自慢の妹
「……つ、ぁ……ッ」
そう呻くハーティーの腕は、真っ黒に焼け焦げていた。
他でもない、ククルが吐いた火炎によって。
確かに、炎だ。
カウさんがリリアに対して吐いていたものと、ほとんど同じような。
あんなに、何度も炎を吐けなくて苦戦していたというのに。
「はぁ、はぁ、はぁ……え?」
当の本人であるククルも、何が起きたのか分かっていないのか息を乱れさせながら怪訝そうな表情でハーティーを見つめていた。
それくらい、自分の口から炎を吐いたという事実が信じられないのだろう。
何年生きてきたのかは知らないが、今まで一度もできなかったのなら無理もない。
「オマエ……人間じゃないのカッ」
焼けた腕を押さえながら、ククルを殺意に満ちた瞳で睨みつける。
その鬼のような形相に怯んでしまうククルだったが、それも一瞬のこと。
すぐに頭を左右に振り、ハーティーを睨み返した。
「どうして、人間の味方をすルッ!?」
「……確かに、私は人間ではありません。あなたたちが何で人間を憎んでいるのかは分かりませんけど……少なくともリオンさんたちは、こんな私でも受け入れてくれた大切な友達で家族なんです。そこに、種族の違いなんて何の関係もない。私は、リオンさんたちが――人間のみんなが、大好きですから」
そう言って、ククルは静かに微笑んだ。
穢れた心さえも浄化してしまえそうな、優しくて温かな笑みだった。
視界がぼやけたような気がした。
まさか、ククルが僕たちのことを、人間のことをそこまで想ってくれていたなんて。
体の痛みすら忘れ、思わずククルの微笑に見とれ――。
「……うるさイ」
ふと、唸るような呟きが漏れた。
ククルの言葉を受け、俯き気味となったハーティーの口から。
強く歯噛みし、咆哮のような叫び声をあげた。
「人間なんか、ワタシたちを傷つけるだけダ……ッ! 自分が傷つく前に、その根源を潰すのは当然のことダロッ!」
ここまでの強い憎悪を抱くには、一体どんな仕打ちを受けてくればいいのか。
生憎と、僕には想像すらできなかった。
おそらく、リリアもチュマーも、それぞれ相応の事情があるのだろう。
こうして人間を襲うに至った、酷い憎しみを植えつけられるような事情が。
だけど――言ってしまえば、それは全て僕たちには関係のない話だ。
あくまで、やつあたりでしかない。
でも、強く責めることも、なぜかできなかった。
「――そこまでよ」
不意に。空から声が聞こえ、頭上を見上げると。
羽を生やしたカウさんが、ゆっくりと降下してきているのが見えた。
今こうして戻ってきたということは、リリアに勝利したと見て間違いないだろう。
僕が筆の能力で動きを止めたとはいえ、さすがはククルの姉だ。
「何ダ……オマエも邪魔をする気カ……ッ」
「戦いたいなら、もちろんあたしが相手になってやるわ。でも、あたしとククルは龍族の姉妹なんだけど、それを承知でやるってことなのよね?」
「……どういう、意味ダ」
訝しげに眉根を寄せるハーティーに、カウさんは深々と溜め息を漏らす。
そして、びしっと人差し指を向け、言い放った。
「これ以上、この街の人間と、妹の仲間を襲うようなら――龍族総出であんたたちを襲い返してやるわ。たぶん百人近くはいると思うけど……龍族の里全体を相手にする覚悟があるの?」
「な……ッ」
ハーティーが驚愕に目を見開く。
龍族が総出で……? 彼女たちにとっては、あくまで人間の問題でしかないのに、どうしてそこまでしてくれるのか。
それに、妹の仲間を、か。
あんなに『あたしには関係ない』という態度だったというのに、気づけばカウさんも僕たちの仲間の一人になっていたというわけだ。
それはそうか。ククルの姉が、悪い人なわけないから。
「……ワタシ一人では、判断できなイ。ここは、見逃してやル。でも、絶対いつか人間を滅ぼしてやるから覚えてロ」
そう言い残し、ハーティーは立ち去っていく。
最後の一言でまだ完全に危機が去ったわけではないことを突きつけられたような気がするが、とりあえずはカウさんのおかげで助かった。
もし、さっきカウさんが来てくれていなかったらどうなっていたか。考えることすら憚られる。
「お、お姉ちゃん……本気なの? 龍族が総出って……」
「ああ、あれ? 嘘に決まってるじゃない」
「……へ?」
「自分たちが直接関わっているわけじゃないのに、こんなことで動いてくれるわけないでしょうが。時には嘘をつくことも大切なのよ、覚えておきなさい」
「は、はぁ……」
ククルは何とも言えない表情で、口角が引きつってしまっていた。
騒動を治めるために、そんな嘘をついてくれたのか。
「あ、それと。街の人間たちは無事よ。ただ眠っていただけみたいだわ」
「そうなの? よかったぁ……」
カウさんの言葉に、ククルは胸を撫で下ろす。
あんなに大勢の人たちが死んでしまっていたらどうしようと思っていたが、生きているならよかった。
滅ぼすとか言っていたけど、殺すことまではしていなかったらしい。
何だか矛盾しているような気さえするが……僕たちがいたからかもしれない。
先に住民を眠らせ、その間に邪魔者を排除する。
おそらく、そんな感じだろう。
「あ、あの、お姉ちゃん……」
「見てたわよ。あんた、炎を吐けるようになったみたいね」
おずおずと声をかけるククルを途中で遮り、カウさんは微笑んでみせた。
そして――。
「よくやったわ。あんたは、あたしの自慢の妹よ」
――優しく、頭を撫でた。
一瞬きょとんとするククルだったが、徐々に涙を溢れさせ、やがて嗚咽を噛み殺すこともできずに大きな声で泣き始めた。
ああ。何だ。
ちゃんと優しくて、いい姉妹じゃないか。
二人で抱き合う姿を見て、僕は自然と口角が上がっていくのを止められなかった。
「お、お姉ちゃん、私……リオンさんたちと、一緒にいたい……。弱いし、何の役にも立てないかもしれないけど、それでも……」
「はぁ……炎を吐けるようになっても、ネガティブなところは変わらないわね。分かったわ。あんなに強いところと、絆を見せつけられたら、断れるわけないでしょうが」
「……っ! う、わぁぁああ、ありがと、あいあと、おねえじゃああああ」
「ちょっ、あんた泣きすぎだし抱きつきすぎ……って、鼻水出てんじゃない……っ! ああ、もう、しょうがないわねっ!」
この日。
突然の襲撃に見舞われた僕たちだったが。
ずっと仲違いしていた姉妹が、ようやくひとつになれたのだった。




