☆友達を守るためなら
そこは、町の外れに位置する高台だった。
とても見晴らしがよく、町の夜景が見渡せる。
そんな場所で、綺麗な満月を背に。
カウさんとククルが、真剣な表情で向かい合っていた。
「決心がついたみたいね」
「……うん。私、帰るよ。お姉ちゃん」
「そう。だったら、さっそく行きましょう」
カウさんは歩み出し、ククルはそれについて行く。
だめだ。このまま行かせてしまったら、もうククルに会えなくなってしまう気がする。
あんなのが最後の別れなんて、絶対に御免だ。
「待って!」
だから、一歩を踏み出して声を張り上げた。
途端、二人はこちらに振り向く。
カウさんは眉をぴくりとも動かさなかったが、ククルは何だか泣きそうな顔で、尚且つ少し怒っているかのような複雑な表情で、口元に手を当てていた。
「ククルは、本当にそれでいいの? あんなに頑張ったのに、本当にこれで――」
「――すいません。もう、リオンさんたちに迷惑はかけたくないですから」
僕の言葉を途中で遮り、ククルは頭を下げる。そうやって頭を下げられたのは、もう何度目か分からない。
自分でもよく分からない苛立ちが、腹の中で湧き上がるのを感じていた。
いや、違う。この苛立ちは、ククルに対するものじゃない。
こんなところまで追いかけてきておいて、大した説得材料すらない僕自身に、だ。
でも、仕方ないだろう。考えるより先に、体が動いてしまったのだから。
帰るかどうかなんて結局本人の意思で、僕たちが止める権利などないことくらい分かっている。
だけど、ククルが言っていたことは今でも覚えている。
故郷にククルの弱さを受け入れてくれる仲間はいない。家族ですらも、その限りではない、と。
そして、僕たちと一緒にいたいと、確かにそう言ってくれたのだ。
「――帰ろう、ククル。龍族の里に、じゃない。僕たちの、家に」
「……リオン、さん。だめです、帰れるわけ、ないんです……」
ククルの瞳から一滴の雫が零れ落ち、頬を伝う。
僕の誘いを拒む声は震え、自分の身を守るように両腕を前で交差させていた。
故郷に帰ったところで、楽しい日々を過ごせるとは思えない。
僕たちのもとに帰ったところで、幸せになれるとは限らない。
それでも。また今までのように迫害され、泣き続ける日々が繰り返されるくらいなら。
誰に咎められようと、誰からも否定されようと。
僕は――。
「あんた、あたしの前でいい度胸じゃない。この落ちこぼれを連れて帰るのは、長からの命だって言ったでしょう? あんた、龍族の里そのものを敵に回す気?」
「――いいよ。友達を守るためなら」
真っ直ぐカウさんの目を見据えて、僕はそう答えてみせた。
隣ではフーリーが「何言っちゃってんの」と言わんばかりに慌てているし、シールは「おー」と場違いなくらい明るく拍手しているが。
言ってしまったからには、もう取り消すことなどできない。
ま、どっちにしろ取り消すつもりなんてないけど。
「な……何で、ですか。何で私なんかのために、そこまでできるんですか」
ククルは涙で顔をくしゃくしゃにしながら、その場にしゃがみ込んで震え声を発する。
何で、か。
そんなの、こっちが聞きたいくらいだが。
「別に、おかしいことじゃないでしょ。だって、僕は――」
そこで一拍あけ、僕は言い放つ。
ククルを見据え、口元に確かな微笑みを刻みながら。
「ククルの、師匠だからね」
「そ……そん、なの……私が、勝手に言っただけで……っ」
確かに、その通りだ。
最初は師匠になんかなるつもりはなかったし、今でも師匠とかいう器じゃないと思っている。
結局あれから師匠らしいことは何もできていないし、何を今更って感じかもしれない。
でも。その不確かな関係のおかげで、僕たちは家族になれた。
その不明瞭な繋がりのおかげで――少なくとも僕にとっては、大切な存在だと思えるようになった。
そんな相手が辛い思いをしてしまう可能性が高いのなら、全力で止めたくなってしまうのが当然だ。
だから、誰にも邪魔させてなんてやらない。
それが、本当の家族だったとしても。
「ああ、ああ、それじゃあ仕方ないわね。邪魔されてしまったんだもの。三人の人間を消し炭にしてしまうことくらい、許してくれるはずよね……ッ」
毅然とした無表情から一転、歴戦の戦士のような勇ましい表情へと変わり。
龍の尻尾を地面に叩きつけ、大きな物音がたち、辺りに砂埃が舞う。
そして、背中から羽を生やし、空へと飛び上がり――。
瞬間。辺りに、異変が生じた。
さっきまで何もいなかった空に、大量のコウモリが飛び始めたのである。
まるで、僕たちを取り囲むかのように。
さすがのカウさんも訝しみ、周囲のコウモリを見回す。
何だ、これは。一体、何が起きたというのか。
コウモリの数は次から次へと増えていき、周りの光景すらよく見えなくなってきた頃。
ひとつの足音が、やけにはっきりと聞こえた。
その足音は徐々に僕たちのほうへと近づき、やがてぴたりと足を止めた刹那。
さっきまで僕たちの周囲に飛び回っていた大量のコウモリが、一斉にとある一箇所へと集まっていく。
怪訝に思い、僕たちは一様にそちらへ視線を向けた。
いつの間にそこにいたのか、一人の女性が立っていた。
肩先くらいまでの長さで、前は左目が隠れている紫色の髪。前髪には、コウモリのような髪留めをしていた。
ゴスロリのような服を身に纏い、背中からはコウモリに似た羽が生えている。
赤い瞳をこちらに向け、無表情のまま右手を前に突き出すと。
その動作に呼応するみたいに、無数のコウモリが周囲で飛び回り始めた。
まるで、あんなにも大量のコウモリを、全て仕草ひとつで操っているかのようだ。
この女は、一体何者なのか。
困惑する僕たちに、少女はようやく口を開く。
「私は、リリア・ニュクテリス」
そうして、僕たち全員を順に見やり。
静かな、それでいてよく通る美声で、その言葉を放った。
「あなたたち人間を――滅ぼしに来たわ」




