さようなら
翌朝。
起床して、すぐリビングへ向かうと、何だか食欲をそそるいい匂いが漂ってきた。
訝しみつつ台所のほうに目を向ければ、そこにはフーリーとククルの姿が。
鍋の中身をかき混ぜており、何故か二人で料理をしているらしい。
ふと、僕が来たことに気づいたフーリーがこちらを振り向く。
「おっはよー、リオンちゃん」
「お、おはよう……何してるの?」
「ククルちゃんに、料理を教えてたとこだよ。結構、大変だったけど……」
昨日、料理を教えてほしいとは言っていたが、まさかこんな朝早くからやっていたとは。
それだけ、ククルも本気で自分を変えたい気持ちが強いのだろう。
頑張り屋なのは実にいいことではあるけど、無茶をしすぎなければいいのだが。
などと考えながら鍋の中を覗き込むと、カレーが入っていた。
この間ククルが料理していたときは、焦げていたりと散々な見た目だったのに対して。
今は見たところそんな様子は一切なく、とても美味しそうだった。
「あ、あの、よければ、味見をしてみてください……」
ククルに頼まれ、僕はスプーンでカレーを掬う。
この前の料理なら躊躇ってしまっていたところだが、今は何の躊躇もなく口に運ぶことができた。
「美味しい……すごい美味しいよ、これ」
「ほんとですかっ? よ、よかったぁ……」
僕の嘘偽りない感想に、ククルは目尻に涙を滲ませて安堵の溜め息を漏らす。
凄まじい成長だ。料理の上手いフーリーがいたからとはいえ、ここまで美味しいものを作るにはかなり頑張ったのだろう。
というか、料理を教えることになってからまだ数時間程度しか経っていないのに、よくここまで上達できたものだ。
そんなに、フーリーの教え方が上手いのだろうか。
「だったら、とりあえず料理はこれで大丈夫かな」
「は、はい。ありがとうございます、フーリーさん」
「いやいやぁ、ククルちゃんのためだからね。じゃあ最後に、ククルちゃん一人で作ってみよっか。あたしとリオンちゃんは向こうに座って待ってるから」
そう言い、フーリーはリビングの椅子に腰かける。
確かに、カウさんたちに認めてもらうのなら、フーリーの力を借り続けるわけにはいかない。
自分一人でできるのだと見せつけなくてはいけない以上、今からちゃんと一人でもできるのかを確かめておいたほうがいいだろう。
フーリーの考えを察し、僕もフーリーの隣に座る。
ククルは緊張した様子で、決して手際がいいとは言えないたどたどしさで、再びカレーを作り始めた。
やがて数十分が経過し、ククルは調理を完了。
ちなみに、その間にシールも起きてきたようで、今は僕の隣に座っている。
どうやら、無事に料理を終えたようだが。
何だか、妙な香りが漂っていることに首を傾げずにはいられなかった。
先ほどのカレーの美味しそうな匂いとは違う、鼻をつくような焦げ臭さが……。
「えっと……こ、これで、どうでしょうか……」
疑問に思う僕に構わず、ククルはテーブルにカレーが乗った皿を並べていく。
僕たちはその皿に視線を向け――一様に絶句した。
カレー、ではない。
それを一言で表すならば、ただの『真っ黒な塊』である。
しかも、目の前の皿から炭のような臭気までしてきている始末。
「なんで!? なんでこうなったの!?」
出された料理が思っていたものと大きな相違があり、我慢できないとばかりにフーリーは叫ぶ。
さっきは、ちゃんと美味しいカレーが作れていたはずなのに。
「ひう……すいませんすいませんっ! やっぱり、一人じゃできないです……っ!」
「ええ……」
さすがのフーリーもドン引きし、口角が引きつってしまっている。
まさか、一人になった途端、ここまで失敗してしまうとは。
でもカウさんが見ている前でもフーリーが力を貸してしまうと、強くなったことや役に立てるということの証明にはならないだろう。
上手くいったかと思ったが、この方法も厳しいのか。
振り出しに戻ったどころか、こうしている間にも残りの時間は少なくなっていく一方だ。
「じゃあさ、料理は無理でも他のことなら何とかなるんじゃない?」
「他のこと、ですか。は、はい……お願いします……」
焦りが生じた僕の案に、ククルは深々と頭を下げた。
とにかく手段は選んでいられない。
ククルにも、何かできることはあるはずだ。
まずは、それを探してみよう。
§
「はぁ……はぁ……」
あれから、一体何時間が経ってしまったのか。
既に窓から覗く空は暗く、もう夜も遅くなっていることが分かる。
現在、僕たちはリビングに集まっているわけだが。
僕は壁にもたれかかったまま乱れた息を整え、フーリーは死んだようにうつ伏せで床に倒れ、シールは諦めたようにテーブルに頬杖をついていた。
そして、ククルは。
「ううう……本当に、本当にすいません……っ! 役立たずな無能で、生きている価値もゼロで、本当にごめんなさいです……」
土下座をして、滝のような涙を流していた。
僕たちは、色々試した。
洗濯も、掃除も、買い出しも、困っている人の相談に乗ることも。
だけどどれも大した成果はなく、絶対に認めてもらうことなど不可能としか思えない。
タイムリミットまで、残り一日を切った。
最初は何とかなるだろうと高を括っていた僕ですら、もう前に進めるビジョンが浮かべなくなっていた。
「……色々と、ありがとうございました。やっぱり私、帰ることにします」
「え……?」
唐突に発せられたククルの言葉に、僕たちはククルのほうへ視線を向ける。
さっきまで倒れていたフーリーでさえ、倒れたままでありながら顔だけはククルに向けていた。
「こんなに色々としてもらえて、本当に嬉しかったです。でも、これ以上は、もう……無理です。お姉ちゃんたちの言う通り、私は弱虫で、誰の役にも立てない『いらない子』だから……これ以上、みんなに迷惑をかけるわけにはいかないんです……」
「そ、そんなこと……っ!」
「本当に、ありがとうございました。短い間でしたが、楽しかったです」
ククルは立ち上がる。
そして。くしゃくしゃでぎこちない笑顔を、こちらに向けて。
「――さようなら」
それだけを告げ。
ククルは踵を返し、家から出ていった。
僕は、その背中をただ見つめることしかできなかった。
何でだ。どうして、こうなった。
ククルは何も悪くない。僕が不甲斐なかっただけなのに、あの優しい子は自分がいれば僕たちの迷惑になると、そう考えて。
そんなこと、あるわけがないのに。
元々、ククルは家族ではない。
それどころか、いきなり僕に襲いかかってきて、いきなり僕に弟子入りしてきた変な出会い方をしただけの……。
「……ッ」
奥歯を強く噛み締める。
そうだ、僕はククルの師匠なんだ。それは、今も変わらない。
あんな勝手な言い分で、勝手に帰るなんてこと許してたまるか。
「ご主人、行くんだろー? もちろん、わたしもついて行くぞー」
「あ、あたしも行くよ! あんなの、放っておけるわけないもんねっ」
シールもフーリーも立ち上がり、僕に笑顔を向けてくる。
つくづく、いい仲間を持ったもんだ。
僕も、ククルも。
「……うん、行こう」
だから、僕も笑顔を返し。
みんなで、ククルの後を追いかけた。




