84話 コポート村 第1回・絶叫猫祭り
昔から大きな音は苦手なほうだった。高すぎる音もあまり好きではない。
そう、だったはずなのだが、すぐ傍でけたたましく鳴り続けている楽器の音は、不思議と嫌だとは思わない。確かに時おり不快な音が混ざることもあるが、さほどでもないと感じる。不思議な気分だ。
ジャックは、オレの膝の横でアルと並んで座り、ゆらゆらと楽しそうに体を揺らしている。
さっき彼とアルに身ぶり手振りで色んな曲を教えてもらった村の人々は、とても感心していた。
楽器などという複雑なものを次々作り出す魔法といいその知識といい、やっぱりジャック達はすごい。天才だ。
先程見た光景を目蓋に思い浮かべ、じんわりと幸せを噛み締める。
ジャックは彼らに曲を教える際、ミーミーと歌うように鳴きながら、二本足でよろよろと立ち上がって踊っていたのだ。
何度も転びそうになりアルに支えられていたし、動きも滑らかとは言えなかった。しかしその動きの可愛らしさは悶絶ものだった。
奇妙で楽しげな踊りから溢れ出る愛くるしさは村の者にも響いたらしく、今楽器を鳴らしながら先程の動きを真似る人が何人も見受けられる。
……腕を、上に上げて、こんなふうだったか?いや、左右に揺らしていた、ような。
なんとはなしに、うろ覚えの動きを真似て手をさ迷わせていたら、ふと変わった匂いが漂ってきた。
まだ遠いが、それはとても強い生き物の匂いに思える。たしか、以前にどこかで……
記憶を辿って思わず目を見開いてしまった。この匂いは……大変だ。
慌ててジャックとアルを抱き上げて駆け出そうとしたら、楽器を持って踊っていた牛人の女性が心配そうに首を傾げ近づいてきた。
「どうしたの?怖い顔してるわよー」
のほほんと笑いかけてくる彼女にどう伝えるべきか、気持ちが焦って言葉に出来ない。でも、言わないと…逃げなきゃ……
オレはジャックとアルを守りたい、だってジャックはオレの使い魔だから。
でも、この村の人達にも怪我なんてしてほしくない。彼らはとても好い人なんだ。
「あ、の、早く、逃げ……竜の、匂いが」
「竜!?やった、ガルムいいタイミングで来たじゃん」
「ガル!お土産!今度は肉だといいなっ」
「あー、やっと帰って来るんだー」
焦ってまごつくオレの声に被せるように、陽気な声がいくつもかかった。
牛人の女性の隣にいた、焦げ茶の耳をした猫人の少年達だ。
……?
弾けるような笑顔を浮かべ空を見上げた彼らの会話を聞くと、何故か周りの人達も笑いだし、一斉に夜空を見上げた。
「あ、そっか。白毛のあんちゃんはあいつに会ったことなかったっけ」
「竜なんて間近で見たことないだろうけど、怖がらなくて大丈夫だよー。おっきいけど優しい子だから」
とても楽しそうに顔を綻ばせる人々……その時上空からかすかに甲高い笛の音が聞こえた。今周りで鳴らされているどの楽器とも違う、透明感のある細い音。
そしてずっとずっと高い空、星の明かりに浮かび上がるようにして近づいてくる、黒くて大きな影が見えた。
竜だ、竜が飛んでいる。
「ミュ!?」「キ、キィ!?」
オレに釣られるように上を見上げたジャックとアルもその影に気づき、怯えだした。
だが、やはり他の人達は一向に怖がる様子がない。むしろより一層嬉しそうだ。
これはさすがに可笑しいと思っていたら、周りの皆はオレ達を見て笑っていた。
オレは、胸に抱き締めていたジャックとアルと目を見合わせ困惑するしかなかった。
牛人の女性達が言うには、あの上空を旋回している竜はとても頭が良く穏やかなのだそうだ。
その竜は背にガルムという人を乗せていて、彼もこの村の住人のようなものだという。
こっちの男はきまぐれらしく、今のようにふらりと村へ帰ったと思えば、またいつのまにかどこかへ旅に出ていたりと落ち着かない奴なんだそうだ。
……そういえば以前、キャシーが竜がどうのこうの、と言っていたような。
そうか、竜…てっきりとんでもない怪物だとばかり思いこんでいたが、きっとこの国ではそれほど恐れられていないんだろう。背中に人を乗せて飛ぶなんて聞いたこともないが、それもおそらく普通だったのだろうな。
オレの知る「常識」は盗賊達の話を聞いて得たものがけっこう多い。
こんなにも「普通」の人々との常識が違うだなんて、いつまでも盗賊達と同じものの考え方をしていてはいけないな。今後は気をつけねば。
しかし話しぶりからするとガルムという人物は村の人にたいそう好かれているようだ。今も、竜が地上に近づいてくるのを見てたくさんの人が嬉し気に騒いでいる。
もしオレも村で会うことがあったら、新入りとして挨拶をしに行ったほうがいいだろう。
……今まで生きてきた中で、どこか一ヶ所にずっと住み続けたことはなかった。
途切れ途切れの記憶の中にいる自分は、いつも違う場所にいる。海の見える廃墟のような町、暗い森の奥にある小さな集落、大きな城のある立派な街並みの街にいた事もあった、
奴隷生活は、年中ころころと持ち主が変わる落ち着かないものだった。しかも、隷属の首輪のせいか意識が虚ろなことも多かったので、15年も生きてきて確かな記憶は半分もない。
一番最近の記憶としてあの盗賊達の会話の数々がややくっきりと残っているくらいだ。
なんだか、漠然と不安になるな。
ジャックと、ライアットと出会ってからは、毎日が新鮮で忙しい。ぼうっと、目的もなくただ生きていたこれまでとは、あまりにも違う。一日が、とても長く感じる。
「キー?」「ウミュ、ミー」
なにやら腕の中で二人して会話をしているらしい、小さな体がもそもそと動いてくすぐったい。
でもどうやら下ろしてほしいという訳ではないようだ、頷いたり首を傾げたり、前足を降ったりして……何を話しているんだろう?
アルは念話で誰とでも意思の疎通が出来るのだが、どうやらその都度相手を細かく選べるらしい。魔法の一種らしいし、あまり使いすぎると疲れるのかな。
一度念話について詳しく聞いておいたほうがいいかもしれない。自分は魔法もスキルについても、おおまかにしか知らない。多分子供の頃に皆が学ぶことを何も知らないんだと思う。
……あ、腕の中のもそもそが止まった。
「キキ、キッキキーキキ?(クルル様、ちょっとよろしいでしょうか?)」
顎の下から念話で話しかけられ、見下ろしたら真ん丸な黄色の目と緑色の目がオレを見上げていて、思わず頬が緩んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
けたたましい楽器の音から少し離れると、あちこちで十数人ずつが固まって座っているのが見えた。
祭が始まってすぐにほぼ村中の人々から声をかけられ、それからはあの場所を動かず楽器の演奏を聴いていた。
どうやらいつのまにか一ヶ所に集まっていた村人がばらけて、若い獣人ばかりのグループ、年嵩の者が固まっている静かなグループや、子供と女性が多いグループなど、いくつかに別れて広場中に散らばっていたらしい。
ジャックとアルが、他の人達の様子も見に行きたいと言ったので、二人を腕に乗せて一番近くの集団のほうへ行ってみた。
ここは年嵩の男ばかりが集まって、静かにしんみりと酒を飲んでいるようだ。
「おお、クルルではないか。どうじゃ、楽しんでおるか?」
あ、ライアットだ。
和やかに笑う男達に次々に声をかけられ、なにやら干からびた茎のような物を持たされる。
……変な匂いだ、でも何故かよだれが湧くような、旨そうな気もする。
見たこともないそれに鼻を近づけて真剣に嗅いでいたら、オレの腕をよじ登ったジャックも茎に顔をくっつけてクンクンと鼻を鳴らしていた。可愛い。
どうやら、これは料理の一種らしい。
海で取れる魔物の足を干した物で、酒に合うそうだ。勧められて一口齧ってみた、なんともいえない濃厚な塩気でうまい、奇妙にぐにぐにとした噛み応えが楽しかった。
あんまり面白い噛み心地なので、以前食べたこれと似た硬さの物を…ゴブリンの足の軟骨の話をしたら泣きそうな顔をされた。そして酒を飲まされた。
「本当に辛い思いをしてきたのだな。もう、もう大丈夫じゃからな!この村の者は皆家族と思ってくれていいから!」
ヒゲの濃い老人がさめざめと涙を流しながらオレの肩を抱いて、そんなことを言っていた。
おかしいな、さっきまで皆楽しそうに笑っていたのに…オレは何か嫌な話をしてしまったんだろうか。結局理由は分からなかった。
その次にジャックに言われて向かったのは、たくさんの子供とその母親らしい女性達が集まったグループのところだった。
彼女らは酒の匂いをさせておらず、逆に様々な香辛料の香りがしていた。腰を下ろした敷物の上には所狭しと様々な料理の乗った大皿が並び、子供たちが甘いとか熱いとか騒ぎながら料理にがっついている。
この集団に近寄った途端、ジャックとアルが子供らに囲まれてしまいちょっと大変だった。
ジャックもアルも可愛いのはとても良く分かるし、抱きしめたい気持ちもすごく分かる。でも、とくに小さな子供達は手加減が難しいらしく、扱い方がとても乱暴なのだ。悲鳴を上げて逃げ惑うジャック達を、子供達の母親の一人が取り上げてくれなかったら危なかったかもしれない。
どうにも、小さな子供に対してどういう態度をとるべきか、どうするのが普通なのかオレには分からないのだ。
教会の子供達がジャックを追いかけていた時もとっても困った…こういう時どうするかをきちんと考えておかないといけないな。
そうしてあちこちのグループに挨拶をしてまわり、慣れない酒を何杯か飲まされた後、何やら広場の隅のほう、木の影で盃を手に無言で座る男達に目がいった。
どことなく雰囲気が違う、祭りを体中で楽しんでいる人々の中にあって、彼らだけはちょっと異様な空気を纏って見えた。わざわざ明かりのない場所を選んで座っているのか、見た目的にもすごく暗いのだ。
その男達の中に、一人だけ見知った顔があるのに気が付いた。
「…マリオ?」
陰気な顔で俯く男達、その一番端で困ったように苦笑しながら盃を傾けていたのは、村で知り合った冒険者のマリオだった。




