72話 幕間 黒い鳥と青い竜
「そーらーを自由にーとぉびたーぁーい♪」
「…グォウ!」
「おわっ」
突然足元がガクンと消え、直後に数十センチ下へと着地する。おっとと、危ねぇ。
「んだよソラ、せっかく気分よく歌ってたのに」
俺の足下…ソラの背中の上でしゃがみ、さっきの着地の際にふんずけて皺になってしまったマントの裾をばさばさと払う。マントの内側にびっしりと縫い止められた無数の鱗がシャラシャラと軽やかな音色を奏で、揺れた。
このマント裾が長すぎて不便なんだけど、今はこれしか着られねーからなぁ。これなしで空を飛ぶのはさすがの俺でも寒い。
お?ソラが振り返ってこっち見た、と思ったら溜息つきやがった。ゆるくかぶり降ってるし、なんかムカつくな。
「なんだよ」
「フゥ……」
また溜息ついた、なんなのこいつムカつくな。
「グルルルゥガゥ」
「…………」
変態みたいな格好のヤツを乗せるだけでも嫌なんだからせめて静かにしろ、ってか。くそー、何も言い返せねーよ。
仕方なく歌は諦めることにして、眼下の景色に視線を落とした。
今、俺はソラの背に乗って静かな夜を楽しんでいる。ソラが羽ばたくリズムに合わせて体がゆるやかに上下する、尻に伝わる奴の鼓動は普段飛ぶ時よりずいぶんゆっくりとしていて、心底気を抜いているのが分かった。
気持ちは分かるぞ、この高度まで飛べる生物は同種である竜か、さもなきゃ災害級の魔物くらいだろう。
災害級の魔物で空を飛ぶ奴なんざ滅多に見かけない、しかも昔ソラにいちゃもんつけて銀竜の姐さんにぶん殴られた奴がその話を知り合いに言いふらしたらしく、俺らの気配を察知すると皆逃げていきやがる。飛び回るのに邪魔されないのはいいが、少々複雑な気分だ。
まぁそんなわけで、のんびりしたい時や急いでる時はたいがいこの高度で飛ぶことにしている。
そう、俺達は急いでいた。それはもうメッチャ急いでいる。
ちょっとした問題が起きたせいで、今すぐとある知り合いの元へ行かなきゃいけないのだ。
事の起こりは、いつも通り適当に飛んでて腹が減って降り立った島が魔物に襲われててそれを偶然退治したこと。
つーか着地地点にそいつが突然飛び出して来て、ふんづけたら喧嘩ふっかけてきて、怒ったソラが一撃でのして終了した。
そうしたら、その魔物への生贄になるはずだったっていう女の子を嫁にもらってくれと、長年魔物に苦しめられてきたという集落の奴等が言い出したんだ。なんか肌色の多い、やたら開放的な格好をした連中だったっけ。
彼等の信仰する神は竜神らしく、ソラに跨がって飛ぶ俺は現人神なのだそうな。俺が神様だとか初耳なんだけど。
彼等の提示する、可愛い幼妻と「勇者」の肩書きを与え村に迎え入れるという案は魅力的ではあったんだが、俺はまだまだ自由でいたい。なので気持ちだけもらっとくと笑って断ると、せめてこれだけでもと、あるモノを贈られた。それが今現在俺に多大な問題を引き起こしている。
彼らと笑顔で別れた後、適当な森に降りたって飯食って人心地ついて。
暇になった俺はふと思い付いて、好奇心から問題のモノを装備してみちゃったのだ、深く考えもせずに。
着てみたらそれは妙に俺に似合っていて、ソラ曰くしっくりきすぎていて逆に違和感がある、というほど。
しばしポーズとったり馬鹿だのアホだのと言い合い笑いあって。
楽しく過ごした後、さて元の服に着替えようとした。
んだが、これがなぜか脱げない。どうやっても肌から離せない、仕方なく無理矢理脱ごうとしても千切れず、そんな頑丈な素材で出来ているとは思えないというのに、俺が引っ張ってもソラが爪をたててもほつれ一つすら出来ない。
さらにこれ以外の衣類や防具を身に付けようとすると弾かれてしまう。
普段中身を整頓してないせいで何が入ってるか今一把握出来てない魔法の袋を漁った結果、何故か一枚だけ、この状態でも装備できるマントがあったのは不幸中の幸いだったが。
そう、コレは俗に言う「呪いの装備」だったんだ。
村を救ったお礼って言って渡されたのに呪われてたのだ、酷すぎるだろ。あいつら次会ったら鼻に指二本突っ込んでやる。
まー、それからはとりあえず呪いを解くことの出来る知り合いに診てもらうのを最優先に考えて、普段の倍の速度で移動を始めた。
呪いの装備ってのは、一般的には高位の神官の祝福(という名の魔法の一種)でないとはずすことが出来ない。呪いの種類やかけた人物の力量によっては祝福が効かず、一生涯はずすことが出来なくなってしまった場合もあるらしい。
が、件の知り合いだったら確実にこれをはずせる。それはもう間違いない。
しかしどうにもコレ一枚では心もとない…風邪なんてひいたことないが、不安が募る。早いとこ普段の服に着替えたいものだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
はるか下方には真っ暗な海が広がり、月の光を受けた波がきらきらと輝いている。ぽつぽつと見える黒いでこぼこしたところは小島だろう、このへんは大小の島が点在し景色がいいことで有名だ。
顔を上げて見上げればうってかわって明るい星空が広がっている、今夜は三日月か。
ぼけっと星を眺めていたら、背中に感じる寒気。やっぱ寒い。
「ぶぇっくしょん!……あー、やっぱキッツイわ。早いとこなんとかしないとなー」
ぐしぐしと鼻をこすりつつ、ソラの冷たい背中の上で体を可能な限り小さくする。マントの前をぎゅっと抑えて、膝をぴったりくっつけ…鱗つめてぇー。
駄目だ、マントのお陰で肩まわりは多少風から守られるけど下からメッチャ吹き込んでくる、剥き出しの脚と胴が凍えそう。このままじゃ生まれて初めてシモヤケになっちまうぞ。
「フゥ、グルルルル、グゥ?」
「いやなんでそんなの装備しちゃったのって、あんな可愛い娘にこれをワタシだと思って大事にシテネ(はぁと)とか瞳潤ませて言われたら、一回くらい着てみるだろ男なら」
「…フゥー……」
う、馬鹿にされてんのはわかるぞ溜息だけでも。
うーむ、我が弟は一体いつからこんな可愛いげがなくなってしまったんだ?昔はあんなに素直で純粋で可愛かったのに。手載りサイズだったし。
寒さに凍えそうになりながら過去に思いを巡らせやるせない気持ちになっていると、ふいに背後にあるソラのしっぽが不自然に揺れたのに気づいた。
「どうした、下か、上か?」
俺の問いかけに、ちょいちょいと鼻面を下に向けて伝えてくるソラ。
ふむ、下か。じゃ、夜目の効くタイプの鳥形の魔物か。
あー、ここ何島だったっけ?ごちゃごちゃしてて分かりにくいんだよなぁ。
とりあえず、ソラがわざわざ言ってくるくらいなんだから一応降りて様子見ておくか。
ソラが翼の角度を変えて滑空に入った。うおー寒ぃー。
地上の景色が段々と近づいてくると、暗い大地の上を優雅に羽ばたく影がぽつんと一つだけ見える。まだ遠いがその影には色がなく、月の光が当たってなお黒いのがわかった。
……なんだ、あいつか。
なんだこいつだったのかと思い安堵する気持ちと同時に、それほど夜目が効かず夜はあまり動き回らないこいつが珍しいな、と不審な思いも沸いていた。
俺と同じ事を考えていたらしいソラと軽く目で頷きあい、その背中にぴたりと伏せる。こうしとかないと稀に風に負けて吹っ飛ばされるからね。
ばさっ!
滑空しながら一度だけ力強く羽ばたく、それだけで黒い影の真上ギリギリまで移動した。影が素早くこちらを見上げて、その顔を驚愕に歪めたのが薄ぼんやりと窺える。
ソラが器用に体を捻りながら翼を傾け、艶やかな黒い影の隣に並ぶ。でもやっぱり互いの羽がぶつかりそうなので微妙に高い位置に移動し、そこで落ち着いた。
俺は馴染みの顔に片手を挙げて声をかける。
「よぉ、珍しいな」
「…………」
……ん?なんかすっごい変な顔された。
嫌そう?いや多分違うな、露骨に目反らしてるし。
なんだまさか疚しいことが…悪さでもしてたのか?
でも、こいつがぁ?ないない、それはない。
疑いの気持ちは一瞬で消えたものの、俺とこいつの向いている方向を考えるとそれもアレかなと思い直し、顔に疑惑を張り付けてジロジロ眺めて見せる。
ふぅむ、相変わらずボロい恰好してんな。昔はいつもお互い甲冑着込んでたから、ヨロイなしだと体が一回り小さく見える。つーかもしかしてこいつ、前見かけた時よりさらに痩せてないか?
お、ソラも顔を上げて不審げに鼻くんくん鳴らしてる。さすが我が弟、気が合うな。
ひゅん。
何かが風を切って飛んでくる音がした、しかしそれは遥か下方で弧を描き、そのまま地面へと落ちていく。
「だめー!やめて、そのひとをいじめないで!」
「あっちいけ、はなれろトカゲ!おまえなんか怖くないぞ!」
おお?なんだ、ちびっこの声がする。
地面から聞こえる子供特有の甲高い声に真下を見下ろせば、獣人の子供が数人、こっちに向かって石を投げていた。でも力が足りずここまで届いていない、まぁあのガリガリの痩せ具合からしたら、そんな力あるわけないだろうし。そう分かるほどに彼らは窶れていた。
「!や、やめろ、殺されるぞっ」
慌てふためいた声をこぼし、黒い翼をはためかせて奴が地上へと降り立つ。
ソラと顔を見合わせた後、ひとまず俺らも地面へ降りた。子供達がまだ石を投げようとしてるからちょっと離れた場所に。
翼を畳んだソラの隣に立ち、30メートルほど離れた所からのんびりと彼らを観察する。
背中に大きな翼を持つ男が、牙を剥き出して俺とソラを威嚇する獣耳の子供達を必死に抑え、宥めているようだ。
頑張れよー。俺らはそっちが落ち着くまで待ってるから。
……ぱっと見た感じ。
あのボロボロガリガリのガキ共は脱走奴隷か?あいつはたまたま見かけて家まで送ろうとか言い出して?魔物が近づかないよう上から見張りつつ移動してたとか、かな。
よくよくみたらガキ共は皆首輪をしている。さらに一人は背中に小さい羽が生えてる少し珍しい種族、俺の考えた通りでほぼ間違いないかな。
有翼人っつーのも難儀な種族だ…背中に羽が生えてるったって、体を浮かせるほどの力がある奴なんて滅多に生まれない。ましてや鳥のように空を飛べる者なんて、魔人でもない限り世界で数人いるかいないかだ。
大多数の有翼人は血が薄れて羽がどんどん小型化しちゃってるから、言っちゃなんだが飛べない上に無意味に目立つだけ。
しかも毎日お手入れしないとかなりみすぼらしい状態になる。知り合いに何人かいるけど、背中にあるから根本とか手が届かないし、羽の生え替わり時期とか痒いわ重いわ散らかるわで地獄らしい。あんまり不衛生にしてると虫が湧いたり…いや、思い出したくないな、これは。
それでも世間では、有翼人は女神の眷族として神話に出てくるありがたーい存在と言われているから、種族のくくりとして「亜人」と呼ばれる中でその扱いは雲泥の差と言える。犬人や猫人らが国によっては人権すら認められてないのに対して、有翼人は教会が神の使徒として信仰対象にしてたりもする。
そんなこともあり、色んな方向に人気が、需要がある…奴隷としても。
特に僻地や国境、田舎で。移民などで身元を保証するものがない若く見目の良い女の有翼人は、奴隷狩りに合うことが多い。場合によっては獣人の数百倍の値段でやりとりされているというから、ホント嫌になる。世の中には腐った奴らが多すぎる。
少々嫌なことを思い出してモヤモヤしていると、子供達が静かになった。
無事、話し合いは済んだらしい。
黒い翼を生やして黒い髪、黒い瞳に黒い服の男…ロキがやや緊張した面持ちでこちらへ向きなおる。まだ視線だけは臨戦態勢の子供達をその背後に隠して。
「…すまない、彼らはお前のことを知らないのだ。非礼を許して欲しい」
そう言って硬い表情で頭を下げるロキ。
「あ、あんたがあやまることない!石なげたのはおれだ、おれが悪いんモガッ」
「口きくなって言われたでしょ!」
青みがかった狼耳としっぽのある子供が前に飛び出そうとした所を、垂れた茶色の耳と長いしっぽのある子供が背後から両手を回して口元を押さえて、さらに鳶色の小さな羽を生やした子供がタックルをかけて止めた。
もつれあいながらロキの足元にずざーっと倒れこむ3人のちびっこ。
「モガッ、グッ」
「あたしらはなんの力もないのっ、ロキさんのジャマになるだけよ!」
「…おとなしく、する」
もつれあいながらも、なお暴れようとする狼耳しっぽ(仮)がモガモガ言ってると垂れ耳しっぽ(仮)が強い口調で背後から怒鳴る。と、同時に鳶色羽(仮)が手早く狼耳しっぽの首に両腕を巻きつけ、キュッと締め付けた。すると一瞬でオチる狼耳しっぽ。おお、なんて的確なチョークスリーパー。
垂れ耳しっぽと鳶色羽にそれぞれ足を掴まれ、ずるずるとロキの背後に戻っていく狼耳しっぽを見送り、俺から目を逸らさないロキに視線を戻した。
「ま、なんとなく状況はわかった。でもよ、お前ホント何なの?何がしたい訳?」
「……ッ」
一瞬、その顔が微かに強張るのがわかった。
うん、そうだよね。多分メッチャ言われたくない言葉ナンバーワンだよね。多分お前、味方サイドからも散々言われてるだろうし。
でも俺も一応、聞いておかなきゃならない。例えこいつがどんなに人畜無害で善良なヘタレ騎士道野郎だとしても、過去はなかったことにはならないんだ。俺自身の価値観よりも、重要なことがある。
…返事を待つ。
ひたすら待つ。5分、10分。
ロキの口元が何か言葉を紡ごうとしては閉じられ、苦しそうに顔をしかめ、目だけで横を向いては頬をわずかに動かす、掌をぎゅっと握っては脱力しゆっくり開く…なんていうか、すっげぇ葛藤してる。悩んでる、な。相当。
まぁ、嘘が下手なこいつの口から己の行動に対する何が飛び出すのか興味はあるが、ちょっとヤツの羽の下からチラチラと顔を覗かせてる子供が気になってきた。さっき気絶したはずの狼耳しっぽも復活したらしい、復活早いね。
仕方ない、このへんで許してやるか。
俺はため息とともに肩を大仰に落とすふりをする、隣のソラがそれを横目で見て片方の眉をキュッと上げた。
「ソラ、頼むわ」
「グオッ」
ちょっとだけめんどくさそうにソラが鼻を鳴らし、ドッスドッスと俺の背後に歩き出す。そして安全と思われるだけの距離をとると、翼を広げ空へと飛びあがった。離れていても強い風が吹きつけてきて、砂塵が舞い上がる。
と、その風に煽られて俺の纏っているマントがバサリとめくれ上がった。うおー、風つめってー。
「!?」「きゃー!?」「…へん、たい」
あ、忘れてた。そういや、今の俺の格好。
ロキの羽の下から覗いていた無垢な3対の瞳が、驚愕に見開かれたのが月明かりでもはっきりとわかった。気のせいかもしれんが、若干一名からすさまじい蔑みの気配がするよ。
………。
ロキだけは無言を貫いていてくれた。が、あの一瞬目元がひきつったのは気づいていた。俺の今の格好は、こいつまでも脅かしてしまっていたらしい。
「…いや、この格好にはちょっとワケがあってな、決して変態じゃないぞ?」
無駄かもしれないが、一応説明しておく。俺が好きでこんな恰好していると言いふらされても心外だし。
あ、だめだ、子供達の視線が冷たい。特に鳶色羽の目線が氷点下まで下がってる。ロキの羽の下にしゃがんで覗いてたのが、じりじりと後退してるし。
仕方ないか。今の俺が装備しているのは、マントの下は腰ミノ一枚っきりなのだから。
呪いの装備であり、このマント以外は手甲すら纏うことを許さない凶悪な代物。一度着用して呪いが発動してしまえばドラゴンの爪でも切り裂くことが叶わない、ある意味最強装備かもしれない。
俺はしばし俯き、マントの裾を正した後でロキのほうへ改めて顔を向けた。
結局、この格好を口外しないと約束する代わり…という理由をこじつけて、ひきかえに彼らに今必要と思われる物資を渡すことに決まった。糞真面目なロキは、こうでも言わないと受け取らないから丁度良かったと思いたい。
俺が魔法の袋から次々に取り出す物資、背負い袋にマントに小さめの服、水袋や大きなパンなど。それらを唖然と眺めていた子供達は、俺が差し出した食料を最初は警戒していたが、空腹には抗えなかったらしくすぐさまガツガツと貪りはじめた。
うんうん、俺のお気に入りの店でまとめて作ってもらった焼肉サンドに魚の燻製、芋と麦の粉で作った芋団子は最高だろう。賢者様謹製の魔法の袋は中に入れたモノの時間すら止める、出来立てあつあつのままいつまでも保存できるから火傷するほど熱いしね。
そういや、あんまりにも胃が空っぽの状態でいきなり固形物食ったらヤバかったとかライアットが言ってた気がするけど…獣人だし大丈夫か?あいつに合わせると基準が瀕死の重病人になるしなぁ。
ガツガツと飯を食う子供達を微笑ましそうに見ながら服装を整えてやっていたロキが、ふと思い出したように気まずげに俺をちらりと見た。
ふむぅ、さっきより近くに来たから分かるが、こいつにも飯食わせて新しい服着せてやりてぇな。なんだよあのボロッボロのシャツは…思った通り前見た時よりやつれてるし、羽もよく見たらずいぶん荒れてボサボサしてんじゃねーか、あれじゃ飛びづらいだろうに。
何より、こいつは無手だった。10年前は腰に佩いていた剣もベルトごとなくなっている。ずっと前に俺が言ったことを未だに気にしているのは明白だ。
こいつは…まぁ俺の立ち位置からすれば敵なんだが、必ずしもそうとは言えない。武器もなく一人きりで、まるで行先がわからない子供のように彷徨う様をたびたび見かけていると少々…考えてしまう。
「感謝する」
奴は短くそれだけ言うと、俺の視線を避けるように背中を向けてしまった。
だめだなこりゃ、これ以上は受け取る気がないってことか。ホント真面目な奴。
子供達が満腹になって落ち着いた後、ソラに空から確認してもらった獣人の村への方角と距離を伝え、念のためとポーションを数本渡してその場を飛び立った。
お守り代わりにとソラが差し出した鱗は、ロキ以外の子供達には受け取ってもらえたから良しとしよう。ドラゴンの鱗はかなーり高額で売れるからそういう意味でのお守りにも最高なのだ。
一気に離れていく地上を見下ろしながら、ソラに数回周辺を旋回してもらう。
ドラゴンは他の大多数の魔物達にとって脅威だ。ドラゴンが旋回しているということは、その場所が縄張りになる可能性が高いということ。これだけ低い高度で姿を見せつけておけば、少なくとも数時間は魔物は近寄りづらくなる。
彼らが村へたどり着くまで、多少なりとも魔物避けになればいい。
「さて、行くか」
「ガウルル」
後はロキに任せて、ひとまず俺は自分の危機を脱するべく先を急ぐことにした。風邪をひいてしまう前に、この呪いを解かねば。
ソラの背で押し寄せる寒さに身ぶるいしながら、頭上に広がる星空を見渡した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
奇妙な竜と変態マント男を見送ってから、暗い荒野を再び歩き始めたワタシ達だったが。
マント男がくれた衣類や食料で空腹と冷え、疲れはかなり和らいでいた。
何より、先行きの見えない不安がかなり晴れたのが大きい、ワタシ達の村はあと数時間歩けばつくほどに近づいていたのだ。ロキは自分は夜目が効かないからこの暗さで遠くまで飛ぶのは難しいと言っていた、だからこの情報は本当に嬉しかったんだ。
あの竜が空から確認してきてくれたのだが、飛び去ってから戻るまでほんの一瞬だった…なんて、なんて強い翼なんだろう。
もしも。ワタシのこの背中の翼が、あのくらい強いモノだったなら。こんな、ただ目立つだけで何の利にもならない、悪い人間を呼び寄せるだけのモノじゃなかったなら。
ワタシの人生は、少しは違っていたんじゃないだろうか?友達を危険にさらすこともなく、幸せに…
前を歩いていた狼の耳を頭に生やした少年、スネがふいに立ち止まった。何事かと思っていると、くるりとこっちを振り向く。その顔は複雑に歪められていた。
「なんでさっきのおっさんは、ロキをいじめてたんだ?」
その言葉を聞き、隣にいた茶色の垂れた耳を持つ少女、ヴェノが口を開きかけ、閉じる。一瞬考えるそぶりを見せた後、私達の倍くらいある長身の青年の顔を恐る恐る見上げた。ワタシも彼を見上げる。
いじめていた…まぁ、確かにあいつに言われた言葉でロキはものすごく困ってた。きっと、言われたくない言葉だったんだろう。
…お前、何がしたいの?…あいつはそう言ってた。
あの言葉のどこが、そこまでロキを困らせたの?ワタシにはわからない、でも確かに彼は心底嫌がっていたように思える。表情こそ確認していなかったが、なんとなくわかる。
スネの疑問はそのままワタシの疑問でもあり、ヴェノも多分同じことを考えていたんだろう。
質問の答えをじっと待っていると、ロキがしゃがんでスネと視線を合わせた。
「いじめられていた訳ではないよ。当然のことを言われたまでだ…私は過去、永遠に許されないほどの大罪を犯した咎人だから」
思いもかけない言葉に、ワタシは彼の顔を凝視してしまう。彼の顔は穏やかで、何の感情も浮かんでいないように思えた。
狼狽えるワタシとは異なり、スネもヴェノも一瞬ギョッとした表情を浮かべたもののすぐに目つきを険しくしてロキに詰め寄る。
「む、むかし悪いことをしたっていっても!もう反省してるんだろ?それにおれたちを助けてくれたいい人だ、きっともう女神様も怒ってないよ!」
「そうよ、女神様は許しをとうとぶって長が言ってたもん!ロキはこんなに優しいんだから、もうトガビトなんかじゃない!」
口々に言い募る二人を前に、ロキは何も言わずにその頭を左右の手でそっと撫でた。そしてこっちを手招きすると、ワタシの頭も撫でてくれた。大きな、温かい手の平は村長のそれと似ていて、なんだか胸が温かくなった気がした。
「例えばだ、が。君が…殺されたとしよう。そして、殺した者が改心したからなかったことにしてくれ、と。そう言われたら、君の家族は友人は全てなかったことにできるのか?」
淡々と。何もないことのように言われて、でも聞いた言葉が脳に浸透するとワタシ達の顔から血の気が引いた。
想像してしまった。もし、ワタシが…スネが、ヴェノが、村長が、村の誰かが…殺されてしまったら?ワタシは、皆は、なかったことに出来るの?
何も言えなくなって、でも思わずロキに力いっぱい抱きついたワタシ達にロキは小さな声で「すまん」とだけ言って、また頭を撫でてくれた。スネとヴェノが声を殺して泣いているのが見えたけど、気づかないふりをした。
前を歩く大きな黒い背中を、その黒い翼を見上げる。
まだグスグスと鼻をすすっているスネ、ヴェノと手を繋ぎ歩きながら、時折背後のワタシのこともちらりと確認しつつ、周囲を警戒しながら歩を進める、強い強いお兄さん。縁もゆかりもない、ただ偶然見かけただけの私達のために戦ってくれた、守ってくれた人。
出会って数日しかたってないのにワタシ達にとってのヒーローという地位は揺るがない、大好きなロキ。ワタシの、命の恩人。
その大きな背中が、さっきよりほんの少しだけ小さく見えるのが、とても悲しかった。
アイテムメモ「勇者の腰ミノ」
防御力+3
素早さ+3
追加効果:周囲の生き物の注目をメッチャ集める。呪われている。




