☆本当に、弱かったのは
町の中にも、大量のコウモリが飛び回っている。
その数はあまりにも多く、住民もさすがに恐慌としていた。
当然ただ飛び回っているだけではなく、羽で攻撃したり、肩などの体に止まったりと、人々に襲いかかっている。
体に止まったコウモリは、肌に顔を近づけたかと思うと――血を吸い始めた。
そうして血を吸われた人間は、貧血を起こしたときのようにフラフラになり、僅か数秒で倒れ、そのまま動かなくなってしまう。
完全な、地獄絵図と化していた。
死んだのかどうかはまだ分からないが、あの吸血コウモリには注意しておかなくてはいけない。
いけない……のだが、あまりにも数が多すぎる。
数百、いや下手したら千は越えているかもしれない。
「ご主人ー。ここは、筆になっておいたほうがいいよなー」
シールが、まるで独り言のように呟き、筆の姿へと変わって地面に落下する。
あのリリアという少女が何者なのかは分からないけど、大量の吸血コウモリを使役していることは間違いないだろうし、きっと戦闘は免れないはず。
だとしたら、確かにすぐに能力を使えるよう今のうちから筆になっておいたほうがいいだろう。
僕はシールの考えに同意し、筆を拾ったのち内ポケットに仕舞った。
「あ、リオンちゃん、あそこ!」
フーリーが指を差した先を見ると、倒れてしまった女性へククルが駆け寄っているところだった。
女性の腹が膨らんでいるところを見ると、おそらく彼女は妊婦さんなのだろう。
妊婦にも構わず攻撃するなんて……なんて酷いことを。
ふつふつと怒りが沸き上がってくる僕だったが、ククルは目を覚まさない妊婦の体を必死に支え、起き上がらせようとしていた。
しかし、ククルは小柄な少女だ。きっと、妊婦の女性より体重も軽いし力も不足している。
気を失っている女性の体を支えたまま立ち上がることができず、自分自身も倒れてしまっては何度も挑戦を繰り返していた。
既に額には汗が滲み、息も切れてしまっているのに。
襲ってくるコウモリを手で払いのけつつ、妊婦の救出に注力し続けていた。
心優しい少女であることは、とっくに知っていたつもりだったけど。
それは、僕が思っているより何倍も遥かに上だったらしい。
たとえ見知らぬ他人であっても、彼女は人を見捨てることなどできないのだ。
「……ほんと、馬鹿よね。知り合いでも何でもない人間なんか、助ける必要どこにもないじゃない」
ふと近くから声が聞こえ、振り向くと。
僕のすぐ真横に、いつの間にかカウさんが立っていた。
その視線は、真っ直ぐククルへと注がれている。
「助けて何になるってのよ。お礼として何か貰うのが目的?」
「違うよ、ククルはそんな下心で行動するような子じゃないことはカウさんも分かってるんでしょ? 本当に、ククルって弱いのかな。僕には、すごく強い子にしか見えないけど」
「……」
カウさんは答えない。
ただ、悔しそうに歯噛みしているのが分かった。
今、何を感がているのだろうか。横顔を覗き見ても心まで読み取ることはできなかったけど、何となく今はククルに悪い感情を抱いていないような気がした。
そうやって、カウさんの横顔を見ていたせいで少し気づくのが遅かった。
近くの屋根の上に、リリアの姿があることに。
リリアが自分の周りに飛んでいたコウモリを荒っぽく掴んだ瞬間――徐々に形を変えていき、やがて長い槍の姿へと変貌を果たした。
そして、無表情のまま、力強く投げ飛ばす。
僕たちに、ではない。真っ直ぐ、ククルのいる方向に。
「危なっ――」
内ポケットから、筆を取り出す。早く助けないと、ククルが危ないから。
でも、そんな動作は、カウさんの声によって中断させられた。
「……ほんと、どうしようもない馬鹿だわ。いくら他人を助けても、自分が死んでしまったら烏有に帰すだけなのに」
隣から聞こえてきた呟きに振り向いたときには、もうそこにカウさんの姿はなかった。
再び前を向いた僕は、自然と驚愕に目を見開く羽目になってしまう。
壁にもたれかかったまま、気を失っている妊婦。
その妊婦の前で、突然の襲撃に両腕で顔を覆っているククル。
そして――そんなククルを庇うように立つ、槍が腹部に貫通しているカウさん。
「お、お……お姉ちゃんっ!」
目を開けたククルは、目の前の光景に涙を流す。
激痛に呻きながら膝をつくカウさんに駆け寄り、悲しいような、怒っているような、信じられないような、複雑な表情を浮かべていた。
「……はは。いい加減に、しなさい、よ。やっぱり、あんたは……あたしがいないと、何も、できない……がふっ」
「お、お姉ちゃん……っ」
「……は、それは、違う、か。本当に、弱かったのは――」
激痛に顔を顰め、カウさんは自身の腹部から槍を引き抜く。
更に血を吐き、屋根の上でこちらを見下ろしているリリアを睨みつけた。
「……あんたは、ここでじっとしてなさい。あんたの仲間だっていうあいつらから、絶対に離れんじゃないわよ」
「お姉ちゃん……だめだよ。そんな傷で……」
「黙りなさい。あたしが、こんなところでくたばるような弱いやつだとでも思ってるの? この程度、大した傷じゃないわ」
「ちょっ……お姉ちゃんってば……っ!」
ククルの叫びを完全に無視し、カウさんは空へ飛び上がる。
本人は強がっているが、あれだけ深く槍が刺さり、かなりの血が出てしまっているのだ。今こうしている間も、凄まじい痛みが走っているはずだ。
それでも、カウさんは止まらない。
怒りを込めた眼差しで睨み、リリアと対峙した。
人間たちを守るため――否、妹を守るため。
今まで冷たい態度を取ってきたカウさんなのだ。きっと本人は認めようとはしないのだろうけど、さっきの行動を見れば、もう疑いようがなかった。
「大丈夫? ククル」
「あ……リオンさん。は、はい、私は……でも、お姉ちゃんが……」
心配そうに、ククルは空でリリアと睨み合うカウさんを見上げる。
確かに、あの傷を受けたばかりだし、僕も心配じゃないと言えば嘘になるが。
「きっと、大丈夫だよ。ククルのお姉さんでしょ、絶対負けるわけない」
「……はい。そうです、よね」
まだ少し心配そうにはしていたが、すぐに笑顔で頷いてくれた。
カウさんが戦っている間、僕たちは僕たちでできることをしなくてはいけない。
まずは、住人たちを避難させることが先決だろう。
僕、ククル、フーリーの三人は。
その目的に則って、行動を開始した。




