78話 長旅の果てに
その女性は大柄で日焼けした肌をしていた。それに目付きも鋭く、顔立ちはお世辞にも美人とは思えない。
でも不思議なことに、自信に溢れた佇まいと艶やかな金髪、顔に浮かべた柔らかい微笑みのせいか、とても力強い魅力が感じられた。
ぼんやりとその顔を眺める内、自分の体にかけられた柔らかな布団に目が行って、それと同時に全身に包帯が巻いてあることにも気がついた。
薬草の臭いもするから、多分ちゃんとした手当てをされているんだろう。
あんなに痛かったのに、嘘のように体が楽になってる。
助かった……助けられたんだ。私は生きてる。
彼女が何者か、ここがどこか分からず戸惑う私は、多分情けない顔をしていたんだろう。
「そんな警戒しないで、取って食いやしないさ」
笑みを深くした女性に再び声をかけられ我に帰り、寝そべったままだった体を起こして向き直る。
そうだ、行きだおれていたのを助けてもらっておきながら、お礼さえまだだ。
「あ、あの、ありがとうございます!」
「ん?あんたを治療したのはここの教会のシスターだよ、後でお礼言っときな」
「は、い……」
教会……確か、私は小さな村に忍び込んで、サラ様にも食べられる物を探して…
ようやく頭が働き出した、そして大切なことを思い出す。
私は布団をはね除けベッドから飛び出そうとした、だがその肩をいつのまにかすぐ傍まで近づいていた金髪の女性に捕まれ、ベッドの上へと押し戻される。
「落着きな、あんたの連れは無事だよ。今村を挙げての祭りをしてるんだ、ほら、そこの窓から見えるだろ」
たしなめるように優しく言いながらベッド脇の窓を開いて、手で外を示される。
途端に、賑やかな音楽と喧騒が弾けた。
今は夜なのだろう、真っ暗な空を見れば小さな星が散らばっていた。なのに窓の外は真昼のような光に溢れ、窓から一段下がった場所にある、木のまばらに植えられた広場を煌々と照らし出している。
楽団がいるのだろうか、様々な楽器の音色や歌声がいくつも聞こえてくる。
あれ、でもなんだか、あまり上手ではないみたい…よくよく耳を澄ませればみんな別々の曲を勝手に演奏しているようで、はちゃめちゃだ。
違う曲が同時にいくつも演奏されているのにも関わらず、歌うほうも負けてない。それが逆に聴き手を混乱させる。
まるで歌劇歌手のような低音の美声と調子っぱずれのダミ声、ソプラノの甲高い歌声とがこれまた別の歌を……うーん、これじゃなんの歌か聞き取れないな。
楽団もどきの集団の反対側にも人だかりが出来ていて、そっちでは大道芸を披露しているらしい。
振り回される長い紐を宙返りしながら飛び越える獣人、ガラスの瓶を三つも四つもジャグリングさせる女性。
技が披露されるたび大きな歓声が夜空に広がる。
それらを唖然と凝視した。
私の知ってる「お祭り」は、ここまで賑やかじゃなかった。
もっと静かで、音楽なんてなくて振る舞う食べ物だって少なくささやかなものだったはず。
なのに今聞こえてくる声は、まるで冒険者が大勢集まって酒盛りをしてる酒場みたいにやかましい。
ちょっと耳障りなほどに大きな笑い声、下腹に響くほど大きな太鼓の音、甲高く長い笛の音色。
それらが一塊になって届く、今までに経験したことのない煩さだ。騒がしいのは苦手な私には少々キツい。
でも、なんだか体がムズムズするような不思議なリズム、これはどこの国の曲なんだろう。
一体何の祭りなんだろう、この時期では収穫祭じゃないだろうし。
広場で踊る人々の列は輪を描き、その周囲にも人が散らばって笑いあっている。
手には盃を持っていたり串焼きとおぼしき物を掴んでいたり、食欲を刺激する香ばしい薫りも漂ってきた。
広場の真ん中には大きな白い布が掲げられており、木々で所々見えないがデカデカと文字が書いてあるようだった。
気になってじっと目を凝らしてみる。
「…絶叫猫祭り…?」
聞き覚えのない名前に思わず口に出して呟いてしまった。
傍らで小さくたじろぐ気配がする。
「あー…いや、祭りの名前はとりあえず適当につけただけだから。多分来年からはもうちょっとマシな名称になるよ、たぶん。さすがにこんな名前じゃ外に説明し辛いでしょうし…まさか村長このままいくつもりじゃないわよね」
説明するというよりは言い訳するような声音でボソボソという声が聞こえたが、この祭りは一体なんなのだろう。き、気になるけど、聞いたら悪いような。
不審な名称から一旦意識をそらし、広場とその周辺を眺める。
離れているので歌い踊る人々の顔までは判別できないが、明かりの魔道具と思しき光がたくさんあるおかげでぼんやりと全体が見渡せた。
それにしても、さっきから気になっていたがこの村は中々に獣人が多……いや獣人だけじゃない、エルフやドワーフもいる。ここに来るまでの道程で獣人の集落を見ていなかったら、びっくりしたかも。
全体で見れば人族が一番多いんだけれど、これはなかなか見ない光景だ。
だって種族ごとに別れてなくて入り乱れてるんだもの、まるでそんなの関係ないみたいに。
はー、エルフなんて生まれて初めて見た。距離があって目鼻立ちは判別できないけど、小さな顔、長い耳にすらりとした長身……もう全身のバランスがすでに綺麗。
つい無遠慮にジロジロ観察する。
でもあれ串焼きの肉食べてるような?いやまさかそんな訳がない、エルフは肉を食べないはずだわ。
仲良さげに笑いあい、盃をぶつけあう楽しそうな老若男女達は私が見てることに気づいていないようだ。目線を遠慮なく移動させつつ、彼らを探した。
広場の中心でゆらめく巨大な焚き火の近くで、ひときわ目を引く大きな白い狼。
あれは使い魔なの?あれほど強そうな魔物は初めてみるのに、おとなしく子供によじ登られている。あれ、大丈夫なの?噛まれたりしないの?なんだか見ていて不安になる光景だ。
他にも黒や茶色の…犬?も、人々の足元で走り回っているようだ。
しかし、まさか犬なんて高級な生き物が小さな村に…繋がれもせずにたくさんいるわけがあるまい、貴族がたまに連れ歩くのを見ることもあるけど、たいがいはお屋敷の中から出さないって聞くもの。
うん、きっとあれも使い魔なんだろう。
これほどの使い魔がいるとは、この村にテイマーが何人いるのか気になる。
ふいと目線を巡らせ焚き火周辺の人々に目をやれば、踊り狂う酔っ払い達に比べやや落ち着いた様子で、料理や盃を手に手に地面に座って語らっているようだ。やや年長のものが多いらしい、動きが緩慢だ。
敷物の上にずらりと並べられた色とりどりの料理が載った皿、そこから立ち上る湯気。なんとも豪勢で、まるで異国の王様の食事のよう。
あ、あっちに子供がたくさんいる、リュート様達ももしかしてあの辺にいるのかな……いや、皆平民みたいだし、サラ様は屋外で地べたに座って食べることをとても嫌がっていた。
うーん、あそこにもいないとしたら、どこにいるのかな?
さっきの彼女の言い方から、あの広場にいるんだとばかり……
目当ての姿が見つからずきょろきょろしていると、小さい子供達の中の一人がこっちを振り向いた。ぶんぶんと手を振りながら何か言っている。
子供が見ているのは……私の横の金髪の女性のようだ、彼女も気がついたらしく片手を振り返す。
すると他の子供達もこちらに顔を向け始め、その中に紛れていたひときわ小さな二人が弾かれるようにぴょこんと立ちあがると、転がるようにこちらへ走りだした。
……長旅でボロボロに破けた、見慣れた服じゃない。村人が着せてくれたのか、ややサイズが大きいけど仕立ての良さそうなシャツにズボン。
薄汚れざらついていた髪も顔もきれいに洗われて、やつれた印象は残るものの瞳はキラキラと明るい色を宿し、口許には満面の笑みが浮かぶ。
走ってくる子供…小さな少年は確かにリュート様だった。でも、彼のこんな快活な表情は見たことがない。
信じられない気持ちで、軽やかに走る彼の危なげない足取りを見ていた。鼻の奥がツンと痛み、目尻に涙が浮かんでくる。
しかし、少年の後ろに追随する小さな人影がはっきり見えた瞬間、さらなる衝撃を受けた。
……も、もぐもぐしてる……!?サラ様が、食事を……っ!!
彼女は小さな頬をぱんぱんに膨らませ、それが溢れないよう口許を片手で抑えながら歩いていた。
そう、歩いている。
まだ幼い故に頼りない動きではあるが、しっかりと足を前に出して地面を踏みしめ、よちよちとだが確かに一人で歩いていた。




