんの少しだけ、微笑んだ気がした。
こうして躊躇っている間にも、また新たに別の大きな魔物が現れる。
本当に早く行かないと、僕たちも先に進むことができなくなってしまうだろう。
「……分かった。絶対、やられないでね」
最後に告げ、僕たちは駆け出す。
小さく頷きを返してくれた、リリアとチュマーを残して。
§
「クティちゃん、あのときどこ行ってたの?」
物陰に隠れ、蔓延っている無数の魔物たちの様子を窺いながら。
フーリーが小声で問いかけた。
「少し、怪しい人影が見えたのでな。行ってみると、ハーティー・スローンがおった」
まさか、ここでハーティーが出てくるとは思わなかった。
驚く僕たちに構わず、更に語りだす。
「実を言うと、わしがおぬしらに近づいたのは、おぬしらのことが気になったとかそんな理由じゃないのじゃ。ハーティーたちの、人間に復讐するという野望を阻止するためだったんじゃ。そのために、奴らと戦って勝利したおぬしらなら、何とかなるかも……と思うてな」
そうだったのか。
勝利したと言えるのかどうかは分からないが、それでも撃退できたことに変わりはない。
クティも、最初からあの三人が人間を狙っていることは知っていたのか。
「そ、それじゃ、ハーティーさんをやったのは……」
「わしではない。その場にいたのは確かじゃが……ハーティーたちの後ろに、全ての元凶となった人物が一人いたようじゃな。すまん、そやつに襲われて、自分の身だけで精一杯で、ハーティーを守ることができんかった……」
ククルの控えめな問いに、クティは心底申し訳なさそうにそう言った。
野望を阻止すると言っていたけど、それでも守ろうとはしてくれたのか。
クティは何も悪くない。悪いのは――ハーティーを殺した、その元凶とやらだ。
「だ、誰……なんですか? その元凶って……」
再び、ククルは問う。
クティは瞑目し、暫しの逡巡を見せたのち。
その名を、発した。
「――メルク・リザー」




