96話 薬屋の看板娘
さて、じゃ次はアルフィスが気になるって言ってた薬屋に案内するわよ!
彼らは回復役がいないパーティーだから、薬草の類いは常に多目に持ち歩いてるみたい。
で、その管理を一手に引き受けてるのが魔法使いのアルフィス。
彼は多少薬学の知識もあるから、腕の悪い薬師が作ったのはすぐわかるんですって。それで、お眼鏡に叶う薬草以外は、よっぽど困ってない限り買わないスタンス。軽く聞いた感じだけどね。
ふっふっふっ、何を隠そうこの村で一番の名物は各種薬草とポーション!
ここで名産品っていうと何かな?って話し合いの中で、ダントツ一押しだって満場一致で皆言ってたのよね。
他の村や町の薬屋にはないような珍しい器具を使ってる上に、薬草のエキスパートであるヨルンが精製してるから、他所と比べるとものすごい完成度が高いんですって。
余所の土地から移住してきた人達がそう言って何度も推してたから、きっと薬草にうるさいっていうアルフィスも気に入るはず。
未だ高いテンションのままパンの話で盛り上がっている四人を引き連れて、村の端っこの薬屋へとやってきた。
村の中でも特にがっしりした作りの建物を眺めながら、ずいぶん立派な店だとかなんとか感心してる彼らを横目に見つつ、そっと横の小窓を覗く。
ガラス張りの窓の向うから、大きな赤い目がこっちを見ていた。よし、準備オッケーね。
お互いに目で会話し頷きあうと、あたしはさっそうとドアを開けた。
分厚い木の一枚板で出来たドアが開くと、爽やかな緑の匂いがフワリと広がる。
「ここがうちの村自慢の薬屋よ!そしてーこちらが看板娘の!」
あたしが開いたドアの影から、銀色の影がぴょこんと姿を現すと、そのまま勢いよくお辞儀をした。
「い、いらっしゃいませっ!当店の販売員を勤めている、ラーナ…です」
そう名乗ったのは、長く見事な銀髪をサラリと下ろした、褐色の肌に真っ赤な瞳の美少女である。
彼女はうちのお屋敷にいるメイドさんと似た黒いワンピースに、白いエプロンを身に付けていた。
これは村に来る人が増えると知ってから、何日もかけて本人が自力で拵えた力作だ。
メイドさんのよりワンピの裾がやや短く、かつフレアーに広がっててレースがふんだんに縫い付けられている。動くと裾のレースがヒラヒラ揺れて滅茶苦茶可愛らしい。
実際に着てる姿は始めて見たけど、これいいわね。あたしも着てみたいわ。
「こ、この店では、にいさ……こほん。店長が調合した各種薬草や、ポーション類を取り扱っています。生憎店長は不在ですが、商品についてのご質問は私が承りますので、どうぞ遠慮なくお訊き下さいませ」
さすがラーナ、最初こそ緊張して喉がつっかえてたみたいだけど、後半はすらすら説明出来てたわ。
アイコンタクトで「やったわ!」「でかした!」と無言の対話をしつつ、ちらっと白銀の刃の人達を窺い見る。
……フューリーの顔が真っ赤。あと目がラーナから離れない。
ティアナも頬染めてる、やっぱ女の子から見てもラーナはすっごく可愛いわよね。
アルフィスとリデアは驚いた顔してるけど、見惚れてるって感じじゃない。多分ダークエルフが珍しいんでしょう。うちの村には何人もいるけど、他所ではそうそういないって聞くし。
でも、よし。
パン屋ではちょこっとだけ村に対する不快なイメージ持たせちゃったかもしれないけど、美少女でイメージ改善成功ね!
ラーナの可愛さで筋肉マッチョ・ロベルトさんのインパクトを上書き出来てればいいんだけど、本当にもうあの筋肉オバケは余計なことを。
しばしラーナに見入っていた彼らだったけど、店内を改めて見回した途端にアルフィスが活気を取り戻した。
「こっ、これは!?」
「そちらはマジックポーションです。通常の物より色が透き通っているのがお分かりいただけるでしょう、不純物を限界まで取り除いてありまして、効果も倍近くなっております」
「ああ!?こ、ここ……これ!」
「そちらは逆さデドルの根の煎じ薬です。重度の錯乱状態を緩和する特効薬ですが、少々効果が強すぎるため購入量に制限がございます」
店の陳列棚に並ぶ品物を見ては次々に質問するアルフィスに、ラーナは淀みなく説明を述べていく。
うーん、知ってたけどすごいわ。これ全部についての説明を丸暗記してるなんて、さすがヨルンの妹ね。
フューリーとティアナも、狭い店内をキョロキョロと見回してる。よっし、ちゃんと興味を持ってもらえてる、好感触だわ。
「薬草は安いけどすげぇ苦いからなぁ」
「ええ、この値段なら薬草じゃなくてポーションのほうを多めに買いこんでも大丈夫そう。他の町ではポーションて薬草の倍以上するから……うちの拠点の近くにこの店があったら最高なんだけど」
「薬屋って何気に値段ピンキリだよなー」
「土地によるらしいわよ」
ほうほう。って、この店の薬は他より安いの?
あ、ラーナの頬がちょっと引きつってる、値段決めたのあの子だもんね。あたしもてっきり、これくらいが相場だと思ってた。
だけど、ラーナが来るまでヨルンが適当につけてた値段はもっと安かったんだから、まだましだと思うわ。
思う、けど、これ大丈夫なのかしら?薬が安いのって不審に思われちゃう?
思いがけない事実が発覚しラーナと二人でひっそり動揺していると、店内を舐め回すように眺めていたアルフィスが口許に手をあてて感嘆のため息を吐いた。
「はぁ……なんという透明度!これほど見事に、完璧な比率で調合されたポーションは見たことがない。さらに管理が行き届いてるから保存状態もいい。どれも良心的な値段がつけられているのも素晴しい」
そう呟いて、きっと店主は腕がいい上に善意に溢れた立派な薬師なんだろう、と続けて言った。
「兄さんの素晴らしさを理解して下さった……!」
アルフィスの言葉が激しく琴線に触れたようで、ラーナの瞳が輝いた。両手を顎の下で握り会わせ、感激に声を上擦らせながらつつっと彼の傍らに接近する。
「兄さん?では、貴方のお兄さんがここの店主なのか」
「は、はい」
ラーナの言葉にそうと気づいたアルフィスが、じっと彼女の顔を見つめた。
「そうか。立派なお兄さんなんだな、これほどの腕を持った薬師はそうそういないだろう。なのに庶民でも買える値段で販売している、傲ることのない立派な人だ」
「はいっ、そうなんです……!私、兄を誇りに思ってますっ」
頬を上気させ、綻ぶような笑顔を浮かべるラーナ。わぁ可愛い。
この子、自分より家族のこと誉められるほうが嬉しいのよね。
兄であるヨルンのことを次々に讃えられ、ラーナの笑みがどんどん深くなっていく。
アルフィスったら随分流暢に誉めるのね、なんかまるで口説いてるみたいに思えてきたわよ。
「……くそ、またか、またあいつばっかり……!」
なんなかブツブツ言いだしたフューリーの目が座ってきた。なんか歯軋りしてて、顔に嫉妬が溢れ出てるし。どうしたのかな。
どうしようかと思ったけど、ティアナが「ほっといていい」とジェスチャーで言ってきたので放置。二人がいい雰囲気(?)なのを邪魔したくないしね。
狭めの店内でそうしていると、奥の工房のドアが開く音がした。
スゥ、と音も経てずにドアに隙間が開く。
ズリ、ズリ、ズリ……じゃらり、じゃらり……
「ひっ!」
「な、なに!?」
ドアの向こうの薄暗闇から重々しく何かが引きずられるような音がして、一番奥にいたフューリーとティアナが飛び上がった。
二人は素早く横へステップを踏んで、アルフィスの両腕にそれぞれしがみついた。左右に強く引っぱられたアルフィスの顔が痛そうに歪む。
「あれは一体……ラーナ嬢、向こうの部屋には何が?」
両腕をがっちり左右から捕まれたアルフィスが、戸惑いながらラーナに向き直った。体は動けないらしくて顔だけ。
んん?あのドアの向こうって工房とトイレとかよね?
ラーナはヨルンと二人暮らしだし、ヨルンしかいないんじゃない?
でもあの引きずるような音は何なのかしら。
ラーナも不思議に思ったらしく、隙間の空いたドアのノブを引いて覗きこんだ。
「ひぃ!?」
ドアノブに手をかけたままのラーナが短く悲鳴を上げ、トタリと尻餅をつく。
何事かといぶかしがる間も無く、開かれたドアの隙間からズルリと何かが這い出てきた。
「おぉー……やく……ごうおぉおぉーー……」
「「「ギャアアアーーーッ!!?」」」
低く呻き声を上げながら這い出てきた大きな黒い何かを見た瞬間、店内にいた全員が絶叫を上げ駆け出していた。
尻もちをついた状態で動けないラーナをそのままに、5人揃ってどたどたと狭い店内を回れ右して入り口のドアから逃げ出そうとするも、先頭でドアノブを掴んだフューリーはガチャガチャと腕を震わせるだけで一向にドアを開かない。
「は、早く開けて!」
「何やってるんですか!」
「いやぁああ助けて!助けてー!」
「な、なんで開かない、はや、早く!うわあああ食われるぅー!」
パニックに陥ってるとおぼしきフューリーは、ノブを回さないでそのままドアを開こうとしているらしく、金具が引っ掛かって動かないドアを体当たりで開けようとしはじめた。
恐怖に戦きながら背後を振り返り先程見た黒い何かがどこにいるか確認、すると……
「薬草ぉー……毒草ぅう、実験……じっけん、ちょうごうおおぅさせろぉーー……」
「……ヨルン?」
自分の目に写った物を確認すると同時にがくりと脱力、その場で崩れ落ちてしまった。
工房へ繋がるドアから這い出てきてたのは、黒い髪に黒い肌で眼鏡をかけた、この薬屋の主であるヨルンだった。なぜか髪はぼっさぼさ、床に這いつくばってるから顔もあんまり見えない。つか、眼鏡にヒビが…なぜ?
な、なんだぁー……てっきりゾンビとかアンデッドだと思っちゃったわよ。
「何やってんのよヨルン!お客さんだよ、そんなお化けみたいにしないでいつもみたく……」
そこまで言って気づく、ヨルンが這いつくばっている理由に。
ヨルンの右足首に、なんか見覚えのない鉄のリングが嵌まってそこからごっつい鎖がジャラリと延び、ドアの向こうに消えていた。
あ、そっか!
ヨルンは狂茸の不法所持で謹慎中なんだった!
って、工房のさらに奥で閉じ込められてたはずが、なんでこっちに?
つーか、まさか鎖で繋がれていたとは。怒ってたのは知ってるけども、神父様ったらそこまでやるぅ?
ヨルンの足に繋がれた鎖は限界まで延びているらしく、これ以上は部屋に入ってこれないみたい。
あー、そっかそっか。
この店の間取りを思い出してみて納得。
工房への扉は二ヶ所あって、販売スペースの奥の廊下に一つ、あとは外から直接繋がるドアが一つだ。
多分、廊下にあるほうのドアは鍵がかけられてるのね。だから外から工房へ入ろうとしてこっちに回ってきたのか。
「じっけぇん、やくそぉおー……」
床に這いつくばって、外へ続くドアに向かい必死で腕を延ばすヨルン。
ぼさぼさに乱れた前髪の奥でギラギラ光るヒビの入った眼鏡、褐色の長い指先がカリカリと床板を掻く音が響く。
うん、ホラーだわ。
「噂には聞いてたけど、確かにこれはひどいわね」
普段のヨルンは落ち着きがあって穏やかな、基本優しいお兄さんなのだ。
間違っても、こんなどこぞのアンデッドみたいな姿は晒さない。悪いことした子供には容赦なくおしおきする怖いお兄さんでもあるんだけど。
でも、そんなステキなお兄さんは神父様や村の皆が言うには、寝るより食べるより「薬草が好き」な困った奴だという話だった。
確かに、森の見廻りの時間以外はいつも工房に籠って薬を作る姿を見てはいた。
だがしかし、まさかホントにこんな、禁断症状のアル中みたくなるなんて。
あー確か、こうなってしまったら薬草図鑑を抱かせると落ち着くって言ってたわよね。
そうだ!こんなときのために、妹でヨルンの扱いに慣れている彼女が同居してるんじゃない。
「ラーナ、薬草図鑑は……?」
対処法を思い出したので即座に振り返ってみれば、不思議なことにドアがあった場所から外が見えていた。
壁に大きな四角い穴があいている。
「ねー、なんか皆すごい急いで走ってっちゃったけど、どーしたの?」
きょとんとしたヒルダとリデアが、その壁の穴(?)から顔を覗かせていた。
まばたきしてからよくよく確認すれば、蝶番がはずれたドアが外側に落ちていて、その手前の床に白目を剥いた銀髪の少女が倒れていたのだった。
ヨルンさん、久しぶりの登場です。妹つき。




