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くろねこの冒険~目指せ!異世界一周~  作者: 葉桜丸
第2章 ウェスリー王国あっちこっち
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69話 彼女の生きる理由

私はあの頃、それなりに満ち足りて幸せでした。

森の奥深く、精霊の泉と呼ばれる地でたくさんの仲間と共に大地と空に感謝を捧げ、歌い踊りながら楽しく暮らしていたのです。


日々を穏やかに過ごしながら、この生活が永遠に続くものだと思っておりました。

森の主であるデリュフィリーデ様に見いだされ、次代の森の主としての教育が始まってからも、それは変わりません。


しかしあの忌まわしいオーク共が、何故か魔物が立ち入れないはずの泉に突如踏み込んできたのです。

他の仲間達はなんとか脱出出来たのですが…森の主になるべく「繭」の状態で魔力を蓄えていた私だけは、逃げることが叶いませんでした。


幸い、その時には繭の中の私はすでに進化を終えていて、無理矢理引きずり出されても死ぬことはありませんでしたが……もしこの時進化が途中であったなら、オークにまるごと食べられてお仕舞いだったのでしょうね。

でも私はすでに森の主になり、彼らにとって強い魔力を秘めた魅力的な餌になってしまっていた、だから殺されず長い時間をかけて少しずつ食われ続けるはめになったのです。


元々私は魔法植物。

精霊の泉で生まれたマンドラゴラが森の濃い魔力を取り込んで変異した、とても弱い生き物でした。

それが、どうしたことか他の大勢の仲間達とは異なり、私だけが魔力をたくさん蓄えることができて。皆と同じように歌い踊っていても、私だけが強力な効果を発揮出来るようになっていった。

そんな私に、デリュフィリーデ様は「きっと貴方ならシンギングツリーに進化できるわ」と我が事のように喜んで様々な事を教えて下さったの。


シンギングツリーは、デリュフィリーデ様が今のお姿になる前の種族。

森の上位精霊であり、音を奏でて行使する特殊な魔法を使うことが出来ます。人間からは「幸福をもたらす」存在として信仰されてたりしますし、その強力な力で知恵在る魔物達からも一目置かれてたりします。

森の守護者の一員であり、とても尊い存在。


ですが私にとって何より魅力的だったこと、それはシンギングツリーになれば「歩ける」ということです。

根を少しずつ動かして一週間で数センチ移動する、とかそういうレベルではなく、人間のように二本足で歩けるようになるのです!


マンドラゴラは基本的に移動が出来ません。なので周りの木々、草花、精霊等の声を聞いて様々なことを知るのです。

彼らが私達に聞かせてくれる話は多岐に渡り、森の奥深くで動けない私達にとってどれも興味深いものでした。

中でも風の精霊が教えてくれる人間の「物語」はとても面白く、聞かせるたびに私達が大喜びするものだから、風の精霊はたくさんの物語を運んできてくれたものです。


心踊る冒険譚、不思議な魔物の話、面白い話、恐ろしい話……どれもこれも楽しくて、お話を聞いた後は仲間で競いあって歌を歌い楽器を演奏し、感動を伝えあったものです。


中でも特に私が好きだったのは恋物語。

悪者に浚われたお姫様を颯爽と助け出す王子様…その光景を想い描くだけで胸が高鳴ったものですわ。

でも、他の皆は口々に「わからない」と言って首を捻っていました。普通のマンドラゴラにとって、恋愛という感情自体が理解出来ないものだと知ったのはしばらく経ってからです。

風の精霊に相談したら、貴方はまるで人間みたいだねと笑われました。人間……それまでさしたる興味の湧かないイキモノだったのですが、それからは気になり始めました。



オーク共に囚われた私は奴等の住処へ連れ去られ、得体の知れない呪いを次々に掛けられ、体ばかりか精神までも徐徐に蝕まれていきました。今でも、思い出すと恐ろしくて体が震えます。

呪いのせいで仲間や精霊達に助けを呼ぶことが出来ず、むしろ私の力を無理矢理引き出し結界めいたものまで使われてしまい、助けを求めることすら叶わず。

上位の魔法植物で再生能力の高いシンギングツリーになっていた私は何度も何度も足を……魔力の最も高い根の部分を切り落とされ、引き替えに養分としてゴブリンやオークの生き血を飲まされ続けました。


そうして何日たった頃でしょうか、とうとう呪いに負けてしまった私はオーク達によって呪詛を撒く不浄の魔物へと変化させられてしまったのです。

それからの記憶は曖昧で、はっきり覚えていません。

ですが、暗く冷たい場所で震えながら、自分以外の全てを怨み憎み妬んでいたことは覚えております。


自分の中にこれほど醜い感情があったなんて信じたくありませんでしたが、あの時の私は確かに心までも怪物へと変貌していました。その醜い感情が呪いによってさらにさらに増幅されてゆく、それは言葉に出来ないほどに耐え難い苦しみでございましたの。


もはや蔓の一本すら自分の意思で動かすことが出来なくなり、絶え間なく沸き上がってくる生命への渇望に突き動かされて、命ある者を恨む怪物の本能しかなくなった私。

その時、運命の王子様が現れたのですわ。


天から舞い降りた彼は、暗く淀んだ意識の底に沈んでいた私を、身を挺して現し世へと引っ張り上げて下さったのです。

我に帰り自分に何が起きていたかを理解すると同時に、私は迷いなく「森の主」として施されていた精霊契約を解除いたしました。これで、もし私がまた化け物に戻ってしまっても、デリュフィリーデ様によって森は守られるでしょう。


精霊契約……これは「森の心」と「森の精霊」との間で結ばれる、とても尊い約束です。これにより森の主となった者はその森の精を、森の作り出す絶大な魔力を与えられ、深く繋がりを持つこととなります。

当代の森の主から指名を受けた者が新たにこの契約を交わし、次代の主として役目を継ぐ。

長い年月を生き心を持つに至った古い森は、ほぼ例外なくそうして森の精霊達と共に生きて来ました。精霊契約は我ら森に棲む者達にとって、とてもとても大切なものなのです。


それを、決められた手順を踏まず自分勝手に解除するなど決して許されることではありません。でも、もう私にはそうするしかなかった。

一時的に自我を取り戻しただけ、ということがなんとなくわかっていたのです。また私が呪いに飲み込まれ化け物に戻ってしまったら、今度こそこの森の終わり。いえ、下手をしたら大陸全土の危機になりかねません。

だから、私は残る力を振り絞って契約を力ずくで無理矢理解除し、自我のある内に死ぬつもりでした。


本来であったなら、魂と体を蝕む呪いを道連れに、私はあのまま消えていたはずだったのです。

でも次に気がついた時、私は生き返っていました。この体、新しい「依代」を得て。いえ、依代という言い方は正しくないかもしれません。

精霊とは本来肉体を持たず、魂と言うべき「魔核」だけの存在です。そしてそのままの姿では地上に現れることが難しく、故に「依代」という器に宿ることで地上での活動が容易となります。

でも今のこの身体は依代ではないようなのです、おそらく元々の姿である魔法植物に近いのだと思いますが…




化け物としての私の身体が消滅した後何があったのかは解りませんけれど、おそらくお母さ……デリュフィリーデ様が、私の魔核から呪いの残滓を引き剥がし、精霊の皆が力を分け与えてくれたのでしょう。

森に害を成し、あまつさえ精霊契約を汚した私を、彼らは許してくれたのです。


救われた、そのことを嬉しいと思う半面、内心では恐ろしくもあったのです。

恐ろしかったのは、呪いに飲まれた時に目の当たりにした、己の醜い心。こんな、おぞましい心を持つ私が、許されるなんて……こんな私が生きていて許されるというのでしょうか?

目覚めた私が再び目にした現し世、その時心に渦巻いていたのはそんな気持ちだけでした。


自分が生き延びてしまった、救われてしまった。

そう理解した後途方にくれていた私は、思いがけず…王子様にお会いしたのです。

あの時感じた強い「心」は忘れられるわけがありません。

彼を見た瞬間、私はついすがりつきたくなってしまいました。弱く醜い私を、自分のあり方すら見失って混乱した私を、助けて欲しかった。彼の強さに寄り添うことで、ゆくべき道を知ることができるのではと思い描いて。

浅ましくも彼の優しさに付けこみ、村へ戻る彼らに同行させていただくことになりました。


彼は姿こそ小さな獣だったけれど、優しく勇ましく知的で思いやりに溢れた素晴らしいお方です。

自分がこれからどうして生きていけばいいのか、生きていていいのかを悩んでいた私に、構えず親しく接して下さりましたの。

嘘のない言葉で気さくに語りかけて下さる彼につられて、村へ向かう道程で様々な話をいたしました。思えば魔法植物として生まれ、精霊となった後も、仲間たちはあまり口数が多くなかったので、これほど誰かと会話を交わしたことはありませんでした。デリュフィリーデ様とはたくさんお話しましたけれど、彼とのおしゃべりはたわいないような事も多くて…とっても、楽しいのです。

私は彼とお話をして初めて、自分が話が好きなのだということを知りました。もっといろんなことを話したい、彼について知りたい、彼の住む世界を知りたい、彼の傍にいる人間達のことももっともっと知りたい…そんな気持ちがむくむくと膨らんでいくのです。



そうして、生まれた森を離れ、罪を負った私は一人でどこか遠くへ行くつもりでいました。

足を無くしてしまい移動できない身体でしたが、彼の助力で運んでいただけて、なんとか森から少し離れることが叶いました。

ですが、彼と人間達はそんな私を引き留め、彼らの住む土地へ迎え入れてくれると言いだしました。


私は驚き戸惑い、彼らの優しさに喜びを覚えつつもお断りいたしました。こんな醜い心の私が、森に災いを招いた私が、彼らに受け入れてもらうだなんて。そんなことが許されるはずもないと。

ですが、彼は私が一人で去ることを頑なに拒み、何度お断りしてもすがりつくように村へ来てと繰り返し説得して下さりました。それはそれはもう、必死なご様子で。

しまいには私も申し訳なくなり、泣きながらお断りしていたのですが…彼も泣き始めて子供のように地面に転がり、アルが来ないと嫌だー!一緒に行くのー!と言って下さり…それを見た私は思わず、頷いておりました。

彼は、私のことを想いそこまで体を張って下さったのです。

こんな、醜い私をそこまで思い遣って下さるだなんて…その時私は胸に刻み込みました、彼を護るために私は生まれ変わってきたのだ、と。

彼の力になり、守るため。純粋で幼く、優しい彼の心を支えるため。私は強くならなければいけない。

あの瞬間から、私に生きる目的が出来たのです。彼のために私はこの命を、私のすべてを捧げることを決意いたしました。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



そして今、私の大切な旦那様が狼藉者に捕らわれてしまいました。具体的に言うと体を鷲掴みに持ち上げられ、至近距離から睨まれておいでです。

敵は全身に甲冑を覆った大きな人間です、顔が全く見えない兜には目元に細いスリットが開けてあり、そこから視界を確保しているようです。

「ミャーッ!(アルーッ!)」

「キ、キィー!?(だ、旦那様―!?)」

ああ、旦那様が巨大な手に捕まれたまま持ち上げられていきます、私から遠ざかって行きます…!!

お皿の中でバランスを崩し転んでしまった私は、ヒゲを広げて必死に鳴いてらっしゃる旦那様を見上げ、己の非力を痛烈に悔やんでおります。

だ、旦那様!私が、このアルフリーデが!必ず助けて差し上げますからねー!

アルフリーデさんは乙女なのです。

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