77話 一人の冒険者の見た夢
鎧の人視点でのお話です。
「お前、気持ち悪い顔してるよな」
……。
「せめて男だったらねぇ。顔はともかくがっしりしたいい体してるから、騎士も目指せたろうに。女じゃあねぇ」
……お母さん。
「はぁ、この顔じゃ嫁の貰い手もあるまい。双子だというのに姉のローズとは大違いだな。全く、女の癖に図体ばかりでかくなりおって」
……お父、さん。
「やだ、外では顔隠しといてよシャル!そんな化け物顔見たら皆気分悪くなるでしょっ!もう、どうしてあんたみたいなのが妹なのかしら」
…………。
ああ、いつもの夢だ。
夢だとわかっているのに、どうして目が覚めないんだろう。
いやだ、もういやだ。こんな、ああ、でも。
…そうだよ。そう、夢から覚めたって何も変わらないんだ。
暗闇で俯き涙を堪える小さな子供の私の耳に届く、たくさんの囁き声。
嘲笑い、化け物めと吐き捨てる大人達。背中に石を投げつけられたことも一度や二度じゃない。
私が一体何をしたっていうの?
後ろ指を指されるような悪いことなんて一つだってしてない。でも、自分の顔が不細工だという自覚はある、だって村の皆とは違いすぎるから。
物心ついた頃からこの顔が嫌で嫌で堪らなかった。
双子の姉のローズと並べば殊更際立つ、その顔立ちの違い。
小さな頃はそれなりに私を気にかけ、一緒に遊んでくれた姉はあっという間に変貌して。三つになる頃には、村の他の子供たちと一緒になって私を虐めるようになった。
両親は普段私をいないものとして扱う。ただ、仕事を命じる時だけ声をかけてくる、村の他の人達もそれは同じ。
いつだって除け者だった、だからみんなの仲間だと、家族だと認めてもらいたくて、一人で立って歩けるようになってからはがむしゃらに働いてきた。
だけど、ただの一度だって誉められたことも、労われたこともない。
少しでも嫌われないように、役に立つと思われるように。
言われた仕事には真剣に取り組んだし、自分に出来ることは必死に頑張った。
誰よりも早く起きて村中の家の瓶に水を汲み、薪を割り、畑の世話をして。洗濯物、子守り、食事の用意やお掃除、建物の修繕や獲物の解体、草むしり……。
いい子にしていれば、いつか誰かがきっと……そう信じてた。
でも、何年たっても状況は変わらなかった。むしろ悪化した。
ある冬の始め、このままでは飢饉になると。ふとしたことから大人達の内緒話を聞いてしまったのだ。
もしそうなったら、村にいる「いらない子供」を人買いに売ることになる。
……今、村で皆から一番いらないと思われているのは誰?
一瞬でその考えにたどり着き、血の気が引いた。
若く見目のいい女は奴隷として高く売れる。娼館に入れられて、運が良ければ貴族の妾になれたり、中には舞台女優になった人もいたらしい。
でも私は?こんな、男の人に女としてすら見られない顔の私が奴隷になったら?
行き着く先は……死ぬまで鉱山で働き続けるか、魔法研究所で人体実験に使われるか。魔石を使わず人力で動かす船に繋がれ、一生を船の動力として使い潰されるか。
どう考えても不吉な未来しか思いつかなかった。
後は無我夢中だった、話を聞いたその晩に村を抜け出し、暗い夜道を一人で走り、宛もなく逃げた。
村の外には魔物が出ると言われていたけれど、あの時は必死だったんだ。
この時私は十才を越えていて、幸か不幸かすでに村の大人達と変わらない体格に成長していた。毎日朝から日付が変わるまで働いていたおかげで体力だけはついてたし。
誰もいない、明かりもない街道の暗闇で何度かゴブリンみたいな影を見かけ、その度に速度を上げ、目を合わせないよう一息に駆け抜けた。
今思えばきっと運が良かったのだろう、戦いの知識も武器もない子供がたった一人で魔物の歩き回る村の外に出て無事だったなんて。
そうだ、きっとあの時に一生分の運を使い切ってしまったんだろう。そう思い当って自嘲する。
死に物狂いで一晩中走り続けて、私は夜明けごろに隣村にたどり着いた。
でも子供の私だって知っていた、うちの村もここも内情は変わらないってことは。だから、人に見つからないようこっそり壁の中に忍び込み、厩舎の裏の狭い隙間に隠れ眠った。
夜を待って井戸水を飲み、苦みとエグみが酷くてスライムしか食べない野草を齧り、重い体に鞭打って駆け出した。皮肉なことに、家で食事らしい食事はろくに与えられていなかったので、そんな獣のような食糧しかなくってもなんとか体を動かすだけの力にはなったのだ。
そして隣村を出た後は、身元の不確かな子供が紛れ込んでもなんとか生きていけそうな大きな町を目指した。
この方角に大きな町があるという話は聞いていたので、ある程度距離をかせいでからは日中も移動を続けた。
街道脇に落ちていたゴミからボロキレを探しそれで顔を隠せば、声をかけた通りすがりの商人や冒険者は親切に道を教えてくれた。むしろ、私の拙い会話から成人前の子供と気づくと「町まで一緒に行こう」と心配までしてくれて…初めてかけられた優しい言葉に涙が零れた。
己の醜さに腰が引けて彼らの善意を受け入れられずにいたが、結局なかば脅されるように説得され馬車に同乗させてもらい、一週間の旅路を共に過ごさせてもらった。
今でもあの時助けてくれた商隊の人達の顔を覚えている、いつかきっと恩返しすると誓って何度もお礼を言う私の頭を撫でて笑いかけてくれた。あの人に会えたから、今でも私は絶望せず人を信じる気持ちを持てているんだ。思い出すと胸が締め付けられる。
大きな街につくと、私は心配してくれる優しい人達に別れを告げ冒険者ギルドに登録した。
ボロボロの服の子供が一人、しかも顔を隠してるのでちょっと嫌な顔をされたけど「鑑定」っていうのを受けたら無事登録させてもらえた。でも登録料でヘソクリがほとんど消えてしまったっけ。
村で落ちてたお金を拾って貯めたお金を持ってきてたんだけど、そんなの街に入った初日でゼロになってた。冒険者として働き始めた頃は本当に大変だった、でも他の身寄りのない子供たちに混ざって街の雑用をこなす内に自然と馴染んでいけたし、徐々に生活も向上していった。
15歳になる頃にはそれなりにランクも上がって、食べるのに困るようなことはなくなってた。なにせ私は体力だけはあった、顔を隠してるのを不審がられるのが嫌で古い甲冑を先輩冒険者から譲り受けて愛用してたから、私の顔を知る人はごく一部。本当に親しい数人だけ、そんな彼・彼女らは一様に口を揃えて「醜くなんかない」と言ってくれたけど、その優しさだけで十分だったな。
仲間に恵まれて、そんなにお金に余裕はないけど穏やかに暮らしていた。
なのに、ある日二度と会わないと思っていた人に再会してしまった。姉のローズが、村の幼馴染達と一緒に冒険者として私のいる街にやってきたのだ。
それからだ。多分、ローズ達に会ってから私の不幸が再び始まったんだと思う。
私が村を飛び出したせいでその年は他の子供が人買いに売られたらしく、その次の年も飢饉が続き。全部私のせいだと酷く詰られた。今思い返しても、どうして私のせいなのか分からないけど…私が逃げたせいで他の子が不幸になったのは事実だから何も言い返せなかった。
ローズは、働いて返せと言って無理やり私を自分たちのパーティーに加入させると、馬車馬のように働かせ始めた。
実力に見合わない依頼を受けては私に「攻撃を全部受けろ、盾になれ」と命じて、私が魔物に襲われている隙に攻撃することを繰り返した。おかげで愛用の甲冑はあっという間にボロボロになったわ、盾も何度も買い換える羽目になって…なけなしの貯蓄はすぐ空っぽになってしまった。
あげく、ランクを偽って貴族からの依頼を無理に受けて…
正直、依頼内容もろくに確認させてもらえなかったし、何がなんだか分からなかった。
でも私達が受けたのは「貴族の子息・令嬢の護衛」で。
護衛の途中で令嬢の外見がちょっと変化しても、私は彼らを守ることをやめなかった。
ローズ達は「そんな化け物殺せ!」と口々に言ってたけど…
化け物…
私は、そう呼ばれて剣を向けられて泣き叫ぶ幼い令嬢を。小さい頃の私のように助けを求めて、でも誰にも助けてもらえないと分かり絶望し蹲る彼女を。見捨てられなかった。
なによそれって自分でも思う、何正義感ぶってるの、って。
私はそんなに優しい人間じゃない。こんなの、ただの自己満足…
…それにしても私、死んじゃったのかな?
これは夢?それともゴーストになって現世を彷徨っているの?
こんな、悲しい気持ちで死んだ私が…天国になんて行けるわけないもの。
今までの自分の人生を思って空しくなっていたら、ふわりと意識が浮上する感覚があった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゆっくりと目の前が明るくなっていく。かすかに聞こえるのは、パチパチと薪の爆ぜる音。
重い瞼を押し上げ、光の出所に視線を向けた。
「おや、目が覚めたかい?」
そこにいたのは、私にどことなく似た顔立ちの…私みたいな男勝りの体格を持つ、一人の女性だった。




