あの人みたいになりたい
あれから、およそ一時間が経過した。
リビングや自分の部屋などで思い思いに時間が経つのを待っていた僕たちは、揃ってククルがいるはずの部屋へ向かう。
一時間もの長い間、雪が降り積もる寒い部屋に置き去りにしてしまったわけだが。
本当に大丈夫なのだろうか。僕には心配でならない。
まさか凍死とか……さすがにないよな。
妙な緊張を覚えつつ、おそるおそる扉を開く。
途端、冷気が僕たちの肌を撫で、一瞬で鳥肌がたつ。
そして、肝心のククルは――。
「……ひっく、うぅ……さ、寒い……うぅ……うぁぁぁ……ひぅ……うぅ……寒いよぉ」
壁にもたれかかって体育座りをし、涙で顔をくしゃくしゃにしていた。
髪や服にはたくさんの雪がついており、ブルブルと小刻みに体を震わせている。
何だか虐めているみたいで、ものすごく胸が痛む。
「だ、大丈夫?」
「ふぇぇ……リオンさぁん……ひっく、う、うあああっ」
慌てて駆け寄ると、ククルは泣きながら抱きついてきた。
ククルの体はかなり冷たく、まるで巨大な氷を抱きしめているみたいだった。
僕は頭を撫で、フーリーに向き直る。
「……フーリー、さすがにこれはやりすぎだよ」
「で、でも、心を強くするには、これでも泣かないくらい耐えられるようになったほうが……」
「これ以上やると、風邪ひいちゃうだけだから」
「……はぁい」
渋々といった様子ではあったが、フーリーは魔法を解除してくれた。
すると瞬時に部屋中の雪が全て消滅し、暖かくなった……はずだけど。
さっきまでが異様に寒すぎたせいで、まだ少し寒く感じてしまう。
僕ですらそうなのだから、ずっと寒い部屋にいたククルは全く暖かく感じなくてもおかしくはないかもしれない。
「ククルー、寒いときは人肌で温めるといいって聞いたぞー」
シールが言いながら歩み寄り、僕の反対側からククルを抱きしめた。
すると徐々に涙も引き、やがて僕から離れて頭を下げてくる。
「も、もう大丈夫です。ありがとうございます……すいません、期待に応えられなくて」
「気にしなくていいよ。焦らず、ゆっくりね」
「は、はい……ありがとうございます」
とはいえ、今のようにすぐ泣いてしまうというのも困りものではある。
フーリーの方法も悪くないと思ったのは事実だし、残された時間があまりない今はそういった荒療治に頼るしかないと思っていたのだが。
やはり、そう上手くはいかないようだ。
強くなるどころか、むしろ余計に寒いのが苦手になってしまう可能性だってある。
そういうことを考えると、やりすぎは逆効果かもしれない。
でも、他にいい方法も得には思いつかないし……。
「なー、ご主人ー。心より先に、体のほうを強くしたほうがいいんじゃないのかー?」
「そうだね……それじゃ、また外に出ようか」
シールに首を傾げながら言われ、僕は首肯する。
心の問題と比べると、体のほうがまだやりようはある気がする。どっちにしろ難しいことに変わりはないけど。
心のほうは一応フーリーに任せているつもりだし、体のほうは僕とシールで何とかしよう。
そうして、僕たちは再び外に出てきた。
既にシールは筆の姿となり、僕の右手の中にある。
「お、お願いします、リオンさん……っ!」
どこか緊張した様子で、ペコリと頭を下げるククル。
何だか妙に期待の眼差しを向けてきているが、責任重大なプレッシャーで僕も緊張してしまう。
「とりあえずさ、こうなりたい、みたいなものってある? あれをできるようになりたいとか、あの人みたいになりたいとか、何でもいいんだけど」
「そうですね……やっぱり、お姉ちゃんみたいに、人間の姿でも炎は吐けるようになりたいです」
炎を吐けるようになりたい、か。
ドラゴンの姿になれば、ククルでも問題なく吐くことはできるだろう。実際、僕に向かって吐いてきていたし。
だけど、本人的にはそれだけじゃだめなようだ。
この筆の能力を使えば、もしかしたらその程度のことは造作もないのかもしれないが。
やっぱり、そんなので強くなっても嬉しくはないはずだ。
「あ、それと。空を、飛べるようにもなりたいです。私は、この姿だと角も尻尾もないですし……せめて、お姉ちゃんたちに近づきたいんです」
確かに、カウさんは人間の姿であっても大きな角や尻尾が生えていた。
龍族からしてみると、そっちが普通なのだろうか。
あることのメリットや、ないことのデメリットは僕には分からないが……自分と同じ種族のみんなが生えているのに、自分だけ生えていないのは仲間外れみたいで寂しいという気持ちは分かる。
それなら、少しは近づけるように協力してやろう。
「……でも、龍族のみんなが、どんな風に炎を吐いたりしてるのか分からないんだけど」
「そうですよね……。えっと、口から吸い込んだ空気を口内で燃やして、それを吐き出す……みたいな感じなのですが」
丁寧に説明してくれたが、たとえ仕組みが分かろうとも、人間にはできないことをどう教えればいいものか。
そもそも、吸い込んだ空気を口内で燃やすって何だ。
龍族の方々は、舌に発火装置でもついているのだろうか。
考えてばかりいても仕方ない。
僕は筆を虚空に走らせ、文章を紡ぐ。
『目の前に的が現れた』
すると、僕たちの目の前――というか足元に、一枚の的が出現した。
一枚。つまり、円状の模様が描いているだけの、紙である。
おかしいな。僕としてはアニメとかゲームとかでよく見る、木のやつを想像していたのだが。
「ご主人ー、ちゃんと細かく書いておかないとだめだぞー」
つくづく、この能力は融通が利かない。
シールの忠告に深々と溜め息を漏らし、諦めて紙の的を近くの壁に貼りつける。
「じゃあ、ククルが自分で説明したような感じで、あそこの的を目がけて炎を吐いてみよう」
「は、はい……っ!」
ククルは、僕の大していい修行法でもない案にも、気合を込めた返事を返す。
それから、息を大きく吸い込む。
そして、吐く。
また吸い込み、更に吐く。
それをひたすら繰り返すも、本人の息が切れるだけで何も起こらなかった。
もしかしたら口内で燃やすイメージをしていたのかもしれないが、吐き出されたのは普通の息である。
ああ……これは、何というか。
既に、絶望感しか感じなくなってきてしまった……。




