95話 おいしいパン屋さん
それから、ガルムはなんか神父様に用事があるとか言って、一人で教会に行っちゃった。
ヒルダが目に見えてがっかりしてたけど、彼女にメロメロなリデアが構ってくれると分かるとすぐ元気になってた。
あたしが白銀の刃のみんなに村を案内する任を申し出ると喜んで受け入れてくれて、行きたい場所を聞くと「道具屋とか薬屋はある?」って。
彼等はこれから森を南に抜けて王都を目指すらしく、この村にはついでに寄っただけみたい。
ここから森の外の村までは、走れば半日ちょっとくらいだからそっちで宿を取る予定なんですって。
でもせっかく来たから、ここもちょっとだけ見て周りたいらしい。お昼前に出発するから少しだけ村での時間を過ごせる、と。
この村だけウェスリーの観光地を特集した雑誌に載ってないって言ってたから、気になるみたいね。
少し見せてもらったその「観光ガイド」という本は、細かい字がびっしり書かれている箇所と絵や図解で説明されてる箇所がある、厚みに反してとてつもなく中身の濃い代物だった。
観光地の周辺マップも何枚もついてて、かなーりお高い本であるらしい。それに発行数も少なくて予約待ちだとか。
彼らの持っていたのは数年前に発行されたって物だった。
よし、んじゃこの村の良さを少しでも見てもらって、口コミで言い触らしてもらう作戦開始。
とりあえず食べ物を見たいってことだしハンナさんのパン屋に案内しよう。
……雑貨屋は、多分日課の朝イチの模様替えを始めちゃったろうから、様子を見てから案内しましょう。
会議で「その毎日模様替えする習慣を直せ!客呼ぶ気ないだろ」って怒られてたのに、やっぱり今朝も商品を引っ張り出してガタガタやってたの見かけたのよね。
あたし達は彼がそういう人だって知ってるから気にしないけど、他所から来たお客さんはびっくりしそうだわ。なにより慣れてないと、どの品がどこにあるかなんて分からないだろうしなぁ。
いっそ、毎朝模様替えが終わる時間に開店するようにすればいいのに。
少し歩いてパン屋に到着すると、中へ入る前に窓越しにハンナさんと目配せしあう。準備オッケーね。
「あたしは体がおっきくてお店に入れないから、お外で待ってるね」
そう言って、ヒルダが店の前にちょこんとお尻を下ろすと、リデアが愕然とした顔で立ち止まった。
「そ、そんな……!」
まるでこの世の終わりみたいな顔で立ち尽くすリデア。
んー、確かにヒルダだけ外で待たせるのは可哀相かもだけど、中狭いからねー。しっぽにジャムとかついちゃうかもしれないし。
「ちょっとリデア、邪魔。そこで立たれたら中に入れないじゃない」
「うおー、いい匂い!焼きたてのパンなんていつぶりだよ」
でもリデア以外の三人は、歩いてきたそのままの速さで迷いなく店に足を踏み込んだ。
ドアの前から押しやられたリデアが「裏切りものー!」って怒ってる。どさくさに紛れてヒルダに抱き着いて存分にもふもふしてるから、別に本気で怒ってはいないんでしょうね。
店内をキョロキョロと眺めていたティアナが思い出したようにドアからひょいと顔を出し、外に向かって声をかけた。
「ほら、あんたの分も買ってきてあげるからおとなしく待ってて」
「あ、じゃあ私カボチャの入ってるやつ!ないなら何か野菜のパン!」
「あたしジャムサンドー」
「はいはい」
ティアナが仕方なさそうに応え、苦笑する。
リデアに続いてヒルダもちゃっかりリクエストをしていた。ヒルダったら、すっかり彼らになついちゃって。
店の外にヒルダを抱き締めてご満悦なリデアを置いて、店内ではハンナさんによる試食が振る舞われ、狭い店内に華やいだ声が広がっていた。
「なんだこれ、柔か!おお、こっちはサクサク!」
「ふわぁ、甘ーい……バターもたっぷり!贅沢な味だわー」
「これはすごい、サンドイッチだけで四種類も。見た目も鮮やかだ、どれにしようか」
ずらりと棚に並ぶパンはどれも好評みたい、頬を押さえてうっとりしてたり、様々なパンの中からどれを選ぶか真剣に悩んでいたり。
やっぱり試食して実際に味を知ると違うわよね。この分ならたくさん買ってくれるかな?
あたしもパンを選んでるふうを装って、さりげなくそんな彼らの様子を伺う。
綻ぶような顔で試食のパンをつまんでるのを見て、思わず右手の親指をぐっと立ててハンナさんに笑いかけた。
(よし、キャシー。次は食堂か薬屋に案内!この調子で頼むよ!)
(りょーかい!)
ヒソヒソと小声の会話は白銀の刃の三人には聞こえてなかったみたい。よっしゃ。
ではでは、村の魅力をアピールする作戦続行よ!
決意を新たにしていると、なんだか床がミシリと揺れたような。
そして戸惑うまもなく店の奥から大きな影がさす。
「よぉうこそお客人!私のパンは気に入っていただけたであるかな?」
「ひぃッ!?」
まずいと思った時にはすでに、まるで大木のように大柄な人物が店内に姿を現していた。
その瞳にモロに彼を写してしまった三人ともが溢れんばかりに目を剥いて、短く悲鳴をあげている。
ロベルトさん……!奥に隠れてるよう言ってあったのに。
あたしの横ではハンナさんが片手を額に当てて、あちゃーって顔してる。多分あたしの顔も同じようなもん。
この店の店主でパン職人のロベルトさんはでかい、しかもすごくマッチョだ。あと個性的な格好をしている。
あたしはこの村から出たことないから他の土地を知らないけど、こんな個性的な人は他所にも滅多にいないと聞いたこともある。初めて見たなら驚くのはよくわかるわ。
だから、会議でも外から来た人達には「(ロベルトさんには)徐々に慣れていってもらおう」ってことになってたのに。しばらくの間は店の奥にいるようにって決めてたのに。
普通に出て来やがったわね、このおっさんは。
「うちのパンはどれも自信作なのだ、さらに食べれば元気100倍!おいしい上に健康になる、村の名物なのである!さぁたくさん食べて私のように美しい筋肉を育てよう!健全な肉体にこそ強靭な心が宿るのである!!」
力強い言葉と共に両腕を左右に伸ばしてからグッと折り曲げ、大きな力瘤を作る巨漢。
やめて、マッスルなポーズとらないで。ティアナが涙目になってるから。フューリーの息も止まりかけてるから。
唐突に出現した威圧感溢れる大男が暑苦…フレンドリーな笑顔でポーズを決めながらゆっくり近づいてくる、その事実は彼らには少々重すぎたようだ。
もはやパンを見て高揚していた時とは真逆の青ざめた顔、ものすごい怯えっぷり。
白銀の刃の三人は混乱しながらもじりじりとドアに向かって後ずさりしていた。
……結局、ロベルトさんに怯える三人へ慌てて彼の無害さを説明し。ハンナさんは夫であるロベルトさんを店の奥へ引きずっていき愛の鉄拳をプレゼントして、三人に驚かしてしまったお詫びにと押し付けるように大量のパンを持たせていた。
白銀の刃のメンバーは、店を出てしばらく歩いてようやく少し落ち着いてきたみたい。
「ご、ごめんなさい、ロベルトさんは悪い人じゃないんだけど。なんていうか、顔が濃いというかむさ苦しいっていうか」
パンの入った袋を抱えてやや消耗した様子で歩く三人とヒルダにぴったり寄り添い歩く一人に、恐る恐る声をかける。
顔色は戻ってきたみたいね。
「い、いや。俺らこそ悪かったな、人を見た目で判断しちゃいけないって判ってるんだが」
「ちょっと、その……ごめんなさい。あの人迫力があって」
素直にそう言われ、思わず引きつった笑いが浮かぶ。
そうよね、初めて顔見ると赤ちゃんとか泣いちゃうらしいし。
「あ、あはは。作ってる人は確かに個性的だけど、モノはいいから!どのパンもおいしいし、食べるとちょっとだけ怪我とか治る効果もあるの。だから、えっと、また村に来て、じゃなくて食べに来てくれると嬉しい、なー?なんて、うふふ」
は、ハンナさんにフォローしといてって頼まれたけど、うまいこと言えないわ。でもでもホントにパンはおいしいし、村でお薦めできるもんは積極的にアピールしておかなきゃ。
張り付いたような笑顔をなんとか保ち頑張って宣伝していたら、最後尾を歩いていたアルフィスが立ち止まって俯いた。前髪が下がって表情が伺えないけど、これって。
うわ、まずい!
もしかして「もうこんな訳わからない村は出てく」って言われたり……ど、どうしよう!?
「……痛くない」
ポツリと呟かれた言葉に、他の三人も踏み出しかけた足を止めた。
なんのことだろうと思ってたら、アルフィスは自分の左の肘を持ち上げて凝視し始めた。
「痛くない?そこはアレだろ、一年前の……」
「ああ。完治はしたものの疼痛が残っていたんだが、さっきから全然痛みがない」
「そういえば私も、靴擦れしてたとこが痛かったはずなのに。なんで?」
「鞄の中のポーションが漏れてるんじゃね?」
「いや、蓋も開いてないな」
戸惑いも露に囁き会う四人、これはチャンスね!
「そう!あの店のパンを食べると元気になるのよ。さすがにポーションほどの効果はないっておじさんは笑ってたけど、下手な薬草より効果あるわ!毎日食べてるとお肌もツヤツヤになるし!」
これはホントだ、この村に住む人達はだいたい毎日おじさんの作ったパンを食べてるから、捻挫くらいなら遅くとも翌日には跡形もなく治ってる。
あたし小さい頃、てっきりパンには治癒効果があるものだって思い込んでたのよね。普通のパンは食べても何も起きないんだって聞いた時はびっくりしたもんだわ。
ちょっと得意になってしまう、まぁあたしが偉い訳じゃないんだけどね。すごいのはおじさんなんだけど。
「え、じゃこれって……」
「パンで回復したってこと?すごい、そんなの聞いたことない!」
「待て、値段も他の店で売ってるパンとたいして変わらなかったのに、薬草より回復効果があるってことか」
「マジか……!最高じゃないか、きっと祭りの期間限定のやつだ、味もいいし。日保ちするならこの期に買い込みたい、固パンだったら一月持つんだが、これだけ柔らかいと持って数日って所だろう」
「こんなの売ってるなんて、ここ寄って良かったわ!あーなんとか保存食に出来ないかしら、これ」
パンの袋を抱き締めて目を煌めかせ、なんだか熱心に話しあいだした白銀の刃パーティーの横でパンをもぐもぐしてたヒルダが、口の中のパンを飲み込むと得意気にムフーと鼻息を吐き出した。
「ハンナのお店のパンおいしーでしょー?あのねあのね、お祭りのげんてー商品はね、こういうのじゃなくってもっともーっと大きいの焼くんだよ!あたしでも一口じゃ食べられないくらい、おーっきいの!ちょっと辛くてオトナの味で、すっごくおいしーんだよー!」
「ヒルダちゃんパンくずついてる、おねーさんがキレーキレーしたげるねぇー」
「あ、えへへ。パンっておいしーけど上手に食べられないの」
「んーん、すっごーく上手に食べられてたよ!おいしかったー?」
「うん!おいしかったー」
リデア……なんだか最初に会った時のトゲがある貴方とは別人になっちゃってない?
彼女がにこにこと破顔しつつヒルダの口許を拭くのを見守って、なんとも言えない気分になってたらこっちに視線が集まってるのに気づいた。
リデア以外の3人が驚愕の表情を浮かべ、あたしとヒルダを交互に見ている。
どうしたのかしら?
「……祭りで特別に作ったパンじゃ、ない?」
ん?そういやさっきもそんなこと言ってたわね。
「ええ、お祭り用のは多分来週くらいから作るんじゃないかしら?さっきのパンは普段お店に並ぶやつよ。その日の仕入れにもよるけど、品揃えはだいたい毎日同じ。人気があるのはお昼前には売り切れちゃうけど」
あたしの言うことを聞くと三人は一瞬固まった後で、各々が抱える袋に視線を落してじっと見つめた。
「……か、回復効果があるのは…どれ…」
アルフィスが抱えた袋を開いて中身を見せながら、ちょっと吃りながら聞いてきた。
回復効果が、って、もしかして特別なのだけだと思ってたのかしら?
「店に並ぶやつは皆一緒よ。材料はちょっとずつ違うけど、どれ食べても元気になるわ」
「ま、じ……!?」
あれ、また皆驚いちゃった。あのパンってそこまですごいものだったのか。
それから次の目的地に着くまでの短い間、彼らは日保ちしないパンをどう保存するか、どうすればきれいな状態のまま大量に買って帰れるかを話し合っていた。すっごく真剣な、でも楽しそうな顔で。
ここはいい村だ、来て良かったって言葉が出て思わず頬が緩む。
そっかぁ、ロベルトさんのパンはとってもすごい物だったのね。ちょっと見直したわ。
「ヒルダちゃーん、おねーさんと一緒に大きな町に行きたくなぁい?ヒルダちゃんが一緒にいてくれたら、おねーさん嬉しいなぁー」
「んー、あたしここが好き!ごめんね、おねーさん……」
「だ、大丈夫よ!そんな悲しげな顔しないで、お耳が下がってるーんもー可愛い!大好き!」
「うぎゅっ」
……でも、リデアだけは愛に狂ったままだった。ほっておくとヒルダが連れてかれそうだから気を付けとこう。




