71話 3人の旅人
今回はちょっと短めです。
「なるほど、そういう訳でしたか」
毛布をちびっこの肩にかけながら、そう言って嘆息するシスター。
ここは教会の奥の、リビングみたいな広い部屋。
パチパチと薪のはぜる音を聞きながら、ぼんやりと炎を眺める。あったけー。
暖炉の前の絨毯にぺたんと座るちびっこ(兄)の膝には、もう一人のちびっこ(妹)が頭を載せてすやすやと眠りこけていた。
毛布でぐるぐる巻きにされたアザラシ状態で顔だけ出てる、その青い肌は見るからに冷たそうだけど、体温はきちんと上がってるらしいから一安心だ。
不安げに眉をハの字に下げて俯くちびっこ(兄)の頭を、横にひざまずいたシスターが優しく撫でる。あ~あ、泣きすぎて瞼が腫れちゃってるなぁ、可哀そうに。
そして俺は毛布の上に乗っかり、眠るちびっこの横っ腹を温めていた。子猫の体温は高いのだよ、自立歩行式湯タンポで存分に温まるがいい。ごろごろ。
ちなみにアルはというと、これまた毛布の上に座って小さくハミングを口ずさみつつ、ちびっこの背中辺りをぽんぽんとゆっくりしたリズムで叩いている。キーキーって声しか出せないから歌詞は定かではないが、静かな曲調だし多分子守唄だろう。
こないだまでアルは「シンギングツリー」という種族だった、マンドラゴラに戻った今でもちょこっとだけその頃の能力が残っていて、歌や音を介して効果を発揮する魔法が得意なんだそうだ。
「…………」
暖炉の脇では両手に薪を持ち真剣な顔をしたクルルが、それを暖炉に入れるかどうかで悩んでいる。うーん、それ以上入れるとさすがに詰めすぎじゃね?隙間がないと逆に火が消えちゃうぞ。
あ、バリーが気づいてくれた。そうそう、薪の追加はしばらく大丈夫。
あの後、駆けつけてきたヒルダに頼んで、シスターとついでにバリーを呼んできてもらった。バリーのおっさんはたまたま近くにいたらしい。
ちなみに音を聞き付けてクルルも飛んで来たんだが、祭の準備で運んでいた樽を担いだままだったりした。坂の下からすごい勢いで樽が接近してくるもんだから何事かと思った。しかも中身たっぷんたっぷんに入ってたし、ひっくり返されなくて良かったよ。
アルの念話に驚きテンパっていたヨロイは、慌てて駆け付けて来たシスターの優しげな微笑みを見て、安心したのか倒れるように気絶してしまった。まぁ悪い奴じゃないと思うから、とアルに説明してもらって教会の客間のベッドへ移動してもらった。俺らじゃ運べないからね。
運んだシスターが言うには、ヨロイは全身に酷い怪我をしてる上に疲労が溜まってたようで、起きるまでこのまま寝かせておくことに。白目剥いて痙攣してたっていうから相当だろう。
なんかそもそも着ていた鎧兜もサイズが微妙に合ってなくて、そのせいで余計に疲れたんだろうとのことだ。
そしてやはりヨロイの中身は女だったらしく、このへんでは見ないような顔立ちだと言っていた。
目の前で突然倒れたヨロイを見てまた泣き出してしまったちびっこ(兄)と、意識が戻らないちびっこ(妹)も、バリーが背負って教会へと連れてきた。俺とクルルもなんとなく後に続く。
俺が最初に見つけた奴等だし、気にせずのんびりしてろって言われても無理、気になるっちゅーねん。
教会に入れて温かいスープとパンを食べさせ、ヨロイの無事を知らされてようやく落ち着いたらしいちびっこ(兄)が、暖炉の前でたどたどしく彼らがここへ来るに至った訳を話してくれた。
ヨロイは冒険者で、ちびっこ達の護衛をしているそうだ。このちびっこ達は貴族で、兄はリュート、妹はサラという。ヨロイはえーっと、シャルロットだかシャルロッテだか言う…なんかこいつのが貴族っぽい名前だよな。
彼らはとある伝を頼り、海を越えた国からこのウェスリー王国まではるばる旅をして来た。が、目的地まであと少しというところで道に迷い、この村へ辿り着いたのだという。
なんであれほど酷い状態なのに村の人間に声をかけずこそこそと隠れて、あまつさえ非力な子猫の食事をカツアゲしようとしたのかと聞けば、サラちゃんを見た人は皆して「出ていけ!」「化け物!」とか言って石を投げてくるから、怖くて人前に出たくないらしい。
リュート君はものすごく悲しそうな、やるせない表情をしながら呟いていた。他人が怖い、と。
その話をする時の彼はこの年の子供とは思えないほどに荒んだ、硬く暗い淀んだ瞳をしていて…シスターが抱きしめて、よく頑張りましたね、もう大丈夫ですよと笑いかけたらまた目を潤ませていた。
シスターもバリーもクルルもなんにもつっこまないし、異世界だからそんなもんかと思ってたんだけど。サラちゃんみたいに肌が青い人種はほぼいないらしい。
俺、てっきり異世界ではガリガリに痩せたら皮膚の色が青くなるんか~とかのんびり考えてた。全然違った、異世界だからなんでもありだと思ってたよ。
青い肌を持つのはアンデッド、ゾンビとか…死体が魔物化したものというのが一般的らしく、あと魔王も肌が青かったとかなんとか。どちらにしろ、肌が青い人間など「人間」ではない、という考え方が普通みたいだ。
でも、ま、リュート君もサラちゃんも普通の人間にしか思えない。シスターもバリーも一目見てそう思ったらしく、サラちゃんの肌の色について不安を隠さないリュート君を「妹を守る立派なお兄ちゃんだ」と褒めていた。
リュート君はバリーに頭をぐりぐりされて最初は唖然としていたが、言われた言葉が脳裏に染みわたるとまた泣き出しそうになり、ぐっと堪えて息を止めてて笑われていた。
こんなちっさいのに、ずいぶん大変な目にあってきたんだな…
で、問題のサラちゃんが一人だけ異様にやつれていたのは…なんと10日ほど何も食べていないせい。怪我や病気ではなく、単純に飢えのために衰弱していたのだ。
とても言いづらそうにしながらも説明してくれたんだが…彼ら兄妹はかなり高位のお貴族様で、親がとても厳しいのだと。
二言目には「貴族たるもの常に気高くあらねばならぬ」「獣人など汚らわしい、関わってはならん」とか言っちゃう、かーなーりお高くとまった、いやいや高級嗜好というかなんつーか、そんなオジサマらしい。
ちなみに父親の話ばっかで母親の話題は出てこなかった、その辺にちょっと闇を感じるな。子供が護衛1人だけ連れて家を出て、こんな有様で旅してきたのって…いやいや、勝手な想像はやめておこう。何か理由があるのかもしれん。
で、そんな馬鹿親父…いやいやセレブな親に厳しく躾られたサラちゃんは、まだ1歳半にも関わらず貴族の矜恃に満ち溢れており、「外」で「獣の肉」を「テーブルでなく地べた」で食う、とかそういう事態に激しく拒絶反応を示した。
なんかおおっぴらに人前に姿をさらして堂々と進める旅ではなかったみたいで、行程はだいたい徒歩、川や海は漁師の舟にこっそり乗せてもらったとかで、そんな道中でお貴族様らしい生活なんて到底無理だった。
うーん、サラちゃんの肌のせいなんだろうか。ホントにそんな怖がられてるの?肌の色が違うだけで会話すりゃマトモだって分かるだろうに。ひでぇな。
詳しい事情は話してくれなかったけど、やっぱり護衛もヨロイ、いやシャルロット一人きり。3人分の食事や荷物を一人で背負い続けられるわけもなく、また道中では獣や魔物も出てくる。度重なる襲撃に持ち出した物資も壊れたり無くしたりで、保存食なんて物もそうたくさん持って来なかった。
徐々に過酷になる旅の中、サラちゃんはあろうことか川の水も獣の肉も野草も嫌がり、相当飢えてるだろうに全く飲み食いしようとしなくなった。いくらシャルロットが仕留めた獣を必死に細かく刻んで料理しても、食べなきゃ死ぬと言って聞かせてもだめ。
無理矢理水を飲ませたり食わせたりしては、大泣きされ吐き出されたりで、今ではしゃべることすら出来ない程に弱ってしまっているのだ。
話を終えるとほどなく、リュート君も眠ってしまった。暖炉のあったかさとアルの子守唄が聞いたんだろう。
シスターが微笑みながら、リュート君をサラちゃんの隣に寝かせ毛布をもう一枚かけた。
うーむ、聞けば聞くほど酷い目にあってきたんだな、こんな小さい子が。
頼れる伝手があるっていうからそこまで行ければ保護してもらえるんだろうけど、バリーが行先を聞いて唸ってたからまだまだ先は長いみたい。
護衛のシャルロットも寝込んでるし、サラちゃんはしばらく動かさないで安静にって話だし。
サラちゃんの腹の上で寝ころびながらそんなことを思案していたら、いきなり頭を掴まれた。
「なぁ、こいつら夜まで寝かせとこうぜ」
うん?なによいきなり、つーか頭掴むなよぅ、俺の頭ちっさいからおっさんの手のせいで視界ゼロになっちまったじゃねーか。
「そうですね、準備が出来たら起こしてあげましょう。一晩ゆっくり寝かせたほうが疲れは取れるでしょうが、せっかくのお祭りですもの」
目の前が暗い、なんにも見えん。
シスターの声は少し弾んでいて、いたずらを企む子供みたいにバリーとお祭りについて話続けている。なんかすっごくおいしい料理を作ってるとか、楽器を出して演奏するとか、とっておきのお酒を出すとか!え、マジ!?
もっと詳しく聞きたくて、頭を抑えられたまま前に進もうともがく。もがー!
「…キ?」
ん、歌が止まった…アル、どうかした?
「キィ、キキッキィ…キーキキー(あれ、リュート君のカバン…動いてますわ)」
「ミュ?」
眠るちびっこ二人の横に置かれたボロボロのリュックが、もぞもぞと動いていた。
読んで下さった方、ありがとうございます。じみじみと頑張りますが、村を出るのはいつになることか(適当)




