75話 モンスターテイマーって?(2)
モンスターテイマーと呼ばれる者は、魔物と契約を交わし隷属させ己の手足のように扱うことができると言われている。オレの今までの人生ではそれほど見かけることのない職業だったこともあり、ただそういった技能を持った人が一定数いるんだな、くらいにしか思っていなかった。
テイマーは引きつれている魔物、「使い魔」の能力によって活躍の場は多岐に渡るが、一番知られているのは戦いに秀でたタイプで専ら王侯貴族や裕福な商人などに仕えている者が多い、らしい。
テイマーとしての能力を持つ者は、だいたい成人の際に冒険者ギルド等で受ける「鑑定」で初めて才能に気付くことが多いようだ。
魔物を従わせるこの特異な技能は、各種属性の魔法の素質よりもさらに稀な素質らしく、しかも遺伝しないのだそうだ。
鑑定でテイマーの適性があるとわかっても、普通それだけではテイマーになれない。
王都のなんとか学園の「テイマークラス」へ通うか、テイマーギルドの開催する試験に合格することで、ようやく正式なテイマーと認められる。
本登録にはそれらの手順が必要だが、これが仮登録だけとなれば、あまり負担なく済ませられるそう。が、仮登録の場合は3ヶ月おきにギルド等へ赴き更新する必要がある。しかも、安いようだがその都度手数料もかかってしまう。
そして例えどんなに強い使い魔を従えていても、仮登録の間は一人前と認められない。
でも、ギルドの試験は難解で合格者は多くなく、また学園に通う為には多額の学費が必要となる。
才能を証明出来た一部の者だけは学費が免除されるらしいが、これは滅多にない事で、平民でテイマーになりたい者は仮登録の状態でギルド登録し、まずは学費を稼ぐのが一般的だそうだ。
そして素質が平凡であり、さらに有能な使い魔を得られなかった場合などは学園へ通うことをはなから諦め、小さな村の守護役などのそれなりに安定した仕事に就くことを選ぶ者も多い。さほど高レベルになれなかったとしても、程度の差こそあれ人間にない能力を持つ魔物を自在に従えられるテイマーというのはそれなりに需要があるのだ。
さらになんと、テイマーが使い魔ときちんとした契約を交わすのは普通は学園卒業後、らしい。
噛み砕いて言えば、テイマーとして本登録する前に魔物と交わす契約は「仮契約」が一般的で……その、仮契約の状態で学園に通ったり、ギルドの試験を受ける。
正式なテイマーとして認められた時に、仮契約状態の間自分と一番相性が良かった魔物と改めて契約を交わすのだそうだ。そして、テイマーごとに差はあるものの、使い魔契約が可能な頭数はだいたい1~3頭。
自覚はなかったが、オレはすでにジャックと「使い魔契約」をしている…らしい。しかも仮のものでなく、魂に刻まれるとかいう、すごくしっかりした契約だ。出会った頃にライアットが調べてくれたので間違いない。
バリーが言うにはこれはとても珍しい事で、通常テイマーと使い魔が契約を交わす際は複雑な手順と専用の道具が必要なようだ。
しかも、魔物が大人しく契約を受け入れることは稀で、だいたいの場合において「半殺し」状態に陥らせてから一方的に行うという。
そこまで聞いた時、ちらりとジャックのほうを見た。
「プヒー、ぴゅるるるる……」
こんな、小さく非力な生き物を半殺しに…オレには到底無理だ。ジャックが抵抗なくオレを受け入れてくれたことに感謝しなければ。
「キキ…キーキキッキーキキ。キキキ、キーキッキ………(なんてこと…使い魔は無制限ではありませんのね。残る椅子は一つないし二つ、なんとしても勝ち取らねば…ぶつぶつ…)」
ジャックに寄り添うアルが、妙に暗い瞳で何かぶつぶつと呟いているのが気になる。
「まーそんな訳で、もしお前がテイマーを一生の仕事にするってんなら、王都の学園に通うのが一番だと思うぞ。確かに仮登録でも問題なく働けるが、やっぱり本登録のテイマーのほうが有利だからな」
うんうんと大きく頷くバリーに肩を叩かれるが、一度にたくさんの事を教えられたせいで頭痛がしてきた。
それにしてもバリーは様々なことを知っている。そう伝えたら「あったり前だろ、商人にとっちゃ情報は命!」と胸を張られた。商人て大変なんだな。
しかしテイマーとして頑張ると決めたのに、今日得た知識の数々が頭からこぼれてしまいそうだ、これ歩いたら多分忘れてしまう。
「クルル君、一生懸命覚えようとしてるんですね!偉いですよ。あーそういうときに文字の読み書きが出来ると、紙に書いておけるから便利なんですよねー。忘れてしまっても後で読み返せますからねー」
…じ。文字。
無意識にピクッと耳が揺れてしまった。う、しっぽも動いてた。
ちらりと目を向ければ、満面の笑みでオレを見つめるシスター。
「これからは一緒にお勉強、頑張りましょうね!」
「う……はい」
「キキ。キーキキキ?(クルル様。少々よろしいでしょうか?)」
バリーがそろそろ祭の準備に戻ろうかと言って腰を上げた時、突然アルに声をかけられた。
なにげなく振り返って見下ろしてみたら、ジャックの横に座るアルが両手(?)を前について頭を低く下げ、小さな体をさらに小さくしていた。
「どうした姫さん、畏まって」
「アルちゃん?」
バリーとシスターが再びしゃがみ、心配そうにアルを覗きこむ。
白く細い蔓がたくさん生えたつむじが見える、どうしたというんだろう。
俺達が立ち止まったのを確認したのか、すいと頭を上げたアルがこちらを見つめた。鮮やかな緑色に輝く瞳にオレの間抜けな顔が映る。
「キキッキキー!キーキキキッキィキーキキキッ!キキ、キー!(私を使い魔にしてくださいませ!い、今は敵を足止めする魔法くらいしか使えませんけれど、きっとすぐに強くなってみせます!ですから、どうか!)」
真摯な顔をして一気にまくしたてると、再びぺこーっと地面につくまで頭を下げた。
……耳から聞こえた言葉が脳に染み込むまで数秒かかった。
アルが、オレの、使い魔に?
こんな、頭がよくて魔法が使えて念話で通訳もできてさらに可愛くてジャックと仲のいい、アルが!?
理解すると同時に、思わず風切り音がするくらい全力で頭を上下に振り肯定していた。
「お、おい、まてまてまて!テイマーってのは使い魔契約出来る数に制限があるってさっき話しただろ!?魔力が低い奴が無理して複数の魔物と契約しても寿命を縮めるだけだ!
お前まだギルド登録もしてないだろうが、いっぺん鑑定受けて魔力量調べてもらえ!それからにしろ、な!?」
バリーにひどく慌てて止められ、渋々ながらアルからの申し出は一旦保留となった。
だが、確かに彼の言う通りだ。
オレは獣人で、獣人には魔力の高い者があまり生まれないと聞く。
使い魔との契約でどの程度魔力が必要なのかは分からないが、普通の人間で契約上限が1~3匹……獣人だとどうなんだろう?
ジャックとは問題なく契約出来ているが、今更ながら不安だ。
そんなやりとりをアルは泣きそうな顔で見上げて肩を震わせていたが、シスターに宥められてようやく落ち着いたようだ。
シスターが人伝に聞いた話では、自ら進んで使い魔になりたいと願う魔物は少ない上に、低レベルの状態ですでに人間と意思疎通出来るほど知能が高いときたら、例えオレと契約出来なかったとしてもテイマーギルドのほうで良い相手を紹介してくれるだろう、とのこと。
中でも貴族のテイマーなどは、お金をたくさん出して使い魔にするための魔物を生け捕りにさせることすらあるらしい。アルくらい才能に溢れていればシスター曰く「選り取りみどりですよ」な状態だ。
「キッ、キキッキィキーキ……キキキィ……(くっ、かくなる上は速やかにレベルを上げ強さを示さなければ……そして旦那様とお揃いの使い魔……うふっ、うふふふふふ……)」
なんか下の方からぶつぶつ聞こえるが、なんだろう。
確かに、言われてみれば対話できる魔物なんて見たことがなかった。アルはすごい魔物なんだな。
……ん。魔物?
ふと疑問が湧いて、手の蔓を握り拳のようにギュッと丸めて真剣な顔で虚空を睨むアルに質問してみる。
「アル?君、は、魔物ではなかっ……あれ?魔物、だったか?」
そう、確かアルはマンドラゴラという魔法植物の一種だったはず。魔法植物は分類上妖精だったと思うのだが。
しばしきょとんと呆けていた彼女だが、はっとした顔になり頭の蔓がぶわぁっと広がった。
「キ、キキキキーキィ!キッ、キキッキキィキ!キーキキキッキキーキ!(い、いいいえええい魔物です!はい私ほぼほぼ魔物ですよ!むしろ魔物以外の生き物ではありえませんわっ!)」
まるで毛玉のように全身の蔓を広げてわきわき蠢かしながら叫ぶアルに圧倒されて、咄嗟に何度も頷いていた。
そ、そうか、魔物だったのか。やはりオレはいまいち常識に疎いらしい。気を付けなければ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私の主(希望)のクルル様とバリーのおじさま、シスターが部屋を出て行かれました。
皆様、もう少しのんびりなされていくのかと思っていたのですが、白く長い耳を生やした可愛らしい方がシスターを呼びにいらっしゃると、いそいそと手を繋いで外へ出て行かれたのです。
バリーのおじさまが満面の笑みでその後ろをついて歩かれ、クルル様も引っ張られるようにして連れて行かれてしまいました。
恥じらいを溢しながら固く手を繋ぎ、弾むような軽い足取りで歩く仲睦まじい様子のお二人を思いだすと、胸がきゅっと苦しくなります。
きっとあれが人間の「恋人どうし」というもの…なんて素敵。なんて羨ましい。
高鳴る胸のときめきに何故だか切なくなりながら、隣で眠る旦那様の頭を蔓の先でそっと撫でる。
ふわっふわ、ふわっふわですわ。それに温かい。
「む……きゅうー…」
ああっ、体を伸ばして伸びをなされた!?ほぉっ!さらに前足で顔をぎゅーっと押さえて!?ふわふわのお腹が惜しげもなく晒されてますわー!!
その余りにも尊いお姿を目にしてさらに高鳴る鼓動に耐えられず、胸を抑えて呻き声をあげてしまいます。
なんてなんてお可愛らしい……!なんて麗しい!!
こんな素晴らしい旦那様の傍にいられるのなら、私はどんなことだって成し遂げてみせます!
そう、まず目指すべきはこの身を進化させて強くなること!力を失う前の私であったなら、さらにこの足さえ再び生やすことができたなら、きっとクルル様にとって価値のある使い魔になれるはず!それにそれに人間の形態をとれるようになれば、いずれ旦那様が超絶進化なされて人型になったとしても堂々と隣に立てます!知能の高いタイプの魔物が高レベルになりますとたいがい人型に近づきますものね!
そ、そそそそして、そしてッいずれは私と旦那様とでッ…手、手を繋いで……!!で、デートとかしちゃったり…!?
「キッヒー!!!」
はぁっ!?ダメですわ!!
高鳴る鼓動に突き動かされ口から洩れかけた笑い声を慌てて抑え込み、傍らの美麗なる魔獣こと旦那様を確認しました。
「フゴー、ぴゅー…」
ほ、良かった。よく眠ってますわ。
安堵すると同時に、旦那様のしっぽに顎を乗せた小さな亀さんに気が付きました。どうやら彼(彼女?)も満腹になって眠ってしまったようです。
むむむ…この亀さんはクルル様の使い魔になるかもしれない、私のライバルと言えましょう。
それにしてもシスターめ、何故旦那様の横に亀さんを置いたのですか。旦那様の傍に侍るのは私の特権ですのに。
静かに眠る亀さんをちょいちょいと蔓でつつき、しっぽから顎を下ろします。そして毛布の端っこを引っ張り隙間を開けると亀さんをよいせっと持ち上げ、そこにきゅっと挟み込みました。これでよし。
無防備な状態の旦那様に直接触れて眠るなど、いくら幼子とはいえ許せません。これは決して見苦しい嫉妬などではありません、亀さんの無礼な行いを人知れずなかったことにしてさしあげただけです。
それにしても、あの森で静かに一生を過ごすものだと思っていた私ですのに。
森を守り、精霊達を、仲間達を守ることこそが私に与えられた役割だと思っておりました。平和で穏やかで、だけど変化はなく毎日が同じことの繰り返しで。
ですが、今の私は、私のこれからは。自分自身で決めていくのですわ。
そう、私は役目を失いました、でもそれによってこの上もなく自由になったのです。




