お姉ちゃんみたいな人
「……ん? そこで何しよーと?」
僕とクティが身を隠していた部屋に突然入ってきた、狐耳の少女。
僕たちの存在に気づくや否や、首を傾げて問いかけてくる。
容姿相応に可愛らしい声ではあったが、どこか少し訛っていた。
「ひぃ……よよ、妖狐のもののののけ――」
「失礼だからやめなさい」
怯えて変なことを言い出すクティを、僕は半眼で制する。
どこからどう見ても生きているし、物の怪なんて言ったら失礼にもほどがある。
しかし、少女は気にした様子もなく、笑顔で自身の狐耳を触り始めた。
「あー、気にせんでよか。これ生まれつきのものやけん、慣れてくれると嬉しかね」
コテコテの方言だが、まあ何を言っているのかは分かるので問題ない。
それにしても、容姿や声は幼い感じだけど、何だか喋り方は少し大人っぽいような気がする。
耳や尻尾があることからも想像はつくが、生まれつきということはやはり妖狐の種族ということだろう。
既に何回も人間以外の種族と出会っているのだから、今更驚いたりはしない。
「ほら、謝って。クティ」
「な、何でわしが……元はといえば、こやつが突然ここに――」
「謝って」
「……す、すまんかった」
失礼な態度をとったクティを、何とか謝らせることに成功した。
何で僕が母親みたいになっているのだろうか。
「えへへ、大丈夫ばい。それにしても、二人はどげんしたと?」
「クティ……えっと、この子が恐怖のあまりここに逃げてきちゃって」
「ばっ、捏造するでない!」
「いや本当のことでしょ!?」
何が捏造なものか。そんなに怖がっていると思われたくないのか。
少女はニコニコしたまま、僕とクティを交互に見やる。
そして、眩しい笑顔を浮かべて言った。
「仲がよくて羨ましかっ」
途端、思わず僕たちは顔を見合わせる。
仲がいいと言えるほど付き合いは長くない……というか、そもそも今日が初対面だったのだが。
でも、その割にはシールたちと同じように接することができているのも事実。
んー、まあ、仲がよくなれてはいる……のかな。
「わたす、ラトン・ルナール。よろしゅーばい」
少女――ラトンはそう名乗り、再び満面の笑みを向けてきた。
そこで、僕とクティの二人も順番に名乗っていく。
つくづく、出会いというのはいつ起こるのか分からないものだ。
そうして、ようやくお互いの名前を知れたとき。
またしても、この部屋の扉が開く音が聞こえた。
訝しみ、振り向くと――一人の女性が、辺りをきょろきょろと見回しながら入ってきていた。
思わず、ラトンと、その女性の姿を交互に見比べてしまう。
ラトンよりも色素の薄い黄色の長髪は、後ろで二つに結んでいる。
女性にしては背が高く、顔立ちもとても整っていてかなりの美人だ。
胸元がはだけた和服に身を包み、豊満すぎる谷間が際どく露出している。
そして、ラトン同様に狐耳と尻尾が生えていたのだった。
「……あっ、ラトン。こんなとこにいたんやねぇ……って、その子たちは何やの?」
ラトンの姿を視認するや否や、京都弁のようなイントネーションで問いかけてくる。
どちらも狐耳があるということは、やはり二人とも妖狐ということだろう。
それだけでなく、どこか少し雰囲気が似ている気がするのは気のせいだろうか。
などと考えていたら、ラトンが立ち上がって説明を始めてくれた。
「今出会った、新しい友達ばい! リオンおねーちゃん、クティおねーちゃん、この人はメルク・リザー。わたすのおねーちゃんみたいな人ばい」
明らかに僕たちのほうが年下っぽい容姿だというのに、お姉ちゃん呼びはどうなのかと思ったが、そんな疑問はそのあとに発せられた言葉に全て持っていかれてしまった。
実の姉妹、なのだろうか。それにしては、お姉ちゃん『みたいな人』という言い方に少し引っかかる。
しかも、どうやら苗字まで違うようだし。
「うちはメルク・リザーいうてなぁ……苗字もちゃうし、実の姉妹とちゃうねん。この子、ラトンは孤児育ちでなぁ……幼い頃にうちが拾ったから、お姉ちゃんみたいな人、いうことやね」
メルクの穏やかな口調での説明で、得心がいった。
孤児育ち、か。今はこうして明るい性格に育っているようだが、それもメルクのおかげなのかもしれない。
「……でも、それ初対面の僕たちに話してもいいんですか?」
「ん~? だって、ラトンの友達になってくれたんやろ? そないな子たちに隠し事なんてしたないし、悪い子たちにも見えへんかったからなぁ。それと、うちにも敬語なんて使わんでええよ」
「あ、ありがとう」
ここまで正直に言われてしまうと、何だか照れ臭い。
だけど、やっぱり嬉しい。予想外にもほどがある出会いだったが、今日はお化け屋敷に来てよかったとすら感じる。
そんな実感に、思わず頬が緩んでしまっていると。
不意に、メルクは更に続けてきた。
「その代わりって言ったら何やけど……うちのお願い、聞いてくれへん?」
「何じゃ、お願いってのは」
クティが、警戒を隠すことなく問い返す。
すると――穏やかな笑顔のまま、なおかつ少し頬を朱に染めて言ってきた。
「裸、見せてほしいんやわ」
「…………………………はぇ?」
思わず、素っ頓狂な声が漏れる。
無意識に口角が引きつり、 僕の聞き間違えであることを求めてメルクを見上げる。
しかし、返ってきたのは恍惚とした表情での興奮を隠そうともしない言葉だった。
「うち、絵ぇ描くの好きなんやけど、やっぱり女の子の裸が一番美しいと思うんよ。どうせ描くなら、美しいもの、そして自分が好きなもののほうがええやろ? 見たところ二人はまだ幼いみたいやけど、そういう育ち盛りで未成熟な体ってのも、また可愛らしさと美しさがあって素敵なんやで。しかも、そないなぷにぷにすべすべとした綺麗な肌は、若いうちにしか持てへん宝もんやしなぁ。描かせてくれたら、一生うちの部屋で大事に保管するで。それに、お礼でうちがたっぷり気持ちよくするで……もちろん、うちがリードしたるからなぁ」
凄まじい早口で、次々とまくし立ててくる。
さっきまでの穏やかで優しげな雰囲気が一転して、今はただの変態な芸術家みたいだった。
端的に言って、ものすごく怖い。
「い、いや、それはいいから……」
「ほら、遠慮せんと。自分で脱ぐのが恥ずかしいなら、うちが優しく脱がしたる」
「ちょっ、待っ――」
僕の制止の声も聞かず、一気ににじり寄ってきたかと思えば、僕の裾に手をかける。
そうして服をたくし上げようとしてきたため、全力で服を押さえて脱がされないようにするのが精一杯だった。
でも今の僕じゃ、明らかにメルクのほうが力が強く、へその辺りは完全に外気に触れてしまっている。
途中からクティも参戦して止めようとしてくれたが、興奮したメルクは一切止まってはくれない。
若干、涙目になりながら必死に堪えていると――。
「……メルクおねーちゃん……あとでお仕置き、してほしいと?」
ゾクっと、体が震えた気がした。
おずおずと声がしたほうを振り向くと、ラトンが笑顔を貼りつけたままメルクをじっと見据えている。
その笑顔は、さっきまでの明るいものではなく、全身に鳥肌が立つほどのおぞましい怒りのようなものが滲み出ていた。
「ら、ラトン……。も、もちろんしてほし……あ、いや。ちゃうちゃう。してほしいわけないやろ、むしろうちがおしおきする側やで、ラトン。邪魔せんといて」
「……メルクおねーちゃん……わたす、今怒りよーの、分かる?」
「ひゃ、ひゃいっ」
あれ、何だかおかしいな。
ラトンが怒っているのは火を見るより明らかだが、それに対するメルクの反応が。
僕たちに迫っていたとき以上に、頬が赤く染まり、恍惚とした表情が強まっているような気がした。
「……それじゃ、あとでたっぷり話ばせなね。えへへ、リオンおねーちゃんとクティおねーちゃん、また会おうばい!」
そう言って、大きく手を振って二人は部屋から出て行った。
は、話って、一体どんな話をするというのか。想像するだけで、まだ全身の鳥肌が治まらなかった。




