リリアと同じ技で
「はぁ、はぁ、はぁ……」
緊張の糸が切れたのか、自分でも驚くくらい乱れた息が漏れる。
いや、もちろん緊張だけではない。
僕の首から数ミリ程度しか離れていないところで、チュマーの爪がぴたりと動きを止めていたのだから。
あそらく、あと一秒。
いや、あと一瞬だけ遅ければ、僕の首は今頃切り裂かれていただろう。
だけど、そうなっていないということは。
僕の攻撃は、何とか成功したということに他ならない。
「く……なに、したの……? 何で、動け、ないの……っ」
歯を強く噛み締め、必死に爪を動かそうとしているけど。
何をしても全く動けていないのは、僕が書いた文章のおかげか。
とはいえ、別に取り立てて口にするほど変わったことを書いたわけではない。
そもそも、僕の稚拙な文章力や貧困な語彙力、そして未熟な発想力では、どうしても思いつく文章に限りがあるのだ。
この危機的状況で、僕の頭でも咄嗟に思い浮かんでくれたのは。
『金縛り』という、ひとつの単語だけだったのである。
そう――『チュマーにかなしばりが起きる』と。
そう書いただけだ。
『縛』という漢字は画数が多いため、急がなくてはいけない状況では平仮名になってしまったが、何とか上手くいったらしい。
「ごめんね。君は足が速いし、いちいち素早いから……こうして動きを止めるしかなかったんだ」
ゆっくりと立ち上がり、そう説明する。
軽々と避けてしまう俊敏なチュマーに、どんな攻撃が当たるか。
僕はそればかり考えたけど、全く思い浮かんではくれなかった。
だから、考え方を変えてみた。
ひたすら攻撃を当てようとしても、容易く躱されてしまうのだから意味がない。
だけど。当の本人が動けなくなってしまえば、どんな攻撃であっても吸い込まれるように当たってくれるだろう。
なんて。ドヤ顔で説明するほど、大したことをしたわけでもないが。
動けなくするくらいなら、金縛りという単語を使えばいいだけだから、文章力のない僕でも無事に成功できた。
一時は本当に死を諦めかけてしまったものだが、諦めなくてよかったとつくづく思う。
「く……絶対、あんたは許さない……ッ」
体は不動のまま、強い殺意だけを僕に向けてくる。
何だか、この一回だけで凄まじい恨みを買ってしまったらしい。
それにしても、ここからどうするか。
動きを止めたはいいものの、結局どんな攻撃をするべきかはまだ考えてすらいないことに気づいてしまった。
思案を巡らしながら、ふと斜め上を見上げる。
高い空の向こうには、未だに二人が激しい戦闘を繰り広げていた。
言わずもがな、口から火炎を吐くカウさんと、無数のコウモリを飛び回らせたり槍を投げるリリアの二人だ。
「そう言えば、リリアの仲間なんだよね?」
「……だったら、なに」
「じゃあ、リリアと同じ技で倒させてもらうね」
チュマーの応答で、事実なのだとおおよそ察しがついた。
再度、僕は筆先を虚空に走らせ、文章を紡いでいく。
『コウモリが来て血を吸血する』
直後、どこからともなく突然コウモリが現れ――何もせずに通り過ぎ、どこかへ飛び去っていた。
……あれ? あれ?
僕が想定していないものとは全く違うな……。
「何でっ!?」
「ご主人ー、頭痛が痛いみたいになってるぞー?」
「雰囲気で察してくれないかなっ!?」
今更ではあるのだが、たとえ文法的におかしくても大体は分かるだろう。分かってください、頼むから。
国語の授業か。
「……ふざけてんの?」
「いや、違っ……僕だって好きで失敗してるわけじゃなくて」
なんだか冷たい眼差しで睨まれ、僕はしどろもどろになりながらも否定する。
せっかく無事に動きを止めることに成功し、格好つけたばかりだというのに。
むしろ、かなり格好悪くなってしまったじゃないか。自分の能力に辱められるとは。
「くう……」
悔しさに唸り、僕は書き直す。
もう指摘などされないよう、できるだけ細かく正確にを心がけて。
『リリアのと同じ吸血コウモリがチュマーの体に乗って血を吸う』
刹那。再びどこからともなくコウモリが出現し、僕の想定通りチュマーの華奢な肩の上に止まった。
そして顔を近づけ、血を吸った瞬間。
チュマーは突然気を失い、その場に倒れてしまう。
どうやら、意識が途切れたことで金縛りも解除されたようだ。
よかった。
もしかしたら血を吸うだけで気を失ったりはしないかもしれないと危惧していたのだが、『リリアのと同じ』と書いたことで、能力まで同じものになったのだろう。
短い文章を書いただけなのに、妙に疲れてしまった。
「ご主人ー、この子はどうするんだー?」
「うーん……とりあえず拘束しておくか」
目を覚ましたときに、また何か悪さをしでかすといけない。
僕は筆で太い縄を出現させ、近くに生えていた木に縛りつけた。
フーリーとククルが今どうしているのかも気になるし、他に仲間がいないとも限らない。
リリアは……まだカウさんが必死に食い止めてくれている。
空中戦が長引いているし、リリアもかなりの実力者なのだろう。
筆の力なら、戦闘に割り込んでリリアを攻撃することは可能かもしれない。
だけど、そうしたらリリアの標的はカウさんだけでなく僕にまで注がれてしまう羽目になる可能性は高い。
そうなった場合、チュマーのときほど上手くいく自信はないし、下手したら僕がやられてしまう可能性も、カウさんが僕を守りながら戦う羽目になる可能性も大いに有り得る。
なんて。ついさっきまでは、そう思っていたけど。
そういった状況に成り得るのは、僕が邪魔をしているのだと、リリアが認識できた場合に限る。
つまり――バレなければ問題はない、ということだ。
今リリアは、カウさんとの戦闘に集中しており、こちらを窺っている暇はないように見える。
そっと木に身を隠し、筆先を虚空に向けた。
『リリアは金縛りで動けなくなる』
隠れたまま、空中の様子を確認してみると。
喫驚して動きを止めるリリアと、訳が分からないなりに好機とばかりに攻めるカウさんが見えた。
きっと今、リリアもカウさんも何が起きているのか本気で分かっていないだろう。
そもそも、あの二人は僕の能力を知らないはずだし、無理もないことではあるのだが。
それにしても……金縛りって、かなり強い単語かもしれない。
確かな収穫を実感し、僕はフーリーとククルのもとへ急いだ。




