今日からここの一員
「……ぁ、ぁあ……」
フーリーが、そんなゾンビのような呻き声を漏らす。
無理もないだろう。
こんなに大きく広い僕たちの家を、目前にしてしまえば。
外観の時点で凄まじく驚いていたが、中に入ってからも当然それは変わらなかった。
ただ、そんな喫驚もすぐに一転し。
いつしか、好奇心に満ちた表情で辺りをキョロキョロと見回し始めた。
「す、すごぉ……君たち、もしかしてお金持ちなの!?」
「……いや、別にそういうわけじゃないけど」
「みんなで一緒に住んでるみたいだけど、家族ではないよね? ルームシェア?」
「……まあ、うん、そんな感じ」
瞳を輝かせたフーリーの質問に、僕は曖昧な答えを返すしかできない。
しかしフーリーは全く意に介さず、楽しそうに家の中を散策し始めた。
見られて困るものなんて特に何もないし、別に構わないんだけど……それでも一応自分たちの家をこうして見回られると妙な恥ずかしさを覚えてしまう。
「あ……ごめんごめん。手料理を振る舞うって話だったよね。台所、借りていい?」
「もちろん、好きなだけ使って」
僕の返事を聞くが早いか、フーリーは嬉々として台所に立ち、冷蔵庫の中を漁る。
そしてすぐに野菜や肉に卵など複数の食材を取り出し、手際よく調理を開始した。
僕たち三人は誰も料理ができないため、どんなにいい台所であっても完全に持ち腐れだったのだが、フーリーが来てくれて本当によかった。
正直、冷蔵庫の中にあんなに色々な食材が入っていたことすら知らなかったくらいだし。
筆の能力で出現させただけの台所だから、どうせ大したものは入ってないんだろうなと思っていたのに、意外なところで有能さを発揮してきやがった。
「はい、完成したよー」
リビングに座って待っていると、フーリーが人数分の皿をテーブルに並べていく。
オムライスだ。
かなり美味しそうで、見ているだけでも食欲がそそられる。
「おおっ、これは美味そうだぞー。もう食べていいのかー?」
「あはは、どうぞどうぞー」
シールはスプーンを握り、オムライスを口に運ぶ。
途端、表情が一気に緩み、更にガツガツと勢いよく食べ進めていく。
何とも幸せそうな食べっぷりである。
その様子だけで不味いわけがなく、僕も期待に胸を膨らませつつ口に入れた。
……美味い。
卵のちょうどいい半熟さと、中に詰まった肉や人参などの具に米。
どれも焼き加減などが絶妙で、高級料理店も斯くや、というほどの美味を生み出していた。
「す、すごい美味しいです……っ」
ククルも、あまりの美味しさに感嘆の吐息を漏らしつつも、その手は全く止まらなくなっていた。
無理もない。
どちらかと言うと少食な僕ですら、一杯じゃ物足りないと思ってしまったくらいなのだから。
「えー、そっかなー? んまあ、あたしは色々と完璧ちゃんだからねっ」
……素直に褒めたくなくなってしまったが、そんな意思とは裏腹に無意識で次々と胃袋に収めていく。
歌が上手いだけでもすごいのに、まさか料理の腕もここまでとは。
天は二物を与えるんだなあ……。
などと考えていたら、全員あっという間に完食。
それを確認したのち、フーリーはご機嫌な様子で皿を台所に運び、鼻歌を歌いながら洗い始めた。
どうやら、僕たちの反応がよほど嬉しかったらしい。
「ねえねえ、君たちにお願いがあるんだけど……いいかな?」
洗い終えたあと、僕たちのもとへ歩み寄りつつそんなことを言ってくる。
正直あんなに美味しい料理を振る舞ってくれたのだから、できる範囲でなら聞いてあげたい気もするが……妙に不安な気持ちもあるのはなぜだろう。
「お、お願いって?」
だから、とりあえず話だけは聞いておくことにした。
承諾するのも、断るのも、とりあえずそれからでいい。
フーリーは顔の前で両手のひらを合わせ、僅かに頭を下げて答える。
「あたしも、この家に住まわせてくれないかな?」
「……えっ?」
思わず、素っ頓狂な声が漏れた。
お願いとやらが、まさかそんなことだとは。
僕のその反応を困惑と捉えたのか、顔を上げて更に続けてくる。
「あたしは今一人暮らししてるんだけど、実はすごく狭くて……だから、こんな広い家に憧れてたんだよね。ほら、毎日料理もするし、何なら毎日歌も歌ってあげるからさぁ」
別に毎日歌う必要はないのだが、料理はかなり魅力的な提案である。
筆で料理を出すのはかなり大変だし、外食する手間も省ける。
それに、この家は凄まじく広く、まだ使っていない部屋がいくつか残っているのだ。
僕たちにデメリットなんか、ひとつもない。
「僕たちは別にいいと思うけど……二人はどうかな?」
「あ、は、はいっ、私もいいと思います! 毎日あんなに美味しい料理を食べられるなんて、嬉しいです」
「んー……ご主人に何か変なことをしないなら、別にいいぞー」
「しないしない、あたしは何もしないから!」
……あたしは?
その言い回しに少し引っかかってしまったが、ここまで言ってることだし断る理由も特にはないか。
「分かった。じゃあ、フーリーも今日からここの一員だね」
「ほんとっ? やったー!」
両手を上げ、露骨に大喜び。
そんなに嬉しいのだろうか。そこまで喜んでくれると、こっちとしても少し嬉しくなるが。
「じゃあ早速、家のものを運んできてもいいかなっ?」
「う、うん、もちろん」
僕が答えるが早いか、フーリーは手を顔の前に翳す。
袖の長い服を着ているせいで今まではよく見えなかったが、中指に綺麗な指輪を嵌めていた。
突如として指輪は光り出し――瞬間、フーリーの姿はどこかへ消え去ってしまう。
それから僅か数分程度で、大きな鞄を背負ったフーリーが戻ってきた。
額には汗が滲んでおり、肩を上下させている。
「フーリー、今のは……?」
「え? あー、転移魔法だよ。あたし、この指輪で色んな魔法を使うことができるんだ」
「すごい便利だね……ほとんど歩く必要ないんじゃ……」
「でも、一度行ったことある場所にしか行けないし、これも案外疲れるんだよねぇ」
某国民的RPGの呪文みたいだな、それ。
でも、そうか。異世界というだけあって、やっぱり魔法なんかも存在するのか。
初めて目撃した魔法に言い知れない高揚感を覚えながら、僕たちはフーリーが持ってきた荷物を運ぶのを手伝う。
こうして。
僕たちに、新たな家族が加わった。




