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くろねこの冒険~目指せ!異世界一周~  作者: 葉桜丸
第一章 はじめまして、異世界
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63話 邪悪な儀式(クルルside)

オークのいる洞窟に騎士団と自警団が入っていって、しばらく経った時。急に大きな地揺れが起こり、外で帰りを待っていた俺達に何か得たいの知れないモノが襲いかかってきた。


「ジャック…!」

手の中からすり抜けて飛んでいく小さな子猫、足元が安定しないせいで彼を捕まえようと伸ばした手が空を掴む。

金色の目が真ん丸に見開かれ、その体が揺れる視界の上のほうへとやけにゆっくり飛んでいく。彼に向かって手を伸ばし無我夢中で駆け出そうとした瞬間、踏み込んだ地面がグズリと崩れた。

「うわ!?」

「な、魔物か!?なんだこいつら…」

「ぎゃー!!」

背後で焦ったような声が上がる、オレの足首に何か黄色っぽいものが素早く巻き付き、皆の言う意味がわかった。

沈んだ地面に足をとられバランスが崩れたところに、どこから現れたか分からないヘビのように動く何かが襲いかかってきたのだ。

瞬きする間にそれらは視界いっぱいにまで溢れ、濁流のように全身を包みこもうとする。

「ジャ…!」

足元が、まるで砂が波にさらわれていくように流れだし立っていられない。オレの膝より高く重なって蠢いているヘビのようなもの、そのうねった上に倒れこんでしまった。どうやらこれは植物の根のようだ、魔物の体の一部なのだろうか。

踏ん張ってなんとか立ち上がろうとするも、足を載せる場所が動いてしまい力むこともできなかった。掴もうとしてもまるで見えているかのように避けられてしまい、その場に留まることすら叶わない。

焦る気持ちに突き動かされながらがむしゃらに爪を振るうも、次から次へと根がまとわりついてくる。


もう、ジャックの姿は見えなくなってしまった…見失ってしまった。

絶望が軽く頭に浮かびかける、でもまだ諦める訳にはいかない。

きっとジャックは生きている。

だって彼はいつも一生懸命だった、あんな小さな体で、あれほど非力なのに…いつだって勇ましく立ち向かっていたじゃないか。

急いで助けに向かえばきっと間に合う。彼ならば、オレが行くまで待っててくれる。


意思の強さを秘めた金色の瞳を脳裏に描く、ジャックを助けるんだ。その決意を胸に気力を奮い起こす。

体に巻き付き、締め付けてくる根を蹴り、引き裂いてなんとか自由になろうと暴れ続けた。


しばらくそうして根の中に半ば埋もれ押し流されながらも、透き間から断続的に狭い視界が覗くたび、目を凝らしていた。

黒い小さな姿を探す内に、あたりの空気が一変していることにようやく気づいた。

夥しい数の根が地を這っている、だが変化はそれだけじゃない。

なんと言えばいいのか、皮膚に粘りつくような不快な感覚がする。ここにいると危険だ、そう誰かに言われているかのような錯覚を覚える、今すぐ村の方角へ逃げたほうがいい。

だが、ジャックがいない。彼を置いて自分だけが安全な場所へ行くなど、ありえない。


オレを押し流そうと、絡み付こうとする根をかきわけ、切り裂き続けてどれくらいたった頃か。ずいぶん長くもがいていた気もするが、多分10分にも満たない時間だったかもしれない。


「ミャアー!ミャアー!」

「!?」

耳に届いたか細い鳴き声。

それが聞こえた途端、疲れきっていたはずの体に熱が戻り、根の濁流に流されつつあったことに気づいた。

「ジャック!」

見えない、だが確かに聞こえたそれに向けて声をあげて応えた。

今までの人生で大きい声をあまり出したことがなかったが、下腹に力を入れて精一杯大声を出したつもりだ、彼に聞こえているといいんだが…オレはここだ、今助けに行くと。そう伝えたかった。


視界いっぱいに広がり顔まで覆い尽くそうとしていた根に腕をかけ、爪を振るい、蹴り飛ばす。

そうしてわずかの間開いた空洞から空が見えた、がむしゃらに体を動かし、そこに肩まで突っ込んだ。

この勢いを利用して根の流れから逃れられるかと思ったが、やはり流れに足を取られ立ち上がることができない。体を覆い隠そうとする根に爪をかけ続け、必死に瞳を動かして周囲を確認する。


さっき聞こえた鳴き声は…いた!

鬱蒼と並んでいた木々がほとんどへし折られ、ぽっかりと空いた空間に波打つ茶色い根の群れ。

まるで波間をたゆたう小舟のように、古びた切り株が揺れていた。

無数の根がその下でうねるたびに切り株はぐらぐらと傾き、右へ左へと回転している。その上に、黒い小さな何かが四つ足を踏ん張ってしがみついていた。


背中の毛を逆立てた黒猫を見つけ、泣き出したくなるほどの安堵が胸に満ちる。

根の流れに逆らい、切り株に近づこうと爪を振るう速度を上げた。

オレの唯一の自慢であるこの爪、全力で殴っても蹴りつけても千切れない根が、この爪でならあっさり切断することができる。自分が獣人だということを生まれて始めて嬉しいと思った。


早く、早く彼を助けなければ。

あの切り株は見るからに古い、それに根に流される間にもあちこちぶつかったり引っ掛かったりして、みるみる削れていっている。あれではそう長い間持たない。

気持ちは焦るものの、爪で裂く端から夥しい根が押し寄せてきて、この根の濁流から這い出す余裕が一向に生まれない。


それまでジャックしか見ていなかったが、いくつかの声が聞こえて頭上を見上げると騎士団や自警団の人達がいるのに気がついた。

根の這い回る下ばかり気にしていたが、頭上も大変なことになっていたらしい。あまりに酷い光景に唇が震える。


木の生い茂る深い森だった場所が、気がつくと空の見える広い空間になってしまっていた。わずかに数本を残して木々はなぎ倒され、大きくうねる根の波に押し流されてしまっている。まるで天変地異が起こったような景色に言葉をなくす。

そして、その空間をぐるりと囲む形で不気味な色をした巨木が並び、その枝と枝を根が繋ぐように巻き付いて垂れ下がっていたのだ。

そうして頭上でヘビのように音もなくうねっている根のあちこちに、騎士団や自警団の人々が捕らえられていた。全身を拘束され、皆苦しげに顔を歪めながらも、根から逃れようと歯を食い縛りもがいている。


オレがいることに気づいた者もいたようだが、オレはジャックの乗る切り株が今にも根に飲み込まれそうになっているのを目で追うのに必死で、そちらを気にする余裕がなかった。


茶色い奔流に逆らい、僅かずつ切り株のほうに近づけたと思えた時、再び地面が揺れ始めた。

と、思ったとほぼ同時に、よりによって切り株があった場所が周囲の根ごと一面吹き飛び、その下から巨大な生き物が立ち上がっていた。


ドォーーーーンッ!!!


「プギュアアアァアオオオオ!!」

「うわー!?」

「オ、オークの女王だぁー!!」


耳を裂くような吠え声をあげる大きな、異様な姿をしたオーク。木から吊るされた騎士達が口々に悲鳴を上げた。

まるで城のごとく目の前を塞ぐ…それ。

特徴的な皮膚の質感と顔立ち、臭いがしなければオークには到底見えないだろう。まるで熱したガラスのようにボコボコと膨れ上がった顔、その左右にまるで頭のように見える二つの盛り上がりがある。ぬとぬととした質感、腐りかけの肉で作ったコブが肩から生えているようだ。

あまりにも酷い状態から顔を凝視していたが、首から下も何かおかしい。

風船のように丸く膨らんだ腹はブツブツと煮えた湯のように泡立っていて、神殿の柱のような太い腕も左右で長さが違っている。見ている今もあちこちが変形しているようで、上半身が危なげに揺れていた。


目の前にそびえ立つ巨体、しかしオレの意識はそのはるか上に飛びさっていく切り株と黒い小さなシルエットだけに向いていた。

あ、あんな高さに…あそこから落ちたら…大変だ!は、はやく助けに行かないと!

幸いにもあまりに高く吹き飛ばされたせいで、子猫が落ちてくるまでにはまだ時間がかかりそうだ。それまでになんとかこの根から抜け出して受け止めに行かなきゃ。


体にまとわりつく根を引き剥がし、がむしゃらに両手を振るい切り裂き続ける。

それにしてもこの根は一体なんなのだろう?なぜ、オレ達を捕まえようとする?

なんだかさっきよりも根が増えたような気がして危機感が募ってきた。あの大きなオークが姿を現してから、目に見えて根の勢いが激しくなった。気持ちだけは強くあるものの、オレの腕が二本だけなのに対して相手の数があまりに多すぎる。


上空を何かが通り過ぎ、強い風が一瞬頭上を通り過ぎたと思ったら、地響きをたてて木が倒れてきた。オレの埋まる根のすぐ近くに直撃し、しかしすぐ怒涛のごとく流れる根に巻き込まれ粉々になり、飲み込まれていった。


それに一瞬意識が向いたせいで油断に繋がったのか、後ろから巻き付いてきた根に左肩をがっちり拘束されてしまった。肩が固定されてしまったせいでバランスがとれなくなり、動きが止まったオレを一気に無数の根が包み込む。

「ぐっ」

全身に巻き付いた根が、ギリギリと音をたてて締め付けてきた。口や目まで覆われた時、大地を震わす絶叫が聞こえて思わず声のほうを見上げる。


「ギャギャアアアッ!!グブッ、ゴアアァア!?」


そこには、あの巨大なオークが叫んでいた。

体を捻り悶え、腕を振り回しながら激しく首をふっている。濁った黄色い目からは赤い涙を流していた、両肩に生えた肉腫のようなものも、苦悶の表情を作りながら不気味に震えている。

苦しんでいる…?なぜだろう。


疑問に思う間もなく、オークの巨体がゆっくりこちらへ倒れこもうとしているのに気づいた。

「ク、クルル!?逃げろーーー!」

根に全身が埋まり身動きがとれないまま、オークに目を奪われていたオレを誰かが呼んだ。多分、この声は騎士団のリックだ。

その声に我に帰ったオレは渾身の力で根を振り払おうとしたが、恐ろしいほど強度のある根はほどくことは出来なかった。

ゆっくりと茶色い巨体が傾き、徐々にこちらへ迫ってくる。オレは身動きもままならないまま、それをただ見あげていた。


『グオオオオオン!!』


バリバリバリッ……!!!


突然、獣の咆哮と共に目の前が白く染まった。そして頭の中を直接殴られたと錯覚するほどの轟音が響き渡り、肌がビリビリと痺れる。

あまりの眩しさに瞼をきつく閉じ、両手で顔を庇っていた。それでも目に焼きついた白は脳裏を焦がすように強烈で…眼球が焼き尽くされたと錯覚するほどに痛む。

目が開けられない。耳がズキズキと痛む。


…ズドォーー…ン。


大きな音と共に身体が一瞬浮かぶほどの揺れが響き渡り、少し遅れてぶわりと風が吹いた。

あまりの目の痛みに動けずにいたが、ふと気づく。オレの身体を覆っていた根が、動きを止めているのだ。さっきまでひっきりなしに聞こえていた、無数の根が鳴動する音も途絶えている。


痛みを堪え、目尻の涙を手で擦りながら目を開く。

「フゥーン…」

「!?」

いきなり至近距離で聞こえた音…声?に驚き、その場を飛び退る。

そして気づいた、肉が…木が、土が焦げる匂い。

霞む視界に、あちこちからブスブスと立ち上る黒い煙が映った。オレが動いたことで体にまとわりついていた根がばらりと解け、地面に落ちた。それはもはや動きを止め、細切れになった残骸に過ぎなかった。

黒い煙が上がる一面の焼野原、その中心にある巨大な炭の塊のようなもの…匂いから、かろうじてそれが先ほどの巨体のオークなのだと知れた。


そしてその手前、さっきオレがいた場所に白い獣がいた。

見上げるほどに大きな、輝く白銀の毛並を揺らす立派な虎だった。太い脚は力強く地面を踏みしめ、丸みのある耳に、やや小さいながらぱっちりとした銀色の双眸。

何故か幼く感じられるその瞳はまっすぐこちらを見据えていて、長く立派なヒゲを揺らし首を傾げていた。


この、虎…は?

さっきまでこんな獣はいなかった、それにこいつの身体光ってるような…魔物には見えないが、だとしたら一体…

戸惑っていると、頭上から息を飲む音が聞こえ、背後を振り返る。

「ばっ…な、何故、まさか、精霊獣…か?」

自警団の団長だ、呟くような微かな声だったが、せいれいじゅう、と聞こえた。それは周囲で木から吊るされたままの他の人達にも聞こえていたらしい。何人かが目を見開き、身じろぎする。目線は全て、オレの前にいる大きな虎に向かっていた。


その場の全員が注目する中、白い虎は悠然と足を前へ運び、オレのすぐ目の前に移動してきた。太い脚が黒焦げの地面を踏みしめる、しかし不思議と重さの感じられない歩み。音もせず、どう見ても相当な重量がある体躯なのに足跡も残していない。


どすっ


…虎は突然頭を下げ目を閉じると、オレの胸に頭突きをしてきた。

力は籠められていないようだったが、人間の胴体くらいある頭がぶつかった衝撃はけっこう大きい。思わず一歩後ろへよろけてしまったが、なんとか踏みとどまる。

虎はオレの胸にぐりぐりと額をなすりつけ、喉を鳴らしていた。なんとなく嬉しそうに思える…大きいけど、猫みたいだな。なんだか、可愛い気がする。喉の音が「グゴゴゴ」と物々しいが。

ふと視界の端で動く物に気づいてそっちを見やると、虎の大きな体の反対側で長い尾がゆらゆらと揺れていた。


「せ…せいれ…れぇ?」

「な、何がどうなって…」

背後から呆けたような声が聞こえたようだが、誰の声だったんだろう。


「…グル?」

オレの胸に頭を押し付けていた虎がふいに動きを止め、鼻を鳴らした。


…ズ…ズズズズ…ズ……


引きずるような音が遠くから聞こえた気がした。白い虎の耳がぴくりと揺れ、素早くオレから距離をとる。

虎は、小山のような黒焦げのオークとオレの間に立つと体を斜めに傾け、前傾姿勢になった。喉を鳴らしていた姿からは想像もつかないほどにその背中からは殺気が溢れている。

虎が警戒するように、オレも何か恐ろしい気配を感じてオークの死体から目が離せなかった。確かにあのオークは死んでいる、生きている者と死んでいる者は匂いが違う、なのにどうしてこんなにも…怖いんだ。


唸り声を上げ、今にも飛びかかろうとしていた虎の尾が動きを止めた。それに気づいた時には、すでにその白い獣はオークの死体の頭の高さにまで跳躍していた。

なんて身軽なんだ、あれほど大きな体でありながら恐ろしくしなやかな動き。音もせず流れるように、まるで風のようだった。

「グ!?ガ、ア…」

その時、オークの残骸の頭に牙を突き立てようとした虎の様子が一変した。

空中で苦悶のうめき声を上げるその白く輝く体を…赤黒い霧のような物が包み込んだのだ。何が起こったのか理解できないまま、赤黒い霧は獣の身体に沁み込むように溶けていく。

宙に囚われた虎はびくりと一度大きく震え、白く眩い輝きを散らしたかと思うと、苦しげな鳴き声を一つ残して…消えてしまった。


あまりのことに愕然とし、虎のいた宙を見つめ慄く。あの虎は、どこへ…!?

「がはっ…」

「う、が」

「ひひ、ひ…」

頭上から啜り泣きのような声が聞こえた気がして、無意識に見上げた。

そこには根に吊るされた騎士団や自警団の人々が、苦悶の表情で体を震わせていた。獣のように唸りながら目の焦点が合っていない者、涙を流し口から泡を吹きながら首を回す者、涎を垂らしながら狂ったように笑い続ける者。ほぼ全員がまるで別人のように人相が変わり、纏う雰囲気が変わっている。


さっきまでとあまりにも様子が違う、何かあったのか。

突然現れた虎が消え、今また急にみんなの様子が変わってしまい、オレはひたすら困惑していた。魔物…の、仕業なのか?どこにいるんだ?

そういえば、あの赤黒い霧が…虎を捉えて消滅させた霧が、質量を増して周囲の空を薄く覆い始めている。何故だろう、息が苦しくて体中がむず痒い…頭がガンガンしてきた。


「逃げ…お前だけでも、早く…」

耳鳴りがしてよく聞こえないが、頭の上のほうから誰かの声がかかる。とても苦しそうな、息も絶え絶えな声が。

「…こ、は、…怨嗟の、揺り籠…村に、助…呼ん…」

聞き取れない、耳鳴りが酷い。頭が割れそうに痛む。痒い、痛い、痒い痒い痛い痒い…


溜まらずその場に膝を着き、両手で頭を抱えた。なんだ、なんなのだこれは。

止め処なく流れる涙、掠れる視界に映る黒い小山…オークの死体、だ。

その上のほうがモロモロと崩れ、小山が真っ二つに割れていく。塩の山に湯をかけたように。

割れた狭間から見える、赤い光。

ぼやけた世界でその光はあまりに眩しく、そして鳥肌が立つほどに悍ましい気配を放っていた。

赤い光がどんどん大きくなり、周囲を飲み込んでいく。光を浴びた身体がまるでぬるま湯に漬かったような感覚に囚われ、平衡感覚が侵されたように地面と空がわからなくなった。

自分という存在がなくなる、あの赤い光に魂ごと飲み込まれる。そう錯覚した。


「KYaAAaAAA――――!!!」


その瞬間、耳をつんざく絶叫が頭蓋を揺らし…風もないのにとてつもない衝撃が全身を打ち抜いた。

あの声が、オレを、オレの魂を元の場所に呼び戻してくれたんだ。

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