私にできること
一体、何時間が経過したのか。
空はすっかり暗くなり、冷たい夜風が僕らの肌を撫でる。
もう夜だ。
ひたすら炎を吐く練習をしたり、空を飛ぶためにジャンプし続けたり、フーリーが高いところから飛び降りてみようなんて言うから必死に止めたり。
色々してみたが、結局何の進展もなかった。
時間の無駄になってしまったのではないかとすら感じてしまう。
せっかく僕たちを頼って頑張ってくれたというのに、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「す、すいません……」
何もできるようになれなかったことに対して、ククルは悲しそうに頭を垂れる。
ククルは何も悪くない。
僕たちに龍族の知識が欠けているのと、教えられる技術が不足していることに問題がある。
僕たちではなく、龍族の誰かが代わりに教えてくれればいいが……なんて、不可能なことを考えてしまう。
もう一日と半分ほどしか残っていない。
一体どうすれば、その短い時間で強くなれるのか。
そんな自問を繰り返しても、答えは一向に返ってこない。
ただ、自分の無力さに少し苛立ちを覚えるだけだった。
「ねえ、ちょっと気になったんだけどさ」
ふと。フーリーが小さく挙手をし、首を傾げながら口を開く。
まるで何でもないことかのように、他愛のない雑談のように。
「お姉さんたちを認めさせるために強くなるってのは分かるんだけど。あの人は、ククルちゃんがここにいたら他の人間たちに迷惑をかけてしまうかもしれないし、そうなったら他の龍族にも迷惑がかかる……みたいな話だったよね」
カウさんは、確かにそう言っていた。
龍族全体の恥さらし、沽券に係わる、と。
ククルは落ちこぼれで、何の役にも立てないから、と。
「だったらさ、そうやって炎を吐けるようになったり空を飛べるようになることよりもさ。他の人間の迷惑にはならないし、むしろ自分でも役に立てるってことを見せつけてあげたほうがいいんじゃない?」
「な、なるほど……」
思わず、感心してしまった。
ククル自身は、もっと身体的にも強くなりたいと思っているようだが、それ自体は焦る必要などない。
今はまず、カウさんたちに、ここにいてもいいと認めてもらうほうが先決なのだ。
自分でも人間たちの役に立てるということを見せつけてやる、か。
強くなるという手段もゴールも不明瞭な目標よりは、幾許かやりやすいかもしれない。
「でも、私が役に立てることなんて……」
「大丈夫大丈夫、ククルちゃんでもできるって。家事でも、お仕事でも、何でもいいんだからさっ」
「そうでしょうか……」
フーリーの励ましにも、ククルは不安そうに俯くのみ。
正直、料理が苦手なことは知っているが、他の家事はどうなのだろうか。
たとえ家事ができなくとも、他にも役に立つ方法はいくつも存在する。
これなら、きっと今のククルでも認めてもらうことはできるだろう。
ようやく、希望の光が見えた気がした。
§
「すいません、すいません……生きててすいません……っ!」
現在、ククルは泣きながら土下座をし、何度も謝罪をしている。
僕たちは、さすがに口角が引きつるのを抑えられなかった。
あれから、家に戻って早速ククルの家事を試してみたのだが。
料理は、案の定黒焦げになったり調味料の分量が多すぎたりして失敗し。
掃除は、躓いたり掃除機をぶつけたりして物を倒したり壊したりで、余計に散らかす事態になり。
洗濯は、何故か洗濯機から大量の泡が溢れるという大惨事に。
何というか、とことん不器用で家事には向いていない。
ここまでいくと、逆に才能なのではないかとすら思ってしまう。
「大丈夫だぞ、ククルー。わたしも家事はできないからなー」
「し、シールさん……」
「でも、あんなところを見せたりしたら、認めてもらうどころか余計に役立たずだって思われそうだなー」
「う、うわぁぁあぁ……役立たずの無能でごめんなさぁぁぁぁ」
大きな声で泣き叫び、土下座したまま何度も頭を床に叩きつける。
シールがキョトンとしているところを見ると、ただ思ったことを言っただけという感じで、完全に余計な一言だったことを自覚できていないようだ。
僕は半ば無意識に溜め息を漏らし、ククルの近くにしゃがみ込む。
そして、その小さな頭を優しく撫でて微笑みかけた。
「向き不向きがあるんだし、家事くらいできなくても大丈夫だよ。別のことで、認めさせてあげればいいんだから」
「別のこと……私にできることなんて、何もないですよ……?」
「そんなの分からないよ。現に、僕たちは迷惑だなんて一切思ってないんだし」
「うう……ありがとうございます。リオンさんは聖人です……」
不相応な褒め方をされ、思わず苦笑してしまう。
聖人はさすがに言いすぎな気もするが、何とか泣き止んでくれてよかった。
「料理くらいなら教えられるけど、一日で上手になれるとは思えないよね……」
「い、いえ、教えてください。料理に限らず、何でも、どんなことでもいっぱい教えてください! 私、やっぱり今のままじゃだめだと思いますから」
フーリーが後頭部を描きながら言うと、ククルはがばっと身を乗り出して懇願した。
確かに不器用で、すぐ泣いてしまうくらい泣き虫な子ではあるけど。
それでも、心が弱いのとは違う。
少なくとも今のククルには、明確な強い意思が見えたような気がした。
僕とフーリーは、顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく笑い出し――大きく頷いた。




