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くろねこの冒険~目指せ!異世界一周~  作者: 葉桜丸
第2章 ウェスリー王国あっちこっち
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82話 幕間・神様のお仕事

読んでくださった方、ありがとうございます。

先週は更新できなかったので、この後もう一話更新させていただきます。こうしてじわりじわりと続いていきます(遅すぎる)

かすかに淡く輝きを放つ白い岩に囲まれた広大な空間。

気まぐれな主に今日は湖上でお茶にしようと言われた私は、ワゴンに載せたティーセットを押しながら砂の広がる地面を四苦八苦しつつ進んでいた。


全く、せっかくテーブルに完璧な準備をして待っていたというのに。せっかくのとっておきの紅茶が冷めてしまうではないか。

細かい砂粒がワゴンの車輪に挟まり、ガタゴトと揺れてしまう。ううむ、これはいっそ浮かせて運んだほうがいいのだろうか。


「ノス、こっちこっちー」

白い砂浜の向こうから声がすると、青い湖の上からまるで蛇のようにひょろりと伸びてくる白いタイルで出来た細い道。その道は私の前方まで進むとぴたりと止まった。

白いタイルがふわりと光を放ち、私の押すワゴンが勝手に前へ進み出す。

音もなく静かに進むワゴンをため息と共に見下ろし、私もその後に続き歩いて行った。


湖の中央ほどには白く半ば透き通ったタイルがぴっちりと正方形に並べられて、水面スレスレに浮かぶ一部屋分ほどのスペースが出来上がっていた。その上には艶やかな白い丸テーブルとイスが2脚置かれており、黒い髪の麗しい女性が一人腰かけている。


「やぁおはよう。今日も良い天気だね」

にこやかに笑う…我らが主に会釈を返し、ワゴンからカップとポットを下ろし準備を整えていく。

ここのところ、主はとても機嫌が良いように思える。良いことだ。色んな意味で。


私が紅茶と菓子を用意するのを眺めながら、主はテーブルの上にふいと手を伸ばす。突如そこに現れ宙に浮かび上がる、見慣れた巨大な水晶玉。

やれやれ、今日は何をご覧になるんだか。


水晶玉にじわりと浮き出す様々な色。

黒、青、緑…どうやらどこかの森の奥のようだ、ずいぶんじめじめとして薄暗いな。

「見てごらんよ、また適当に動いたから現在地がわからなくて途方にくれてるようだ。相変わらずあの子は面白い」

薄暗くどんよりとした景色の中、ふわふわと白く細いシルエットが動いている。あぁ、彼か。

真っ白な長い髪を揺らし、白いローブに身を包んだ背の高い青年がのんびりと足を前に進めていた。

整った顔には何も表情がなく、のっそりとしたその歩みにも何も目的がなさそうだ。なんというか、まるで夢遊病の人間のようだ。相変わらずである。


と、その白磁のように白い顔がぴくりと揺れ、こちらに目が向いた。足が止まる。

だが、数秒こちらを見つめた後で何事もなかったかのようにふいと目線を戻すと、また宛てもないようにのっそのっそと歩き始める。


「うんうん、元気そうだね」

主はわずかに唇の端を持ち上げて頷いているが、いいのだろうか。彼をここまで放ったらかしにしておいて。

だって彼は…う~ん。でも我らから何か働きかけるのも…ちょっと怖い気もする。

結局、彼には自分自身の意思で好きなように生きてもらうのが最善なのだろう。私なぞには彼の心を推し量ることなど出来ない。


主の指先がわずかに動くと、水晶玉に浮かぶ景色がまた変わった。

水面が揺れるように、今度は明るい色が溢れる。

「…お、なんだい、珍しい子がいるねぇ!それにエリシャも随分元気になってきたようだし、ガルムもたまには良い仕事するじゃないか」


あれは確かヴラスタ王国の…よかった、無事に逃げ延びたのだな。あの方は中々に心根の良い人間だ、あのろくでなしの王に消されてしまうのは余りに惜しい。

たまたま主が「覗いて」いたから彼女の危機を事前に知ることが出来たが、そうでなかったらあの異世界人の少女共々殺されていたかもしれない。今回は運が良かったのだろう。


それからも、主の日課である「覗き見」を見守りつつ、給仕に徹底していた。が、なんというか少々気になることがある、むしろ聞かなければならないことがあった。

意を決して、何を言われても動じない覚悟を決めてから徐に口を開く。


「…姫神様、少々発言をよろしいでしょうか」

「なんだね?」

紅茶のカップを片手に、目線を水晶玉に向けたまま軽い調子で返事をする主。私は彼女の発言を聞き漏らさないよう、よく耳を澄ませてから続きを口にした。

「それは、ご自身の…?」


宙に浮かぶ水晶玉。

それをちらちらと視界の端に捉えながら、でも決して正面から凝視しないよう注意を払いながら恐る恐る問いかけた。

もしこれが私の思う通りのものだったとしたら、下手したらこの湖の間に控える近衛兵、その全てが命の危機に瀕することになりかねない。今の今まで何もなかったのだから取り越し苦労と言われればそれまでなのだが。


人が一人体を丸めたのと同じくらいの大きさがある、艶やかで美しい球体を持つ水晶玉。今もここではないどこか地上の景色を浮かばせているそれと主の横顔を見比べながら、じっとりとした汗が耳の後ろを滑り落ちていくのを感じる。


「あー、そうだよ。5つ目の頭からちょちょいとはずしたのさ」


なんてことのないように返ってきた答えに、一瞬頭の中が無になる。


急に動かなくなった首をギギギギと無理やり動かし、ぼんやりと薄暗い天井を見上げた。そのまま瞳を閉じて、しばし自分の鼓動を聞きながらゆっくり深呼吸を繰り返す。

危ない、呼吸を忘れるところだった。


「…痛くないのです、か?」

自分の声が震えているのが分かった、しかもなんとか紡ぎだした言葉はなんとも間の抜けたものである。この場に相応しいとは思えない。

遠く、湖の向こうに控える近衛兵達が皆一様に青ざめこわばった顔をしているのが、この距離ですら見てとれた。

がんばれ、がんばれ私!私に彼ら全員の命がかかっているのだ!


必死に自分を鼓舞する私を尻目に、主はその細く美しい黒髪をさらりと肩から流しながら水晶玉に次々と地上の景色を映し、なんとも適当に確認していく。

「ちょっと痛いね。でもこうすりゃよく「視える」から便利なんだ」

「……ッ!!」


っぐ、ダメだ、ここで思ったままを口にしてはならない。耐えろ私。

自分の口の端がちょっと震えているのを自覚しつつ、至って平静な風を装って言葉を続けた。

「本体は封印されているはずでは?その…変わりなく仮死状態にある、と以前伺いましたが」

「いいだろ目玉一個ぐらい。本体の状態はずっと変わってないよ、こいつだけ少々魔力を起こしてあるだけさ」


………


「…絶対に、誰にも、何者にも、必ず、奪われたり盗まれたり使われたりなさらないで下さいね?大丈夫なのですよね?ほんっとーに、安全なのですよね?」

でないと我ら全員死んでしまいますから。予定よりはるかに早く創造神様にご挨拶に伺うようですから。


「なんだい心配性だね、これはアタシの体の一部だよ?例え盗まれたとしてもアタシ以外の奴が使うなんて不可能さ」

そこで初めて主は視線を水晶玉から反らし、こちらへ向いた。呆れたような顔をしている。


「…まぁ、下手にいじくると毒素が漏れるかもしれないが」

思い出したように付け足された言葉に、はるか後方に控える近衛兵達から小さな悲鳴が漏れた。




「さてさて、アタシのジャックは今日も元気かね~」

うきうきとした明るい笑顔で、主が水晶玉の景色をまた塗り替えた。

映し出されたのは、なにやらごちゃごちゃとした光景。色とりどりのカラフルな明かりとたくさんの人々が不可思議な動きを繰り返す様子だった。

その中心、地面に敷かれたとおぼしき敷物の上に並ぶたくさんの料理、酒の瓶。その端にちょこんと並ぶ小さな生き物が二匹。

彼らは体をかすかに左右に揺らしながら、楽器のような物を振り回して踊っていると思しき人々を見上げていた。時折口が開いて互いに目線をやっているので、会話しているのだろう。

小さな子猫と、これまた小さなマンドラゴラが仲睦まじく語り合う様はなんとも可愛らしい。


その穏やかで平和な光景に知らず己の頬が緩むのを自覚しながら、主の様子をチラと確認する。

…とても禍々しい笑みを、いや、嬉しそうなお顔をしていらっしゃる。漏れ出る邪気は気のせいだと思いたい。



主はここ最近、毎日必ずと言っていいほどこの子猫の様子を覗いていらっしゃるのだ。

その時間は毎回わずかではあるが、日頃の気まぐれで飽きっぽく適当な彼女の行動を知っている身としては、とても珍しい現象と捉えている。

毎日、例え一瞬だとしてもこの方が一つの対象に興味を持ち続けるなど、私の知る限り滅多にあることではない。それこそ、例外はお気に入りの件の勇者連中くらいであろう。


「そういえば、あの老賢者はどうしたろうねぇ」

主からふいに零れたその呟きに思わず反応してしまった。

「まぁいいか。さて鳥の坊やはどうしてるか、ここ数日は確認してなかったが」

あっ、うぐ。


次の瞬間、水晶玉には黒い翼の青年が羽ばたく姿が映し出されていた。


け、賢者…あいつの様子はご覧にならないのか。くっ…

前回あいつの様子を見たのは2日ほど前、昼間だというのにベッドに伏せているようだった。顔色もいつも通り青白く、髪もさらにパサついた様子で。

う、ううむ。決して心配しているという訳ではないのだ。

元よりアレは勘当した身、私は気に留めてなどいない、の、だが。うう。


とりとめもなく悩みつつ顔に出さず煩悶していた私は、背中を向けた主が楽しそうに唇を釣り上げて笑っていることには気が付かなかった。


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