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転生幼女くんは文章が上手くなりたい  作者: 果実夢想
四筆【龍族姉妹は強弱を履き違える】
30/50

もういいよ、つまんないから

 チュマー・ガット。

 突然現れ、僕たちに襲いかかってきた猫耳の小柄な少女。

 かなり身軽で、素早い動きを持っていることは、第一印象の時点ですぐに分かった。


 一方で、僕にできるのは筆で文章を紡ぎ、何かしらを具現化することのみ。

 当然、直接的な殴り合いなどの肉弾戦は不可能にも等しい。

 少なくとも、今の女の姿ではチュマーでなくても勝てやしないだろう。


 そうなると、少しでも書く余裕を得るために、できるだけ相手から離れたほうがいい。

 そう思い、踵を返して駆け出したのだが。


「逃げられると思わないで……うちから」


 そんな声に、肩越しに振り返ると。

 数センチ程度のすぐ真後ろに、長い爪を構えたチュマーが迫ってきていた。

 驚愕する暇すらなく、その爪で僕の背中が引っ掻かれてしまう。


「く……つぁ……ッ」


 鋭い痛みに顔を顰め、近くにあった木の幹に身を隠す。

 あの俊敏な少女から逃げられるなどとは到底思っていなかったが、僕の足じゃ一瞬で追いつかれてしまう。

 もちろんチュマーが異様に速すぎるのだが、幼女になったことで歩幅も狭くなり、余計に僕とチュマーの差が歴然となってしまっているのだろう。


「なに……? そんなので隠れてるつもり? ふぁ~あ……あんまり退屈させないでよ、また眠くなっちゃうから」


 余裕綽々といった様子で、チュマーは僕が隠れている木に向かって気怠げな声を発する。

 隠れるつもりなんて、最初から想定すらしていない。

 ドラゴン姿のククルと戦ったときとは違い、逃げてもすぐ追いつかれてしまうチュマーが相手では、完全に身を隠すことなど不可能だと分かっているから。


 でも、僕にはそれで充分だ。

 とりあえず、文章を書く時間さえあれば。



     『チュマーの上に岩石が降る』



 僕が虚空にそう書くと、突然空に大きな岩が出現し、チュマーへ目がけて真っ直ぐ落下した。

 しかし――。


「……んあ?」


 そんな素っ頓狂な声が漏れたかと思えば、軽々と背後に跳んで回避した。

 まるで他愛のないものみたいに、ぴくりとも表情を動かさず。


「……なに、これ? もしかして、あんたのしわざ?」


 抑揚のない声色で、あくびを噛み殺したように言う。

 今ので上手くいくとまでは思っていなかったとはいえ、あんなに容易く避けられてしまうとは。


 やはり、ククルのときとは違うか。

 小柄ということは当たる的が突然小さく、その上かなり軽やかな身のこなし。

 僕の未熟な文章力では、チュマーを打倒できる攻撃を生み出せる気がしなかった。


「ふーん……どうやったのか知んないけど、そんなんじゃ無駄」


 退屈そうに言い、僕のすぐ真後ろにある木の幹を垂直に駆け登った。

 そして、木の上に乗り――僕へ目がけて素早く落下。

 落ちながら腕を交差させることで、長い爪で僕の肉体を裂きながら。


「く……ッ」


 体中に走る鋭い痛みに顔を顰め、膝をつく。

 既に服は所々が破け、そこから覗く傷口には血が滲んでいた。


「もういいよ、つまんないから。早く終わらそ」


 どこまでも退屈そうに、淡々と独り言のように言う。

 かなり強い能力のあるシールという筆を持っていながら、こんなにも不甲斐ない自分がただただ悔しい。


 カウさんは今、リリアと戦闘中。

 フーリーとククルは、他の住人を避難させるために移動中。

 こんな状況で都合よく助けが来るとは、到底思えない。

 そして、未だにそうやって誰かの助けを求めてしまっていること自体にも、また嫌気が差す。


 だめだ、そんな弱気でいたら。

 ククルだって、勇気を振り絞って強くなろうとしている。

 あの二人は、僕を信じて避難に専念してくれている。

 だというのに、その僕が諦めてしまってどうするっていうんだ。


 考えろ。足りない脳みそで、必死に捻り出せ。

 岩石でなくとも、おそらくこちらの攻撃は軽々と避けてしまうだろう。

 そんな素早い少女にも躱されることなく直撃し、その上、反撃されたりする恐れのない攻撃なんて――。


「……っ!」


 あった、かもしれない。

 攻撃と言えるものなのかは分からないし、そもそも上手くいくかどうかも分からない。

 だけど、今は躊躇っている暇すらないのだ。


 僕は筆を握り締め、虚空に向ける。

 相手は、すぐ目の前にいる。攻撃されれば、僕に届くまで一秒もかからない距離だ。

 でも、この一文だけ。

 ほんの数文字程度、せめて最後まで――。


「なに、してんの? よく分かんないけど、うちの前でいい度胸だね」


 チュマーは、不機嫌そうに薄らと眉間に皺を寄せる。

 彼女の顔の前で、透明な爪がきらっと光ったような気がした。


 僕が紡いだ文字が、空中に浮かんでいく。

 一文字、一文字、順番に。


 しかし、黙って見ているだけのチュマーではない。

 地を蹴って駆け出し、僕の首を掻っ切るように、長い爪を薙ぎ払う。


 急げ。急げ。あと少し。

 文字を書いていく度に、チュマーの爪は凄まじい勢いで迫ってくる。


 そして。

 チュマーの爪は、僕の首を――。




 掻っ切る、その寸前で。

 ぴたりと、動きを止めた。

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