89話 青い髪の男
今日はもう1話投稿していますので、そちらがまだの方は読んでいただけると嬉しいです。
ふいに視線を感じた。
まるで強大な魔獣に見つめられているような、なのに悪意が一切感じられない、不可思議な気配。反射的に視線の方向に目をやって驚く。
そこには、真っ青な髪の男がいた。珍しい色の髪だが、それよりなにより彼の目に気を引かれたのだ。
距離があるからそんなによく見えないはずなのに、何故かその瞳の色がよく解る。
男の瞳はそれは鮮やかな青色をしていた。よく晴れて雲一つない空のようにも、底が見えるほど澄んだ湖にも思える、まるで光を受けて瞬く宝石のような美しい青。
……何かを見て感動する、とか。そういった心の動きがあまり解らないオレだけど、彼の持つ色は「いいな」と自然に思えた。
ジャックのふわふわの黒い毛並みやキラキラした金色の目を見てる時はすごく幸せな気分になる、何故か今それに似た気持ちが胸をいっぱいにしていく。
いいな、キレイってこういうのを言うんだろうなぁ。
こんなにキレイな青がこの世にあるなんて。
あんまりにもキレイだったから、ついじっと見つめてしまっていた。
時間にすれば数秒ほどだろうけど、我に帰ると青い目の男がこっちに手を振っていた。
あ、そうだ。知らない人をジロジロ見るのは失礼だったはず。ああ、こんなきれいな目をした人に嫌われてしまうのは悲しいな。オレは咄嗟にそう思い、寂しい気持ちになる。
だが、男は怒っていなかった。むしろ笑っている、そしてこっちに向かって歩いてきた。
この人も、多分村の住人なんだろう。
まだ挨拶をしていない、ジャックに習った通り「近所付合い」としてきちんと挨拶をしておかないと。なにより、これほどきれいな目をした彼に嫌いだと思われたくない。
青い目と髪をした男はガルムというらしい。
彼はとても明るく朗らかで、オレに対しても親しげに話しかけてきた。上手くしゃべれないオレのたどたどしい言葉も辛抱強く聞いてくれる。
「クルル、ガルにーにはいっぱいいろいろ知ってるんだよ!強くて楽しくて優しくって、なんでもできるの!」
ガルムと一緒にいた白いふわふわの大きな狼、ヒルダがしっぽを振りながら嬉しそうに紹介してくれた。
彼がどんなに素晴らしい人か、それはそれは一生懸命に教えてくれる。ぶんぶん降られるしっぽの起こす風で足元の草が揺れていた。可愛い。
ガルムもにこにこしながらヒルダの言葉を聞いていた、彼女の言う通り本当に優しそうな人だ。
オレと並ぶと見上げる位置にある顔、がっしりとした筋肉に覆われた体。
彼からは大きな力を感じる、きっとこの人はものすごく強い…でも、とても優しく思いやりがある、なんとなくそう感じ取れた。
そして気づいた、彼から漂う彼以外の匂い……これは、何の動物の匂いなんだ?
無意識に匂いに集中してしまっていたらしく、それに気づいたヒルダが「にーに、くさいの?」と首を傾げた後ガルムの髪の毛に鼻先をつっこんでクンクン嗅ぎ始めてしまい慌てた。必死に、臭い訳ではないと謝ると、彼は笑って気にするなと言った後で自分の腋の下の匂いを嗅いでいた…なんだか悪いことをしてしまった気がする。
「あー!そっか、それたぶんソラの匂いだ。竜って会ったことないだろ?お前が気にしてんのは多分竜の匂いだよ」
「……竜」
これが、竜の匂いなのか?うーん、不思議な匂いだ。
あれ、じゃあガルム……そうだ、さっき村の人が、竜に乗ってるという人がガルムって名前だと言っていたっけ。今思い出した。
今更気づいて納得しながら、馴染みのない匂いをもう一度嗅いでみる。うーーん。
「あれ、ジャックちゃん何やってるのかな」
ヒルダに言われ、振り返る。
ジャック……あれ、いない。そこにいたはずなのに。
きょろきょろと辺りを見回しながらジャックの匂いを探すが、酒や食べ物やたくさんの人の匂いに紛れてすぐにはわからなかった。するとガルムが小さく噴き出して、料理の皿が並ぶ敷物の中心あたりを指で差した。
ジャックがいた、料理の皿と酒瓶の並ぶ隙間にちょこんと座り、アルと向かい合っている。
「…ミュ、ミーミャミャ、ミューン」
「キ!」
「ミュン、ミーミュ」
「キーキキ」
……なんだろう、何か会話しているようだ。
最近はいつもアルが念話でジャックの言っていることを教えてくれていたから、わからないと不安になるな。
なんて言っているんだろう?でも、何か真剣に話し合っているようだし、邪魔しちゃ悪いかもしれない。
どうしようかと悩み始めたオレの肩をガルムがぽんと叩く。
「俺、あいつらが言ってることわかるぞ」
彼は得意げにそう言い、ニヤリと笑った。
『アル、言うの忘れてたけど実は俺、中身はオトナなんだよね』
『まぁ!』
『だからお酒も飲めるんだよね』
『……実は、私も100年ほど生きておりますの』
『俺らオトナだよな』
『ですわよね』
……ガルムが教えてくれた会話の内容と、今ジャックが取っている行動を合わせて考えてみる。
ジャックは、アルを引き連れてそろり、そろりと移動を開始していた。小さな体をさらに低くしながら、皿やコップの影に隠れて一心にある場所を目指しているようだ。
「ぶっくっくっくっ」
「あれおいしくないのにぃ。あれ飲むなら、果実水のがおいしいよねー?」
「………」
ジャックがおそらく目的地にしているのは、誰かの飲みかけのコップ。多分、中には酒が入っているんだろう。
酒、飲みたかったのか。
「クルル、お酒はねー子供は飲んじゃいけないんだよ?小さいうちに飲むとおバカになっちゃうんだって。だから、止めたほうがいいかも」
「!?」
ぱしっ!
「ンミュ!?」
「キッ」
一気に駆け寄るも皿が邪魔で手が届かなかったので、咄嗟にしっぽを伸ばしてジャックとアルを巻き上げた。二人が短く悲鳴を上げる。
あ、危なかった…!二人がおバカになってしまうところだった。
「ミュー……」
「キィ、キキー……」
がっくりと項垂れた二人をしっかり抱きしめたオレの頭を、ガルムがポスポスと叩きながら肩を震わせ笑いを堪えていた。




