97話 逃走する3人、もふもふとの出会い
暑さに負けそうです(*´ω`*)
「はっ、はっ……」
息をきらせて走っていた俺は、自分が一人であることに気づいた。
他の皆はどこだ?まさか、逃げ遅れて……
不吉な想像に目の前が暗くなる。
恐怖から膝が震えそうになるが、意を決して助けに戻ろうと勇気を奮いたたせ、引き返そうとした時、道の向かい側から一人のじいさんが歩いてきた。
ひ、人がいた!
心細さから一瞬喜んでしまったがそんな場合じゃない。大変だ、村の中に化け物がいるってことを教えてやらなきゃ、彼も危険……
と、そんな焦燥を霧散させる光景が目に映り、目を瞬く。
「わん!」
「どうしたペス、おお旅の人かね。こんな何もない村へようこそおいでくださった」
じいさんの背後から、小さな茶色いもこもこした生き物が駆けてきたのだ。
なんか動きの硬いじいさんが妙に芝居がかった言い方で何かしゃべった気がするけど、其れ処じゃなかった。
え!?
は?なんだ、この生き物は
……こんな形をしたのは……ウルフ系の魔物、にしちゃ小さいし体型が全然違う。幼体、にしてもおかしい。でもラット系のにだってこんなのいないはずだ。
家畜にしても見覚えがない姿をしてる、だが小さい頃一度だけ遠目に見たことのある、貴族の屋敷で飼われている生き物にちょっと似ている気がした。
だが、それにしたって目の前にいる生き物は小さい。あと毛並みがふわふわすぎるし、目鼻立ちが違いすぎている。
うわ、しっぽの毛は少し長いんだな、もふもふだ。
さっきまでの恐怖はすっかり頭から消え失せて、茶色い生き物から目が離せずグルグルと考え込んでいると、いつの間にかじいさんがすぐ傍まで来ていた。
じいさんは俺の不躾な視線を気にもせず、にっこりと目尻を下げる。
「可愛いだろぉー?うちのペスは村で一番賢いんだ、お手どころかジャンプも出来るんだぞ!」
「わん、わん!」
じいさんの足元で元気に鳴きながら、ぷりぷりと激しく尻尾を振る生き物。
黒い円らな瞳に見上げられて、俺は思わず叫んでいた。
「可愛い!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
必死に走って逃げていたけど、気づけば私は一人だった。
「う、うそ。やだ、アルフィス、どこぉ……?」
周りを見回せば、木がまばらに生えた草原のような場所に立っていた。周囲は背の高い木に囲まれていて、でも隙間から木でできた建物がちらちらと覗いてる。
どうやら村の中から出てはいないみたい。怖々と改めて見渡すけど、さっきのお化けはついてきてはいなかった。
もう、自分がどこにいるのかわからない。
皆はどこなの?
「うっ、うっ。怖いぃー……もぉやだ……」
心細くて不安で、涙が滲んできた。
得物である槍もさっきの店に落としてきてしまったようだ、何も持たない両手がより一層不安を募らせる。
何かに縋り付きたくて、両腕で自分の体を抱えた。
この広い場所は一体なんなの?こんな山奥の小さな村で、なんでこんなとこがあるの?
ガサ。
すぐ傍で草擦れの音がして、身を縮みこませた。
何か、そこにいる!?
身をすくませ警戒していたら、カサカサと草を揺らしながら、小さな何かが目の前に現れた。
「ニャ」
「……へ?」
それは見たことのない獣?だった。
私の膝くらいしかない小さなそれは、あくびをしながらのんびりと歩いてきて、目の前にいる私に気がつくと顔を上げる。
足が長く頭の小さい、ひょろりと細長い体型だが、全体的にどことなく丸みがあって不思議と優雅に思える。そして全身が細く柔らかそうな毛に覆われていた。
大きくきれいなアーモンド型の目は透き通るようなうす緑色で、こちらをじっと見上げてくる姿は上品で、知性が感じられる。
先の尖った三角形の耳と細長いしっぽは、猫の獣人を思わせるもの。
っていうか、これもしかして。
「原種の、猫……?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ぜっ、はー!ぜっ、ぜー!」
大きく肩で息をしながら、今更ながら立ち止まって周りを見渡す。
さっきの薬屋があった通りを抜けて、多分村の奥の方へ走ってきたものと思われる。私は家々がまばらに建つ、十字路の中央に立っていた。
一人、である。
「は、はぐれた……!」
置いていかれた。
その現実に愕然とする。
ああ、自分の足が遅いということはよく知っていたが、ショックだ。いくら後衛職とはいえ、他のメンバーと一緒に逃げられないようでは、パーティーを組んで動く冒険者として生き残れまい。
むろん彼らを薄情とは言えない、誰だって自分の命が一番。でもちょっと途中で一度くらい振り向いてくれても良かった。
「は、はは」
情けなくて涙が出そうだ。その場で膝をついてしまう。
だが、こうして落ち込んでる暇などない。
さっきのアンデッドが私を追って来ていない以上、他の三人が狙われた可能性が高いのだから。
……メンバー内で一番どんくさい自分が、何故狙われなかったのか疑問ではあるが。
しかし、村の中だというのに他に人が見当たらないな。
もしやさっきの魔物の話がすでに広まり、あらかた避難したのだろうか。
かさ、かささ。
ふいに、木々の並ぶほうから物音が聞こえた。
木の根本に生えた草叢の下の方がかすかに揺れている、まさかさっきのアンデッドかと思ったが、それにしては動いている感じが小さいな……?
などと戸惑っていると、草叢の中から何かが勢いよく飛び出してきた。
「にゃっ」「みゃお」「にー」
んん!?
なんだ、あの小さい生き物!?……まさか、原種の猫?
ぎょっとして身構える。
その、「猫」に見える生き物達は、地面に膝をついた私の目の前を駆け抜けていった。
って、近くで見るとずいぶん小さいな、どれも手の平より小さいぞ。まだ幼体だろうか。意外と動きが速い。
しかし、やはりあれは猫だ、間違いない。
一瞬で見えなくなってしまったが、あの姿。模様や色はそれぞれ微妙に違うようだが、そこも原種の猫の特徴として本にあった。
猫なんて、貴族か王族の愛玩用くらいしかいないはず。
まさかこの小さな村に貴族が住んでいるのだろうか。
つ、捕まえたほうがいいんだろうか?
もしこの後であれらに何かあって、その場に私がいたと知れたら、いいがかりをつけられるかもしれない。
貴族のペットを見殺しにした、と。あり得ない話じゃないな、実際そういう事があったと人伝に聞いたことがある。
「むー、にゃ」
ずり、ずりずり。
動揺した頭で考え込み、だがそんな生き物に素手で触れるのも怖いと悩んでいると、またさっきの草叢から何かが出てきた。
それは、またもや一匹の小さな猫だった。
だが、今度のはずいぶん動きが遅い……とよくよく観察してみると、何やら口に黒い塊をくわえて引摺りながら歩いているようだった。
なんだろう、引摺っている真っ黒な毛玉?が重いらしい。
毛玉の見た目は、手乗りサイズの猫とさほど変わらない大きさだ。
あれはなんだろう?餌、おもちゃ?
「にゃっ」「みゃー」「にっ」
急にさっき駆け抜けていった子猫達が戻ってきて、毛玉を引き摺っていたほうの猫の頭をぺしぺしと叩いた。すると子猫は毛玉をくわえていた口をパカッと開き、反撃する。
「みゃー!」「にゃお」「ににー!」
そして彼らはそのまま取っくみあい、ころころと縺れるようにして再び草叢の向こうへと消えていってしまった。
後に残されたのは、小さな小さな黒い毛玉。
「…………」
猫達を捕まえるか触れずにいるべきか迷って宙に浮いていた両手を、空しく下ろす。
なんとも、騒がしく慌ただしい生き物だった。想像と違う。
原種の猫と言えば、宝石のような瞳と美しい毛並みを持つ神秘的な生き物。そう思い込んでいたのだが。
あれじゃ、人間の幼児とたいして変わらないな。
ため息を一つつき、目の前の地べたに転がる毛玉を見下ろした。
「これ、どうすればいいんだ?」
うーむ、見れば見るほど毛玉だ。猫用のおもちゃなのだろうか?
またあいつらがこれを取りに戻ってくればいいが、もしこのまま放置して通行人に踏まれでもしたら、壊れてしまうかもしれない。飼い主の貴族は一体どこで何をしているのやら。
毛玉は柔らかそうであまり頑丈そうには見えないが、貴族というものは我々庶民には理解出来ない嗜好をしていたりするから、これでも高級品なのかもな。
周りを見渡してみるが、やっぱり誰もいない。
そうだ、こんなことしてる場合じゃないんだった。皆を助けに戻らないと……
珍しい生き物を見た衝撃で頭の隅へ追いやられていた事態を思いだし、はっとする。
もぞ、もぞ。
「ひっ!?」
突然、足元にあった毛玉が動き出して思わず息を飲んだ。
が、恐怖はすぐに霧散し、私は毛玉から目が離せなくなる。
黒い小さな毛玉に金色の短い線が二本走り、真ん丸だったその形もクタリと崩れて、全体が少し細長くなったのだ。
…丸い頭、に、耳。頭より小さいような胴体、そこから延びる妙に短い4本の脚。よく見ればもう一本何かが飛び出てる、しっぽか?これまた短いな。
その姿形は、色以外は先程見た猫達と同じ。サイズはやっぱり彼らより一回り小さいようだ。
金色の目を薄く開き、小さな黒い猫は、こちらに向けてよろよろと緩慢に動き出した。




