☆戦いは、楽しいこと
コウモリによる被害は予想を遥かに絶しており、住民を避難させるべく街中を歩いてみれば、色々なところで人々が気を失っていた。
おそらく、全員コウモリに血を吸われてしまった人たちだろう。
まだ血を吸われておらず、何とか意識がある人たちは街の外に出るよう告げたりと、避難を誘導させるだけで充分だ。
とりあえず、気を失っている人たちを安全な場所まで運ばなくてはいけない。
とは言っても、どこか安全なのか定かではないのだが。
今の僕は容姿相応で、男だったときより力は弱まってしまっている。
いくら三人四人いたとしても、女の子だけでは意識のない人物を運ぶのは難しい。当然、太っている人や大きな男性などもいるのだから。
だから、僕は筆の力で担架を出現させた。
担架という単語自体は知っていたため、いつもみたいに想定外のものではなく、無事に思い描いたものと近しいものが出てきてくれた。
それでも苦労することに変わりはないが、今はそんなことも言っていられない。
全員で力を合わせ、次々と街の外まで運んでいった。
ふと、頭上を見上げる。
カウさんとリリアの二人が空を飛び、戦闘を繰り広げていた。
炎を吐き、攻撃するカウさんに対し、リリアは飛び回ることで躱す。
しかし、ただ逃げているだけでなく、飛び回りながらもカウさんのほうへコウモリを迫らせたり、槍を投げたりといった攻撃も行っている。
まさに、一進一退の攻防。
カウさんは龍族の中でも実力者なのだとククルから聞いたことはあったが、相手のリリアも手練れであることは見ただけで分かった。
戦況は気になってしまうが、見てばかりもいられない。
僕たちは、さっさと避難を終わらせてしまわないと――。
「……ふぁ~あ。頑張るねぇ……」
――不意に、背後から気怠げな声が聞こえた。
だというのに、振り向いても誰の姿もない。
気のせいか……と思い直し、前を向き直ろうとした、途端に。
すぐ真上から、奇妙な物音。
訝しみ、再び頭上を見上げると――。
木の枝の上に、少女が眠っていた。
いくら小柄な少女と言えど、枝は一人の人間を支えられるほど頑丈にはできていない。
やがてミシミシと音をたて、数秒と経たないうちに折れてしまう。
「危なっ――」
咄嗟に叫んでしまう僕だったが、少女は意にも介さず。
見事な受身をとり、着地を決め込んだのだった。
「ふぁ~あ……えっと、何だっけ……? ああ、そうそう。うち、ここの人間を滅ぼしに来たんだった」
眠そうな顔で、何でもないことかのように呟く。
十代前半くらいの、幼い少女だ。
ウェーブがかった茶色のロングヘアーに、とても小柄な体躯。
そして、頭部には猫耳が、臀部には尻尾が生えていた。
人間を滅ぼす。それは、リリアが言っていたのと同じだ。
ということは、この子はリリアの仲間と見て間違いないだろう。
一人かと思っていたのに、まさかもう一人いただなんて。
「んー……チュマー・ガット、うちの名前。好きなのは、寝ることと楽しいこと。それ以外は、興味ない」
いきなり聞いてもいないことを気怠げな様子で語り始める。
かと思っていたら、長い袖から手首より上だけを出し。
みるみるうちに、指の爪が伸びていく。鋭利に、手のひらの全長よりも長く。
「でも、戦いは、楽しいこと。邪魔するやつがいたら好きにしたらいいって言ってた。だから、うちは好きに――殺し合いすることにした」
気怠げな態度は崩さないまま言い放ち、突如として駆け出す。
真っ直ぐ、僕のほうへ。
僕の眼前まで肉薄するのに、一秒もかからなかったと思う。
それくらい素早く、僕の目では瞬間移動したようにすら感じられた。
だから、咄嗟に顔を傾け、頬を引っ掻かれるだけで済ませるのが精一杯だった。
「……痛ッ」
血が滲む頬に、そっと手を押さえる。
まるで刃物で斬られたかのような、鋭い痛みだ。
「だ、大丈夫ですかっ?」
ククルは慌てて駆け寄り、心配そうな目で見てくる。
確かに痛むが、咄嗟に躱したおかげで、そこまでの重傷にはならずに済んだ。
僕は少女――チュマーを睨みつけたまま、ククルとフーリーの二人に告げる。
「ここは僕がやるから……二人は気にせず他のとこに行って。まだ避難できてない人はいっぱいいると思うから」
「えっ? で、でも、リオンちゃん……」
「大丈夫。僕と、シールの力を信じてよ」
「……」
未だに不安そうで意義がありそうな二人だったが、暫しの逡巡ののちやっと頷いてくれた。
最後まで僕のほうを何度も振り向きながらも、走り去っていく。
「ご主人ー、ほんとに大丈夫なのかー? 成功したことのほうが少ないんだぞー?」
「……ま、まあ、何とかなるよ」
正直、これといった作戦や勝算があるわけではないが、だからといって諦めたり逃げるわけにもいかない。
人間を滅ぼすと明言している以上、誰かが止めなくてはいけないのだから。
リリアは今、カウさんが必死に止めてくれている。ククルに戦わせるのはさすがに酷だし、ここは僕が頑張らないと。
それに、いくら僕の文章力が足りないとはいえ。
シールの能力は、誰にも負けないくらい強いって僕は信じてるから。
「んー……ま、いっか。その代わり、あの二人の分も楽しませてくんないと怒るよ」
「善処はするよ」
筆を握り締める。
チュマーは長い爪を顔の前で構え、腰を低く落とす。
まずは考えろ。
僕の欠如した文章力で、未熟な発想力で、貧困な語彙力で。
この少女を打倒するに足る、文字列を。
時間にして、僅か数秒。
チュマーは前に、僕は後ろに。
どちらからともなく、駆け出した。




