87話 風の精霊
誤字脱字報告をいただきました、ありがとうございます。
ここ数日の急な冷え込みでやたらくしゃみが出ます。でも花粉症のせいかもしれないので、この時期は判断に迷いますね。
物静かにしっとりと酒と肴を楽しむ獣人グループに紛れていた俺達だったが、騎士団の若いの二人、リックとハロルドが乱入してきたことで静かな時間は終わりを告げた。
奴らが全然酒飲んでないじゃん!とクルルに絡み、騎士団と自警団のむっさい集団が集うとこまでクルル共々引っ張られてきてしまったのだ。
うげぇ、男男男……このへん男ばっかじゃねーか。むっさい!苦しい!むさ苦しい!
「フシャー!」
「あいたっ、って痛くない。でも噛まれた、うはははっ」
ぐりぐりと頭を撫でられて視界が激しくブレる、やめろっつーの。ぺしっ。
あちこちから延びる酔っぱらいのごつい腕を必死に避け、やたらめったら俺を撫でまわそうとする野郎共から逃げ惑う。
あのね、そんな乱暴に撫でられても気持ちよくないし、首ひねりそうで痛いっつーか怖いんだよ。
「なんだー、ちび猫どこ行ったー?ういっく」
「ミュフウー」
はぁ、やっと解放された。
俺は酔っぱらいの魔の手からようやく逃れて、料理の皿と皿の隙間に忍んでいた。体が小さいからこそ出来る技である。
ふぃー、動いたらまた腹が減ったな。ちょっと何か摘まむか。
そろーっと顔を上げて手近な皿を覗きこむ。おっと、耳が見えちゃうかも。耳を水平に倒して周囲を確認……よし、誰もこっち見てない。
短い前足を伸ばして、煮込みの大皿から肉団子を一個掴み出そうとする。
意外とでかい、重い……あ、こっちの半分に割れてるやつでいいや。
落とさないよう苦労して半欠けの肉団子を皿から引っ張り出すと、また周りを確認した後で空の酒瓶に寄りかかって座った。
うん、ここなら酒瓶に三方向囲まれてるから気づかれない、といいな。
かぷ、もぐもぐ。
まだほんのり暖かい肉団子をかじりながら一心地。鶏挽肉で甘い味付けかと思いきや、胡椒がピリッと効いててウマイ、オトナの味だね。
ふいー。
「キキッ(旦那様)」
「グフッ!?」
突然すぐ傍から話しかけられ、噎せる。
び、びっくりした。アルったら音たてずに近寄るなんて、まるで忍者だ。
噎せる俺の背中をさすって、驚かせてしまったと謝る彼女に大丈夫とジェスチャーで伝える。
俺から見て超巨大な人間ばかり気にしてたから、目線より下にいるアルに気づかなかったのかも。ふーびっくりした。
肉団子とジュースで一杯やりながら、アルと何気ない会話をする。
あーやっぱいいなぁ、念話。俺も使えるようになったら便利だろうなー。
アルに聞いてみると、魔法もスキルもだいたい種族ごとの適正があるもので、そこからさらにある程度修行することで身に付けることが出来るのが一般的らしい。
で、俺の種族……「猫もどき?」なんだが。果たして適正はあるのか。
「キーキキッキ(初めて聞く種族名ですわ)」
……ですよねー!
落ち込む俺を見て、必死に記憶を探ってくれるアルだったが、やはりわからないらしい。
だよな、なんなの猫もどき?って。なによその最後のハテナマークは。
せめて「ゴブリン系」とか「ウルフ系」とか、似た種族がいれば向き不向きくらいは想定できるみたいだね。犬や狼系統の魔物と違って猫っぽい魔物はあんまりいないそうだ。
や、いるにはいる、らしい……なんか言葉を濁されたのが気になるんだけど。
ああ、“小さい”猫系魔物はいない、らしいと……そうね、でかいのならいるってことね。うん、なんとなく解ってた。泣かないから心配しないで。
あ?そういえば俺の本来の種族ってあれじゃなかったっけ?以前ウロに聞いた、確かキマイラとかいう怪物。
あーっと、これ話していいのかな?特に内緒にしろとか言われてないけど、もしやちょっとマズイ?
んーでも、ま、アルならいっか。多分。
物知りな彼女に色々相談出来たら安心できそう。
そう簡単に考えて、さっそくアルに自分のことを話してみた。異世界から来たことも含めて。
そうしたら真剣な顔でじっと俺の目を見つめて、この話は他の人には言わないほうがいいと説得されてしまった。
い、言っちゃいけない系のことだったっぽいな。失敗。
なんでも、この世界には異世界から人を呼び出す召喚魔法ってのがあって、魔王が出て大ピンチだった時にそれを使って何人か呼び出して「勇者」として魔王と戦ってもらったらしい。
異世界から来た人たちは総じてなにかしら強力な力を持ち、この世界の人よりかなーり強いそうだ。
こっちの人からすると俺らは「異世界の人」なんだな。俺らからすりゃこっちの人が「異世界」なのに。ややこしい。
でも結局、魔王を倒したのはこっちの世界の「勇者」だった。
そして召喚魔法は元々禁止されてたものだったので、魔王を倒してからはガチで世界中で禁じられている。召喚された勇者を元の世界へ還す手段がないのも反対される理由だそうな。ひでぇ。
そりゃそうだ、元々いる人達で倒せる相手を倒すのに、何にも関係ない人を無理矢理誘拐してくるようなことしたんだもんね。召喚された奴等、よく素直に魔王と戦ってくれたよな。
で、俺。
召喚された覚えはないし、人間ですらない。でも確かに俺は日本という国で生まれ育った「人間」としての記憶がある、それはウロも確認して認めた。
そういやあの時、俺のこと「魂だけで来たのは初めて見た」とか言ってたっけ?
ここにいる俺は魂だけで、その魂が入ってる体はこっちの世界の生き物、ってことか。
あんまり考えたくないけど、俺の元の熟れたイケメンボディ(自称)はどうなったんだろ……ちょっと複雑。
そもそも召喚魔法で呼び出された勇者達は呼び出した国の、言い方がアレだが所有物に近い扱いらしい。
魔王が倒され役目を終えた今でも家に返してもらえるわけでもなく、皆こっちの世界で生活している。
な、なんか可哀相すぎる、召喚された原因の魔王を倒したのは自分等じゃないから、本人達はさらに微妙な気分だろう。
召喚勇者の扱いはどこの国でもわりと良いらしいけど、その所在は徹底して管理されていて、だいたいが各国の王族や貴族と結婚させられたみたいだとアルは言う。
だがアルが風の精霊から聞いた限りでは、何人かは召喚した国と決別したり逃げたりしてて、自由に生きてるそう。
元々、異世界から召喚されてくる人間っていうのは「勇者」にふさわしい者が選ばれる。
なのでだいたいが精神的に落ち着いてて、正義感に溢れていたり博愛精神が強かったりするみたい。そんな召喚勇者が逃げ出したってことは、多分そこの国は……ろくでもないこと考えてんだろうね。
しかしそれらの国は勇者に逃げられたという事を意地でも認めない。何年もの間、徹底して隠しとおし「体調不良で臥せっている」とか嘘をついてるらしい。
なんかあれだな、風の精霊にはバレバレだぞーと教えてあげたい。
……精霊かー。
俺も森で精霊に会ったんだけど、あの精霊の女王っていう綺麗なおねーさまに意識集中してて、他の普通の(?)精霊達を見た記憶ないんだよね。おねーさましか見てなかった。
「ミュ、ミーミャミャ」
「キキーキ?キキッ……キッキキーキ(風の精霊ですの?今は……あ、そこに二人いますわ)」
ふお!?
興味本意で聞いてみたら、なんとこの広場にも風の精霊がいるそうだ。
アルが蔓で指し示す方向を見上げる。
『……クスクスクス』
『わーい、おいしいー』
んん?
な、なんか声がする、でも見えなーい。
目を凝らして空を見上げる俺に、アルは精霊はだいたい精霊同士でしか互いに認識出来ないのだと教えてくれた。
稀に高い魔力やものすごい野生の勘を持ってたり高位の種族の中には、精霊を見ることが出来る奴もいるみたい。ほほう。
じー……
あ!
なんかちょっと見えたかも、ぼんやりとしたミニチュアの人形みたいのが……パン抱えて浮いてる……
ええええ~…うん?これ、精霊?
うわ、ガツガツいくのね、ほっぺたリスみたいに膨れてるけど、飲み込めるのそれ?あー咳き込んでる、言わんこっちゃない。
自分の体より大きなパンをもりもり平らげる精霊(?)をはらはらしながら見上げていたら、アルに驚かれた。
見えるのですかって、見えてるぞ。なんかイメージしてたのと違うけど、やっぱあれが精霊なのね。
精霊って言うからてっきりあの女王のおねーさまがちょっと若くなった感じの儚げーな美少女かと思ってたのに、あれ羽生えた幼児じゃん。手も足もぷにっぷにで腹ぽっこりした、可愛い幼児じゃーん。
『あー、アルフリーデ!おまつりたのしーねー』
『おまつりおいしーねー』
体が半分透き通ったちっちゃな幼児が、羽をぱたぱたしながら俺達の上空を飛び回る。
アルがにこやかに微笑んで手の蔓を振ると、幼児達もぶんぶんと手を振り返す。
「キキ、キーキキッキキー。キキッキーキーキ(風の精霊は、風の吹く場所ならどこへでも行けるのですわ。特に楽しいこと面白いことが大好きなのです)」
なんでも、お祭りをやるとなるとどこからか聞きつけて、必ず何人かは乱入しているものらしい。姿が見えないのをいいことに、わりと好き勝手にやってるようだ。
でも見た目が子供だからさ、お酒の瓶を抱えてラッパ飲みするのはやめてほしい、心臓に悪いよ。まぁ見えてるの俺とアルだけなんだろうけど。いくら見えないったって、こんな自由気ままでよく気づかれないもんだ。
風の精霊がぱたぱたと飛ぶのを見守っていると、なんだか体がむずむずしてきた。
んんん、なんか、あれ…捕まえたい。あれ一匹欲しい。
走ってって一撃かましたいという本能的な気持ちが湧いてきて、無意識に集中してしまい髭が広がってくる。でも俺の目線に気づいたアルがそっと目隠しをすると、むずむずがピタリと収まった。
おう、今の何?なんか獲物を見つけた狩人になった気分だった、ちょっとドキドキ。
アルに「精霊は捕っちゃだめです」と言われてしまった。む、むう。




