90話 ジャックジャックジャック
きまぐれ更新です、待って下さってる方がいたらお待たせしてごめんなさい。でも読んで下さってありがとうございます。
小さな三角にカットされたサンドイッチをかじる。
これはどこの家でも週に一度は作ってる、ありふれた物。もちろん、私も大好物。ありふれたメニューなのにお祭りにまで作ってくる人がいたのね。
ま、お祭りってことでハムもチーズもいつもよりちょっとだけ分厚くなってるけど。
村に突然オークの群れが現れたのが数日前。
そして今、オークどころかオーククイーンを討伐した記念として、お祝いのお祭りが開かれていた。
「なーんか、嘘みたいな話よね」
思わず呟いたあたしを、皆は一瞬きょとんと見つめていたけど。すぐに何に対して言ってるのか理解して頷き合う。
「ホントだよ、自警団なんて言って私はてっきり仕事サボる口実だと思ってたのに。うちの旦那があんなに頼りになるなんて!惚れ直しちゃったよーやだねもう」
一人が言えば皆激しく頷き、眉が下がってくる。心なしか頬が赤くなってる人も多い。
みなさん夫婦仲が円満でよろしいことで。
でもそうよね、確かに村の自警団てただの見廻りと、門を出入りする人をチェックするだけかと思ってた。
自警団の面々が森の魔物を退治してるのは知ってたけど、魔物と戦うとこを直接見たことある人は少なかったみたい。
ルッドさんとか、あたしがいくら言っても武器を振ってる姿は見せてくれなかったもの。もう子供じゃないんだから、素振りしてるとこに飛び出したりしないのに。
「まさかこの森にあんなたくさんオークがいたなんてねぇ……結界を壊す知恵があるってのも驚きだよ」
「今回は騎士様方がいたから全員無事に済んだものの、今いる村の者だけだったらもたなかったろうね。シスターやヒルダちゃんも頑張ってくれたけど、あの数が相手じゃ……きっとあたしらは逃げきれなかったよ」
「本当に、騎士団がいるこのタイミングで魔物が出るだなんて、不幸中の幸いだったわ」
明るく笑ってはお酒を飲むおばさん達だけど、昨日オーク達がすぐ傍まで迫ってきた時は、震えながらフライパンを握りしめてたり子供を抱いて泣いていた。いつも気丈で底抜けに明るいおばさん達のあんな姿は見たことがなかった。
私も皆も、すごく怖かったのよ。
思い出すとまだ胸がドキドキするけど、こうして皆無事で焚き火を囲んでると頭の中で燻る不安が散ってく気がする。
みんな、ここにいる。生きてる……なんて幸せなことなんだろう。
胸の奥にじんわりと浮かぶ暖かなものを感じながら、私も果実水を一口飲んだ。
森の中にあるこの小さな村は、賢者様のかけた結界で守られていて普段は魔物なんて入ってこない。むしろ村の外の人にも長年気づかれなかった。
何年もの間その結界を支えてた大きな魔石は村の周囲を囲むように隠して配置してあって、人間で結界魔法の知識がある人ならそうと分かるだろうけど、知能の低い魔物にそれがどういった物なのか理解できるとは思ってなかった。少なくとも昨日までは。
「でも、ほんとありがとうねキャシーちゃん」
「へっ!?」
わいわいしゃべってたおばさんの一人がふいにあたしにお礼を言ってきて、間抜けな声を返してしまう。
「そう、キャシーちゃんが頑張ってくれたから、教会のワルガキ共は助かったのよ。さすが魔法使いだ」
「あのオーク共と来たら、まさかあんな知恵があるとはね。半分に別れて建物の後ろから回り込んでくるなんて、あたしゃ肝が冷えたよ」
恐ろしいものを見たように顔をしかめ、ぶるぶると頭を振るのは食堂の女将さん。
口々に誉められて笑顔で頭や肩を叩かれ、かあっと顔が赤くなる。
「そ、な、あたしなんて、結局!あれだけ魔法で攻撃して、一匹も仕留められなかったのよ?あたしじゃ、あたしだけじゃあ、あの子達を守れなかった……」
思い出すと気分が沈み、俯いてしまう。
あの時は必至だったから、それにこないだ初めてゴブリンに立ち向かったせいで多少は度胸がついてたみたいで、今回はきちんと魔法を発動させることができた。
でも、あたしの放ったファイヤーボールはオーク達を一瞬怯ませることに成功したものの、奴等の体に小さな焼け焦げをいくつか作っただけ。もし、シスター達が来てくれてなかったらどうなってたかわからない。
あたしの魔法を受けてもふらつきすらしなかったオークを見て、自分の実力不足を嫌と言うほど実感して、泣きたくなるほど悔しかった。
あたしは、皆を守りたくて必至に魔法を勉強してきたのに。
賢者様みたいに皆を守れるくらい強くなりたくて、でも不器用だから剣とか槍とか上手に扱えなくて、あんまり背も伸びなそうだから魔法使いの道を選んだ。
お父さんは「お前には無理だろ」って笑ってたけど、調べてもらったらホントに魔法の適性があって嬉しくって、教会に行くたび賢者様に頼んで訓練してもらって。覚えがいい、集中力さえつければ実戦に耐えられるって言われて、舞い上がってた。
俯いたまま、悔しくて堪らなくて唇を噛む。
そんなあたしの肩をあったかい手が包んだ。次いでくしゃくしゃと頭を撫でられる。
「キャシーちゃん。あんたは逃げずに戦って、立派に子供らを守ったんだ。なかなか出来ることじゃないよ、もっと胸張っていいんだ」
女将さんに優しくそう言われて顔を覗きこまれた。
目尻に入った笑い皺、ふっくらとした頬にはエクボができてる。彼女の満面の笑みを見たら瞼が熱くなってきた。
「わ!……ちょ、リタ?」
突然、リタが飛び込んできた。
すごい勢いだったものだから、支えきれなくて一緒に後ろにひっくり返りそうになるけど女将さんが受け止めてくれた。私達二人分の重さをものともしない、すっごい安定感、さすが女将。
「うううー!うぐっ、私、私……!」
リタはあたしの胸にしがみついて鼻をグスグス鳴らし始めた。
ええー!?この娘が泣いてるとこなんて初めて見た……!
「そっか。リタちゃんは馬車のほうでオークに襲われたんだっけ。怖かったよねぇ、村の外で皆も傍にいなくて……思い出させちゃったね、ごめんよ」
武器屋のおばさんが嘆息するように呟く。声には慈しむような優しさが溢れ、瞼にはうっすら涙の幕が張ってくる。
おばさんは私に抱き着いて震えるリタの背中をゆっくりと撫でて、涙のにじむ目尻を下げて穏やかに笑った。
私も、恐る恐る彼女の肩に手を載せ、さする。あたしより小柄で細い体、丸味はあるのに薄い肩はぶるぶる震えていた。
そっか、この娘はあの時皆と一緒じゃなかったんだっけ。
村から離れたところでバリーおじさんと二人きり、いや毒キノコで錯乱した冒険者に誘拐された挙句オークに襲われたって聞いたわ、そんなのどれだけ恐ろしかったのか想像もつかない。
ああ、こんな話するんじゃなかった、おばさんの言う通り思い出させちゃったのね。
同い年で姉妹のように育った彼女の辛さを思うと、あたしまで悲しくなってくる。
しばらくそうして、泣き続けるリタを抱き締めていた。
おばさん達はそんなあたし達を見守るよう傍に付き添いながら、おしゃべりしつつ思い思いにくつろいでいる。
「そうだ、確か馬車でオークに襲われてたとこをクルルちゃんが助けに来てくれたんだったっけ。あの子も中々やるじゃないか、ねぇどうだいリタちゃん、ああいうタイプは?」
そろそろリタも泣き止んだし、落ち着いただろう。と思った時、ふいに一人がそう言って話題をこっちに降ってきた。
「今まで村であんた達と年が近い子はアレしかいなかったろ。アレと比べりゃ、ずっとかっこいいんじゃないかい?」
「あー確かにね。坊ちゃんは顔はともかく、性格がねぇ……お取り巻きの子達は問題外だし」
「あっははは!問題外ですって、酷いわねー」
「あら、あなただって前にそう言ってたじゃない」
「だってあの子達と来たら、いくら仕事頼んでもろくに手伝いもしないで、やれ手が荒れるだの日に焼けるだの言うのよ?どこのお嬢様かっての」
「ほんとかい、そりゃひどいね!」
「そうそう、こないだなんてね……」
おばさん達のおしゃべりが止まらなくなった。すっごく楽しそう、さっきまではあたし達に気を使ってくれてたのね。
ちなみに彼女らの言う「アレ」とはロドリックのことだ。
あいつの親は一応貴族ではあるらしいけど、こんな田舎の村に住んでいることからも分かる通り、名ばかりの貴族である。父さんは「土地なし貴族」とか言ってたっけ。
奴の父は、この辺一帯を治めてる領主様と同じ男爵位ではあるんだけど、その権威とかは全然違うのだ。
聞くところによれば、何か立派なことをして王様の目に留まると平民でも爵位を授けてもらえるみたいで、ロドリックのお父さんが若いときに貴族になったらしい。
平民がもらえる爵位はみんな「男爵」と決まっている。
平民出の男爵は代々の貴族家とは違って子供に受け継がせることは出来ず、一代限り。そして領地はない。でも、毎年国からお金がもらえるから普通の平民よりは遥かにお金持ちだ。
一代限りの爵位。でもそこからさらに頑張って何かしらの偉業を達成すれば領地のある男爵位へと昇爵されることも稀にあり、領主様なんかが正にそれだ。
領主様は10年前、勇者様が魔王を倒す旅に同行し、護衛を勤めあげた元平民。勇者様達の旅を助け、共に苦難を乗り越えた末に無事生きて戻ってきた、すごく強い方らしい。
しかも若くて独身、さらに顔もかっこいいと専らの評判である。
そんな男爵様には婚約者がいるらしいんだけど、まだ結婚はしてないからってことで、密かに花嫁の座を狙う貴族のご令嬢がたくさんいるんだとかなんとか。
今ではお城で近衛騎士団長を務める元勇者様には負けるものの、多分この国でトップ3に入るモテ男なのだ。
あれ、そういえばロドリックのお父さんのほうは何をして爵位をもらったんだっけ?確か以前、あいつが自慢話してた気がするんだけど……思い出せないなぁ。珍しい魔物を倒したんだっけか?
ま、いっか。どうでもいいし。
父さんは領主様のことは「土地持ち男爵」って呼んでたな。
土地持ち男爵は王様から領地を与えられ、そこを治めることを許されてる。
領民から税金を集めて、港のほうにある領都で大きなお屋敷にたくさんの使用人と一緒に住んでるんですって。立派な家臣、お抱えの絵師や学者もいるって聞くし、きっと王様みたいな生活をしてるんだろうなぁ。
っと、つい違うことを考えちゃってたわ。
おばさん達の笑い声で雑念から現実に戻ってこれた。ほんと、この村の女の人って皆元気よね。
そういやリタは大丈夫かしら?
「…………」
あ、あれ、リタが動かない。なんか静かだし。
あたしの胸に顔を挟んで両手でしがみついたままのリタの肩を掴んで引き剥がす。涙はもう流れてなかった。
なんだ、もう。泣き止んだなら離してよね、心配するでしょ。それにいくら友達相手でも抱き合ってるのは恥ずかしいもん。
「リタ、落ち着いた?大丈夫?」
「…………」
俯いた彼女の顔はまだ強ばっていた。
涙はほとんどひっこんだみたいだけど、少し瞼が腫れちゃってるみたい。美少女なのに台無しね。
目を擦らないように、そっとハンカチを宛てる。
「……クルル君、ね」
唇を動かさないでポツリと呟かれた声に、ハンカチを持つ手が止まった。
「私、彼が助けに来てくれたとこ見てないの。気絶しちゃってた、から」
「そうなんだ……ほんと、無事で良かったわ」
またちょっと強張った顔になってしまったリタ。震えは止まったみたいだけど、不安はそんなすぐに消えないか。
相手がオークじゃ、万が一の場合悲惨な可能性しか思い当たらない。奴らを目前にしたその恐怖は容易に想像できた。
クルルは頼りない奴だと思ってたけど、案外強いのね。あたしにとっても親友の命の恩人だわ。
「あら、残念だねー!囚われのお姫様を王子様が助ける、って物語みたいのを想像してたよ」
「そうそう、お姫様みたいに抱き抱えられて、白馬に跨がって村に帰るの!」
「リタちゃん可愛いからお姫様のイメージに合うわー」
何人かがそう言って、からからと笑いだした。
……ドレスを着たリタを抱き抱えて白馬に跨がるクルルを一瞬脳裏に浮かべてしまい、ふるふると首を振る。
ないわー、リタは確かにお姫様っぽいけど、クルルが王子様とか無理でしょ。
そう思って、でも妙な違和感があって正面にいる少女をなんとなく見る。すると、リタの頬は真っ赤に染まっていた。
「おや!リタちゃん、その顔はまんざらでもないね?」
「んー、親父さんもあの子なら喜んで入婿として迎えてくれるんじゃない?まだ若いからね、これから仕事仕込めば子供が産まれる頃には一人前になるわよ」
「「!?」」
また笑いながらそう言って、面白がるように好き勝手なことを言うおばさま方。気のせいかもだけど、私とリタのほうをチラチラ見てはこらえ切れないというような厭らしい笑みを浮かべている。
あたしは、その言葉になんだかすごい衝撃を受けて何も言い返せなかった。そんな馬鹿な事ありえないでしょって否定したいのに、口がパクパクと開くだけで声が出ない。
い、入り婿?子供、子供……!?
もみもみもみ。
「きゃっ!?」
胸元に妙な感覚を覚えて思わず悲鳴をあげたら、何故かリタがまたあたしの胸に顔を埋めて、あろうことか両手でもって左右の胸を鷲掴みにしていた。胸が変形して細くてきれいな指が沈みこむほど、なんていうか全力で揉んでる。
「ななな何すんのよ!?ちょっと!」
抗議しつつ彼女の両肩を掴んで再度引き剥がす。が、あたしから離されたリタは両手を掴んだ形のまま動かさず、険しい顔をしてあたしの胸の辺りを無言で見つめていた。なんとなく身の危険を感じて両手で胸を隠す。
「……勝てる気がしない」
ボソリとこぼれた言葉の意味がわからず、でもとりあえず抗議の意思を示すためギッと睨み付けるが、リタは今度は自分の手を右、左と凝視していてこっちを見ようともしない。
「あー……」
周りでわいわいしゃべってたのが嘘みたいに静まり返っていた空間に響く、妙に納得したような諦めたような声。一人の声じゃない、ほぼ全員が口を開けてる、そしてなぜか何度も深々と頷いていた。
……どうでもいいけど、なんで皆あたしの胸をチラ見してるの。訳わからないながら不快なんだけど。
「そ、そういえば。この村に今何人のジャックがいるか知ってるかしら?」
唐突にそんなことを言ったのはあたしのお母さんだった。なんか、目がキョロキョロ泳いでる……なんなの?
ねぇさっきの、何?
ジャックが何人いるかってのも気になるけど、あたしはさっきのセリフの意味とかリタの奇行の訳が知りたいわ。
「あーあーあー!そうだね、そういや猫のジャックが来たから、これでジャックって名前の奴は3人か!」
「鍛冶屋の見習いジャックに、教会のちびのジャック。ちょっと紛らわしくなってきたかもね」
「おや、そういや坊ちゃんとこのお取り巻きにもジャックがいなかった?」
「そっか、あの子もそういえばジャックだわね。忘れてたよ」
「ん?ミゲルんとこの子犬も確かジャックだったし、こないだ生まれた子牛にも賢者様はジャックってつけてなかった?」
「……つけてたね。考えてみたら子猫にも一匹いた気がする」
「あらら、いよいよもって困ったことになってきたわー」
「賢者様に名付けを頼む人は多いから、あたしは近いうちにこうなるような気はしてたよ」
「男はみーんなジャック、女はアンナかシア。だいたいがこれだものね」
困ってる顔をしつつ、さもおかしそうに話し始めたおばさま方。徐々に加速していくそのおしゃべりの応酬に、これはもうさっきの話を蒸し返すのは無理かな、と諦めが湧いた。彼女らがこうして話し始めたら、その方向を思い通りにすることは不可能と言っていい。
まぁいいわ、お祭りの後でお母さんにでも聞いときゃいいし。
「……」
「ちょっと!?なによその手は!?」
あたしは、何故か両手をむにむにと動かしながらこっちににじり寄ってくるリタの視線から両手で胸を庇うのに必死で、彼女にも色々聞きたいことがあるけど断念することにした。
なんか目つきが危ないし、あたしの胸から視線がはずれないしで怖かったんだもの。
「ねぇ、何を食べたらそうなるの?どんな生活をすれば大きくなるの?むしろ重くて肩がこるならちょこっと私に分けてくれてもいいんじゃない?」
「何言ってんのっ!?ちょっ、目つきヤバいわよリタ、いつもの淑やかぶりっこはどうしたの!?酒場で飲んだくれてるエロ親父みたいになってる!」
「3cm、いえ5cm相当でいいからちょうだい、むしろ片っぽ交換して」
「その手つきやめてよ!な、なんなのよ急に!?いやー!」
「逃がさないわー!」
両手を前に伸ばし激しく揉む動きをさせながら鬼気迫る表情で追いかけるリタと、スカートの裾を翻して全力疾走で逃げるキャシーを見て大笑いしながら、村の女達は酒を飲み、ごちそうに舌鼓を打つのだった。
リタさんの胸はほぼ壁です。




