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くろねこの冒険~目指せ!異世界一周~  作者: 葉桜丸
第2章 ウェスリー王国あっちこっち
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91話 幕間 ある王子と彼の婚約者について

ゴールデンウィークが終わってしまった…!

大広間へと繋がるまっすぐな回廊は静まり返り、城で働く者が大勢行き交っている普段よりも広く思えた。

今日は朝からよく晴れていた。お陰で窓の外にはきれいな夜空が広がり、星が瞬いている。

この分なら招待客は全員問題なく参加できることだろう、占い師が不吉なことを言うものだから土砂降りの中でのパーティーになるかと不安だったが、杞憂だったな。


こうして俺が陛下と王妃様の護衛につくのはしばらくぶりだ。だいたい近衛隊の隊長がつくことになっているから、副隊長である俺は他の仕事をすることが多い。

その俺がなぜ今日は陛下の護衛についているのかと言うと、隊長に少々問題が発生しているせいである。

正確には、騒ぎたてているのは隊長本人ではなく、周りの人々なのだが。



人気がなく閑散としていた回廊だが、大広間に近づくにつれポツポツと人とすれ違うようになってきた。

廊下を進む王様と王妃様に深々と頭を垂れる兵士、文官、メイド達……だがすれ違うそのいずれもが、王に付き従う騎士達の姿を見ると大なり小なりがっかりした顔をする。

そう、俺だ。俺を見て、すごくがっかりした表情になるんだ。


だから!だからヤなんだよこの役目!

ちらり、と反対側を歩く騎士に目で訴える。しかし彼はゆっくり小さく頷くだけ。心なしかその目に慈愛が浮かんでいることにまた腹が立つ。


現在俺と一緒に陛下の護衛についている騎士達は、俺の部下でもあるが微妙に扱いが異なる。

彼らは隊長直属の部下である。近衛隊長に常についてまわり、国でもトップレベルの知識と技量を持つ。その権威は、実質で言えば副隊長の俺と変わらないだろう。


二人とも名家の嫡男であり、家柄・実力ともに俺に劣らぬ精鋭揃いな彼らは、やはりと言うか姿形も整っていて立ち居振舞いも完璧な貴公子だ。

だが。普段はそんな彼らを率いる隊長その人があまりにも人目を引きすぎて、共にいる彼らが目立つということはあんまりない。しかし、今日はいつも隊長がいる位置に俺がいた。


「……ね、ヨシュア様って結構ステキじゃない?」

「本当に。いつも見ているのに気づかなかった、ヒース様も凛凛しくて格好いいわ」


うう、無駄に高性能なこの耳が憎らしい。

ほうっ……という艶のある溜息に続いて聞こえてくる、年若いメイドや文官(女性)の囁き声。

ちらりと目玉だけ動かして噂された帳本人のほうを見れば、いつも通りの無表情なヨシュアだが、その耳がちょっぴり赤くなっている。ヒースも顔はキリッとしたままだけど鼻の穴がわずかに膨らんでいた。


思わずじろーっと横目で睨めば二人の眉が微かに動いて、浮わついた態度は一瞬で消え失せた。

視覚で捉えることなく気配だけで察するとは、さすがだな。


……わかってるから落ち込まないぜ。俺の顔に華がないってのは自分自身が一番知ってるからな!でもてめぇらの引き立て役ってのはなんか腹立つんだよ!


くっそ、こうなったのもダニーのせいだ。いやあいつは何も悪いことしてないんだけど、むしろさっさと婚約者決めろって急かしたの俺だけども。

だってあいつ、俺と年変わらないんだぞ?なのに嫁どころか婚約者候補すらいないって、貴族としては異常じゃん。友人として心配するのは当然。

でもまさか、初対面ですぐその場で「彼女と婚約します」なんて言うと思わないだろ。



内心もやもやした苛立ちを抱えつつそんなのおくびにも出さないでいたが、廊下の途中で合流した宰相様に優しく肩を叩かれてまたイラッと来た。

ヨシュアもヒースも俺の眉がピクリと上がったのに気づいたらしく、慈しむ目を投げ掛けてくる。


……うっざいわお前ら!つーか宰相様、なにその格好!?

なにそのいつもよりキラキラしい服、宝石ついた眼鏡、髪型もいい年して気合い入りすぎだろ!?

確かに宰相様は奥様亡くして独身だけれども、成人した子供が三人もいる中年親父じゃないか!渋くてステキってよく言われてるけどさ!

ぐぬぬ、いつものパーティーの時は毎回似たようなネズミ色のスーツ着てくるくせに、眼鏡も普段は銀縁のシンプルなやつなのに。

この親父さんは毎年、王誕祭の時くらいしか着飾らないのにな。


これはアレだ、王妃様の差し金か。

いつも会場で一番華を振り撒いてる奴がいないもんだから、他の独身男にその穴を埋めさせようという腹だな。

よくよく見たらヨシュアのボロブーツもおニューになって、ヒースも前髪すっきりしてるし。


今日のパーティーは国内の高位貴族だけじゃなく北と南の王子一行が来てるし、うちの国で一番の「名物」が不在はまずいというのは理解できるが。

でも、男は別にここまで気合いいれて飾り立てなくてもいいんじゃない?奴がいない分は令嬢方に着飾ってもらえばいいだろ。

宰相様とか、万が一今さら再婚する話とか出たら、親類の方々が超揉めるよ?



それにしてもダニーか……

あいつが女にモテるようになりだしてからの事が頭を過って、遠い目になる。

勇者時代は今みたいに異常なモテ方じゃなかったけど、魔王を討伐して帰ってきてから徐々に……急に背が伸びて筋肉マッチョになりだしてから、だな。


あいつは魔王を探す旅の間に色々あったらしく、成人前後くらいから狂ったように体を鍛え始めたそうだ。南に住む獣人達が教えたという筋トレ、それが今のあいつを造り上げたと言っても過言はない。

昔は小柄で華奢で、髪も長く伸ばしてて女の子より可愛かったんだがなぁ。魔法はバカみたいに強かったけど、気が弱くて大人しいうえに、体も弱かった。

お偉方からは剣より杖を持たせて、魔法使いとして育成すべきだって意見が出るほど貧弱で。

あれがまさか、俺よりでかくなるなんて思いもしなかったよ。



そうそう、奴の異常な愛されぶりを語る上ではずせないのは、数年前他国の令嬢が、あいつに夜這いをかけるために深夜の城へ忍び込もうとして捕まったことか。

恐ろしいことに彼女は、国境で正規の手続きもせず密入国で侵入していた。

まぁ、夜這いは失敗に終わり無事母国へと送り返しはしたものの、彼女の属する国のお偉方には淑女に恥をかかせただの何だのと言いがかりをつけてこられて大変に揉めたものだ。


ちなみにその時の見廻組だった俺以下数名は、ダニーの名前を呼んで暴れ狂う令嬢相手にとても苦戦した。

本人は遠慮なく俺たちのこと引っ掻くわ殴るわ蹴るわ、なのにこっちがちょっとでも触れようもんなら「いやー!犯されるぅー!助けてダニエル様ぁー!!」だもんな……あんなのどうやって取り押さえろってんだ。

騒ぎを聞き付けた女性兵士が駆け付けてくれなかったら、多分収拾つかなかったよ。



思い出したら疲れてきた……

おっと、王子殿下方と王女様達がいらっしゃった。そろそろ大広間に入る時刻なのだろう。


うーむ、我等が麗しの第一王子、ジルベルト殿下。

またちょっと背が伸びたみたいだ、この頃はすっかり大人びてこられた。

よしよし、今回はさすがに自分の婚約者を連れてきたか。彼が己の婚約者、ハインツ公爵家のご令嬢であるディアナ様と並ぶ姿は、当たり前の光景のはずなのに何故かほっとする。


艶やかな明るい金色の髪を紺色のリボンで一つに結ったジルベルト様は、明るい笑顔で陛下と王妃様とあいさつを交わしていた。陛下もにこやかに笑いかけ、学園での生活について話しかけられている。

が、そんな二人に対し、陛下の傍らに立つ王妃エマ様の表情はきつい。とってもきつい。笑顔ではあるのだが、普段から鋭い目つきがさらに細められていて気のせいか冷気を感じるほどだ。


ジルベルト様と一緒にいらした第二王子のエドワード様も、王女フランシア様も眼差しをきつくしてジルベルト様を睨んでおられる。それぞれに付いている近衛騎士が顔を強張らせるほどには険悪な雰囲気である。

エドワード様はまだ10歳だというのに、王妃様そっくりの目つきをされるようになられた。子供の成長は早いものだとしみじみ思う。


本日フランシア様をエスコートされる、婚約者のトーマス様も眼鏡の奥で苦笑いを浮かべている。

彼は先日14歳になったばかりだが、中々どうして品の良い紳士に見える。これは身のこなしが優雅なだけでは、まして着ている物が最高級なせいだけではない、彼の醸し出す知的な雰囲気のなせる業か。まるですでに成人した青年貴族のようだ。

あぁ、彼もすっかり大きくなったものだ。身長だけならすでに大人と変わらない、成人間際の子供ってめちゃくちゃ育つよねー……



……現実逃避していても何にもならない。それは分かってる。んだけども。

「「「………」」」

無言で冷たい視線を放ち続ける、エマ様以下2名。

彼らの見つめる先にはジルベルト様。

睨まれているのはさすがに気づいているようで、決してエマ様のほうを向こうとはしない。笑顔で陛下と言葉を交わしながらも、額にはじわりと汗が浮かんできている。顔色も悪い。


エマ様がこれほどに冷たい怒気を溢れさせているのには訳がある。

ジルベルト様の傍らに立つ、婚約者たるディアナ様にちらりと目を向ければ、その華やかな美貌に落ちる暗い影に気づく。くっきりとした細い眉は悲し気に下がり、伏せられた長い睫毛が影を落としている。

ジルベルト様は、決してディアナ様と目を合わせようとしない。腕を組んで並び立っているというのに、確かな拒絶の意思が透けて見えるほどに彼はディアナ様の顔を見ず、ただの一言すら会話をしようともしなかった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



ジルベルト様は今年成人を迎える、見目麗しく利発な少年だ。幼い頃から優秀で国民からの支持も高く、成人と共に王太子に拝命されることが確定している。


なのだが、学園の卒業もそろそろという最近になって、その彼の様子がおかしくなり始めた。

学園入学以来、優秀な成績と他の模範となる真面目な生活態度を保ってきたはずの殿下が、なんと女遊びに目覚めてしまったらしい。



王立魔法学園という場所は、例え王直属の近衛隊であっても明確な理由がない限りは立ち入ることは出来ない。

中へ入れるのは学園関係者と、国内から集まった学生達だけ。その中でも貴族クラスの者は一定数の付き人を許されている。

なので俺が直接見聞きした訳でなく、王子についている護衛騎士とメイド、また学園からの報告でしか知らないのだが……どうやらジルベルト様は、己の婚約者でない女生徒と親密な関係になっているらしいのだ。


なんでも、他のクラスメートとは親しいながら適切な距離感を保っているのに、件の女生徒……レイチェルとかいう令嬢とは休み時間のたび仲睦まじく話していたり、人目を憚らず手を繋いで歩いているという。護衛の話ではそれは一度や二度のことではなく、最近ではほぼ毎日……そんな様子が見られるらしい。


徐々に周りの目も不審なものへと変わり、将来は殿下の側近となるべく常に傍についている高位貴族の嫡男数人が何度となくお諫めするも聞き入れて下さらず、むしろこの頃では側近候補の彼らまでもが件のレイチェル嬢に好意を抱いている様子すら見られるとの報告まで上がった。


ことが教室の中だけで収まればまだ誤魔化しようもあったろうが、ジルベルト様は注目を集める王族である上に大層人目を惹く外見をしているのに、全く周りを気にしないで所かまわず二人で甘い空気を漂わせていれば、到底気づかれずに済むはずもなく、もはや今では学園中でその事実を知らぬ者はいない状態である、という……



ジルベルト様の婚約者であるディアナ様は、そんな彼の行動に大変ショックを受けていた。

その華やかな外見に反して繊細な彼女は、殿下が「悪い遊び」にのめりこんでいるのは己に魅力がないせいだと、彼の気持ちをつかむ努力が足りないせいだと随分と思い詰めてらっしゃるそうだ。


俺としてはとんでもない思い違いだと思う、陛下も王妃様も、むしろ城にいる連中はだいたい皆そう思ってます。

ディアナ様が魅力ないとか、んな訳ないだろ。

成人前でジルベルト様の婚約者だし、他の男共に会う機会を最低限に抑えてるから、自分の魅力をきちんと理解されていないのかもしれない。家族や女同士で「きれいね」って言われるのと、異性に言われるのとはやっぱり違うだろうし。

学園でも男共は遠巻きに見つめてるだけだって話だしな。


濃い茶色の細く柔らかな髪は少し癖があり、風が拭くとふわふわと揺れる。

小さな顔にひときわ目を引く、長い睫毛に縁どられたくっきりと大きなアーモンド型の吊り目は鮮やかな碧。すっと通った小さく高い鼻、ぷっくりとした唇は艶があり、紅を差していないのに蠱惑的な赤色で。

未成熟な少女の趣を残しながらも大人の色気が漂い始めた、そんな危うい可憐さに溢れている。


そう、ディアナ様はものすごい美少女なのだ。

しかもその華やかすぎるお姿に反して、とても淑やかで控えめな性格をしている。困っている人を見ると無条件に手を差し伸べ、家族友人はもちろん使用人どころか通りすがりのじいさんにさえ思いやりと労わりを余すことなく振りまき、その尽きることのない優しさはありとあらゆる存在へと注がれていた。

いつも優しい言葉をかけてくださり、差し入れも頻繁に下さる彼女のことを、近衛の間では密かに「愛と美の女神」と呼んでいたりもする。

うん、やっぱただ単にジルベルト様の女の趣味が悪いだけであると断言できる。




王誕祭まであと数か月というこの時期においてなお、周囲に混乱と悲哀を配り歩きながらジルベルト様の困った交友関係は陛下と王妃様を悩ませていた。


先週末開かれたある伯爵令嬢主催のお茶会で、ジルベルト様があろうことかレイチェル嬢を伴って参加されたというのだ。

殿下の婚約者であるディアナ嬢はそもそも殿下が出席されるということを知らされていなかったらしく、自家の馬車で弟君とお出になられており、お茶会の会場で友人の令嬢方と楽しく歓談されていたのだが、二人の姿を見留めるなり顔を真っ青にして凍りつかれてしまったそうだ。


もちろん、参加者の方々が唖然としたのは言うまでもない。

学園ではそれこそ二人の親密さは周知の事実ではあったが、あくまでも「学生時の遊び」と辛うじて容認されていたのに、公の場でまで堂々と……しかもその姿を婚約者の目の前で晒したのだから。



この日ジルベルト様の護衛を勤めていた者達は、殿下が馬車に乗り込むなりレイチェル嬢を迎えに行くと聞いた段階で必死になって諌めたそうだが、殿下は側近候補の二人と揃って「レイチェルに何の問題がある!?」と激高し、逆に厳しく詰られたのだという。

さらに悪いことに、その日近衛副隊長である私は所用でダニーと共に王の傍についていた。


殿下の護衛から緊急呼び出しを受けて駆けつけた時にはすでに遅く、お茶会に参加した方々が異様な静けさの中で遠巻きに見るその中央に、殿下と側近候補二人とレイチェル嬢が楽しそうに会話の華を咲かせている光景は、まるでそこだけ切り取られた絵のようで、周囲からまるっきり浮いていた。なんていうか、彼らの背景にお花畑が幻視できたよ。


あまりに異常なものを見てしまいさすがに動揺した俺だったが、すぐ気を取り直して殿下とレイチェル嬢をほぼ無理矢理会場から連れ出したのだ。

が、あれだけ堂々とやらかしてしまえばすぐさま噂になるのは当然だったろう。


レイチェル嬢を抱き締め離さずに苦言を繰り返す殿下を馬車の中に押し込み、御者に王城に行くよう指示を出しながら慌てて陛下の元に使いを出したものの、さすがに王権を振りかざして「このことは誰にも言うな」と命令するのは、いささか状況が……それにあの会場にいた貴族の人数だけでも30人は下らない。付き添いや護衛、給仕していた屋敷の者らを加えたら中々の数だ。

陛下も王妃様も、これはもう隠すのは無理だと早々に諦める以外なかった。


散々な一日を終えて後日、件の伯爵にお茶会を台無しにしてしまったお詫びを言えば逆に心配する言葉をかけられ、陛下は頭を抱え呻いておられたものだ。




この事件が起こるまで陛下は己の息子たるジルベルト様をかろうじて信じておられたが、ここにきてやっと事の重大性を認められた。

ディアナ嬢との婚約を破棄しレイチェル嬢を正妃候補として新たな婚約を、と求める殿下を、ようやく陛下は叱りつけるに至った。

殿下も滅多に怒ることのない、父である陛下に言われて、渋々とではあるものの己の行動を反省する言葉を口にしたらしい。俺は聞いてないけど。

彼はその場ではレイチェル嬢を正妃に迎えるなどということは不可能だと納得していた、らしいんだが。


腕を組み並び立つ、ジルベルト様とディアナ様。

彼女が腕を絡めるためちょうどいいように腕を曲げてはいるものの、決してその顔を瞳に収めようとはしない殿下。そしてまるで傍らの男の顔を見ることを恐れているかのように暗い表情で俯き唇を噛む彼女の姿からは、良いものは感じ取れなかった。

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