80話 祭りの夜のクルル
教会は広場より一段高い緩やかな丘の上にある。夜の闇にポツリと浮かぶ窓の明り、そこには何人かの人影があった。
窓に照らされ、ここからだと木々が目隠しになって上半身しか見えないが……幼児が二人立っていた。
その一人の背中に背負われた、手の平より小さな黒い毛玉。
意識を視覚に集中し、その毛玉の動きを確認する。
……うん、とてもよく寝ているようだ。
サラという幼児に背負われたジャックは、後ろに仰け反り前足を上げた状態で熟睡していた。おんぶ紐で支えられていなかったら落下していたことだろう。
脱力しきった四本の足としっぽが、サラが動くたびプラプラと揺れる。もちろん頭もぐらんぐらんしているが、一向に目を覚ます気配はない。彼女の背中は落ち着いて眠れるようだ。
その様子をじーっと凝視していたら、膝の上のあたたかな塊が身動ぎした。
「にゃあー?」
問いかけるように鳴きながら真上を見上げてくる、綺麗な緑色の瞳。背中を撫でてほしいのだろうか。
ふわふわの毛並みをそっと掌で撫で付ける。
「ごろごろごろ……」
喉を鳴らしている、可愛い。
「おいぃ、飲んでるかぁクルル!いかんぞー若いモンがぁ、こんな年寄連中と固まってちゃあ」
突然肩を掴まれ、続いて背中をばんばんと叩かれた。
たしか騎士団の…なんか偉い人だ。名前を忘れてしまった。
顔が、耳まで真っ赤になっている。あと目が座ってて微妙に体が揺れてる、相当酔っているみたいだ。
「年寄とは失礼な。私はまだ220だ」
「がっはっはっ!そうか220か!おっ、次の肉が焼けたか!今戻るぞー」
「わしはもうちょい若いぞい、年寄扱いは早いじゃろ。ああ、溢れとる溢れとる、入れすぎじゃラタティーマ」
なんか偉い人は大笑いしながら、大きな肉を焼いている集団のほうへ歩いていった。横目でなんとなく見ているとその足取りはふらふらと覚束ない、今にも転びそうだな。
「ライアット……それは私は年寄だという意味か?年寄の酒など飲めぬと?」
「ま、待て待てだから溢れとるって、お主相変わらず顔に出さぬ酔い方をするのぅ」
ライアットの杯に酒を注いでいたエルフの……ら、ラタテー、マ?も、かなり酔っているらしい。
透き通るように白い顔色は変わらないが、酒瓶を持つ長い指先がプルプルしてる。
「お前は昔からそうだ、勇者の小僧共には親しく接するのに我等に対しては他人行儀!同族なのに……付き合いだって私のほうが長いのだぞっ、飲めー」
「ごぼっ、ぶはぁ!」
「飲めぬと言うのか……うぃー」
「げっほごほ!ま、待て待て、ワシはこの前も酒の飲みすぎで寝込んで……」
「勝負だライアット、次は火酒で行くぞー」
「誰かこいつを止めてくれー!く、クルル、助けてくれぃ!」
ライアットがラタテーマと仲良くじゃれあっている。見た目は二十歳くらいにしか見えないが、二人ともすごく年配だったんだ。
彼と会うまでエルフは無口で物静かだと思っていたんだが、そうでもないんだなぁ。
この村にいるエルフは数人だが、皆普通の人間と変わらない雰囲気をしている。食べる物も着る物もそう同じだし、皆明るくて親切だ。全員ひょろひょろしてて、見てるとちょっと心配になるが。
「ごろごろごろ……」
掌に伝わるかすかな振動、細くしなやかな毛並み。
ふわふわだ。
ジャックの毛よりは太くて固くしっかりしてる、でも柔らかくてふわふわで。暖かい。
無心に、膝の上に座る生き物の背中を撫で続ける。
「く、クルルー……だめじゃ、聞こえとらん。幸せそうなのはいいんじゃが助けてくれーぃ……」
「ごーろごろごろ……」
ふわふわだ。可愛い。ホントに可愛い。
ライアットが何か言ってる気がするけど、猫を撫でるのに必死でそっちを見られない。楽しそうだったし多分ほっといても大丈夫だろう。
あぁ、これが幸せというものか……
小さなジャックももちろん可愛いけど、このどっしりむっちりとした肉厚な毛並み、存在感のある重さも、いい。
オレの膝は狭いらしいが、三匹の猫がくっついてそれぞれバランスを取りながら丸まっている。お陰で胡座をかいた両足はほかほかだ。
両肩にもそれぞれ猫が乗っかっていて、どうやら暖をとっているようだ。そして現在頭の上にも一匹登っていった。
村に来た当初は一匹もオレの前に姿を現さなかった猫達。
だが、祭りの準備が整う頃にハボック達に声をかけられて、一緒に水浴びをしたのだ。初めて「せっけん」という物を使ったのだが、それから世界が劇的に変わった。そう、変わったのだ。
猫が、オレを見ても怯えない、逃げない、隠れなくなった。
全身に感じる温もりと、人より少し速い鼓動。6匹の猫が喉を鳴らす振動は優しい音楽となり、オレの頭から爪先まで穏やかに響き渡る。
あぁ、なんだろう、この…何かが満たされる感覚は。
「なぁ、そろそろ辛くないか?全部合わせたら子供が乗ってるくらいの重さだろ」
「ホントいい顔してるね……そっとしといてやろう。それよりほら、串焼きが焼けたらしいぞ」
「あ!ちょっ、おじさんったら何お酒飲ませてんのよ!?いくら成人してるって言ってもこいつ一口も飲んだことないんだからね!クルル、大丈夫?」
はぁー。
ふわふわ、ぽかぽかだ。
「…クルル?」
「いや、お嬢。こいつ飲ませても特に害はないみたいでな、さっきからずっと猫撫でてニヤついてるだけだ」
「若いのにいろいろあったらしいし、今夜はそっとしといてやろうよ」
「えぇ?これ、酔ってるの?ホントに?」
よーしよしよし、可愛いなぁー。
「…っく、なんて幸せそうな顔……で、でも!いくらなんともなく見えてても二日酔いになる可能性はあるんだから、これ以上飲ませちゃだめ!!」
「えー、面白いのに」
「そうそう、こいつ腕以外いっさい動かさないで酒飲むんだよ。猫共もすっかり馴染んじまって」
「何その無駄に高レベルな技。っていうか、もしかしてこれ、ずっと載せたままな訳?」
「そ。こいつはほかの連中と違って動き回らないし、乗ってると落ち着くみたいで」
「誰か~、ワシのことも気にかけてくれ~い…もう飲めん…」
「逃げる気かライアット!今夜はとことん言わせてもらうからな、眠れるとは思うなよ~ウィッ…ひっく」
なんだか周りが賑やかだ。
体がふわふわで暖かくて、とても楽しい。楽しい音楽に、飲んだことのない甘い飲み物、おいしい食べ物。
ジャックが心配だ、でもこの村の中にいれば安全だろう。だからもうちょっとこの幸せな気分に浸っていたい。そう思ってオレは柔らかな毛並みを思う存分堪能した。




