62話 邪悪な儀式
陣形を壊さず一言も発すことなく、足音を殺してどのくらい歩いただろうか。
暗い洞窟の奥に食糧庫や宝物庫、オークの赤子のいる部屋等を通りすぎ、さらに先に松明の明かりが漏れる場所が見えてきた。
近づく内に太鼓のように重低音の震動と、低い歌声のようなものも耳に届きはじめる。それに合わせて響いてくる一定のリズムを伴った足音、耳障りな声。
他の奴等が俺に目をやる、右手の指で簡単なサインを送りそれぞれに指示を出した。誰かが唾を飲み込む音がして、武器を構え直すかすかな気配。
まるで祭りのような喧騒と、薄暗闇に慣れた目には眩しいほどの明るさにひるみながら、音のするほうへじりじりと近寄る。
突き当たりと思わしき場所を静かに覗きこめば、そこから下は建物の2階くらいの高さから下へと続く広い階段になっていた。
そこから一気に空間が開けていて、遥か先のほうには無数の松明の明かりが見える。
そこには異様な光景が広がっていた。
地底であることを忘れるほどに広い空間、ゴツゴツとした岩肌の随所に松明が配置され、真昼のように明るい。
中央には大きな柱が立ち並ぶまっすぐな回廊があり、左右対称に曲線を描く妙な色の水を湛えた池が設えてあった。
そして一番奥に、白く巨大な祭壇が鎮座している。
祭壇の上には干からびた人族の死体のような物が吊るされ、その下に供物らしき獣の頭や脚、壺が整然と並べられていた。
それらは一段高い場所に作られていて、周囲の岩を削ったままの荒い地面とは異なる、まるでつるりとした鏡のような表面が松明の明かりを反射し、その不可思議な姿をくっきりと照らしている。
計算され尽くしたかのように完璧なバランスで配置された地下神殿、その荘厳な佇まいと随所に見られる緻密な細工からして、ここはおそらく失われた古代遺跡の一つだと思われた。
おそらく、元は神聖な空気の保たれた神域であったのだろう。
その神殿の手前、一段低くなったスペースで輪を作るように12頭ほどのオークが歩いて…いや、踊っていた。
さらに手前、自警団達に背中を見せる形で蠢いているのは黄土色や茶色の山。それは見渡す限りのオークだった。
その中央あたりにまるで城のように巨大な生き物を見つけ、俺は息を飲んだ。
オークの女王だ…これほど巨大な個体は始めて見る、こちらが今いる場所は3メートル以上高い場所だというのに奴を見上げているのだから。ここからでは下半身がよく見えないが、多分足は退化するか自重で潰れてしまっていることだろう。
内心の動揺をどうにか飲み込むと素早く振り返り、俺の後ろで口を開きかけた奴らの前に手を翳し、目線で落ち着くよう諭した。驚愕からか叫びそうになっていた奴もなんとか音をたてないように堪えてくれる、ここでオーク共に気づかれでもしていたら…冷や汗が首筋を流れ落ちて行った。
改めて状況を確認しなければいけない。あれは一体何をして…
踊っているオークは揃って武骨な木の杖を持ち、赤黒いローブのような物を纏い首に腕にじゃらじゃらと飾り物をつけていた。何事か呟きながら、足を擦るようにゆっくりとしたリズムで踊っている。
突然、嫌な予感が沸き上がってきた。
オークの進化形態で最も危険なのは「オークキング」、だが次にヤバいと言われているのが「オークシャーマン」ではなかったか?見た目こそオークメイジと変わらないが別格の高い魔力と邪悪な魔法を用いるという…
あの杖を持ったオークは、もしやすべてそれではないのか?
それを確信づけるように、踊るオーク達の声が大きくなると共に地下空間が徐々に揺れ始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それは唐突だった。
ドンと音をたてて地面が一度大きく揺れて、クルルの肩に載っていた俺はその衝撃によって宙に投げ出された。
あまりのことに訳も分からず目を丸くしながら落下するしかない俺を、大きな掌がぱしっと掴み取る。
た、助かった、でも今の地震でかくない?
ドキドキしつつ視線を下ろせば、自警団の人達が地面に転がっていた。尻餅をつく者、どこか打ち付けたらしく肩や頭を擦る者。
だが、耳が痛くなるような、不快な音はまだ鳴り続けている。
体にも再び震動が伝わってきて、さっきの地震が続いていることがわかった。
「な、なんだ?」
「まだ揺れて…まずい、洞窟が!!」
あっ、ヤバいじゃん!崩れちゃったら団長達が生埋めに!
洞窟に駆け出そうとしたモヒカンさんが、他の奴等に止められた。
「離せ!団長が、みんなが中に!!」
「よせ、お前まで埋まっちまうぞ!」
あわわ、地震が来たらどうするんだっけ、そうだ机の下に入るんだ!あとガスの元栓止めて、ガラス窓から離れて、えっと、えっと。
だ、だめだ、多分今いらない知識ばっかり思い浮かぶ。ここ屋外じゃん。
クルルの手にしがみついてあわあわしていたが、揺れがだんだん不味い感じになってきてパニックになった。
「ミャ、ミャミャミャー!?」
「大丈夫だ、落ち着いて」
ドーーーーーンッ!!!
「なっ」
「ぎゃあ!?」
「うわぁ」
悲鳴があがる、爆発音が聞こえた時にはすでに全員が吹き飛ばされて、宙に浮いていた。
何が、何が起きたんだ!?
「ジャック…!」
ものすごい力で地面から突き上げられたせいで、俺の小さな体はクルルの手からすり抜けて明後日の方向へ飛ぶ。クルルが慌てて手を伸ばしてるのが視界の端に見えたが、勢いがついた体は重力に囚われ、地面に近づくことを止められない。
わぁ地面に!ぺしゃんこになるぅーー!?
べちっ、ぽふっ、ぽふ。
「ミ!ミャ、ミャ!」
地面に叩きつけられると思った瞬間、空中で何かに当たり、バウンドした。そのおかげか勢いが削がれ、背中からもふっと着地できた。
い、痛くはなかったけど怖かった。ビバ子猫ボディ、軽いし毛むくじゃらだから無傷だぜ。
でも、さっきぶつかったのは一体…うえ?
ふと周りを見てみたら、景色がさっきまでとは激変していた。
地面には見渡す限り太い根っこのようなものが蠢き、まるで茶色い濁流の中にいるようだ。
回りの木々も軒並みなぎ倒され、砕かれながら流されている。
足元がぐらぐらすると思えば、俺の載っかってたのは古ぼけた切株で、地面をはい回る根っこの波の上を右へ左へと流されていたのだ。
切り株が傾くたび、四本の足の爪をたてて必死で堪える。
うおお、バランスバランス!
これ、落っこちたら最後っぽいぞ。地面が一面の味噌煮こみうどんじゃねーか。
このままじゃ落ちてうどんの具になっちまう、だ、誰か早く、助けてプリーズ!
バランスを取りつつ味噌煮こみうどんの上を切り株でサーフィンすること数分間。自分の意外な才能に気づかされた。
4本足のおかげか段々慣れてきて切り株の上で安定性を確保、なんとか周囲を確認出来た頃には、元いた場所からかなり離れてしまっていた。
他の皆の姿を探すも、1人も見当たらない…と、思っていたら、なんか上に影が。
妙に薄暗くなったなと思えば、なんと頭上にも根っこがうようよしていてひっきりなしに動いていた。太い茶色いロープかミミズのように根がうねりながら絡まり、垂れ下がっている。
うわ、もしかしてさっき落っこちる途中でぶつかったの、これか?
「ぐぅっ!」
「うぎー、くそ!抜けられねぇっ」
あ!?
あー、上から下がってる根っこに皆絡まってる!
騎士団長に、リックやモヒカンさんとかもいた。
洞窟の中にいた人達もいるってことは、この根っこの…魔物?はそこから出てきたのかな。
つーかこの根っこ、生き物?規模がでかすぎる、もしかして森全体が一つの生き物だったってことは…
うおっと!
足元の切り株が根っこに流されグルンと一回転して、危うく落ちそうになった。
ふぅ、危なかった。うう、このままじゃ酔って吐きそうだ。
皆捕まっちゃってるみたいだし、ど、どうすりゃいいんだ?俺にゃなんの力もないし。
って、クルルはどこに?
一縷の希望を胸に頭上の根っこに捕まった面々を見渡すも、そこに白髪の少年の姿はない。
…も一回見回す。
うん、騎士団の人達や自警団の連中は、多分皆いるっぽい。それぞれ必死にバタバタして拘束を解こうとしてる。俺に気づいてる人はいない、それどころじゃないんだろう。
って、やっぱりクルルだけいねぇ!
もしかしてあいつ、下の味噌煮こみうどんの中に埋まってる!?
真下に視線をずらし、愕然とする。切り株の下は、太くて固そうなのに滑らかに動く無数の根っこがグネリグネリと蛇のように脈動する、とっても気持ち悪い状態。多分、これ地面から30センチくらいは根っこの海だ。
嘘だろ、もしあいつがこん中にいたとしたらもう、ぺしゃんこに…
い、いや!まだわからないぞ。あいつやたら力持ちだし、体も頑丈かもしれないじゃん。そう、獣人だし。
「ミ、ミャアー!ミャアー!」
焦りながらクルルの名前を叫ぶ。おい、生きてるよな!?
スパンッ!!
「ミ!?」
おお!?な、向こうのほうで何か弾けた?
いきなり地面を埋め尽くす根っこが一部吹き飛んで、破片がバラバラと飛んでいく。
「ジャック!」
おーーー!!
クルルだ、クルルが生きてた!
根っこに開いたほんの少しの空間から、白髪の少年の手と耳が見えた。おそらくあのやたら切れ味のいい爪を振るっているんだろう、スパスパ音をたてながら彼の回りの根っこが切り裂かれ、散らばっていく。
「うおっ、クルル!?」
「無事だったのか!」
「ミャーッ」
上から吊るされてる奴等もそれに気づき、かすかな喜色を顔に浮かべた。
が、切っても切っても前以上の密度でもって根っこが流れ込んでくる、うわー頑張れクルル!
「うっぐ、俺らもなんとかしないと」
「この根は本体じゃねぇ、どこかに魔物の本体があるはずだ!」
「んなこと言ったって」
ズズズズズ……ッ
な、なんかまた地響きがするんですけど。
味噌煮こみうどんから這い出そうともがくクルルを見守りながら、下腹にずしっと来るような感覚を覚えた。
と、視界がブレて俺の乗った切り株がふわりと浮き上がる。
ドォーーーーンッ!!!
「プギュアアアァアオオオオ!!」
「うわー!?」
「オ、オークの女王だぁー!!」
切り株の下の蠢く根っこを弾き飛ばしながら巨大な何かが現れ、雄叫びをあげた。
俺は切り株と共に天高く放り出され、寒気がするほどの浮遊感を味わいながらそれを逆さまに見上げていた。
で、でかい…!茶色い!ナニコレ!?
それは三階建てのビルくらいある、頭が三つある豚だった。
真ん中の頭はまだオークの特徴があるんだが、両側の頭は、生き物としておかしすぎた。
肩から盛り上がった肉芽、そこに眼窩と鼻の穴、口があいているだけ。不細工な飴細工のよう。
そのでっかいオークの女王?とか呼ばれてたものは、なにやら両腕をでたらめに振り回し身悶えるように体を捩らせていた。
ドカァアアン!!
「わー!」
「ク、クルルー!?」
ぎゃーっ、クルルの側の木が折れた!それにあんなデカブツが横で暴れてたら、仮に根っこから出て来られても潰されちゃう!
辺りにまだ折れずに残っていた木々が、オークの女王の大暴れのせいで砕かれ、へし折れていく。折れた木は地面を伝う根の流れに巻き込まれ、さらに細かく砕かれていった。
上空から見てるから全体が見渡せる。吊るされてる連中も、よくよく見たら木と木の間にロープみたく絡まった根っこから吊るされてるみたいだった。
このままじゃ、全員が下の味噌煮こみうどんの中へダイブしてしまう。
かくいう俺も絶賛大ピンチ。まだ空を飛んでるけど多分その内落下がはじまる、地面ははるか彼方下に。わーん高いよー!
『もういいよね?』
『そうだよ、これ以上様子見てたら怪我しちゃうよ』
『行くぞー』
『で、でも本当に危険がない限り手出し無用って』
『わかさまは怪我しないだろうけど、あのいっぱいいるのはわかさまの部下でしょー?部下が死んじゃうよー』
ん?んんん!?
すぐ耳元で聞こえた幼い話し声に驚き、周囲を見渡す。
なんにもない、多分地上20メートルくらいの空。
だが、気配がある。いつだったか聞いたことのある声、透き通った小さな雲。
俺の周りを囲むように、小さな雲がたくさんふよふよ浮いていたのだ。
『行くよー』
『『『『『わーい!!』』』』』
ドッッ!!!
「ミギャアーーー!?」
雲達が呑気な鬨の声をあげると同時に、目の前が目映く光る。そして体にかかるG…何が起きたかわからないまま、俺はさらに上空へと弾き飛ばされてしまった。
押し潰されるかと思うほど超スピードで空へ空へ。
息も出来ず耐えていると、やがて終わりが訪れた。
そして徐々に落ちる上昇速度、そして完全停止と同時にゆるゆると体が引っ張られはじめる、地面へと向かって。
「ミュ…」
し、尻がヒュッとなった!
ヒューーーー…
「アギャアーーーー!?」
うわーーー、お、落ちるつぶれるあんこ出ちゃうぅー!?
体重の軽い小さな体が空中をくるくると風に巻き上げられ、もはや上だか下だかわからない。め、目が回る。
永遠かと思える時間が過ぎ、気づけば俺はスカイダイビングみたいに大の字に手足を広げ、うつ伏せ状態で落下していた。視界いっぱいに広がるのは青い空、地平線に見える海、見渡す限りの広い森…の中にぽっかり開いた茶色い空間!?
うっぎゃあああ、さっきの味噌煮こみうどんの上に落ちるのか!?せめて湖とかそういうとこに落ちれば助かるんじゃ…って、ねーよそんなもん!
ものすごい風圧で目を開け続けることもできない、口開けてたせいで風がー!乾燥する顎はずれるぅー!
落下しながら、俺は必死に自分がどこに向かって落ちているのか見ようとした。
さっきより格段に近くなった、味噌煮こみうどんな根っこが這い回る大地には、なんか真っ黒に焦げた巨大な岩のようなものがあった。
多分、俺はそこへと一直線に…岩ぁー!?
やだやだそんなハードモード、せめて葉っぱ!葉っぱもさもさの木の上がいいですー!
開けっぱなしだったせいで風を受けカラカラに乾いてしまった口からは悲鳴を出すことすら出来ず、カッ、カッとひきつけのような音が漏れてる気がする。風の音がゴォゴォうるさすぎて自分の声すら聞こえない。
もう地面っつーか、味噌煮こみうどんの中央の岩が目の前に迫っていた。
走馬灯のような思い出が脳裏を駆け巡る少し前に、俺の目が何か動くモノを見つけ、そんな場合じゃないと思いつつ何故かそれに気をとられる。
岩の上、真っ黒な炭のようなその表面に罅が…なんだ?
すると崩れた岩の間から、眩くも禍禍しい赤い光が漏れる。
岩の中で光を放っていたのは血のように真っ赤な瞳が二つ、そしてすぐ姿を現したその目の持ち主は枯れ枝のように干からびた…脚のない女のミイラ。
まだ地上まではかなり距離があるのに、なんでこんなくっきりハッキリと見えるんだ。
怖い、なにあれ怖い!オバケ!?
せめて目が合わなければまだ耐えられたんだが、それはまっすぐ頭上を見上げていて、メッチャ目が合ってしまっていた。
まさかと思う刹那、赤い目玉がギラリと光を放ち、腕だけで這ってこっちへ向かって…恐ろしい唸り声をあげながら。その顔は口が耳まで裂けて赤い亀裂のような口内が見え、て…
「KYaAAaAAAーーーー!!!」
まるで心霊映画みたいな光景に恐怖が振りきれ、知らず知らずの内に絶叫してしまっていた。
そして自分の声のあまりの大きさに頭をトンカチでぶっ叩かれたような衝撃を受けた俺は、落下しながら気を失っていた。
読み辛い文章になってしまってもどかしい、もっとわかりやすく書けるようがんばります。




