73話 ぽこぽこぽこ
読んで下さった方、ありがとうございます。今週はなんとか更新できました(汗)
てしっ。
「ピャッ」
てしっ、てしっ。
「ピーャッ!」
た、楽しーい!!なにこれ、なにこれ!?
俺は足元にいる小さな生き物を夢中になって前足でつついていた。
さっき、暖炉の前で眠っているリュート君の鞄がもぞもぞ動いてると思ったら、ポケットからこいつが転がり出て来たのだ。
こいつは最初、真っ黒で艶々してて真ん中だけ厚みのある円盤状の、一口サイズのどら焼きみたいな形をしていた。で、そのどら焼きの合わせ目部分からクリーム色の短い手足と頭がにょーっと生えてきて、ようやくそれが亀だとわかった。
皆が目を凝らして見守る中で、親指の間接一つ分くらいの極少サイズの黒い亀は、ちっちゃな頭をゆらゆら左右に揺らした後のろーり、のろーりと移動を開始した。
……ちっさい、俺よりちっさい。丸くてつるつる、なんか動いてる!
そんな猫の本能を直撃するイキモノを前にして、今俺は少々ハッスルしていた。
てしっ、ててしっ、てしっ。
「ピャー」
うっはー楽しい!
しかもこいつ触ると音が鳴るんだよね!
おら次は背中だ!次あたま!それそぉーれ逃げろ逃げろー!うははははは!!
大興奮でぴょんぴょん飛び跳ねながら亀をつつき回る俺。
「こらこら、弱いものいじめはいけませんよ」
シスターがやんわり咎めてくるが、その声は柔らかくて非難する雰囲気は感じられない。そんな言い方じゃ今のハイテンションな俺は止められないぜ、ふぉう、ふぉおおおう!
「おいおい、それ多分魔物だぞ?噛まれたら危ないし、そのへんでやめとけ」
だが、続けて聞こえたバリーの声に耳を疑った。
え?これ、魔物!?
俺の脳裏に、依然対峙して惨敗を期した魔物…スライムが思い浮かぶ。
瞬間的にMAXまで上昇した脳内の「ヤバイぞメーター」が降りきれて、ちょうど亀に触れる直前だった右前足が変に力んでしまい……
ぺっちん!―――ころん。
「ピッ!?」
俺の丸っこい前足のパンチによって、亀がひっくり返ってしまった。そしてなんか笛みたいな音が。
や、やばいやばい、確か亀ってひっくり返ると自力では戻れないんだっけ?さすがに悪いことしちまった、早く元に戻してやんないと。
慌ててもう一度前足を振り上げ、ひっくり返す構えをとる。
「ッ!ピーャーッ!!」
すぽっ!
突然亀が甲高い叫び声を上げると、頭と手足を甲羅の中に収用した。あの足の遅さが嘘のように素早い動き。
へー、動くの遅いけど頭しまうのは一瞬なんだな。
と、呑気に眺めていた俺の頭に。
ぽこ。
「ミュ」
い、痛い?
なんだ、何かが頭に当たったみたい。でもなんにも見えなかったぞ?
俺のおでこにぶつかった何かを捜し、足元や背後をキョロキョロと見回す。なんか固いボールが当たったような…
ぽこ、ぽこ。
「ミャア!?」
ま、また!今度は肩とほっぺたに何かぶつかってきた!?
なんだなんだ、当たった感触は硬くて丸いボールっぽい、でも全然姿が見えないし音も…あ、いや俺の回りのあちこちから「ぽこ」とか「こん」とか硬質な音がたくさん聞こえてくる!?
ぽこ。
いてっ。
今度は鼻の頭にぶつかった、なんなのこれ!?
あ、痛っ前足の先っちょにも痛い!ちょっ、ナニコレどんどんぶつかってくるんだけど!?いてっ、いたぁっ!?
「おお?」
「キキッ?」
「どうしたのでしょうか…あら、何か転がってきた?」
見えないながらも、その透明なボールが襲いかかってくる方角と反対方向に向かってわたわたと逃げる。
うう、俺の身体が小さいからすっごいでかく感じるけど、多分これピンポン玉くらいのサイズなんだろうな。でも俺だと下手すると致命傷になりそうなんだよ、むっちゃくちゃ痛いんだもん!
あちこちズキズキ痛くて涙目で駆ける俺の目の前に、救いの手が差し伸べられた。
伸ばされた手の指にしがみつき、爪をたてて必死でよじ登る。た、助かった。
わーんクルルー、なんなのあれー!?
「ミュー!」
「大丈夫か、ジャック」
「キキー、キッキー(旦那様、お怪我は!?)」
クルルは、肘の辺りにしがみついていた俺をひっぺがすと、肩に載せてくれた。
肩の上にはアルも座っていて、おろおろと俺の傍らに移動して頭や背中をさすってくれる。
うえーん痛いよぅ、なんか頭とかコブになってるかも。
後ろで「自業自得だな」って聞こえたけど、バリーのおっさんめ!今度頭のバーコード一列むしってやる。
しかし…全身あちこちが痛むのもあるが、なんだかみょーに体が重い気がして心配になってきた。
うううう、これもしかしてヤバい感じ?あ!こういう時こそステータスさん!
むむむむステータス見たいー、ステータスー。
そう強く念じると程なく、目の前の中空にいつぞやと同じ光る四角い枠が浮かび上がる。
[ 名前 ] ジャック
[ 年齢 ] 一カ月未満
[ 種族 ] 猫もどき?
[ 職業 ] 使い魔
[ 称号 ] 非力なる魔獣
[ レベル ] 1
[ 力 ] 1
[ 体力 ] 1 / 2
[ 攻撃力 ] 1
[ 防御力 ] 1
[ 魔力 ] 10
[ 敏捷性 ] 1
[ 魔法 ] 鑑定魔法(初級)
火魔法(初級未満)
[ 装備 ] -
[ スキル ] ベビーシャウト
ちびっこクリティカル
[ 特殊 ] 変化
ウロボロスの加護
[特殊スキル] ド根性
…前と同じか、と安心しかけた瞬間、違和感に気づく。
体力のとこが、前はただの「2」だったのに、「1 / 2」になってる?
は、半分?健康な時の半分ってこと!?え、ちょ、それってかなりヤバくないか!?うおおお誰かポーションくれえええ!
「ほぉ?なんだこりゃ、見えないけど何か丸い物を飛ばしてるようだな。魔法、スキルか。うお、これ掴むと割れる……いや、消える?」
「こんな赤ちゃんの内からそんなものが使えるなんて、珍しい魔物のようですね」
バリーとシスターは、頭と手足をひっこめたままの亀の傍へ近づいてしゃがみ、ぽこぽこ鳴りながら飛び出してくる何かを触ったり、亀の腹をしげしげと見下ろしたりしている。
…ん?
ふと思い出してみれば、もっとひどいピンチになったことある気がするけど。しかも何回も。俺、生きてるよね?もしかして案外半分くらいなら平気、なのかな。
そうだよ、ちょっとだるいけどいつぞやみたく動けないってほどのだるさじゃないし。うん、疑心暗鬼は良くないな。落ち着け俺。
少し頭が冷えたところで、俺もクルルの肩に全身でへばりついたまま振り返って見てみる。
さっきのピンポンラッシュ、あの亀がやったの?つーか、一体なんの魔法なんだろう。魔法っつったら火の玉飛ばしたりするイメージだが。
アルと一緒に俺の背中を撫でていたクルルも数歩前に出て、亀の様子を観察しだす。
逆さま状態で手足をひっこめた亀の周りでしばらくぽこぽこと何かが跳ねる小さい音がしていたが、その音も徐々に消えていった。
音がやむと、一拍おいて亀の頭がにょーっと生えてきて、続けて手足も生え……その場で、じた、ばた、とゆっくりもがき始める。
やっぱ…おっそいわ。こいつ、俺よりはるかに動きが遅い。亀だよな…どうみても普通の、なんの変哲もない亀。
空を掻く短い足には指もなく、かろうじてでっぱりに見える程度の小さな爪が生えてはいるものの、先が丸っこくて見るからに攻撃力なさそう。
あ、よく見たらしっぽもあった!ちっさ短い!
あたりの視線を集めながらもがいていた亀だったが、結局その短い足では逆さまになった己の体を元に戻すことはできなかったようだ。
「ピャァー……」
……悲しそうな鳴き声をあげだした。
な、なんか。
さっきのポコポコラッシュは痛かったけど、気の毒になってきたぞ。サイズの近い小動物(小魔物?)同志、自分の思うように動けない辛さはよーくわかる。
そもそも俺がひっくり返したせいなんだし。
「ミュ、ミュー」
クルルの顔を見上げ、ちょっと小声でだけどレスキューを頼んでみる。
本当は起こしに行ってやりたいけどさ、自分でひっくり返すのはやっぱ怖いんだもん。
と、アルの手の蔓が俺の頬をもふもふと撫でた。
「キキキ、キッキキーキー(助けてあげて、とおっしゃってますわ)」
撫でながら通訳してくれると、クルルが俺達を見つめた後頷く。
さすがアル、万能通訳だ。っていつまでほっぺむにむにしてるのよ。別にいいけども。
「あー、やめとけやめとけ」
俺らを肩に載せたまま一歩踏み出そうとしたクルルに、バリーが右手を横にひらひらさせて声をかけた。
ちら、と亀を横目で確認した後肩をすくめて苦笑いする。
「魔物っつーのは小さい内は可愛く見えても、やっぱり危ないんだよ。見えないくらい小さい虫を食ってレベルが上がって、急に巨大化して襲いかかってきたとか、よく聞くぞ」
「私は土を食べてレベルが上がったのもいると聞きました。本当に、生まれたての魔物は数回しか見たことがありませんけれど、どれも赤ちゃんでいる時間は一瞬でしたね。そもそも魔物は子供を産んだ後一切育てない者が多いと聞きますが、あれなら確かに親の庇護は必要なさそうです」
呆れたような溜息まじりに語るシスター、それを聞きながらバリーもうんうんと大きく頷いている。
うわぁ、なんだその滅茶苦茶な生き物。さすが魔法がある世界は違うな。
「…………」
クルルが無言で肩の上の俺を見下ろしていた。つむじに視線がささってる、メッチャ見てる。
な、なにさ。言いたい事があるなら言えばいいだろ。
キッと目に力を込めて睨み返す。ぐぬぬぬぬ。
「「…………」」
バリーとシスターが何かに気づいたようにこっちを振り返り、クルルと同じように俺を凝視した直後、慈悲深い笑みに変わった。
それに気づいた傍らのアルが、また俺の頭を撫でてくる。すっごく優しいソフトタッチで。
なんだよー皆して!確かに俺も魔物だけど!生後二週間はたってるのにちっちゃいままだけど!でもでも一回はレベル上がってんだからなー!……上がってレベル1だけど。
だ、だめだ深く考えたら落ち込む。大丈夫、絶対に大丈夫、平常心が大切だ。きっとすぐまたレベル上がってその時こそ黒豹になれる(はず)だから!
「それはそうと、この亀さんはどうしましょうか」
「あー、かわいそうなようだが、うーん。しかしこの亀あの坊主の荷物に入ってたよな?契約してない魔物を持ち込むなんて、たいがいの国じゃ禁止されてるはずだが」
二人は亀をチラ見して、眉を寄せて顔を見合わせる。
「…まさかとは思うが、原種の亀だと思って森で拾ってきた?」
「かもしれません、亀の原種なんて昔話でしか聞いたことありませんけれど、小さい子なら十分ありえます。やっぱり使い魔の札もつけていませんし、野性の魔物ですよね」
原種、って猫の話はちらっと聞いたことあるけど、亀もいたのか。魔物じゃないイキモノ全般を言う言葉なのかな?
つーか、結局亀はどうなるんだ?なんか二人とも遠巻きに見てて触ろうとしないんだけど。
いやそれも気になるけど、今気になるセリフがあった!使い魔の札って何!?
お、俺は歴とした使い魔だよ、なんにも身に付けてないよ、ねぇちょっとクルル?
そのアイテムが気になって真横にある顔を改めて見上げると、何故かクルルはハッ!とした顔をして、唇を引き結んで頷いた。そしてスタスタと歩き出す。行き先には…亀。
あれ、なんかさっき「目と目で会話」みたいな感じだったのに、伝わった内容違くない?亀じゃなくてさ、使い魔の札は?
疑念を抱いてる間にクルルは亀の傍らまで進み、無造作にしゃがんでその逆さまになった甲羅をちょいと摘むと、ひっくり返していた。
おう、クルル、あっちでバリーが「あ!?」って顔してるけど?
え、これ俺がやれって言った感じになってるの?いや違うよ、そういう意味で見た訳じゃ……で、でもまぁ結果オーライ。かな。
なぜなら亀は目を真ん丸く見開いてクルルを見上げてる、少なくとも攻撃的な雰囲気はない。むしろ、なんとなく嬉しそうな顔に見えるから助けてもらったのが分かってるんじゃなかろうか。
亀を助けた…これは、竜宮城へ連れてってもらえるかもなクルル。
感激したように目をきらきらさせてる亀の様子に、俺が人知れずほっと嘆息していると、固唾を飲んで見守っていたバリーとシスターも脱力していた。
「お前な、危ないっつってんのに……まぁ大丈夫だったならいいけどよ」
「ええ、もしかしたら元々は大人しいのかもしれませんね。考えてみたらタートル系の魔物は穏やかな草食種が多いですから。さっき攻撃してきたのは…ジャックちゃんのせいかと」
う、ごめんなさい。そうだよな、俺かなりいじめちゃったかも。
地面の上で、めいっぱい顔を上げてクルルを見つめている亀。
うう、俺自分より小さい奴を一方的につついておちょくってしまった、我を忘れてたとはいえ反省しきりである。
自己嫌悪に耳を下げてしょんぼりしていたら、バリーが来て体を掴み上げられた。
そして、亀の前にぽてりと下ろされる。
「いじわるしたなら、謝らなきゃな。んで、仲直りしろ」
「そうですね。ふふっ、大きさも変わらないしお友だちになれるかもしれませんね。クルル君、この子も使い魔にしてはいかがですか?魔法を使うようですし大人しくて賢そうですよ」
おお、使い魔仲間ゲットか?
で、でもちょっとシスター、この亀多分あんまり強くないんじゃ…使い魔って強さ求められないの?俺とこいつが使い魔だとたいして戦力がプラスにならなそうだが。
「はっはっはっ、おいおい使い魔に出来る数にゃ限りがあるんだぜシスター!いくら魔法を使えるっつっても、タートル種じゃたかが知れてるだろ。どうせならもっと強いのがいいよな、クルルも」
「確かにそうですね…でも、それじゃこの亀さんはどうするんです?元いた場所に捨ててこいと、あの子に言うんですか?」
「うっ!」
「…?限り、が、ある…のか?」
「そうですよ、クルル君。モンスターテイマーというものは、人によりますが何匹まで使い魔と契約できるか決まっているものなんです。これは才能というよりは、保有する魔力の総量によると聞きますけど。なので、魔物と契約する時はよく考えないといけないんです。無理をして自分の魔力で養えない数の魔物と契約すると、とても危険ですから」
「ピャーーーーッ!?」
「キキッ、キキィ、キーキキッ(旦那様、ストップ、ストップですわっ)」
「あ!?こらちび猫!やめろって、おい!」
…やっぱり目の前にいると我慢できずに亀を相手にハッスルし始めた俺は、皆によってたかって止められたのだった。




