あんたを、連れ戻しに来た
「はぁ……」
服屋から出て、僕は思わず深い溜め息を漏らす。
まさか、あんなに恥ずかしい格好をさせられるとは思わなかった。
今でも思い出すと顔が少し熱くなってくる。
ちなみに、フーリーだけはあの魔女服を購入していた。
よく分からないが、どうやら気に入ったらしい。
僕にも購入を勧めてきやがったが、丁重に却下しておいた。
何時間くらい中にいたのだろう。
気づけば、空は少しオレンジ色に染まっている。
もう夕方か。そろそろ家に帰ったほうがよさそうだ。
そう思い、帰路を辿る。
明日にはもう忘れていそうなほど、他愛のない雑談をしながら。
変化が生じたのは、実に唐突だった。
広場を通り過ぎた路地裏で、僕たちの家が少し近づいてきた頃。
最初に足を止めたのは、僕の隣を歩いていたククルだった。
訝しみ、ククルのほうを振り向きつつ僕たちもつられて足を止める。
当の本人は、真っ直ぐ視線の先を注視したまま、小刻みに体を震わせていた。
一体何があったのかと、前に向き直る。
一人の女が、そこに立っていた。
炎よりも濃い紅色の長髪で、前髪はおでこを出している。
少し色っぽいワンピースに、服の上からでも分かるくらい豊満な胸部。
そして――頭部には黒い角が、臀部には赤い尻尾が生えていた。
少女は僕たちに目もくれず、じっとククルのことを睨むようにして眺めている。
知り合いなのだろうか。
ただ、もしそうだとしても、ククルのこの反応がどうにも気になってしまう。
いくら久しぶりに知り合いに会ったからといって。
ここまで、体を震わせたり、頬に冷や汗が伝ったりするだろうか。
「なん、で……?」
やがて、ククルは喉を震わせながらも必死に短い問いを絞り出す。
問われた少女は、質問の意味が分からないとでも言わんばかりに首を傾げた。
「何で、ここに、来たの……?」
再度、途切れ途切れの疑問を発する。
すると少女は首に手を当て、不敵に笑った。
「はっ……何でって、あんたに会いに来たに決まってんでしょうが」
「会いに? 嘘、そんなこと、するはずが……っ」
「はあ? 妹に会いに来るのが、そんなにおかしい? しばらく帰ってこないから、今どうしてんのか気になって当然だと思うんだけど?」
「そんな嘘いいから、本当のことを言ってよっ!」
「……ちっ」
ククルが今までに聞いたことのないような叫び声をあげ、少女は忌々しげに舌打ちを鳴らす。
何だ、一体どういうことだ。
さっき少女はククルのことを妹と言ったが、この二人は姉妹なのか?
その割には、とても険悪な雰囲気のように感じるが……。
「あんたがいなくなって困ってるのは本当。だって、弱い弱いククルちゃんがいなくなったら、弱い者いびりできなくなっちゃうしねぇ」
「……ッ!」
「でも、それだけじゃない。弱くて、何の役にも立てないあんたが、他の誰かの迷惑になってるとね……龍族全体の恥さらし、沽券に係わんのよ。だから――」
そこで一拍あけ、言い放つ。
右腕を、真っ直ぐククルのほうへと伸ばして。
「――あんたを、連れ戻しに来た」
ククルの表情が、絶望に歪む。
それを見て少女の口角は上がり、踵を返す。
そして肩越しにこちらを振り向き、更に続ける。
「言っとくけど、拒否権はないと思ったほうがいいから。これは、長からの判断ってとこも視野に入れなさいよ」
「長、からの……」
「そう。まあでも、あんたもすぐに出発は色々と都合があるかもしんないし? 三日だけ、待ってあげる。どんな答えを出していようと、三日後には絶対に連れ戻しに来るから、そのつもりでいなさい」
最後にそう言い残し、立ち去っていく。
ククルはその場で立ち尽くし、俯いた瞳からは涙が落ち、地面にシミを作っていた。
どう言葉をかけてあげればいいのか分からず、だからといって放置するわけにもいかず。
僕はククルの背中に手を添え、ただ一言。
「……行こっか」
そう、告げた。
ククルは唇を引き結びつつも、小さく頷いた。
幸か不幸か、三日もの猶予を与えてくれたのだ。
それまでの間に、考えればいい。
僕たちは、友達であり仲間であり家族だ。だけど、他人でもある。
話し合ったり相談に乗ることくらいはできても、最終的な判断は本人にしかできない。
どんな決断をしても受け入れるつもりではあるが……まあ、それはククル次第かな。
などと考えながら、僕たちは家路を急いだ。




