81話 ガルム襲来
読んでくださった方、ありがとうございます。
ピーーールルル……
角笛を吹き鳴らしながら、村の上空をゆっくりと旋回する。
闇色の空には小さな星々が無数に輝き、ちょっと欠けた月が真上に浮かんでいた。
いつも俺達が降りる場所に、今は村中の人間が集まっているようだ。こんな夜中に珍しい、でかい焚き火と音楽も聞こえるし、祭かな?
夜中だしてっきり皆寝静まってるだろうからこっそり降りようと思っていたのに、まさかの事態だった。
でも、寝てるのを起こしてしまうよりは良かったかな。なんかうまそうな匂いもしてくるし、思いがけず今夜はマトモな飯にありつけそうだ。
ここ最近マイブームになってる、先日ちび勇者に分けてもらった「カップメン」や「レトルトカレエ」とかいう料理もうまいんだが、これらは毎日食べてると飽きるのだという。
あんな旨いもんいくら食っても飽きないとは思うんだが、数に限りがあるし次はいつ手に入るか解らない。
…そんなに頻繁に会いに行くと、妙な奴等に変な勘繰りをされかねないしな。ま、たまに食べるくらいのほうが有り難みが増していい。でも他の奴らには内緒にしておこう、これは俺のだ。
それにしても、普段なら笛を鳴らしてすぐ着地してしまうところだが。
いくらソラが竜にしては小柄とはいえ、広げた翼も入れればそれなりのサイズになる。なにより、普通の人間は風圧で吹っ飛ぶだろうから、着地点にいられると危ないことこの上ない。
うーん、村の連中は付き合いも長いしその危険をよく分かっている。なので、彼らの撤収をのんびり空で待たせてもらおう。
しばらくそうして待っていると、じわじわと人が移動していき、ぽっかりと何もないスペースが出来あがった。なんかみんな足取りがふらついてる、ありゃ相当酔ってるぞ。
……でも、たいして離れてないから端ッこの奴は風圧で吹き飛ばされそうだな、これってほんとに降りていいのか?
あ、手降ってる。オッケーってか。
気が付いたソラが俺を振り返ったので、ちょっと悩んでから頷いて見せる。
前に向き直るとゆっくり羽ばたき、広場の中心に向けて下降していった。
広場に降り立ったソラの背中から、なんとはなしに周囲を見回した。
案の定翼によって巻き起こった風に煽られ、何人かの男が転がっている。だがすぐ体を起こすと顔を見合わせてゲラゲラ笑いあい、背中や頭を叩きあっていた。べっちんべっちんと大きな音が聞こえてくる。
「おーいガルム!遅かったじゃねーか」
「おうさっさと降りてこぉい!今夜は飲むぞーお」
「うわっははは!」
鍛冶屋のおっさんが出来上がってる、こりゃすでに相当量飲んでるな。ほかの連中もありゃ飲みすぎだ、見たことがないほどべろんべろんになってるぞ。
「なんだ、こりゃ何の祭りだ?」
確か祭りはもうちょっと後だったはず、結婚のお祝いって訳でもなさそうだし。
そこでふと目線を上げ正面に向けてみると、木と木の間に縄が渡され、そこにランタンと一緒に大きな白い布が飾られているのが目についた。
そこに描かれていたのは、黒い…猫のシルエット。それから下手糞な文字。
…絶叫猫祭り?
なんとも聞き覚えのない名前に思わず首を傾げる。
俺が不思議な気持ちを抱く間にも、地面に降り立ったままのソラの周りには村のおっさんがぞろぞろと集まってきており、見下ろす視界が大変むさくるしいことになってきていた。
「うちで作った酒だ!うまいぞぉー」
「なんの、かみさんが焼いた串焼きはどうだ!秘蔵のタレが最高なんだぁーはっはっはー!」
「ガル、お前も踊ってけ!今回の祭りはすっげぇ楽師がいるんだ、聴かなきゃ損さ!」
そしてそんなおっさん達はてんでバラバラにしゃべっていて、正直何を言ってるのかわからない。
「おおーい」
あ、向こうに村長が。俺が来たの見えたんだ、わざわざ顔見に来てくれたのか。
とりあえずおっさんの群れに圧されてソラが困ってるみたいだし、降りておこう。
俺は村長の手前あたりでおっさんの隙間を探すと、ひょいとそこ目掛けて飛び降りた。おっさんの群れがやいのやいの騒ぎながら絡んでくるのをなんとか抜けて、村長の前に辿り着いた。
「はぁ、相変わらずお前はいつ来るかわからんな。どうだ、調子は」
「よう村長。盛り上がってるじゃん」
なにやら村長も酒を飲んでいるらしい、目元がむくんで頬が赤い。あのくそ真面目が、珍しい。
俺の正直な言葉に村長は顔を綻ばせると、何故か妙に満足げな顔で口を開いた。
「この祭はな」
……ドドドドドッ!!
「わん!」「ぅわん!」「わんわん!」
ドーーーン!
突如低い位置からタックルをかまされた俺は、一瞬踏みとどまろうかと悩むもすぐに諦め、周囲にたむろしていた酔っぱらいを巻き込みながら派手に尻餅をついていた。
「ハッハッハッ」「キュンキューン」「べろべろべろべろ」
地べたに座る俺を全方位から囲んだ大小様々な犬が、飛び付いたり頭突きしてきたり顔を舐め回してくる。うおう、視界が犬共で埋まる。
「うわっはっはっはっ!」
「相変わらず犬にはもてるな!」
俺に突き飛ばされた形で一緒に地面へダイブしたおっさん共が、心底楽しそうに笑い声をあげた。
と、俺に群がっていた犬の内の一匹が地面に広がってるマントの裾を踏んづけて滑った。そしてその足によってベロンと巻くれあがるマント、むき出しの肌が夜の冷えた風に晒される。
うっわ寒ぃ。
「ぐっふははは!?お前何て恰好してんだ!」
「キャーーーーッ!?」
おっさん達の爆笑と、運悪く俺のマントの下を見てしまったリタの悲鳴がハモった。
おおう、いくら嫁入り前の娘とはいえこの程度で悲鳴を上げるとは。やっぱりあいつまだガキだなぁ。
「え?ラックどうしたの?ちょっ、いきなりこんな、恥ずかしいわ」
「だだだダメぇー!ジュリの目が汚れるから見ちゃダメ!!」
ありゃ、向こうで横並びに座って目隠ししてるカップルはラックとシスターか?あいつらいつのまに、でも不思議と似合う二人だ。うん、めでたい。
ラックは俺が村に来るたび「ガルさんは背が大きくていいよね…」とか「ボクなんか男扱いさえしてもらえないのに…」なんて愚痴ってきてたし、これでちょっとは前向きに人生楽しむ気になるといい。あいつ俺に対してだけ浮き沈み激しくて苦手だったんだよな。
「このアホ!ガキもいるってのになんてもの晒しやがる!」
べっちーん!
「いてっ」
酔っぱらいのおっさんの中の一人…商人のバリーに後ろ頭を思いっきり叩かれた。
周りの犬達がその音に驚いて一瞬動きを止める。その隙にささっと立ち上がった、あーマントが土まみれ。
もう腰ミノ一枚なの見られちゃったし、開き直ってバッサバサとマントを叩いて土ぼこりを払い落す。このマントかなり希少なモンらしいんだが、大丈夫かな。ここ数日で随分と結構汚れてしまった。
「だから見せるんじゃねーっつーの腰ミノ野郎…早いとこ服着ろ、この馬鹿!」
バリーが片手で目を抑えてうめいてから、自分の着てたベストを脱いで俺に投げてよこす。あ。
ばちーんっ、ばさ!
「ぬわっ!?」
ベストは俺の顔に当たる直前に不自然に跳ね返され、投げられた勢いをそのままにバリーの顔にぶち当たった。
あーあー、おっさん驚いてる。そりゃそうか。
「いやーこの腰ミノ、呪いかかってるみたいでさ。これ以外の服が着られないんだよ」
とりあえず目を丸くしてるバリーに軽く説明しておく。跳ね返ったベストのボタンが当たったみたいで額が赤くなっちまってるな。
「はぁ?呪いぃ?」
「そ。脱・が・せ・て♡」
マントの前をちらちらと開いて見せ、可愛くポーズをとってみる。めっちゃ寒い、早く服着ないとマジで風邪ひきそう。
そんな俺を見て、その場の全員が(犬以外)死んだ目をしてがっくりと項垂れた。なぜだ。
静かになった広場、俺のほうに大多数の人間(酔っぱらい)が移動したのを確認したソラが、ほっとした顔で隅っこのほうへと移動していく音がズシンズシンと響いていた。




