64話 英雄は歌声と共に
声とも音ともとれる、耳障りな絶叫。同時に空から落ちてきた黒く小さな何かから、大地に向けて空気を震撼させる衝撃波が放たれた。
ビリビリと顎が痺れた後で全身を浮遊感が包み、だがすぐにズシリと重さを取り戻す。崖から落ちて着地した時のようだ、自分の体の重量がわかる。
感覚が曖昧になっていた膝と爪先にも、地面の感触が戻ってきた。赤く暗く歪んでいた視界が澄み、水の中のようにくぐもっていた聴覚が戻り、喉に流れ込む新鮮な空気に思わずむせ混む。
どうやら、あの不可思議な感覚に包まれてから息を止めていたらしい。
オレにまとわりついていた何か不気味な霧を吹き飛ばし、一瞬の内にオークの残骸を飲み込み、周囲に広がっていく色のない衝撃波。
辺りを暗く覆っていた赤い霧が、散らされるように薄くなっていくのが見えた。
オレは唖然としながらそれを眺めていたが、さっきオークの死骸の上に落ちてくるのが見えた「小さな何か」を思いだすと居ても立ってもいられなくなり、黒く炭化した小山をかけ上っていた。
そこに、彼はいた。
真っ黒な炭の山の上で、手の平より小さな黒い毛玉が横を向いて倒れている。
ともすれば同じような色合いで気づけなかったかもしれない、本当に彼の毛並みは真っ黒だから。
「ジャック」
震える声で名前を呼ぶ。
返事はない。
「ジ…ッ」
言葉が喉に詰まってうまく出てこない。
だが、信じたくなかった、奇跡が起きて彼がいつものように眠そうな声で返事を返してくれると思いたかった。あの綺麗な金色の目でオレを見つめ返してくれると、信じていたかったんだ。
「ジャック…!」
微かに風が吹いて、その体の柔らかく細い毛を揺らす。
目の前に横たわる現実、膝に力が入らなくなり、その場にへたりこんだ。足元の炭が崩れ、ガサリと音をたてる。
オレは魔法についてほとんど知識がない。
だが、さっきの絶叫と同時に起こった現象。騎士団も自警団も成す術なく、全員が錯乱に追いやられた魔物を、数秒で無力化した。
…あれほどの力を…この小さな体で放ったのだ。無事であるはずがない。
ジャックから少し離れた場所に、炭化していない茶色い箇所があった。その中心に、黄土色の細い物が横たわっていた。
頭部からまるで髪の毛のように無数の根を生やした、太腿あたりまでしか足がない、カラカラに干からびた女の死体。その瞼は固く閉ざされている。
これが、おそらくあの恐ろしい霧を産み出した魔物…なのだろう。
霧に触れた人間は全ておかしくなっていた。あの時の寒気がするような感触を思いだし、今更ながら恐ろしくなる。
あのまま、霧の中に捕らわれたままでいたら、どうなっていたんだろう。想像もつかないが、死ぬより酷い状態になっていたような気がしてならない。
だが、オレは救われた。助けられた…ジャックに。
どれくらいそうしていただろう。瞬きする間くらいだったかもしれないが、数時間も経ったようにも思えた。
ガサ、と枯れ葉を踏むような音がした。無意識に匂いを確認する。
「…こいつが、あの霧を…」
「ほ、本当に死んでるんでしょうね?いきなりガバァっと起き上がったりしませんよね?」
「怖いんなら下で待ってりゃいいだろ…」
「そ、そういう訳にはいきません。クルル君の怪我を治療しなければ」
落ち葉を踏みしめるような足音が近付き、傍らに誰かがしゃがむのがわかった。だが、横を向いて確認する気にすらならない。
ジャックが目を覚ますから。きっと、すぐに目を覚ますから。
彼はとても寂しがりやだから。眠りから覚めた時傍に誰もいないと、いつも不安そうにオレを探していたから。
傍にいて、待ってなきゃいけない。だって、オレのたった一人の…家族なのだから。
「クルル君…酷い怪我ですよ?とりあえず、下に降りて治療しましょう。みんな心配しています」
「………」
怪我…治癒、魔法…。
ジャックは、ジャックに、…
「クルル、そこの干からびたやつな。そいつは『怨嗟の揺り篭』って呼ばれてる、古い言い伝えに残る化け物だ。俺も生まれて始めて見たけどよ」
背後から話しかけられ、ぼんやりと意識だけそちらへ向けた。
「その化け物が根を下ろした森は、全域が瘴気に覆われ呪われる。木や草、獣や虫や魔物、人間も。ありとあらゆる存在が呪われて、アンデッドになるんだ。そして森の外へまで溢れ、他の生き物を森へと引きずり込む。こいつのせいで古代の都市がいくつか滅んだって言い伝えがある、災害級の魔物だ」
ざくっ、ざくっ。
足音がオレの横を通りすぎ、地面に横たわる子猫の傍らに止まった。
黒いズボンを履いた長い脛が見える。
緩慢な動作で足の持ち主…自警団の団長の顔を見上げると、傷だらけの顔があった。
その鋭い瞳が困ったように細められ、眉尻が下がる。
「お前、俺より目も耳もいいのに…変なとこで鈍いんだな」
呆れたような声で呟くと、無造作にしゃがみ地面に右手を伸ばし、小さな毛玉を掴み上げた。
「そんな化け物をやっつけた英雄様が、このっくらいで死ぬ訳ねーだろ…ほれ」
さも可笑しそうに笑いながら、手の中の子猫を俺に差し出した。
恐る恐る、炭で汚れたその体を受け取る。…あたたかい。
震える指を鼻先にかざすと…弱々しくも暖かな風が指先にあたった。
それが理解できた途端、鼻の奥がギュッと引き絞られるように苦しくなる。
喜び、安堵、様々な気持ちが押し寄せてきて思わず手の中の黒い毛並みに顔を埋めた。
腹が動いている、息をしてる…!
「…ミュ?」
潰さないよう額を埋めていた柔らかな毛がもぞもぞと動き、顔を離すと金色の丸い目がこちらを見返していた。
「…ッ……」
「ミー?ミュウ」
真っ黒な顔に長いヒゲを揺らし短い前足をオレの鼻にあて、訝しげに見上げてくる様子には弱ったものは見られなかった。
怪我もないようだ、少々毛並みが薄乱れているが。
「わっはっはっ!まったく、腹が動いてたろー?勝手に殺すな」
ジャックと見つめあいながら情けなくも涙を流していたら、大きな手で頭をポンポンと撫でられた。
「ミー」
何故かジャックまで前足を伸ばしてオレの鼻先をプニプニと押していた。
小さな耳が片方だけ倒され、なんだか心配そうな目をしてじっと見つめてくる。
失ってしまったと思いこんでいた、小さい癖に大きな存在感を実感して胸がいっぱいになった。
「しかし、たいしたもんだなそのチビは。魔法だかスキルだか知らんが、ありゃなんだったんだ?」
「ミャ?」
「いや、お前のことだぞ」
オレの鼻に前足を両方かけて横を見上げ、首を傾げるジャックに思わず微笑みが浮かぶ。
ふいに、夕暮れにさしかかり少し薄暗かったはずの空が明るくなった。見上げると暗い朱色の空に、まるで太陽のように大きな光の玉が浮かんでいるのが見えた。
強い光なのに不思議と眩しく感じない、暖かな淡い緑色のその光は、上空からふわふわと舞い降りながらゆっくりと小さく収束していった。
その光の固まりは徐々に形を変え、一人の人間の姿を形作った。
長い真っ直ぐな髪は明るい緑色で、輝きを放ちながらゆらゆらと靡いている。
穏やかな微笑みを湛えた端正な顔立ち、肌は透き通るように白い。
細く華奢な体に薄絹を幾重にも纏い、光輝く蔓草が周囲をゆるく囲み揺れている姿は神々しくも幽鬼のように儚げで、だが威厳に溢れていた。
まるで夢の中、女神のようなその美しい女性はオレ達を見下ろしてふんわりと微笑んだ。
『ありがとう、貴方方のお陰でこの森は救われました』
鈴を振るように涼やかな声は、大きくはないのに何故かはっきりと耳に届いた。
彼女は一体…何者なんだろう。
戸惑い、横の団長を見上げると彼は口をポカンと開いたまま女性のほうを真摯に見つめていて、頬が赤く染まっていた。
「な…なんつー美女だ…」
「いやいや団長!そこじゃない!確かに美しいですが、あの方おそらく精霊様ですよ!?」
慌てた様子でおろおろと何度も団長やオレを見るメボック、背後からはどよめきが聞こえてきた。
あ、オークの死体の下に騎士団や自警団の皆もいるのか。さっきまで存在を忘れていたが、無事で良かった。
ふわふわと宙に浮かぶ美女はこちらへにこやかに笑いかけた後、悲しげに睫毛を伏せた。
瞬きをするたび、長い睫毛から鱗粉のような光が零れる様は美しく、彼女が精霊だという言葉に説得力が増す。
精霊…
ん?精霊って、前もどこかで聞いた、ような。
記憶の片隅で聞き覚えがある気がして訝しんでいると、精霊の美女の淡い桃色の唇が薄く開いた。
『確かに私は精霊ですが、貴女方の知る精霊とは少し違うかもしれませんわね。
…そこのオーク達は私達の同胞を捕らえ、その身の一部を取りこみ力を奪うことで高い知能を手に入れました。その上、弱った同胞に邪悪な呪いをかけて不浄の魔物へと変えてしまったのです。
私達の身体、特に根には強い魔力が宿っていますが…彼等はそれを無理矢理取り込むことで知性と知識、オークという種族を越えた高い魔力を手にしてしまいました。
そして同胞を不浄な存在に変化させた上で完全に取り込み、さらなる知識と魔力を得ようとした。制御しきれず逆に内側から蝕まれて自己崩壊してしまったようですが』
形の良い唇から伝えられた内容は、酷いものだった。
この精霊の言う、同胞…たぶん、同じ種族の仲間か、家族。それをオーク達は。
視線をそっとずらし、もはや命の気配が感じられない、地べたに倒れ付した足のない女の死体を見た。
このヒトは、化け物なんかじゃなかったんだ…なんて酷いことをするのだろう。
精霊の美女も死体を見下ろして、辛そうに唇をきゅっと噛み締めている。
『この子は私の次代となるべく、森に住まう女神の眷属方が力を分け与えた存在。そちらの黒猫さんがスキルを使い正気に戻して下さったお陰で、彼女は一時的にとはいえ、心を取り戻せたのです。感謝します…小さな勇者様』
花のほころぶような笑顔を向けられ、つられて手の平に乗った黒い子猫を見る。
「ミャミャンミャ、ミュヒッ」
…照れて、る?ヒゲがまるで別の生き物のようにウニオニ動いている。短い尾も激しく左右に揺れているし、手の平に伝わるちっちゃな肉球の暖かさも、なんだか温度が上がった気がする。
「ミー…ミュウ、ミャミャミー。ミャアミーミャ、ミュン」
なんだかその様子が可愛らしくてほほえましく眺めていると、ジャックがやや遠慮がちに何か鳴いた。なんとなく話をしている感じの鳴き方だ。
そうだ、思い出した。精霊といえばヴァイスだ。
彼女はジャックの言っている事がわかるみたいだった、もしかしてこの緑色の髪をした精霊も、わかるのではないか?
『ふふっ、気にしてくださるのですか?なんとお優しい…
そう、この子はもう元の精霊の身には戻れません。精霊とは元々万物に宿る魔力が風や水の精を受けて変異し、意思を得た存在。彼女は…もはや依代も魔核も失い、森の精気へと還るでしょう』
少し寂しそうに、後半は弱々しく呟いた緑色の髪をした精霊。
オレの顔の下にある黒いちっちゃな頭、その耳がへにょりと下がった。
「ミュー…」
『仕方ないのです…彼女がそう望んでいるの。貴方のスキルはとても強力でしたが、魔核まで汚され作り変えられてしまったこの子は、もう元には…』
「………」
ジャックの耳がさらに下り、肩も下がった。顔は見えず斜め後ろから見下ろしている形なのだが、とても悲しそうな背中にオレまで切なくなる。
あいている左手で、その小さな背中をそっと撫でた。ゆっくり撫でていくとボサボサだった毛並みが少し治まる。
緑色の髪をした精霊が、俯いていた顔を上げてオレと団長や騎士団の人達を見回した後、ジャックをじっと見つめた。
優雅な仕草で胸に手を添えると、長い睫毛を揺らしゆったりと瞬きをする。
『私はこの大陸の森の精霊を束ねる、デリュフィリーデともうします。貴方は私達の恩人です。どうかお礼をさせて下さいまし、私に出来ることならなんでも叶えましょう。神に連なる大樹の実、精霊の宝玉、命を繋ぐ水、神木の枝など…どうぞなんなりと、望みをお教え下さいまし』
精霊…デリュフィリーデの唇から柔らかく紡がれた言葉、しかしその瞬間隣に立つ団長とメボックが体を震わせた。
気になったのか、ジャックがふいと横を向くのにつられてオレもそっちを見る。
なんだろう、二人ともものすごく驚いた顔でジャックを凝視していた。
「…まさか彼女は…精霊の女王なのか…!」
「神木の枝から作られた杖って、たしか帝国の至宝の一つでしたよね?命を繋ぐ水…まさか、エリクサーの材料と言われて…」
二人とも、何事かボソボソと話をしながら目を見合わせると、またジャックに視線を戻してゴクリと唾を飲み込んだ。なんか、目付きがギラギラしてて怖い。
「ミ…ミュー?ミミャーミー」
しばし首を傾げて悩んでいた子猫が、可愛らしい声で何かを訴えた。
なぜかデリュフィリーデは目を見開いて驚く。
『まぁ、そんなことでよろしいのですか?』
少し可笑しそうに口の端を上げて微笑み右手を軽く振ると、指先から淡い若草色の光が溢れだした。
『さぁ、精霊達よ。命の歌を奏でましょう』
デリュフィリーデが優しく呼び掛けると、何もない虚空から、焼け落ちて崩れた大地から、折れてひしゃげた木々から、小さな淡い光の玉が毀れ、溢れ出て彼女の廻りへと集まりだす。
透き通った清浄な光がデルュフィリーデを中心に、音もなく円を描き舞い上がっていく。小さな小さな光の玉の一つ一つへデリュフィリーデは微笑みを向け、若草色の光に覆われた右手を優雅に振るった。
その瞬間、輝く白い花が一面に降り注ぐ幻影を見た。
耳に響いてきたのは、不思議な歌声。
およそ人の声とは思えない、高くか細い、小鳥の鳴き声のような音。森の木々の間を吹き抜ける風の音、川のせせらぎの音、虫が羽を震わせる音、木の枝が軋む音…様々な小さな音が集まって、繊細な音楽を奏でているのだ。
光りの渦の中心に浮かぶデリュフィリーデも、瞳を閉じて歌を口ずさんでいる。
美しい声だった。とても柔らかく優しく、誰かを想い慈しむ気持ちが込められた唄だった。
オレはその歌声に、何故か胸が締め付けられるような苦しみを覚える。なぜだろう、理由もわからず瞼が熱くなるようだった。この歌から伝わってくる、気持ち…
わからない。
聞いているだけで幸せな気持ちになる歌なのに、現に団長やメボックなどは、まるで女神の降臨を目撃したかのように、はらはらと涙を流しながら祈りを捧げているというのに。
手の平の上でヒゲを震わせ尾をピンと上げた子猫と、目の前に広がる幻想的な光景にしばし見とれて過ごした。
やがてデリュフィリーデの歌声がゆるやかに途絶えると、集まっていた光が弾け洪水のように周囲に広がっていき、それはオレや自警団、騎士団の面々を飲み込みながら森の中へと流れていって、きらめきを残しながら溶けて消えていった。
「…ん、んんん?い、痛くない…!?」
「足が治った!?お、折れてたのに」
「だ、団長!森を見て下さい!!」
にわかに騒ぎ出したみんなの声にそちらを見ると、さっきまで地面に座っていたり体のあちこちを押さえ痛そうにしていた者が口々に驚きを口にし、血だらけの包帯を解いたり元気にぴょんぴょん跳ねまわっていた。顔色もよくなっているようだ、横の団長の腫れ上がっていた鼻も赤みがとれている。
と、驚愕の表情で前方を見る団長に気づき、あたりを見回す。そしてわが目を疑った。
黒く炭化していた大地にむくむくと草木が生えて、見る間に大きな木が何本も伸びていく。次々と芽吹く草花、オークの死体が放つ異臭と焦げ臭い匂いで息をするのも苦しかったというのに、気が付けば爽やかな森の香りがあたりを包み込んでいた。
そして、オレ達の立っていた巨大なオークの死体は一面青々とした草に覆われていて、少し離れた場所にあったあの干からびた死体の周囲は白い花に覆われていて、小さな花の一つ一つからまるで溢れ出るようにキラキラとした光が舞い、干からびた足のない死体のまわりを囲み浮かんでいた。
未だ光の残滓をその身から零しながら、デリュフィリーデがふわりふわりと浮かび、死体の傍らまで近づいてくる。
『精霊達よ…貴方方の献身に感謝します。さぁ、アルフリーデ…』
愛おしそうに囁く。すると、少し間が空いて足元の死体がかすかに身じろぎをした。
干からびた瞼を苦しそうに押し上げて、目を開く…そして現れた瞳は美しく鮮やかな緑色。その瑞々しい輝きは、かさかさに水分を失った枯れ木そのものの身体とは酷く不釣り合いで、とても痛ましく思える。
美しい緑色の目の女性は、とても苦しそうに唇を震わせて、ささやきのように小さな声を紡いだ。
『…森の精を与えられた身でありながら…不浄なモノに成り果てるところでした…。貴方方のお力で、魂までは失わずに済みました…貴方に、心からの、感謝を』
少女の幼さを残した美しい声は所々でしわがれ、掠れていた。
ジャックを見上げ、儚げに微笑む。瞳が、まるで宝石のように美しく空を映した。
『ありがとう…それから、ごめんなさい…お母様』
彼女は泣きながら笑顔を浮かべると、その体がゆっくりと崩れていき、形を失っていく。目尻から零れ落ちた一粒の涙が、ぽたりと落ちて花弁を伝い地面に沁み込んでいった。
彼女の身体が失われていくのを最後まで見届けたデリュフィリーデの表情には、深い悲哀が浮かんでいる。だが、その悲しげに寄せられた眉をふっと脱力させて健気にも微笑んでみせた。
「森の…守り神様…!」
「ああ、まさかこの目で見ることが叶うだなんて…うう」
下のほうが微かにざわめいてる、半数以上が泣いているようだ。
デリュフィリーデは、守り神様…あんなひどい状態になっていた森をもとに戻すなんて、確かにそうとしか考えられない。あのキラキラした細かいのを精霊と呼んでいたし。
「ミュウ…」
小さな鳴き声に視線を落とすと、手の上で黒い子猫が俯いていた。耳もまた下がっている。
小さな顔が向けられているのは、さっきまで…デリュフィリーデをお母様と呼んだ女性が横になっていた、白い花畑。彼女のいた名残はもう、何も残っていない。
ジャック。彼はとても頭が良いし、優しい。きっとあの女性が哀れでならないのだろう。
なんと慰めたものか逡巡していたら、デリュフィリーデも愛おしそうに笑みを浮かべながらジャックを見つめていた。
『貴方はきっと、これから様々な困難に出会うでしょう。もし、私の力が必要になったなら遠慮なくおよび下さいませね。さぁ、この笛を…これは奇跡を起こす力を秘めています。お役立て下さいまし』
デリュフィリーデの手元に、白く繊細な笛が現れるとふわりと宙に浮かび、ジャックの目の前まで来て止まった。思わず彼を乗せていないほうの手を伸ばし、掴む。
ジャックと二人で笛をためすがめつ眺めていると、デリュフィリーデの身体が淡い光に包まれた。
『娘を、どうぞよろしくお願いいたしますわ…』
近くにいたオレとジャックにしか聞こえないほど小さな囁きを残して、その姿が森に溶け込むように消えていく。
…娘?
今の言葉は気のせいだろうか。だが、ジャックも小さな耳を片方ぴこぴこと動かして不思議そうな目でオレを見上げてきた。
二人して見つめあった後、デリュフィリーデの消えた森を眺め、足元に広がる白い花畑を見た。
空はすっかり夕焼けに赤く染まり、白く丸い月がぽっかりと浮かんでいた。
第1章はここまでです。文章を書くのが下手すぎて、なかなか2章に入れません(汗)




